二
小島の浜辺に防人が群れていた。
無数の軍船が小島を目指し、次々と兵士が上陸している。
たかが千に満たない海賊に万余の防人軍が壱岐に終結していた。白村江の屈
辱的な大敗から七十年余り、その記憶と恐怖に大宰府が過剰とも思える反応を
示した。
たかが海賊、といえども、背後に新羅の水軍が、更に唐の大軍が潜んでいる
かも知れないのだ。この過敏な大宰府の反応を笑うことも責めることも出来な
い。
戦術的にはむしろ賞賛に値するかも知れない。正確な情報収集が困難だった
この時代では、兵力を小出しにして様子を見るより、主力を一気に投入する方
が遥かに勝利に近かったと言える。
思えば防人が徴用されたのも、水城が築かれたのも、大野城築城、そして大
宰府そのものが新羅と唐からの防衛制度であった。
きらびやかな甲冑に身を固めた壱岐直鹿人が馬上で唐太刀を抜いて陽に翳し
た。
片枝の戟に白虎を表した纛旙が真夏の青空に翻っている。
「吾等は日出る国の天子の兵である。よいか、吾等は神の子であり、神の軍隊
である」
大音声で呼ばわる鹿人。
「新羅の海賊を一人たりとも生かして返すなーっ!」
唐太刀を頭上でぐるぐる回す鹿人。
白馬に跨った黒麻呂が自慢の長刀を翳して奇怪な嬌声を上げて喚いた。
「ウオーツ!」
纛旙と夫々の隊旗が揺れ、水辺にまでひしめき合っている防人たちが一斉に
雄叫びを上げた。
ウオーツ!
地をも揺るがす大軍の雄叫びに森の獣たちが怯えて逃げ惑い、鳥が天空に舞
い散った。 弓兵が虚空に無数の鏑矢を放った。
ヒュルヒュルヒユルーツ! 不気味な音を立てて青空に飛翔する無数の矢。
ドドン、ドン! 鼓吹司の太鼓が轟き渡った。
ザザッ、バン! 数千の軍勢が、まるで踏歌を舞うようにして足を踏み鳴ら
し、盾や伽和羅を叩いた。
吹き鳴らされる法螺貝を合図に、防人の大軍の間から二十人を一隊とした五
つの部隊が現れ、そろりそろりと神々の森に向かって進んだ。
盾を頭上に翳し、森からの弓矢の奇襲を警戒しながら行軍する五つの部隊の
一つに火麻呂の隊がいた。
「糞暑いのになぜこんな物を着けなくてはいけないんだ」
密林の中を行軍しながら同郷の防人、とんぼが胴丸を叩きながら火麻呂にぼ
やいた。
「堪えろとんぼ、襲われても死なずに済むかも知れぬ。それに汝はまだ増し
だ」
短甲だけの兵卒とんぼに比べて、火長火麻呂は肩鎧、頸鎧、挂甲に眉庇付兜
といった重装備で固めていた。
「それにしても己等はあんな大軍を見たのは初めてだ」
とんぼが呟くように火麻呂に囁いた。
「新羅の奴等は強く恐ろしいと聞いていたが、日本の方が強そうじゃないか」
「どうだか、・・・たかが三四人の賊にこの有様じゃ、馬鹿馬鹿しくて話にな
らん」
「もし、火長が大将だったらどうする?」
「こんな無人島に逃げ込んだ賊などに構わず、逃げた船を追って新羅まで攻め
込んでやるわい」
「やれやれ、汝が大将でなくて助かった。それにしても壱岐直は強欲じゃの
う、三百人もを手に入れたのにまだ足りないらしい」
谷底から一陣の風が吹き上げてきた。その風の音に耳を澄ませる火麻呂。
ヒューッ、吹き上げてくる風に乗って人の声が聞こえてきた。
「防人に 行くは誰が背と 問ふ人を」
火麻呂には確かにそう聞こえた。
とんぼの様子を伺う火麻呂、何も聞こえていないようだ。とんぼは相変わら
ず汗だくになってよろよろと歩いている。
「先に行ってくれ、すぐ追いつく」
と、とんぼに囁いて谷に下りていく火麻呂。
心細げに火麻呂を見送るとんぼ、隊からかなり離れているのに気が付き、慌
てて走り出した。
谷底には小さな清流が流れていた。
一面に水煙が立ち込め、真夏だというのにひんやりと涼しかった。
