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人生なんてたいしたことない

53年間のおもろい話とこれからを書いていこうかと・・・

やっと家らしい家に。

2007-10-08 18:51:34 | 親父の話

親父が自分名義の家を持ったのが、私が小学6年生の時。

建築屋をしていて解体する家を譲り受けて移築した家だ!

骨組みは古いが、内装は全部やりかえるので、新築に近い・・・・・・但し間取りは、大きく変えられないので、小さい部屋が多く続き間ばかりで、プライバシーに欠ける家だが・・・・・・・

持ち家と言う事で、親父も子供も大いに喜んだ、念願の風呂も付いている。(但し、ゲスイタが必要な五右衛門風呂

建築屋なので廃材を利用して風呂を焚く   (撒きわりが好きなので、当然私の仕事になる、撒きをくべながら、炎を見ていると妙に落ち着いたりするから大好きだった!)

タダ親父は、変に几帳面になってちょっとしたことで怒る事が多くなり、いろいろな事が起こった家だった。      (DⅤ・家出などなど・・・)

親父は思いつきで、子供の事など考えないから、私が行く予定だった中学が北から南に変わる事になり・・・・・・都会っ子から急に田舎っ子になってしまった。      北は町で、南は山に近くて田舎だったから(笑) 

この家で落ち着くと思ったが・・・・・・・大間違い!親父は家の物々交換をやってしまった。                    (続く・・・・)       

 

 

 


親父の難癖

2007-09-28 13:43:03 | 親父の話

親父は虫の居所が悪い時、私たちの行動にいちゃもんを付け怒る。

ある日、弁当を作っていると    (私たちの町では、中学に給食が無く、弁当持参。お母んは、小学校の遠足の弁当は作ってくれたが、中学に入ると、私が自分で作っていた。)    親父が怒り出した。

『卵は、2人で一個だろうが!』・・・・・・・・・私と妹は唖然とした・・・・

親父、自分はうまい物たらふく食べて、子供の弁当にもいちゃもんをつける。

子供にほとんど金をかけない親、(弟は別!)弁当も卵がメインで、肉など入った為しがない・・・・漬物と竹輪、コロッケが主で、見た目も悪いのに、その上卵までケチるとは・・・・食い物の恨みは怖い!・・・・親父しめたろか!と一瞬思ってしまった。(爆笑)

私と妹は、親父に見つからないように、卵焼きを作る羽目になった。

文句を言う親父・・・・・・気分屋なだけで、卵の数は把握していない・・・・・(笑)

私たち姉妹は、共に運動部で、片道2キロを歩いているので、今の子のように、小さい弁当では足りない・・・・だから卵一個が死活問題なのだ。

 

 

 


親父は面倒見がいい・・・だから

2007-09-27 13:36:24 | 親父の話

親父は意外と人望があって、面倒見がいい。

しかし・・・・・・職業柄・・・・・とんでもないやつがいて・・・何かあると家に連れてくる。

アル中のおっさん、サラ金で首の回らんおっさん、出稼ぎのおっさん、893屋のおっさん・・・・・・・・

で、面倒を見るのは私たち家族になる。

アル中のおっさんは、親父の後輩で、うちの従業員だ。人が良くて、嫁さんの尻に敷かれていた。

若いときから酒が好きだったが、子供が思春期を迎える頃アル中を繰り返すようになった。

とてもひどい時は、病院に入っていたが、仕事をしないと食べていけない・・・・・で、親父が、家に連れてくる。

来る時は、酒に酔っていて、それが自分でもわかっているので、申し訳なさそうに小さくなってやってくる。

家に来ると、まず酒を抜くため私たちの隣の部屋に布団を敷いて、眠らせる・・・・それを私や妹が時々覗いて様子を見る。

大体、親父が見つけた時に連れてくるので、朝だったり、昼だったり、お構いなしだ。

なぜ部屋の様子を見るのかって?・・・・・このおっさん、酒に負けると、トンズラするのだ。

私たちは、それを見張っているのだ!酒を飲んでしまうと私たちの苦労は、泡と消えおっさんは、しばらく立ち直れない・・・・・

逃げるのを見つけたら、追いかけて捕まえる・・・・・・・足の速いのはこういう時にも役に立つ??・・・・・・酒を飲みたいおっさんは、この時やたらと、頭を使う・・・・・よく逃げられた・・・・・この様子、誰かが見たら広域鬼ごっこに見えるかも?(笑)

親父はそういうことを平気で私たちにやらせた・・・・・オイ・オイ・・・・・

で、私は、このおっさんたちに姉はん!と呼ばれていた。

                   高校を卒業した年から・・・・・(泣)

 

 

 

 

 

 

 

 


マツタケ狩り

2007-09-17 17:48:29 | 親父の話

親父が米を作っている山に、マツタケが生える山も持っている。2,3年前に、道が付くとかで、売ってしまったが・・・・・・

親父が山を買って2,3年たった頃、マツタケがそろそろ生えるという話をしていた。それまでの年も見に行ったが、1,2本しか取れなかったという話だった。

そんな話を聞いて、乗らないはずが無い!!親父がお前も行くか?と聞いてきた・・・・即決!『行く!行く!』     親父は私と一緒に行く事があまり好きではない。大体、私がいいとこど取りしてしまうので・・・・・・・・・へへへっ・・・・

その日、従業員の人と家族7,8人で山へ出かけた。

親父たちは、去年生えていたと言うところへ・・・・・私は、何時もどうり単独行動

赤松を見つけて、その根元1メートルを見る作戦。

何のことはない・・・・・生えている・・・・・沢山!!

