アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

記憶の旅 九 復活

2018-04-04 16:44:12 | 物語
九 復活

 いざ行かん、記憶の旅へ、我に続け。

 あれからどのくらい経ったのだろうか?
 僕は過去を思い出すのがとても苦手だ。
 手掛かりになるのは二つ、1999年のT電力OL殺人事件と2011年の東日本大震
災だ。
 記憶を失ったのは東日本大震災の暮れだから、九年程経った筈だ。就籍裁判
で名前と戸籍を手に入れてから恐らく四五年というところだろう。が、余り自
信は無い。
 僕は一般市民と何ら変わらぬ日常を送っていた。
 人と違うのは極端に知人が少ないと言う事だ。厳密に言うと丸山さんと小早
川さんだけだ。
 丸山さんは再婚して親子三人でソウルで暮らしている。
 今も丸山さんの手紙を読んでいる。幸せそうな三人の写真が付いていた。本
当に良かった。
 小早川さんも家族三人で茨城で暮らしている。警備員をしているらしい。
 だから、知人と会ってお茶を飲んだり、食事をするなんて事は全く無かっ
た。

 いや、もしかしたらもう一人いるかも知れない、ただそう思いたかっただけ
かも知れない。
 僕は名前と戸籍を手に入れたおかげで自分名義の携帯が持てるようになった
ので、アパートの近くの晴海トリトンスクェアの携帯会社に出かけた。
 その時対応してくれた彼女と知り合いになった。
 彼女にとって僕はその他大勢の客に過ぎなかったが、僕にとっては唯一無二
の知人だ。
 明るく懇切丁寧に契約の手続きを進めてくれた。
 彼女の名札を見た僕は彼女に小声で話しかけた。
「薫子さん? 変わった名字ですね」
 年の頃二十七八と見えた彼女は笑窪を浮かべ、僕の耳元で囁いた。
「名前も香。薫子香。変わってるでしょ」
 喩えようも無い芳香が漂ってきた。香水では決して無い。香木だろうか?

 薫子香さんは、華奢な身体ながらキビキビと動き、笑顔を絶やさず優しく対
応してくれた。
 僕は初めてのスマートフォンの設定や使い方を習う為に、頻繁に携帯ショッ
プに出かけた。
 たまに薫子さんが対応出来ない時は本当に落胆した。が、いつもどこからと
もなく現れ、僕にお茶やジュースと微笑みを届けてくれた。
 僕は、恥ずかしながら二回りも違う女性に胸をときめかせている。

 ある日、また夢を見た
 悪夢では無く穏やかな夢だった。

 僕は山小屋の囲炉裏側で寝転んで浴衣の母親と二人の子供を見詰めていた。
 外は猛吹雪のようだ。
 薪が弾けるように炎を上げている。
 僕はその暖かさに少しうとうととしていた。
 母親と二人の子供は、不思議な事に暖かい囲炉裏から数メートルも離れたと
ころで、しかも浴衣姿だった。凍え無いのだろうか? 
 母親(多分僕の女房)は僕に笑顔を送り、乳飲み子の息子を抱き寄せた。傍ら
の揺りかごでは誕生日を過ぎたばかりの娘がスヤスヤと眠っていた。
 母親が諸肌を脱いで、息子に乳房を与えた。
 なんて美しいんだ! 彼女はまるで雪のように白い肌を持っていた。その微
笑みは慈愛に満ちていた。聖母、いや菩薩のようだった。
 僕は母親の顔を見詰め続けた。切れ長の長い目、慈愛に満ちた視線と微笑
み。広隆寺の弥勒菩薩によく似ていた。・・・ようやく思い出した。ユキコ
だ、彼女はこんなに優しい顔を持っていたのだろうか? だが二人の子供の名
前はどうしても浮かんでこない。
 消えた魔女が菩薩として復活した。

 夢から覚めた僕の脳裏に様々な妄想が駆け巡った。
 ユキコは本当に菩薩になったのだろうか?
 もしユキコ、あるいはマリアが1999年に死んで転成したとしたら? 今二十
八才になっている筈だ。今もどこかで、僕の記憶の中じゃ無く、現実の世界で
僕への復讐を伺っているのだろうか?
 魔女なのか? 菩薩なのか? 二つは同じなのかも知れない。

