


サンセット通りを、今来たハリウッドの方向へ少し戻りながらキョロキョロ見回してみたりする。
「あれじゃないのぉ?」
母親が指をさした丘の中腹に、白いお城のような建物が見える。
きっとあれがホテルだ。
蔦の生い茂る坂道を登って行くと、ひっそりとした白い壁の脇に着いた。
ひと一人がやっと入れるくらいの木製の扉の上には、確かに「MARMONT」の文字。
半分開いた扉に向こうに小さな庭が見える。
私はここに泊まろうとしているワケではない。
ただ、一度でいいから、このホテルの空気を感じてみたかっただけだ。
そして、ここが目的のホテルであることは間違いない。
それでも中に入る勇気が出ない。
私に、普段の図々しさを失わせている理由…、それは、ここがペニンシュラでもシェラトンでもなく、「シャトー・マーモントホテル」であるという事、その事実そのものだ。
ここは映画ファンなら誰でも知っているホテル。
ビバリーヒルズに隣接したウエストハリウッドにある。
映画関係者や音楽関係者が好んで使うホテルで、ペントハウスなどもあることから、ここに長期滞在する有名人も少なくないらしい。
マリリン・モンロー、ロバート・デニーロ、ショーン・コネリーなどもここの住人だった。
私の大好きなキアヌ・リーブスも住んでいた。
ついでに、やっぱり大好きなB’zの稲葉さんも、「一番印象に残っているホテルは?」というインタビューの答えに、このホテルの名前を選んでいたっけ。
それ故にセキュリティも厳しい。
「あまりラフな格好では訪れない方がいい」
そうガイドブックにも書いてあったが、3泊5日の強行日程の中では、今日しかココへ来られるチャンスがなかった。
そして、なんと、私は、成田から23時間、着たきりスズメのジーンズとコットンシャツだった。
数メートル先の坂の上で、スタッフらしき人が掃除をしている。
おずおずと、中へ入ってもいいかと尋ねると、快くOKがもらえた。
外観と同様、ホテルの中もこじんまりとはしているが、優美な落ち着きを保っている。
レンガと、明るすぎない照明のコントラスト。
みごとな金髪の男性が二人、ラウンジでリラックスしながら話しをしていた。
ただでさえ萎縮している私の気持ちに、彼らのオーラが響いて痛い。
小さなフロントにはスタッフが一人立っているが、場違いな東洋人を訝しがる様子はない。
ちょっと勇気を出して、そのスタッフに話しかけてみた。
「ここは日本でも有名なホテルなので、ぜひ一度見てみたいと思って来たのですが…」
スタッフはニッコリと微笑んでくれた。
その笑顔に、もうほんのちょっと勇気を出して
「で、写真を撮りたいんですが、良いですか?」
これにはスタッフの表情が曇る。
「申し訳ありません。ここはお客様の心地よさを大切にしているので、撮影はお断りしているのです。」
当たり前のことだろう。
けれど、彼の表情が曇った理由は、当たり前のことをお願いした愚かな日本人を蔑んだものではなかった。
たとえ通りすがりと言え、このホテルを気に入ってやって来た人間のリクエストに、応えられないことへの歯がゆさのようなものに見えた。
そんなスタッフのスタンスこそが、このホテルのスピリットなのだろう。
こんな格好でも、お茶くらいして行っても差し支えないだろうか?
私が正直に今の劣等感を口にすると、先ほどのラウンジと、庭にあるベンチを案内され、
「どこでも、お好きなところでくつろいで行ってください。」
と言ってもらえた。
残念なことに、今日の私に「くつろぐ」時間はなかった。
時折、人を寄せ付けないキアヌが、ここだけは住処に出来た理由が見えてきたような気分になりながら、メインエントランスではなく、もと来た木製の扉をあとにした。
年寄り二人をホテルに預かってもらい、私はサンセットストリップを西に下って行った。
この街にはもうひとつ見たいものがある。
それはHouse of Blues(ハウス・オブ・ブルース)。
ディープ・パープルやベイビーフェイスなどもプレイしたことがあるライブハウスで、今もなお、新しいミュージシャンたちの憧れの場所になっているらしい。
おととしのアメリカツアーではB’zもプレイした。
古い小屋を使ったという平らで小さな建物を眺めたり、まだ、開店していないレストランの看板を写真に写したりしていると、白人の男の子たちがやって来て、写真を撮ってほしいと旧式の大きなデジカメをわたされた。
10代か20代前半くらいだろう。
ライブハウスの玄関をバックにもつれ合いながらポーズを決めるしぐさは、日本の学生と大差がなくて可愛かった。
代わりに私も撮ってもらおうとカメラを渡すと
「ぼくたちが入ったほうがいいんじゃない?」
とからかってきた。
多分、えらく若く勘違いされているんだと思う…ホントはキミたちのお母さんくらいなんだけどな…(笑)
それでも調子にのって、ちょっと困ったふうに首をかしげながら小さく手を広げると、彼らはニコニコっと笑ってから、丁寧に2回シャッターを切ってくれた。
この旅行のあとの時間は、前にやってきたときに楽しかった場所を家族にも見てもらうことに費やした。
ハリウッドやサンタモニカ、ダウンタウン。
前には行かなかったユニバーサルスタジオにも行った。
ロザンゼルスは交通手段が少なく、車がないと楽しめない場所なので、オプショナルツアーにかなり頼った。
オプショナルツアーが嫌いな私には、ちょっとストレスになったけれど、どこまでも突き抜けるように青い空に感心しながらシャッターを切っている母親を見ていると、「ま、いっか」という気持ちになってきた。
「ロスは、2度は行かなくても良い場所だな。」
前回の旅行のあと夫が言っていた。
私もそう思っていた。
けれど、今はちょっと違う気がする。
多分、チャンスがあったら、また、行きたいと思う。
自分の行きたい場所はさておき、添乗員のような気分で街を眺めていると、むしろ、気持ちが街に馴染んでゆく。
美味しくもないハンバーガーを食べて、薄いコーヒーを飲んで、ありえない配色の服を眺めて…。
なんだか、それだけで落ち着ける街。
たぶん、ここは、それだけでいいんだ。
そして、まだまだ憧れの場所がある。
映画のロケ地やB’zのレコーディングスタジオや…。
いつか、そんな場所をゆっくりまわりながら、青い空を眺めてみたい。
そして、いつか絶対、今度こそ!
正式なゲストとして、あのシャトー・マーモントホテルを訪ねてみたい。