親父たちが向こうで、無い!と騒いでいる。  私を呼ぶので・・・『ココにいっぱい生えてる出~!』と言うと皆んな飛んできた・・・・・・

見事に綺麗なマツタケが8本。大漁!大漁!向こうにあったのが2本。

やはりと言うか、当然と言うか・・・・・

翌年から親父から声がかからなくなった。くそっ!!

親父は自分のほうが目立たないといやな性格なのだ!!(爆笑)

マツタケ山と言うのは、見つけた人は見つけた場所を内緒にするが、私が見つけた場所は、みんなが知ってしまったので、翌年も沢山の人が入って、あまり生えなくなってしまったそうだ。(8本も、見つけたことがいけないのか??)

私は、ビギナーズラックが多い人生を送っている(笑)

 

 

 

 


親父の買い物

2007-09-13 17:38:28 | 親父の話

親父は間借り生活5年で、トンネルを抜け出しかけた。

小金を持つと、我慢できないたちのようで、ほしい物にすぐ手を出す。

プロレスが好きで、テレビの置いてある、店に通って見ていたが、とうとう買ってしまった。

テレビが来た日、近所の人も見に来た。大家である、親戚にも無い家電製品を先に買ってしまう・・・・・・いやな店子だ。

年代ははっきり覚えていないが、私は、友達の友達の家で七色仮面を見た記憶がある。その直後だと思う。

隠密剣士や琴姫七変化など時代劇をよく見ていた。

大家の親戚は、立場上我が家にテレビを見に来るわけにもいかず、早々にテレビを購入した。

電化製品の類は、我が家から隣近所に広がっていったのは間違いない・・・・・

 

 


お風呂の話

2007-09-09 16:30:04 | 親父の話

間借り生活が始まった、最初の頃は、金もないので、親戚のうちへ風呂を借りにいく。

ずうずうしい人なら大丈夫かもしれないが、気を使う人には、とても苦痛な物だ。

まず借りに行く時間、親戚の人が入ってしまうまで待たないといけない。

風呂のお湯もざぶざぶ使えない。お湯の温度も熱ければうめられるが、ぬるければそのまんま・・・・その頃はまきをくべてお湯を沸かすから、親戚の人にまきをくべろとは,とても言えない。

こうゆう事、親父は耐えられない・・・・親父は早々に銭湯通いしだした。

そんなこんなで、私は風呂に興味が出る。

この町は工場が多く、仕事柄お湯を沸かすので、このお湯を利用した風呂が工場の中にあって、従業員やその家族が入ってもよいという事になっていた。(昭和30年代の話です。今はそのシステムはありません。)

私は親がその会社に行っている人とお近づきになって、(もちろん同級生)一緒にお風呂に行くという恩恵をうけることにした。でもこの作戦、余り成功しないんです。家に風呂があるから、工場の風呂に行く子が少ないんです。私はお風呂が大きいし、お湯をジャンジャン使ってもいいから大好きだったんですが・・・・・

少しお金がたまりだすと、親父は子供もつれて銭湯へ行くようになりました。

昔、『おかみさん!時間ですよ~!』でやっていたのと同じです。

親父は一人で、男風呂へ、弟はまだ小さかったので、女風呂へ入っていました。

親父は、長風呂でなかったので、ゆっくりした時間はすごせませんでしたが、帰り道、星座を見たり、学校の話をしたり、私が唯一親父に気が許せる、時間でした。

 

 

 

 


子供の頃の苦労って・・・どうよ・・

2007-09-07 14:24:13 | 親父の話

子供の頃、親父の事業の失敗で、かなりつらい生活をしていたが、それを余り苦労と思わず、楽しい生活だったと思えるのは、親父や母が一緒にいて、徐々に人並みの生活ができるようにがんばってくれた事が一番だろう。

そうは言っても、親父の余りの押さえつけで、私も妹も、心に傷が無いわけじゃない。

小学校の頃から、いつでも家出できるような、荷物を持っていたし、千円で何日暮らせるか、真面目に考えていた。

手っ取り早く、中学を卒業したら、すぐ働きに出ようと思っていた。(自由になるには、これしかないと思っていた。)

私は実力行使をしようと考え、親父にもそう話していた。親父は、入試直前に、高校だけは行くようにと言い出した。試験だけは受けろと言う。(どうも世間体を考えたようだ・・・)