 数ヶ月が過ぎ、僕はまたしても新しい記憶(夢)を忘れてしまった。
 真夏の熱帯夜は僕を悩ましてとても眠る事は出来なかった。

 僕は部屋を抜け出して公園のベンチで涼んでいた。
 近くのベンチで泥酔した若い娘が横たわっていた。
 あんなに酔いつぶれていたら、変態者に襲われたり、置き引きに会ったりし
ないだろうか?
 僕の怪訝は現実となった。
 二人の男がフラフラした足取りでその娘の方に歩いて来る。
 僕は勇気をふるって立ち上がり娘のベンチの方に足を踏み出した。
 
 立ちふさがる僕に、まさか恐れをなした訳では無いだろうが、二人の男はこ
そこそと逃げ出ていった。
 ベンチでは相変わらず娘が酔いつぶれていた。
「君! こんなところで酔いつぶれていたら危ない」
 娘は僕の言葉に反応して微かに目を開いた。
「あらっ?! Gさん」
 酔いつぶれていたのは薫子香さんだった。
 僕は香を助け起こした。
 彼女は僕に抱きつくようにしてまた眠ってしまった。
「薫子さん、しっかりするんだ」
 肩を揺すると目を開けた。
「家は?」
「すぐそこ」
「一人で行けるかい?」
「無理無理、お願い、Gさん連れてって」
 仕方が無いので、僕は香を引きずるようにして部屋の前まで送った。
 彼女が鍵を取り出したがなかなか扉を開けられなかった。
「ダメ、お願い」
 僕が扉を開け、香をリビングのソファーまで運んだ。
「あーあ、苦しい」
 彼女はブラウスのボタンを引きちぎって胸を解放した。
「お水が欲しい」
 僕は冷蔵庫からミネラルウオーターを取り出し、彼女の口に含ませた。が、
彼女は蒸せるだけで水を飲めなかった。
「飲ませて?」
 僕は水を口に含んで彼女の唇から口の中に送り込んだ。
 ゴクリと飲み込む香。
「もっと」
 もう一口飲ませようとする僕の唇を香の舌が襲った。
 僕の首にしがみついて唇を貪る香、その胸のブラから豊かな乳房が姿を現し
ていた。
 僕には理性等というものはかけらも残っていなかった。
 僕の掌に弄ばれる香の乳房、その乳首が立っていた。

 僕と香はベッドで身体を重ねていた。
 香は雪のように白くて透き通った、美しい肌を持っていた。
 身体は氷のように冷たく、熱帯夜で熱る僕の身体を癒やしてくれた。
「ああーっ!」
 あえぐ香、その身体が紅潮して薄紅色に染まって行く程に、麗しき芳香を放
って来た。
 この香りには覚えが有った。
 僕は香の顔を凝視した。
「はやく来て」
 香は優しく微笑んで僕の顔を引き寄せて囁いた。
「あなたは私の患者さんよ。大丈夫、かならず治してあげるわ、身体も心も」
 香は、今度は僕の両手を自分の首に導いた。
「さあ私の首を絞めて。私を殺しなさい、私の患者さん」
 僕は抗う事等出来ずに彼女の首を絞める手に力を加えた。
 夢遊病者のように彷徨する僕の目が、大きな鏡台に置かれた亜麻色の鬘を捕らえた。
 驚いて香の顔を凝視すると、彼女の瞳がエメラルドグリーンに煌めいた。
「私を滅ぼして解放されるのよ。私の患者さん」
 その後の事は全く覚えていない。総ては闇の中に消えた。

 香と出会ったのも、公園で再会したのも偶然なんかじゃ無い。
 香は、ユキコかマリアの生まれ変わりなのだろうか?
 魔女なのか? 菩薩なのか?

 世の中は常かくのみと思へども 
 いざ行かん、記憶の旅へ、真を求め
 
   記憶の旅・完    作・GOROU


   GOROU          2018年4月2日


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