不動の動

洞察しましょう――(観相学的)断章(フラグメント)。。う~ん、、洞察には至らない印象を書き留めるメモ、いや落書きかな。

水朝

2018-11-14 | Weblog
朝日
(社説)来春の10連休 国民の声届いているか
2018年11月14日
 皇太子さまが新天皇に即位する来年5月1日を祝日とする法案が、きのう閣議決定された。
 政府は常々、代替わりが「国民がこぞってことほぐ中で、つつがなく行われるようにする」と表明してきた。人々に祝意を強制するような物言いは厳に慎むべきだが、当の政府の対応によって、「こぞって」から遠い状況が生まれつつある。それが現実ではないか。
 法案が成立すれば、祝日法の定めに従い、来年は4月27日の土曜日から5月6日のこどもの日の振り替え休日まで、実に10連休になる。長期休暇を歓迎する人ももちろん多いだろう。
 一方で、日給制のため休日増は収入減に直結する▽通院・投薬や介護に支障が出る▽保育園が長く休みになると子どもを預けられる先がない――など、様々な事情から頭を抱えている人が大勢いる。お金やモノの流れがどうなるかも心配だ。
 だがこうした声は政府の耳には入らないようだ。菅官房長官は会見で、連休が「ゆとりのある国民生活」をもたらすことへの期待を語っただけだ。法案審議の中で、政府として考えている措置があるのか、民間や個人の工夫に任せるしかないのかを丁寧に説明する必要がある。それを踏まえ、個々の「自衛策」を練ることになりそうだ。
 そもそも、区切りのいい1月ではなく、年度が替わる4月でもない、5月1日の即位と改元を決めたのは安倍政権だ。
 年初は皇室の行事が重なる、4月は統一地方選があって慌ただしいなどを理由に挙げたが、市民のくらしへの影響をどこまで真剣に考えたうえでの判断だったのか。朝日新聞の社説は繰り返し疑義を表明してきたが、その思いはますます深い。
 新しい元号を公表する時期もいまだに明らかにされない。
 コンピューターシステムの改修や検証が間に合うのか不安は尽きず、混乱が予想される。だが右派勢力や議員らは「天皇の権威にかかわる」として、事前公表そのものに反対の構えをとる。首相の支持基盤の意向とあって、政府もむげにできない状態が続く。結局、ふつうの人々の懸念や戸惑いは、ここでも置き去りにされたままだ。
 退位問題が浮上して以降、天皇の地位は「日本国民の総意に基(もとづ)く」という憲法の定めに注目が集まり、多くの理解と支持があって初めて、象徴天皇制は成り立つことが再確認された。
 戦後長い時間をかけて、皇室と国民との間でつちかわれてきた関係を、大きく傷つけかねない政府の迷走ぶりである。

めも

2018-11-11 | Weblog
読み出してしまった…

土曜朝

2018-11-10 | Weblog
朝日
(社説)原発事故裁判 運転の資格あったのか
2018年11月10日
 福島第一原発事故をめぐる刑事裁判は、来週にも証拠調べを終え、最終段階の論告と弁論に進む見通しだ。先月には、検察審査会の議決によって強制起訴された、当時の東京電力幹部3人の被告人質問があった。
 浮かび上がったのは、巨大津波が襲来する可能性を指摘されながら、誰一人として責任感をもって向きあわず、結果として悲惨な事態を招いた旧経営陣の信じがたい姿だ。
 検察官役の弁護士の主張はこうだ。政府機関の指摘や東電自身による計算で津波は予測できた。3人にも報告があり、対策を進めることがいったんは了承された。だが被告らの判断で先送りとなった――。
 裁判では、これに沿う東電社員の供述調書や資料が明らかになった。対策を進めようとした矢先に「先送り」を指示されて「力が抜けた」と、3人の目の前で証言した社員もいた。
 だが被告らは真っ向から否定した。現場に最も近い立場にいた武藤栄・元副社長は「先送りする権限は私にはなかった」と述べ、経営トップだった勝俣恒久元会長は、津波対策について報告はなく「関心を持たなかった」と言い切った。
 刑事手続きで自らの不利になることは話さなくていい。憲法も保障する権利だ。それでも、連ねられた否定の言葉の中には思わず耳を疑うものがある。
 たとえば、3人が出席したある会議では、目次に津波対策と明記した資料が配られていた。だが3人とも目にした記憶はないという。津波について部下が自分にあてて送ったメールの写しを示された武藤元副社長は、「読んでいない。(そういうメールがあると聞き)事故後に探したが、なかった」と答えた。
 これらがすべて真実なら、何よりも安全に鋭敏であるべき原発の運転者として、無責任かつ無能のそしりを免れまい。
 事故に関しては、東電だけでなく政府や国会の調査委員会も報告書をまとめている。だが、組織総体として津波の危険性を見過ごしてしまった原因など、踏み込み不足の面も少なくない。その解明につながる可能性のある資料や証言が、検察の捜査と強制起訴によって明らかになった意義は大きい。
 3人が問われている業務上過失致死傷の罪が成立するか否かは、裁判所の判断にゆだねられる。だが刑事責任の追及とは別に、判明した新たな事実関係を踏まえ、事故の全体像に改めて迫る取り組みが不可欠だ。
 未曽有の被害を前に、「無責任」の上塗りは許されない。