自分の夢など無いから(持てないと言った方が正解か?)どうでもいい。

受かったら3年遊べばいいと考えた・・・・妥協ともいう・・・・

この頃、まだ集団就職の名残があって、中学で、都会へ就職する人が何十人かいた。私は、その人たちがうらやましかった。(こんなことを書くと、その人たちに怒られるかもしれないが、そのくらい自由がほしかった。)

 

 


金とペット

2007-09-06 17:44:54 | 親父の話

親父のペットの推移もすごい!犬で言うと、捨て犬から警察犬のシェパードまで。鳥で言うと、傷ついたすずめから、鶯、十姉妹、九官鳥に大型インコ。猫なら捨て猫から、シャムネコ。究極は、金魚から、錦鯉に熱帯魚のディスカス・・・そして海の熱帯魚・・・・そのあと食えるアマゴってのが笑えるが・・・・・あれはペットじゃない?・・・・・

親父は金が出来ると、やってみたい事をドンドンやる。家族にとって迷惑な事が多いが、私は嫌いじゃない!!

金のない時代でも、母はあさり堀に、親父はうなぎ釣りにいってお腹を満たした。(のどかな、話だ・・・・本人たちは必死だったが・・・・)

うなぎ釣りは、鈴のついた糸巻きのようなもので釣っていた、私も小学生か幼稚園児の頃で、夜、何度かついていった記憶がある。両親とも、趣味と実益を兼ねた事をする。


イチジクばあさんの話・・・その1

2007-08-21 16:38:12 | 親父の話

イチジクの木は井戸の横にある。

夏休み中、朝起きると、井戸で顔を洗うので、イチジクが何個熟れているか、いつ収穫するか、自分の物でないのに、どうしてもチェックしてしまう。

ばあさんは、収穫したイチジクを台所の棚に並べておく。

それを孫がおやつに食べるのだ。夕方には、たいてい無くなる。その台所も井戸の横にあって、棚が見えるので、卑しい私は、井戸に行くたびまたもやチェックする。

イチジクも、年に何度かもらえるのだが、雨が降った後の物か、沢山取れた時の残りなので、はっきり言って、おいしくない!   贅沢はいえないが、毎日見ているイチジクが、見事に熟れた時、自分で収穫して食べてみたい!!(こればっかり・・・・・)

イチジクを収穫できない私は怪しい行動をする。イチジクを触るのだ。どれくらいやわらかいか、どんな感触なのか、色はどんなに変化するのか・・・・などなど・・・・

こんな生活をしていると、果物の目利きになってしまう。富有柿とイチジクのより分けはとてもうまい。今も買い物の時、役立っている。

富有柿の私の好みは、大きくて、色が黒くて(中の黒い粒々、甘さの元が多いやつ)歯ごたえの有る硬いのが大好きだ!!    (誰も聞いてませんか?)

イチジクも、大きくて、少し頭が裂けていて、赤紫で黒っぽくて、縦皺がはっきりして、収穫した時皮が根元で破れるのが? とてもうまい!(経験者ならわかるかも・・・)   

雨の後は、青くても頭の先が裂けるがこれはうまくないので食べないほうがいい。

店で買う時も、天気が続いた後で買うように! 雨が降ったら、2,3日は味が落ちるので気をつけてください。

今、親父は山で、沢山の果物も作っている。イチジクも甘柿もある。私だけのトラウマかと思っていたが・・・・・・・・・親父!あんたも食べたかったのか・・・・・・・(爆笑) 

 

 

 

 


実のなる木

2007-08-20 14:06:40 | 親父の話

私たちが間借りしていた家の、大家である親戚の家には井戸の横にイチジクの木と納屋と母屋の間に大きな甘柿の木が植えてあった。

貧乏人でおやつのない私には、これが目の毒だ。柿の木は、家の目の前にあるので、春に芽が出て、花が咲いて、実がなる様子がたまらない・・・・秋になって、日に日に色づいてくると食べたくてたまらない。  (食べたいというより、自分の手で収穫したいのだ・・・・私にも変な癖があるようだ・・・・・・)

言ってはなんだが、大家である親戚は、渋ちんで私達にはくれない。(いや、少しはくれるのだが家族で年一回食べる程度、5,6個?)  親父のやった事を思えば、親戚の気持ちも良くわかるが・・・・・・・・・

親父や母親の躾が良いのか、子供が利口なのか、盗んで食べた事はない!

何百個も実をつけている柿の木の実が無くなると、やっと落ち着いた日々が送れるようになる・・・・・(笑)

         唯、この時ばかりは、親戚の子供がうらやましかった。

これがトラウマ?、中学生の頃、みかんを作っている友達の家の収穫を、いやと言うほど手伝った。  友達の家の人は、必ず沢山みかんを土産にくれた。(私は、みかんより甘柿が好きだ!!・・・・・・未だにこだわっている(苦笑)