
世田谷の名園「芦花公園」のお隣、千歳台から始まる烏山川緑道ですが、今回は北沢川緑道との合流点からさかのぼって行きます。
路地の街をのんびり歩く
合流地点から10分と歩かないうちに、以前紹介した『路地の街』太子堂あたりへと到着します。
路地だらけの迷宮太子堂の中で、一番のんびりしたところがこの烏山川緑道。
植え込みの中ではいつも猫が昼寝をしていて、四季折々の風情も楽しめる散歩道です。
散歩道として作られた緑道

烏山川緑道は、北沢川緑道のような川を再現する作りではなく、通常の散歩道という感じで作られてます。
しかも、太子堂地区はポケットパークなどの活動でもわかるように、地域の方の積極的な協力で、いろいろ場所にモニュメントやプレートなどが設置され、近隣の人の思いが感じられる散歩道でもあるんです。

それが、三宿の鎮守様「三宿神社」のあるところ。
神社自体は明治時代にできたという意外と新しい神社ですが、この地には『養老の滝』伝説が伝わっており、毎年9月には例大祭が行われ、楽しいたぬき囃子が奉納されます。
そんな三宿神社の横の坂を登ると、そこは世田谷区立三宿の森緑地。
平成16年に開園したこの公園は、自然環境に学ぶということをテーマにして、公園部分と保護地の部分とを上手に区切って開放している、近隣では有数の広さを誇る公園。
そんな三宿の森緑地でのんびりしたら、さらに上流へと進んで行きましょう。
三宿神社を200メートルほど進むと、右手にしたのばやし公園が見えてきます。
このしたのばやし公園の左手一本となりの通りが、世田谷で最初に朝市を始めたと言われる下の谷商店街。
今は商店街の中心が太子堂中央街に移ったため昔ほどの活気はなく、昭和の面影を色濃く残していることが、逆に時の流れを強く印象付けてしまうこととなる、チョッと切ない商店街です。
そんな下の谷商店街から烏山川緑道へと戻り先へ進むと、ほどなく大きな樹の祠の中に庚申塔が建っているのが見えてきます。
そこが、太子堂の地名の元となった円泉寺。
聖徳太子像を背負いこの地に布教に来ていた僧侶の夢枕に聖徳太子が現れ、ここに太子堂を建てて聖徳太子像を祀ったのがその始まりといわれるお寺は、その聖徳太子像が弘法大師の作ではないかとの伝説とともに広く知られるようになり、多くの人が参拝に来るようになったそうです。
太子堂の神社仏閣には歴史がたくさんつまっています
この円泉でも当時の太子堂の様子が描かれており、太子堂は林芙美子の思い出の地でもあるようです。
茶沢通りを渡ったあたりから桜並木始まりますが、そこをさらに200メートルほど進むと、その桜が一気に一面を覆うほどになります。
そこが太子堂小学校。
その太子堂小学校の手前、左手の小さな坂道を登た場所には、江戸五色不動のひとつ『目青不動』のある教学院最勝寺があります。
五色不動は、徳川三代将軍家光が、天下泰平を祈って五色(赤白青黒黄)の色を江戸市中の五ヶ所の不動尊に配したとされるもで、他のお不動様より江戸城から離れた場所にあるのは、教学院の移転によるものです。
太子堂小学校を過ぎ、桜並木が終わる場所で右手を見ると鳥居が見えまするのですが、そこが太子堂八幡。
10月の例祭では、その鳥居の見える道にずらりと出店が並び、その道が参道であることを教えてくれます。
実は、この太子堂八幡の参道は、茶沢通りから続いているのですが、今は通常の道路となってるため、地元の人でさえ、そこが昔参道であったことを知っている人はそういません。

そんな太子堂八幡から緑道に戻ってお散歩を再開しますが、5分と歩かないうちに環状七号線へと到着してしまいます。
そう、北沢川緑道をスタートしたのも、ちょうどこの環七から。
ここで、今回の散策は終わりにしましょう。
いろんな場所をめぐることができましたが、距離にすると約5kmとお散歩には最適な距離。
桜の季節に、ぜひ訪れて欲しい場所です。
世田谷の緑道は今日もお天気 北沢川緑道を散策 ≫≫
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