金朝

2018-11-09 | Weblog
東京【社説】
イチエフの外で考える 復興の光と影を見て
2018年11月9日
 福島の浜通り。復興の光と影が交差する。八度目の冬が近づく今もなお、ふるさとへ戻れない人がいる。帰還困難区域の時間は止まったままだった。
 これも、復興のシンボルというのだろうか。
 福島県広野町と楢葉町にまたがるJヴィレッジ。サッカーのナショナルトレーニングセンターとしての営業が、この夏再開された。
 サッカー日本代表の練習拠点は、福島第一原発事故のあと、長らく事故の対策拠点になっていた。
 東京電力が建設、福島県に寄贈し、東電の関連会社が委託を受けて運営する施設である。
 八キロ北に福島第二、さらに十二キロ先には第一原発(イチエフ)。排気筒が霞(かす)んで見える。
 敷地面積は四十九ヘクタール、東京ドーム十個分。天然芝のピッチ八面、人工芝のが二面。原発作業員の仮設住宅は取り除かれて、日本初、世界最大級という、銀色の屋根に覆われた全天候型練習場を新たに整備した。建設費二十二億円のうち、十五億はサッカーくじの収益で、残りは寄付金で賄った。
 百十七室の新宿泊棟もできあがり、アスリートのみならず、復興ツーリズムの一般客なども受け入れる。来年の春には、目の前にJR常磐線の新駅も開設される。
 止まっていた時計が動きだしたかのようにも見えた。
◆捕らぬたぬきの皮算用
 富岡町から大熊町へ。国道6号を北上するにつれ、時間の刻みが少しずつ、緩やかになっていく。かつての美田は畦畔(けいはん)も区別なく、セイタカアワダチソウやススキの群れに塗りつぶされて、生活のにおいがすっかり消えた家や店舗は、原発事故の爪痕を今も残したままになる。
 帰還困難区域は金属の柵に閉ざされて、進入が厳しく制限されていた。
 側道への入り口で警備員の厳しいチェックを受けて、凍り付いたままの時間の中を除染廃棄物の中間貯蔵施設=写真=へ向かう。
 今年三月、放射線の面的な除染作業が終わり、削り取られた表土や農地の草など、福島県内だけで約千六百万立方メートルの“ごみ”が出た。
 道路沿いに山積みにされたままでは復興の妨げになるとして、とりあえず一カ所に集めるために、第一原発が立地する双葉、大熊両町が“苦渋の決断”で受け入れることにした国の施設である。
 計画面積は、千六百ヘクタール。小さな自治体がすっぽり入る巨大な穴ぼこも、結局は長期の仮置き場。二〇四五年三月までには、掘り返してよそへ移す約束だ。
 「このままの状態で最終処分地を探すのは、到底無理」と、所管する環境省も認めている。
 そこで減容、かさを減らすための技術開発を同時に進めているところという。
 放射線量の低いものを加工して、公共事業の基盤材などに活用し、まず半減。残った土の粒子をより分けて、放射線濃度の低い部分をさらに活用。最後に残った濃度の高い“ごみ”を焼却することで、95%以上は、かさを減らせるという皮算用。そうなれば、三ヘクタールの最終処分用地を見つければいいと、環境省は考える。
 しかし、そんなにうまくいくものか。
 「大熊町の町長とよく言い合ったものだった。中間貯蔵を受け入れたら、われわれ、殺されるかもしれないと-」
 双葉町の伊沢史朗町長は、繰り返し真顔で語る。
 「私たちの判断が正しいか、間違っていたのか、今現在もわからない。評価は何十年後かに決まるだろう」とも。
 恐らくそれまで、町長たちの心が休まることはない。
 いかに帰還が困難とはいえ、「先祖の墓所をごみ捨て場にはできない」と、色をなす地権者に、環境省の用地担当職員の心は揺れた。現場は苦悩に満ちている。
◆空ろの中に潜むもの
 「(津波対策には)関心を持たなかった」とうそぶく、東電の元トップ。事故を起こした原発建屋の中で「工場萌(も)え」を覚えてしまう東電広報担当者…。
 そのような皆さんは、ここへ来て、中間貯蔵施設の巨大な“空(うつ)ろ”をのぞいてみるといい。
 原発事故の闇の深さに、きっとおののくだろうから。

月曜朝

2018-11-05 | Weblog

Wikiから
ドライキャスク(dry cask、乾式キャスク、乾式容器、乾式貯蔵キャスクとも)は使用済み核燃料のような高レベル放射性廃棄物を保管する方法である。
現時点ではドライキャスクによる使用済み核燃料の永久貯蔵は不可能であり、あくまで一時的な保管用である。使用済み核燃料をプールに貯蔵するよりは、冷却水の電源喪失でメルトダウンを起こさないため、優れた貯蔵方法というわけである。


朝日
(社説)使用済み燃料 保管リスクを直視せよ
2018年11月5日
 問題解決の見通しがないまま、原発の再稼働によって確実に増えるやっかいなものがある。使用済み燃料だ。
 政府の掲げる核燃料サイクル計画では、青森県六ケ所村で建設中の再処理工場に運び、プルトニウムを取り出すことになっている。それを見込み、電力各社は現在、使用済み燃料のほとんどを、原発にあるプールのなかで冷却水を循環させながら保管している。
 福島第一原発の事故では、停止中だった4号機のプールの冷却機能が電源喪失により損なわれ、水位が下がるなどして危機的な状況に陥った。万全な保管方法でないことは明らかだ。
 一方、再処理工場の完成は20回以上も延期され、使用済み燃料を原発からいつ搬出できるのかわからない。そもそも核燃料サイクルは破綻(はたん)しており、再処理工場は稼働させるべきでもない。それなのに、原発のプールでいつまでも使用済み燃料の保管を続けるのは、無責任だ。
 使用済み燃料から出る高レベル放射性廃棄物の地層処分をめぐっては昨年、候補地となりうる地域を示したマップが公表され、各地で政府主催の説明会が開かれている。だが、多くの知事が処分地受け入れの考えはないと表明し、立地の難しさが浮き彫りになった。最終処分地の建設には、極めて長い年月がかかることを覚悟するべきだ。
 せめて、すでに存在する使用済み燃料を、少しでも安全に保管するにはどうしたらよいか。現実的な選択肢として考えられるのが、水や電気を必要としない空冷の容器で保管する「乾式貯蔵」への移行だ。
 すでにいくつかの電力会社は検討を始めている。
 伊方原発を再稼働させた四国電力は今年、敷地内での乾式貯蔵施設の建設を公表し、玄海原発を抱える九州電力も検討中だ。福井県では、高浜原発や大飯原発の再稼働の条件として、県外で乾式貯蔵することを知事が求め、関西電力が候補地を探している。
 ただ、こうした動きの背景には、燃料プールが満杯に近づきつつあり、このままでは原発の運転が続けられなくなるという事情がある。
 乾式貯蔵への転換はあくまで、現在の保管方法がはらむリスクを減らすための措置だ。原発の運転を続ける口実にしてはならない。
 むろん原発敷地の内外を問わず、施設の設置に当たっては地元住民の理解が欠かせない。貯蔵期間や容量について、丁寧に合意形成を図る必要がある。