左岸の苔むした岩に誰か座っていた。薄暮の光の中で陽炎のようにゆらゆら
と揺れるその人影はまるで精霊のようだ。
火麻呂が用心深く近づくと十程の小稚児だった。
「あれは汝が歌っていたのか?」
ゆっくりと首を横に振る小稚児。長い髪を後ろで束ね、藤模様の唐衣に紅紫
の裳をはいたその小稚児は不思議な微笑を火麻呂に投げかけている。
「じゃあ誰だ」
「あなたには分かっている筈」
火麻呂には雅の声だと分かっていたが、恋しさ故の幻聴か白昼の悪夢だと疑
っているのだ。
「どんな意味だ」
「言葉の意味ですか? それとも本当の意味?」
「本当の意味だ」
「わたしはここにいます。あなたを待っています」
風と清流が共鳴して共に囁いた。
「待っています、待っています、あなたを」
天空を見上げる火麻呂。その声が天から降って来たように感じたのだ。
再び小稚児を見る火麻呂。不思議な小稚児だった、男でも女でもなく、妙に
整った美しい顔を持っていた。
「汝は誰だ」
「さあ?」、不思議な微笑みを浮かべて風に漂う小稚児。
食い入るように小稚児を見詰める火麻呂。
「汝は女か? 男か?」
「あなたが望めば男児にも女児にもなります」
「名は?」
「まだ有りませんが、蘇芳とでも呼んで下さい」
「蘇芳?」
立ちあがる小稚児。
「紅に燃える藤の色です」
赤紫の裳が風に翻ってはためいた。小稚児の身体がゆらゆらと揺れ、藤浪が
ざわめいている。
「火麻呂ーっ!」
雅の絶叫が背後から轟いた。
振り返る火麻呂の目に一本の矢が飛び込んできた。
新羅の若武者が放った征矢だ。
上体を反らせるて矢から逃れる火麻呂。
その矢が蘇芳の心臓を貫いた。と見えたその瞬間、蘇芳の身体が水飛沫と成
って砕け散った。
素早く二の矢を番える若武者。
若武者目掛けて突進する火麻呂。
頭槌の太刀で若武者の弓幹を真二つに裂く火麻呂。
力なく虚空を舞う矢。
環頭太刀の柄に手をかける若武者に体当たりを食らわせる火麻呂。
吹き飛ぶ若武者、仰向けに倒れながらも太刀を抜き放った。
己の太刀を地面に突き刺した火麻呂が若武者に馬乗りになり、太刀を翳す若
武者の右手首を押さえつけた。
バタバタともがく若武者。
若武者から取り上げた太刀を放り投げる火麻呂。
木漏れる日に煌きながら大木の幹に突き刺さる太刀、環頭の中の金龍の目が
きらりと光った。
なおも火麻呂の巨躯の下で暴れる若武者。
火麻呂は若武者の両手首を左手一本で掴んで頭の上で押え込み、足掻く両足
の股を裂くようにして広げ、己の足を絡めて自由を完全に奪った。
まったく身動きの出来ない若武者の美しい顔を夕日が照らした。
大きな右手で若武者の顎を掴んで顔を除きこむ火麻呂。
ようやく観念した若武者、目を閉じて唇を噛み締めた。
一筋の赤い血が若武者の唇から流れ出、顎を持つ火麻呂の手に伝わった。
手についた血をチラッと見た火麻呂、再び若武者に目をやった。
争いで肌蹴た鎧直垂の間で若武者の胸が真っ赤に染まっていた。いや、この
若者は胸を赤い布で締め上げていたのだ。
小首を傾げながら若武者の項の辺りに顔を近付けて匂いを嗅ぐ火麻呂、左手
を若武者の胸の布にかけて引き千切ろうとして思いとどまった。そして、今度
は小袴の中に手を突っ込んで股間を弄った。
「キャツ!」
悲鳴を上げる若武者。
驚く火麻呂、有るべきところに有るものがなかったのだ。
若武者から飛び離れる火麻呂、左手を眺め回して呟いた。
「矢張り女か」
羞恥と怒りで顔を真っ赤に染めた新羅の娘が幹の太刀を引き抜いて火麻呂に
襲いかかった。
娘の太刀が火麻呂の首を撥ねようとした瞬間、けたたましい叫び声と共に怪
鳥が叢から飛び出して娘の眼前を横切った。
怯む娘、それでもその太刀は正確に火麻呂の肩鎧と頸鎧の間の急所を狙っ
た。
ガチッ!