読売
ニューカレドニア、住民投票で独立に「ノン」
2018年11月5日 06時49分
 【ヌメア(ニューカレドニア)=一言剛之】南太平洋に位置するフランス領ニューカレドニアで4日、フランスからの独立を問う住民投票が行われた。当局の発表によると、即日開票の結果、独立反対の票が56・4%で過半数となり、独立が否決された。
 投票率は約80%だった。開票結果を受け、マクロン仏大統領は4日、テレビ演説し、「対話を続けることが唯一の道だ」と述べ、独立を求める先住民との融和に取り組む姿勢を強調した。
 ニューカレドニアは1853年に仏が植民地化した。予算編成や教育など多くの自治権が認められているが、人口の約4割を占め、貧富の差に不満を抱く先住民カナク人を中心に1980年代以降、独立運動が激化し、当局との武力衝突に発展した。混乱を収めるため仏政府は98年、独立派、残留派と3者で「ヌメア協定」を結び、2018年末までの住民投票実施を約束した。

土曜朝

2018-11-03 | Weblog
東京新聞【社説】
憲法公布の日に ワイマールの教訓とは
2018年11月3日
 きょう十一月三日は日本国憲法が公布された日だ。世界史に目をやれば百年前、ドイツでワイマール憲法が誕生する契機となった事件の日でもある。
 ドイツ海軍は英国海軍に制海権を握られて、海上封鎖にあっていた。第一次大戦の末期のことだ。ドイツ北部の軍港は敗色が濃厚で、もはや水兵らは厭戦(えんせん)的な気分になっていたという。
 戦艦は港に眠ったまま。潜水艦の攻撃も成功の見込みはない。それでも海軍司令部は大決戦を挑むつもりだった。攻撃命令が出た。まるで特攻作戦である。ところが、大勢の水兵が命令を拒否してしまった。
◆改憲は社会契約の変更
 水兵はただちに拘束され、キール軍港へ。軍法会議で死刑が予想された。緊張した空気の中、仲間の水兵らが釈放を求めた。そして、一斉に武装蜂起-。「キールの反乱」と呼ばれる、一九一八年十一月三日の世界史的な事件だ。
 ドイツ海軍の戦艦同士が大砲を向け合ったという。上官に従う艦と従わない艦と…。結局は水兵と労働者による評議会が形成され、キール市を支配下に置いた。
 反乱の火はドイツ全域に拡大し、九日には皇帝ウィルヘルム二世が退位に追い込まれ、オランダに亡命した。帝政ドイツの崩壊。そしてドイツ共和国が誕生した。
 帝政時代の憲法は鉄血宰相で有名なビスマルクらが制定した。だが、共和政へと国家の形が変われば新憲法がいる。それが一九一九年のワイマール憲法だ。つまり国民との社会契約が変わるとき憲法も変わる。
 明治憲法は帝政時代のドイツ(プロイセン)憲法を模範とした。戦後の日本国憲法も敗戦により、天皇主権から国民主権へと政体が変わったから、新たな社会契約として制定されたのだ。
◆自衛隊をなぜ明記?
 日本国憲法は英国の「権利の章典」、米国の独立宣言や合衆国憲法、フランスの「人権宣言」などの思想を踏まえる。ワイマール憲法との類似点もある。
 例えば生存権である。「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」の条文だ。その他、ワイマール憲法では主権在民や男女平等の普通選挙。教育を受ける権利しかり、自由権しかり、労働者の団結権もしかり…。
 ワイマール憲法は当時、世界で最も民主主義的で、輝ける憲法だったのだ。「平和主義」の日本国憲法も今なお世界最先端をゆく、輝ける憲法だと考える。
 だが、臨時国会で安倍晋三首相は「自民党総裁として」と断りを入れ、九条改正を促した。持論は自衛隊の明記だ。「自衛隊員の正当性の明文化、明確化は国防の根幹だ」と答弁した。
 不思議だ。自衛隊に正当性がないのか? 歴代政権は「合憲」と正当性のお墨付きを与えてきたではないか。国民の大半の支持がある。法制度も整っているのに。
 九条改憲案が国民投票で可決されても首相は「(現状に)変わりがない」と述べ、否決されても「(合憲に)変わりがない」と過去に言った。ますます不可解だ。改憲の動機が空疎なのだ。
 「平和主義」は戦後日本が国民との間で交わした最重要の社会契約である。しかも世界に、アジア諸国に向けた約束でもある。その社会契約を変更するには、説得できる理由がいるはずだ。
 首相がこだわる真の理由は何か。まさか「改憲したいから」ではあるまい。「国軍化」への一歩なのか。歴代内閣が守ってきた専守防衛の枠を超え、集団的自衛権さえ使う国になった。自衛隊の任務の境界が不明確になった。海外の戦争にまで踏み込むのか。
 平和主義を打ち壊そうとしているなら断然反対する。そもそも憲法改正には限界がある。立憲主義も国民主権も平和主義も基本的人権も権力分立も、憲法の根本原理だから改正不能でないのか。
 だが、憲法条文を無力化する方法が別にもある。緊急事態条項である。政府が「緊急事態」を宣言すれば、憲法秩序が止まる。
 輝けるワイマール憲法がわずか十四年で事実上、機能停止したのも、この規定のためだった。ナチス・ドイツ下では「民族と国家防衛のため」を口実に国家緊急権が乱用され、保障されているはずのさまざまな自由が奪われ、ユダヤ人の大虐殺も行われた。
◆「国民のため」は要注意
 自民党が考える改憲案には緊急事態条項も含まれている。為政者は権力を強めるためにさらなる権力を求める。だから条文で厳しく制約し、権力を鎖につなぐ。それが憲法の役割である。
 ワイマール憲法を教訓にすれば、政府が「国のため」「国民のため」というとき、実は危険な兆候なのかもしれない。