激しい金属音と共に飛び散る火花。
鎖籠手で火麻呂が太刀を受け止めたのだ。
右の拳で娘に当身を食らわせる火麻呂。
顔をしかめてうづくまる娘。
娘から奪った太刀を無造作に放り投げる火麻呂。
清流に沈む太刀。
身をひるがえして清流に走りこむ娘、慌てて水中の太刀を探し回る。
「無駄な事はやめろ! 汝には俺は殺せぬ」
ようやく太刀を探し当てる娘、火麻呂を睨んで太刀を構えた。
「ほーう、どうやら言葉が分かるようだな」
「殺す!」
「なんだ喋れるのか」
鎖籠手を外して左腕を覗き込む火麻呂、傷口からおびただしい血が流れてい
る。
倭文機帯を解き、鎧兜を次々と外して行く火麻呂。
「夜が明ければ倭軍は引き上げる。それまで森にでも潜んでいろ」
娘の翳した太刀が夕日に煌いている。
娘の直ぐ傍の岩に腰を下ろす火麻呂、腕の傷口を流れに浸して血を洗い流
し、直垂の袖を引き千切って傷口に巻きつけた。
火麻呂の余りに無防備な様子に却って戦意を失う娘、振り翳した太刀を持余
し、何をすべきか戸惑っている。
脱ぎ捨てた戎具を蔓で纏め、大地の太刀を鞘に収める火麻呂、戎具を肩にか
けて悠々と上流に向かって歩き出した。
2016年12月8日 Gorou
小島の浜辺に防人が群れていた。
無数の軍船が小島を目指し、次々と兵士が上陸している。
たかが千に満たない海賊に万余の防人軍が壱岐に終結していた。白村江の屈
辱的な大敗から七十年余り、その記憶と恐怖に大宰府が過剰とも思える反応を
示した。
たかが海賊、といえども、背後に新羅の水軍が、更に唐の大軍が潜んでいる
かも知れないのだ。この過敏な大宰府の反応を笑うことも責めることも出来な
い。
戦術的にはむしろ賞賛に値するかも知れない。正確な情報収集が困難だった
この時代では、兵力を小出しにして様子を見るより、主力を一気に投入する方
が遥かに勝利に近かったと言える。
思えば防人が徴用されたのも、水城が築かれたのも、大野城築城、そして大
宰府そのものが新羅と唐からの防衛制度であった。
きらびやかな甲冑に身を固めた壱岐直鹿人が馬上で唐太刀を抜いて陽に翳し
た。
片枝の戟に白虎を表した纛旙が真夏の青空に翻っている。
「吾等は日出る国の天子の兵である。よいか、吾等は神の子であり、神の軍隊
である」
大音声で呼ばわる鹿人。
「新羅の海賊を一人たりとも生かして返すなーっ!」
唐太刀を頭上でぐるぐる回す鹿人。
白馬に跨った黒麻呂が自慢の長刀を翳して奇怪な嬌声を上げて喚いた。
「ウオーツ!」
纛旙と夫々の隊旗が揺れ、水辺にまでひしめき合っている防人たちが一斉に
雄叫びを上げた。
ウオーツ!