木曜朝

2018-11-01 | Weblog
朝日
(社説)原発事故賠償 不備の放置は無責任だ
2018年11月1日
 原発で大事故が起きた際の損害賠償制度について、政府が抜本的な見直しを先送りしようとしている。保険で備える金額の引き上げなどを、原子力委員会の部会で検討してきたが、成案を得られなかった。電力や保険業界と調整がつかなかったためとみられる。
 検討のきっかけは、東京電力福島第一原発の事故だった。あれから8年近い時がたつのに、今の仕組みが抱えるさまざまな不備や欠陥は、さらに放置される。一方、政権と電力業界は原発の再稼働を進めている。無責任と言うほかない。
 今の制度は、原発を持つ電力会社に対し、賠償金をまかなうための民間保険と政府補償の契約を義務づけている。ただ、これで用意できる額は最大1200億円にすぎない。福島の事故の賠償額は8兆円を超えており、まったく不十分だ。
 東電のケースでは、自力で償えないことが明白だったため、政府が急場しのぎで別の支援制度をつくった。いったん国が賠償金を立て替え、数十年かけて東電と他の大手各社に負担金を払わせ回収する仕組みだ。
 事故と関係ない同業他社も賠償に巻き込む理屈は、「原発事業者の相互扶助」。政府は、別の大事故が起きた場合も、これで対処する構えだ。
 だが、小売り自由化の下、ライバル同士の助け合いは持続可能とは言いがたい。事故への備えや賠償負担を、電力会社や株主などの利害関係者、国との間でどう分かち合うか、重い宿題に答えを出さねばならない。
 原発を動かすのであれば、万一の時の対応を怠ることは許されない。まず保険で確保する額を大幅に引き上げるのが筋である。政府は引き続き、関係業界と具体策を検討すべきだ。
 事故を起こした電力会社の経営破綻(はたん)を想定した新制度も検討課題となる。その場合、株主や取引金融機関にも応分の負担を求めつつ、国が賠償で前面に立たざるを得ないだろう。
 電力大手の保険料負担が増えれば、電気料金にはね返るかもしれない。ただ、政府や業界が「安い」としてきた原発の経済性を再評価し、実態を見えやすくすることには意義がある。
 賠償問題の迷走の根底にあるのは、「国策民営」で進めてきた原子力政策のあいまいさだ。
 潜在的なリスクや社会全体のコストを直視したうえで、なお原発を使い続けるのか。事故が起きた場合、収束作業や被害回復の責任はだれがどう負うのか。賠償制度の見直しは、根源的な問いを投げかけている。

火朝

2018-10-30 | Weblog
河北新報
河北春秋(10/30):身の毛もよだつニュースだった。「ユダヤ人…
2018年10月30日 火曜日
 身の毛もよだつニュースだった。「ユダヤ人は全員死ね」と、男は叫んで乱入し銃を乱射した。米国で起きたユダヤ教会堂の襲撃事件。赤ちゃんの命名式や礼拝に集った信者らの11人を殺害し、6人を負傷させた▼容疑者は犯罪歴のない白人の男で、白人以外の人種や少数者らに差別的な考えを持つ人々の多い交流サイトに投稿していた。犯行前、移民を支援するユダヤ人団体を憎悪する書き込みをしたと伝えられた▼「オルト・ライト(新保守派)」なる言葉がある。長らく社会の支配階層だった白人男性らを中心に、仕事を脅かし伝統の価値観を変える動きに怒りを抱く人々の動きだ。その声を代弁しないメディアを信じず、同様に批判的メディアに「偽ニュース」と反撃するトランプ大統領の支持者が多い▼米国では別の物騒な事件も起き、トランプ氏を批判してきた民主党のオバマ前大統領、俳優ロバート・デ・ニーロ氏ら9人に小包爆弾が送られた。容疑者はやはりネットで「政敵」への憎悪を拡散していた男だった▼「国民の敵」。自らの政策や姿勢に異議を唱える者を、ツイッターでこう攻撃するのが今のトランプ流。敵対をあおる政治は社会の分断を隅々に広げ、暴力的な犯罪まで引き起こす。世界が憧れた「自由の国」はもはや幻影か。(2018.10.30)


木曜朝

2018-10-25 | Weblog
デーリー東北
天鐘(10月25日)
 コンビニのレジで会計をする度に、済まないという気持ちが増すようになっていた。誰に対してかというと、相手は地球。ビニールごみをまた増やしてしまう▼ちょっとお菓子やおにぎりなどを買った時の袋だ。「袋はいいですよ」と断りたいのに、ついつい入れてもらい、たまる一方。サイズは小さいが、何十枚ともなればあっという間にかさばる。家で生ごみをまとめるのに使っても余る▼スーパーにはエコバッグを持参するけれど、さっと立ち寄るコンビニには財布だけ持って入るのが常。意識して“マイバッグ”を用意すれば済む話なのだが▼海洋汚染の一因として問題になっているプラスチックごみ。漂流したビニールを餌だと思って飲み込む生き物もいるという。削減に向けて環境省は、レジ袋の有料化を小売店に義務付ける方針を固めた。コンビニも対象になる▼異論、効果への疑問も聞こえる。確かに有料化だけで全てが解決するわけではないが、環境保全を考えるきっかけにはなる。既に多くのスーパーなどは有料化を導入済み。消費者は最初戸惑ったが、バッグ持参派は確実に増えた▼身近なレジ袋が地球規模の問題につながっている。人間社会の利便性だけを基準に判断している場合ではなさそうだ。地球に共生する「生き物」として気配りを忘れてはいないか。快適な生活がある一方で、別の生き物の生活が破壊されている。


イージス・アショア
北斗星(10月25日付)
2018年10月25日
 「国策だから反対できないという意見があるが、決してそんなことはない」。新潟県旧巻町(新潟市)で町長を務めた笹口孝明さん(70)が以前講演で力説していた。原発問題に正面から対峙(たいじ)した重みが伝わってきた
▼東北電力が巻町への原発建設計画を発表したのが1971年。町を二分する議論が繰り広げられる中、住民団体代表として奔走したのが笹口さんだ。町長に就任した96年には原発の是非を問う国内初の住民投票に踏み切った。反対6割と「原発ノー」の意思が鮮明になり、その後計画は頓挫した
▼地域に大きな影響を与える問題だからこそ住民の意思が鍵を握る。国策とはいえ情報が十分開示され、一定の合意が得られて初めて可能となる。笹口さんの主張は明快だった
▼秋田市の陸上自衛隊新屋演習場が候補地に挙がる迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」は、防衛を目的とした国策だ。だがテロや軍事衝突が起きた場合、被害が演習場にとどまらないことは誰でも想像がつく。住民が反対するのは当然だ
▼適地か否かを見極める調査を前に、防衛省幹部らが秋田市を訪れ知事や市長、住民に調査の概要を説明した。判断は来年度下すという。国の土地だから粛々と進めます。そんな有無を言わさぬ姿勢に見えて仕方がない
▼「最悪なのは論議が深まらない中でいつの間にか決まってしまうことだ」と笹口さん。住民をないがしろにした判断など受け入れられるはずがない、と今から言っておく。


下野新聞 雷鳴抄
96%
 「96%」。震災から7年7カ月がたった東京電力福島第1原発や周辺の現状を示す一つの数字である。先日、共同通信の視察団に加わり現地を訪れた際、発電所の内外で聞き「時の流れ」を考えさせられた▼原発内では、爆発や火災のあった1~4号機を間近で見た。津波の爪痕が生々しく残る。燃料デブリの取り出しや汚染水対策など課題はなお山積みで、改めて事故の重大性を実感した▼ただ、防護服の作業員は姿を消し「一般作業服で歩けるエリアが96%」と担当者は話す。現在も4千人以上が働く。職場環境という点では改善しつつあるようだ▼一方、原発がある双葉町はいまだ96%が帰還困難区域だ。全町避難が続き、役場機能もいわき市に移されたままである。「復興のために」と汚染土壌の中間貯蔵施設を受け入れた伊沢史朗(いざわしろう)町長は講演で、「町を新しくつくり替える」と力説した▼折も折、津波対策を巡り強制起訴された東電旧経営陣は公判で責任を否定した。「真実を明らかにしてほしい」。被災者の偽らざる気持ちだろう▼小紙には原発事故以降、県内各地の空間放射線量率を掲載するコーナーがある。低レベルに下がり落ち着くが、それに比例して被災地への関心まで薄れてはいないか。闘いが続くフクシマの今を目の当たりにし、風化させてはいけないと肝に銘じた。


信濃毎日新聞
斜面
パレスチナ難民キャンプではイスラエル兵が取材を拒み、入ろうとする記者を拘束し時に発砲した。フォトジャーナリスト広河隆一さんは戦車に追い掛けられた。逃げたら撃たれる。だが取材できないまま逮捕されるわけにはいかない
   ◆
とっさに逃げ込んだ路地は5メートル先で行き止まり。万事休すと思った瞬間、パレスチナ人の家の戸が開き男が手招きした。広河さんはその家に飛び込んで追っ手から逃れた。住民はかくまえばイスラエル兵に殺される危険がある。それを承知で助けたのだ
   ◆
広河さんはかつて本紙に書いていた。加害者は被害を隠す。ゆえに被害者はジャーナリストの手を借りて被害を伝えようとする。それが次の被害を防ぐ唯一の道だから、と。世界の目が注がれることに生きる望みをかける。そうした人々とのつながりがジャーナリストの身を守る
   ◆
内戦のシリアで行方不明になった安田純平さんが解放された。無事を何より喜びたい。けれど経過をきちんと省みることも必要だ。なぜ拘束される事態に陥ったのか。準備は万全だったのか。現実を伝えてほしいと願ったシリアの人々への責任でもある
   ◆
3年前の後藤健二さん殺害事件を受け「危険地報道を考えるジャーナリストの会」が発足した。再発防止策を自ら考え継承する組織だ。報道の意義を知ってほしいと共著「ジャーナリストはなぜ『戦場』へ行くのか」を出した。世界の現実に目を閉ざさないためにも、読みたい1冊である。



中日春秋
 <人間の智慧(ちえ)は、ただこの二つの言葉にふくまれている…待て、しかして希望せよ>。デュマの長編小説『モンテ・クリスト伯』の有名な結びだ。苦しい時も希望をもって耐え続ければ、道は開ける。長い物語はそれが大切だと呼びかけて終わる
▼主人公の青年は陰謀により監獄に入れられ、脱獄するまで十年以上苦しみを味わう。待つことも希望することも難しい過酷な世界で、耐え抜いた強さが結語を生き生きとさせている
▼シリアの武装組織に拘束されたジャーナリストの安田純平さんが無事に解放された。希望を失わず、待ち続けた三年余りの日々ではなかったか。日本人がテロリストに拘束され、命を奪われてきた地域である。恐怖に耐え抜いた精神力は拘束を脱する要因になったに違いない
▼国境なき記者団のまとめでは、安田さんのように拘束されたジャーナリストが昨年末の時点で中東などに五十人以上。その帰還を待っている人々に、希望を与える物語にもなったのではないか
▼紛争地の現実を多くの人に届けるのが安田さんの狙いだったはずだ。それを果たせず、解放のために外国を含む政府関係者の力を大いに借りた。自己責任だという意見も上がろう
▼プロとして無念の思いや反省が湧き上がってくるのではないか。ただ過酷な世界で何を体験し、何を見たかを伝えることができる。それは重要な仕事だろう。