地をも揺るがす大軍の雄叫びに森の獣たちが怯えて逃げ惑い、鳥が天空に舞
い散った。 弓兵が虚空に無数の鏑矢を放った。
ヒュルヒュルヒユルーツ! 不気味な音を立てて青空に飛翔する無数の矢。
ドドン、ドン! 鼓吹司の太鼓が轟き渡った。
ザザッ、バン! 数千の軍勢が、まるで踏歌を舞うようにして足を踏み鳴ら
し、盾や伽和羅を叩いた。
吹き鳴らされる法螺貝を合図に、防人の大軍の間から二十人を一隊とした五
つの部隊が現れ、そろりそろりと神々の森に向かって進んだ。
盾を頭上に翳し、森からの弓矢の奇襲を警戒しながら行軍する五つの部隊の
一つに火麻呂の隊がいた。
「糞暑いのになぜこんな物を着けなくてはいけないんだ」
密林の中を行軍しながら同郷の防人、とんぼが胴丸を叩きながら火麻呂にぼ
やいた。
「堪えろとんぼ、襲われても死なずに済むかも知れぬ。それに汝はまだ増し
だ」
短甲だけの兵卒とんぼに比べて、火長火麻呂は肩鎧、頸鎧、挂甲に眉庇付兜
といった重装備で固めていた。
「それにしても己等はあんな大軍を見たのは初めてだ」
とんぼが呟くように火麻呂に囁いた。
「新羅の奴等は強く恐ろしいと聞いていたが、日本の方が強そうじゃないか」
「どうだか、・・・たかが三四人の賊にこの有様じゃ、馬鹿馬鹿しくて話にな
らん」
「もし、火長が大将だったらどうする?」
「こんな無人島に逃げ込んだ賊などに構わず、逃げた船を追って新羅まで攻め
込んでやるわい」
「やれやれ、汝が大将でなくて助かった。それにしても壱岐直は強欲じゃの
う、三百人もを手に入れたのにまだ足りないらしい」
谷底から一陣の風が吹き上げてきた。その風の音に耳を澄ませる火麻呂。
ヒューッ、吹き上げてくる風に乗って人の声が聞こえてきた。
「防人に 行くは誰が背と 問ふ人を」
火麻呂には確かにそう聞こえた。
とんぼの様子を伺う火麻呂、何も聞こえていないようだ。とんぼは相変わら
ず汗だくになってよろよろと歩いている。
「先に行ってくれ、すぐ追いつく」
と、とんぼに囁いて谷に下りていく火麻呂。
心細げに火麻呂を見送るとんぼ、隊からかなり離れているのに気が付き、慌
てて走り出した。
谷底には小さな清流が流れていた。
一面に水煙が立ち込め、真夏だというのにひんやりと涼しかった。
左岸の苔むした岩に誰か座っていた。薄暮の光の中で陽炎のようにゆらゆら
と揺れるその人影はまるで精霊のようだ。
火麻呂が用心深く近づくと十程の小稚児だった。
「あれは汝が歌っていたのか?」
ゆっくりと首を横に振る小稚児。長い髪を後ろで束ね、藤模様の唐衣に紅紫
の裳をはいたその小稚児は不思議な微笑を火麻呂に投げかけている。
「じゃあ誰だ」
「あなたには分かっている筈」
火麻呂には雅の声だと分かっていたが、恋しさ故の幻聴か白昼の悪夢だと疑
っているのだ。
「どんな意味だ」
「言葉の意味ですか? それとも本当の意味?」
「本当の意味だ」
「わたしはここにいます。あなたを待っています」
風と清流が共鳴して共に囁いた。
「待っています、待っています、あなたを」
天空を見上げる火麻呂。その声が天から降って来たように感じたのだ。
再び小稚児を見る火麻呂。不思議な小稚児だった、男でも女でもなく、妙に
整った美しい顔を持っていた。
「汝は誰だ」
「さあ?」、不思議な微笑みを浮かべて風に漂う小稚児。
食い入るように小稚児を見詰める火麻呂。
「汝は女か? 男か?」
「あなたが望めば男児にも女児にもなります」
「名は?」
「まだ有りませんが、蘇芳とでも呼んで下さい」
「蘇芳?」
立ちあがる小稚児。
「紅に燃える藤の色です」
赤紫の裳が風に翻ってはためいた。小稚児の身体がゆらゆらと揺れ、藤浪が