水朝

2018-10-24 | Weblog
朝日
(社説)障害者雇用 水増し不正の根絶を
2018年10月24日
 中央省庁が障害者の雇用数を水増ししていた問題で、第三者委員会の検証報告や地方自治体の自主点検結果が公表された。
 国の行政機関での不正事例は3700人分に上る。新たに公表された都道府県・市町村などの約3800人分と合わせると、過大計上は約7500人分にもなる。国会や裁判所でも同様の事例が見つかっている。
 信じ難いほどの不正の広がりだ。だが、なぜ水増しが行われるようになったのか、肝心な点が解明されていない。
 そもそも1カ月余りでの検証には、限界がある。調査を続け、歴代の関係者も含めて責任の所在を明確にし、厳正に対処すべきだ。不正の根を突き止め、絶つことなしに、再出発はあり得ない。
 第三者委によれば、各省庁は障害のある職員が退職した際、多くの場合、在職している職員の中から新たに障害者を選び、雇用率に算入していたという。まさに法定雇用率を充足するための「数合わせ」ではないか。
 手法も悪質だ。「うつ状態」と自己申告した職員などを、臓器などの内部機能に障害がある「身体障害者」としたり、長年引き継がれてきた名簿をもとにすでに退職した人や亡くなった人を加えたりしていた。
 再発防止のため、厚生労働省が各省向けの手引を作成し、各省庁でも複数の職員によるチェックを強化するというが、不十分だ。第三者委は、各省庁への指導監督体制の不備も指摘している。早急に見直すべきだ。
 水増しの発覚で下がった障害者雇用率を上げるため、政府は2019年末までに、計約4千人の障害者を採用する方針だ。早急な是正は必要だが、「数合わせ」に終わってはならない。
 やりがいを持って働ける職場の環境づくり、その人に適した仕事の内容や働き方の工夫、サポート体制がなければ、長く働き続けることは難しい。
 障害者の社会参加にとどまらず、共に働くことは誰もが働きやすい職場の実現にもつながる。共生の理念が政策に反映される意義も大きい。
 そんな障害者雇用の原点に立ち返り、それぞれの人が能力を発揮できる職場改革に取り組まねばならない。
 今年4月から法定雇用率が引き上げられ、民間でも障害を持つ人を活発に採用している。民間と奪い合うのでは、障害者の雇用を広げることにならない。民間でなかなか採用が進まない精神・知的障害の人たちの働く場を広げることこそ、公的機関の役割ではないか。


岩手日報
(風土計)2018.10.24
 秋の夕暮れ時は、夏場とは異なる太陽光の加減で遠近感が狂いがち。その時間帯に重大な交通事故が多発する遠因の一つとされる。県警が、薄暮時の取り締まりを強化するのももっともだ
▼「レーダーパトいるいる作戦」と銘打って幹線道の目立つ場所にパトカーを待機させ、運転者や歩行者に注意を促す。あえて「見せる」のがミソだろう。その存在が社会正義を体現するからこそ、効果も上がる
▼その実、パトカーも時に過ちを犯す。駐車違反や通行禁止区域への乗り入れで反則切符を切られた例もあるし、速度超過で書類送検された覆面パトカーもある。県内では、免許失効中に乗務していた例もあった
▼いずれも過去の本紙報道だ。日々の業務の全体から見れば極めてまれな事案が、その軽重によらず全国的に報じられるのは、それ自体が警察活動への信頼や期待感の証し。扱われなくなったら、その方が物騒だ
▼霞が関を揺るがす障害者雇用水増しは、1976年の雇用義務化当初から行われていたという。根底には「お役所が不正をするはずがない」との過信やなれあい。この状態で民間を指導していたとは、あきれる
▼今日から臨時国会。新閣僚に持ち上がる「政治とカネ」問題に官邸筋は「大ごとではない」とうそぶく。「政治家が不正をしないはずがない」とでもいうのだろうか。


信濃毎日新聞
斜面
「リボ払いに何年も気付かなかった」と知人の腹の虫はなかなか治まらない。自称“現金派”なのに大きな買い物でクレジットカードを使い、定額返済の仕組みを知らず金利手数料を払い続けた。認識不足が招いた悔しさはよく分かる
   ◆
日本では現金を使う人がなお多い。2015年の現金決済の比率は8割。韓国の1割、中国の4割に比べて圧倒的だ。偽札がなく奇麗なこと、落とした財布も戻る治安の良さ、ATMの普及などが理由に挙げられるが、現金のありがたみも無視できまい
   ◆
韓国で一気に普及したのは1997年の通貨危機がきっかけだ。政府は消費拡大や商店の脱税防止を狙ってクレジットカードの買い物に税金を優遇したり宝くじを付けたりした。使いすぎた個人の破産が多発し問題にもなった。わが政府も一気呵成(かせい)にキャッシュレスに走るらしい
   ◆
来年の消費税増税からカードやスマホでの買い物に増税2%分をポイント還元する検討に入った。軽減税率の食料品などにも付くので今よりも得になる。端末導入に二の足を踏む中小店舗への支援策も整えるという。それにしても強引すぎる誘導である
   ◆
キャッシュレスで得られる膨大な個人データが新事業を生む、先進諸国から取り残されるな―。経済産業省が旗を振る。カード事業は米国のレストランで財布を忘れ気まずい思いをした実業家の発案だった。以来便利さの追求は加速する一方だが、現金派が不利益を被らないよう願いたい。



神戸新聞
正平調
2018/10/24
ペンは剣よりも強し、の信念を貫いたジャーナリストの死に世界の憂慮が深まっている。サウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏がトルコのサウジ総領事館で死亡した事件である◆「暗殺とは、究極の検閲である」。英国の劇作家バーナード・ショーの言葉だそうだ。果たしてその記者が非業の死を遂げたのも“究極の検閲”によるものではなかったか。疑いのまなざしは日を追って強まる◆記事によれば、サウジの次期国王と目されるムハンマド皇太子の関与があったのかどうか、それが焦点だという。皇太子は強権的に異論を封じてきたとされる。その専制をきつく批判したのがカショギ氏だった◆サウジ当局は「彼は立ち去った」という最初の説明を覆し、総領事館で亡くなったことをしぶしぶ認めている。「口論と格闘の末に」と計画性は否定するが、はじめにウソをついたことでますます分を悪くした◆チャプリン語録にある。「わたしは祖国を愛しているが、祖国を愛せよと言われたら祖国を去る」と。サウジを追われて米国に移っても、カショギ氏は政府批判をやめなかった。そこに祖国への愛と良心を見る◆思ったことが言えず官憲の影におびえる時代が日本にもあった。言論封殺はあながち遠い異国の話でもない。


紀伊民報
水鉄砲
「読書週間」
 27日から読書週間が始まる。情報がインターネットで手軽に得られる時代だからこそ、若い人には読書に興味を持ってほしい▼ノーベル賞受賞者イシドール・ラビは、科学者になった理由をこう語る。「毎日学校から帰ると、母にどんな質問をしたかと詳しく聞かれた。だからいい質問をしようと懸命に努力し、科学への目を開かれた」▼教員も一方通行の知識を記憶させるのではなく、生徒を刺激し、疑問を引き出し、徹底的に答える授業が望ましいと、アメリカのコラムニストのトーマス・フリードマン。ピューリツァー賞を3回受賞し、経済の大転換と人間の未来についての予見で、世界的ベストセラーを書いた人だ。「これからの世界は、知能指数よりも好奇心指数、熱意指数が大事」と説く▼これは先日ノーベル賞を受賞した本庶佑さんの主張とも一致する。「全てを疑い、自分の頭で考えて納得できるまでやる」。それにはやはり読書の習慣が重要だ。すべてに「なぜ、それで」という疑問を見つけ、本を開き、その結果を家族や先生にぶつけよう▼こうして好奇心指数、熱意指数が身に付けば、知識への関心はますます高まり、人生が充実したものになる、とフリードマン▼大量の知識を基にあらゆる科目に目を配ろう。「本も読まない若者は携帯を使うサル」と皮肉る評論家もいる。エッセイスト、池澤春菜さんの「三つ子の読書、百まで」を銘記したい。(倫)

火曜朝

2018-10-23 | Weblog
信濃毎日新聞
斜面
無実の罪を雪(すす)ぎ、潔白を明らかにすることを「雪冤(せつえん)」という。旧会津藩士の渋谷源蔵が戊(ぼ)辰(しん)戦争(1868〜69年)から約40年後に著した「雪冤一弁」は、敗者の目から書いた貴重な記録だ。汚名を着せられた無念の思いが表れている
   ◆
戊辰戦争は王政復古のクーデターによって政権を奪取した新政府軍と旧幕府軍の内戦だった。薩摩、長州を中心とする新政府軍は「錦の御旗」を得て「官軍」を名乗ることに成功。旧幕府軍の主力だった会津藩は「朝敵」「賊軍」とみなされて敗北する
   ◆
2年後。旧藩士と家族1万7千人は下北半島に追いやられた。冷たい海風が飢饉(ききん)を引き起こす土地だ。飢えと寒さに人々は辛酸をなめた。戊辰戦争で砲兵として転戦した渋谷はこの開墾生活も経験している。勝者が思うままに記す歴史の理不尽さに煮え湯を飲まされたことだろう
   ◆
明治改元から150年の今日、政府が記念式典を開く。長州人を自負する安倍晋三首相のこだわりが感じられる行事だ。首相は8月、鹿児島の講演で「薩摩と長州で力を合わせ新たな時代を切り開きたい」と発言した。単色の歴史観は視野を狭めないか
   ◆
作家の半藤一利さんは福島民友新聞社刊「維新再考」のインタビューで指摘している。明治の指導者は朝敵を差別し、自分たちだけが偉くなって歴史を隠した。この150年には国家を滅ぼす要因が山ほどあった、と。複眼で実相を見つめれば、学ぶべき苦くて厳しい教訓が浮かび上がる。

月曜朝

2018-10-22 | Weblog

批判すべきところは批判し合い、協調できるところは協調を強める。合理性に立った、新たな日中関係をめざしたい。
朝日社説
https://www.asahi.com/sp/articles/DA3S13734291.html?ref=editorial_backnumber

月曜朝

2018-10-22 | Weblog

批判すべきところは批判し合い、協調できるところは協調を強める。合理性に立った、新たな日中関係をめざしたい。
朝日社説
https://www.asahi.com/sp/articles/DA3S13734291.html?ref=editorial_backnumber