ざわめいている。
「火麻呂ーっ!」
雅の絶叫が背後から轟いた。
振り返る火麻呂の目に一本の矢が飛び込んできた。
新羅の若武者が放った征矢だ。
上体を反らせるて矢から逃れる火麻呂。
その矢が蘇芳の心臓を貫いた。と見えたその瞬間、蘇芳の身体が水飛沫と成
って砕け散った。
素早く二の矢を番える若武者。
若武者目掛けて突進する火麻呂。
頭槌の太刀で若武者の弓幹を真二つに裂く火麻呂。
力なく虚空を舞う矢。
環頭太刀の柄に手をかける若武者に体当たりを食らわせる火麻呂。
吹き飛ぶ若武者、仰向けに倒れながらも太刀を抜き放った。
己の太刀を地面に突き刺した火麻呂が若武者に馬乗りになり、太刀を翳す若
武者の右手首を押さえつけた。
バタバタともがく若武者。
若武者から取り上げた太刀を放り投げる火麻呂。
木漏れる日に煌きながら大木の幹に突き刺さる太刀、環頭の中の金龍の目が
きらりと光った。
なおも火麻呂の巨躯の下で暴れる若武者。
火麻呂は若武者の両手首を左手一本で掴んで頭の上で押え込み、足掻く両足
の股を裂くようにして広げ、己の足を絡めて自由を完全に奪った。
まったく身動きの出来ない若武者の美しい顔を夕日が照らした。
大きな右手で若武者の顎を掴んで顔を除きこむ火麻呂。
ようやく観念した若武者、目を閉じて唇を噛み締めた。
一筋の赤い血が若武者の唇から流れ出、顎を持つ火麻呂の手に伝わった。
手についた血をチラッと見た火麻呂、再び若武者に目をやった。
争いで肌蹴た鎧直垂の間で若武者の胸が真っ赤に染まっていた。いや、この
若者は胸を赤い布で締め上げていたのだ。
小首を傾げながら若武者の項の辺りに顔を近付けて匂いを嗅ぐ火麻呂、左手
を若武者の胸の布にかけて引き千切ろうとして思いとどまった。そして、今度
は小袴の中に手を突っ込んで股間を弄った。
「キャツ!」
悲鳴を上げる若武者。
驚く火麻呂、有るべきところに有るものがなかったのだ。
若武者から飛び離れる火麻呂、左手を眺め回して呟いた。
「矢張り女か」
羞恥と怒りで顔を真っ赤に染めた新羅の娘が幹の太刀を引き抜いて火麻呂に
襲いかかった。
娘の太刀が火麻呂の首を撥ねようとした瞬間、けたたましい叫び声と共に怪
鳥が叢から飛び出して娘の眼前を横切った。
怯む娘、それでもその太刀は正確に火麻呂の肩鎧と頸鎧の間の急所を狙っ
た。
ガチッ!
激しい金属音と共に飛び散る火花。
鎖籠手で火麻呂が太刀を受け止めたのだ。
右の拳で娘に当身を食らわせる火麻呂。
顔をしかめてうづくまる娘。
娘から奪った太刀を無造作に放り投げる火麻呂。
清流に沈む太刀。
身をひるがえして清流に走りこむ娘、慌てて水中の太刀を探し回る。
「無駄な事はやめろ! 汝には俺は殺せぬ」
ようやく太刀を探し当てる娘、火麻呂を睨んで太刀を構えた。
「ほーう、どうやら言葉が分かるようだな」
「殺す!」
「なんだ喋れるのか」
鎖籠手を外して左腕を覗き込む火麻呂、傷口からおびただしい血が流れてい
る。
倭文機帯を解き、鎧兜を次々と外して行く火麻呂。
「夜が明ければ倭軍は引き上げる。それまで森にでも潜んでいろ」
娘の翳した太刀が夕日に煌いている。
娘の直ぐ傍の岩に腰を下ろす火麻呂、腕の傷口を流れに浸して血を洗い流
し、直垂の袖を引き千切って傷口に巻きつけた。
火麻呂の余りに無防備な様子に却って戦意を失う娘、振り翳した太刀を持余
し、何をすべきか戸惑っている。
脱ぎ捨てた戎具を蔓で纏め、大地の太刀を鞘に収める火麻呂、戎具を肩にか
けて悠々と上流に向かって歩き出した。
2016年12月8日 Gorou
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