日曜朝

2018-10-21 | Weblog
東京新聞
【社説】
明治150年に考える 来た道をたどらぬよう
2018年10月21日

 明治元(一八六八)年から数えて今年は百五十年。政府はさまざまな行事で祝います。明治とはどんな時代だったか。歴史の美化を離れて考えます。
 汽車や西洋風の赤れんが建物…。上流階級が舞踏会を楽しんだ鹿鳴館もありました。明治には目をみはる変化がありました。
 西洋の思想や文学、科学も入ってきます。それを理解するために和製漢語が生まれました。
 「交響曲」「空想」「詩情」などは森鴎外が。「不可能」「経済」「価値」「無意識」などは夏目漱石が造語したそうです。「芸術」「科学」「知識」などは哲学者の西周(あまね)が考案したとも…(作家・半藤一利氏の著作による)。
◆松陰の帝国主義とは
 何とも「文明開化」の明るい雰囲気が感じられませんか?
 別の一面もあります。「富国強兵」のスローガンに駆り立てられ、国内外に無数の犠牲者を生んだ時代です。日本史で「近代」とは、明治維新から一九四五年、太平洋戦争の敗戦までとされます。血みどろの時代でした。
 <急いで軍備をなし、隙に乗じてカムチャツカ半島やオホーツクの島々を奪い、琉球にも幕府に参勤させるべきである。朝鮮を攻めて、北は満州の地を割き、南は台湾やフィリピン諸島を手に入れよう。進取の勢いを示すべし>
 幕末にこんな趣旨の文章を残した人がいます。長州(山口)の思想家・吉田松陰です。「幽囚録」(講談社学術文庫)に書かれています。
 軍事力で他国の領土や資源を奪う帝国主義の思想そのものです。実際に朝鮮や台湾は、日本の植民地になりました。中国東北部の満州には日本の傀儡(かいらい)国家「満州国」をつくっています。
 まるで松陰が描いた“戦略図”は、近代日本の戦争の歴史そのものではありませんか。
◆統帥権で軍が暴走した
 カムチャツカ半島はなくとも、樺太の南半分は手に入れ、フィリピンも太平洋戦争のときは日本軍が占領していました。
 確かに江戸末期はアジア諸国が西欧列強に蚕食され、植民地になった時代です。その中で松陰は共存共栄の道ではなく、アジア争奪戦に加わらないと日本が滅んでしまうと考えていたのです。
 ひょっとして長州の志士たちに「幽囚録」の一節も埋め込まれていたのでしょうか。あくまで仮説ですが、松陰の帝国主義的な思想が彼らに受け継がれていたとすれば、対外戦争の歴史を説明することにはなります。
 例えば明治政府の軍を握っていたのは長州閥の山県有朋です。「松陰の最後の門下生」と自ら語りました。徴兵制をつくったのも山県、参謀本部の設置や軍人勅諭の制定も山県です。「日本軍閥の祖」と呼ばれ、枢密院議長を三回、首相を二回歴任しました。軍備拡張を推し進めました。
 同じ長州閥の伊藤博文がつくった明治憲法には「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」との条文がありました。統帥権の独立は、軍への政治の介入を防ぎました。昭和になって軍の暴走を招いた原因とされます。
 明治維新から七十七年間は「戦争の時代」でしょう。統帥権の規定で、政治によるコントロールが利かない軍隊になっていたのではないでしょうか。
 終戦からの今日までの七十三年間は、まさに「平和の時代」です。それを守ってきたのは日本国憲法です。それぞれの憲法の仕組みが、戦争の時代と平和の時代とを明確に切り分けたと考えます。
 戦争へ進んだ要因は他にも多々あるでしょう。興味深いエピソードがあります。作家の保阪正康さんは昔、日米開戦時の首相・東条英機らが「なぜ戦争をしたのか」と疑問を抱き、昭和天皇の側近・木戸幸一に書面で質問しました。
 「(彼らは)華族になりたかった」と答えの中にあったそうです。内大臣だった木戸の想像ですが、軍功があれば爵位がもらえたのは事実です。公爵や伯爵など明治につくられた特権階級です。満州事変時の関東軍司令官も男爵になっています。爵位さえ戦争の一つの装置だったかもしれません。
◆国民も勝利に熱狂した
 むろん国民も戦争に無縁ではありません。日清・日露の勝利、日中戦争での南京陥落、真珠湾攻撃に万歳を叫び、提灯(ちょうちん)行列です。勝利の報に熱狂したのは国民でもあるのです。
 でも、戦争は残忍です。日露戦争では日本兵だけで約十二万人が死にました。歌人の与謝野晶子は「君死に給(たま)ふこと勿(なか)れ」と反戦詩を発表しています。太平洋戦争では民間人を含め、日本人だけでも約三百十万人の死者-。血みどろの歴史を繰り返さない、それが近代を歩んだ日本の教訓に違いありません。

土曜朝

2018-10-20 | Weblog
信濃毎日新聞
斜面
作家吉村昭さんは北アルプス黒部峡谷に建設中だった「黒四ダム」の現場に滞在したことがある。小説「高熱隧(ずい)道(どう)」は軌道車で向かう途中、資材運搬用トンネルで異常な熱気に包まれ、息苦しさに動揺した体験がきっかけになっている
   ◆
第三発電所を造るため昭和11(1936)年から2年半をかけ当時の日本電力が貫通させた900メートル余のトンネルだ。険しい渓谷の工事は困難を極めた。資材を運ぶ屈強の男が次々と谷に転落した。最難関はすぐ突き当たった温泉湧出地帯の岩盤だった
   ◆
最初に請け負った業者は工事を放棄。隣の工区の業者が引き継いだが、岩盤の温度は160度を超えた。やけどや自然発火による発破の爆発で死者が相次いだ。もっとも犠牲者が出たのは爆風を伴う泡(ほう)雪崩だ。宿舎が吹き飛び火災も発生。一度に80人が亡くなる惨劇も起きている
   ◆
高給とはいえ過酷な作業。完成できたのは命を軽んじる戦時の時代背景もあったろう。今では自然に挑んだ電源開発の歴史遺産だ。この高熱隧道を含む「黒部ルート」約18キロが一般開放される。地元富山県の強い求めに関西電力がしぶしぶながら応じた
   ◆
トンネルを補強するなどして2024年度から年最大1万人を受け入れる。大町市扇沢と立山室堂を東西に結ぶアルペンルートに北の欅平(けやきだいら)からの黒部ルートが合流しT字になる。外国人にも人気だけに長年の夢がかなう富山の期待は高まるばかり。安全対策や自然保護に万全を期したい。