がん治郎のお散歩スクラップノート

街角の風景からお店のパンフレットやチラシまで。スクラップブック代わりにペタペタ貼って、ついでにデコレートしちゃいました。

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誰も知らない池袋 - サンシャイン60ができる前までは、池袋といえば西口のことでした

2016-01-28 13:33:57 | あのころ あのとき

1970年代まで、池袋の中心は西口でしたが、サンシャイン60の建設により街の中心は東口へと移り、それまでの西口のことを知る人も少なくなってきました。

今回は、そんな池袋西口を航空写真で振り返ってみます。



東京芸術劇場が建つ前には池袋にローラースケート場がありました。って、ローラースケート場がわからない? 


1975年   国土地理院の電子国土Webシステムより


宮藤官九郎堤幸彦コンビが手がけたドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(主演・長瀬智也)。

強烈なキャラクターとキッチュな演出とで人気を博したドラマですが、この舞台となった池袋西口公園に、昔ローラースケート場があったのをご存知ですか。

だいたい今の時代、ローラースケートといっても、小学生の女の子がローラーシューズでスーパーマーケットの中を走っているくらいしか見かけませんが、昭和40年代後半には大流行していたんです。

『ローラーゲーム』という、ローラースケートを使ったスポーツ番組が人気を呼び、都内にいくつものローラースケート場が作られたのですが、そんな中のひとつが、現在の池袋西口公園のあった場所に存在していました。

今でははるか昔のことで、ローラースケートの人気チーム東京ボンバーズって言って、ピンと来る人はもうお孫さんがいる世代ですものね。


花街? 三業という、今とはひと味違った夜の街の顔があった池袋


そんな池袋西口ですが、西口が栄えた理由のひとつが、西口に三業地があったから。

三業地とは、料亭・待合茶屋・芸者置屋この三つの業種の総称で、それにより『花街』と呼ばれる界隈が形成されて賑わいをみせていたのは昭和30年代前半まで。

遊郭の別称として使われることもありましたが、三業によって成り立っている花街は、芸者遊びをするチョッと小粋な街で、都内では、今でも花街の風情を残す街として人気の神楽坂向島あたりに、そのころの面影を見ることができます。

他にも、新橋や渋谷の円山町、新宿の四谷荒木町などにも当時をしのばせる風景を見つけることができますが、1980年代の前半までは、池袋にもそんな花街が存在していました。

ちょうど、池袋西口のランドマーク、ピンク色の『ロサ会館』を過ぎたあたりがそうで、今では都道補助73号線(一部通称 劇場通り)という、人通りは少ないのに、なんとも広いだけの道路があるあたりがそう。

昔は『三業通り』と呼ばれる商店街があったほどで(現在も名称は残っています)、現在の歓楽街としての池袋とは、ひと味違った夜の街の風情を魅せてくれていました。


1985年   国土地理院の電子国土Webシステムより


写真は、1985年の池袋西口ですが、まだ公園部分が広く、東京芸術劇場もできていません。

しかし、このころから池袋の中心は東口へと移動して行くんです。


東が西武で西東武 ビックカメラが池袋にこだわり続ける理由


東京に来たことが無くても、池袋の東口にあるのが西武デパートで西口にあるのが東武デパートだと知っている人はたくさんいるます。
それを教えてくれたのがビックカメラのCMソング。

家電量販店として業界第2位の売り上げ(2014年度)を誇るビックカメラが、池袋で家電量販店業界のガリバー(圧倒的1位)のヤマダ電機と熾烈な戦いを繰り広げているのをご存知の方は多いと思いますが、ビックカメラがそれほどまでに池袋にこだわる理由はご存知でしょうか。

それは、ビックカメラ発祥の地が池袋だから。
それも、西口からビックカメラはスタートしたんです。

ビックカメラの前身となる会社ができたのは群馬県高崎市ですが、株式会社ビックカメラが生まれたのは池袋。

オープン当初はテナントとしてビルの1~2階を借りていただけで、同じビルの地下には成人映画館が、お隣のビルには、関東有数の暴力団の本部があったという、まさに池袋を体現するかのような場所でスタートしたビックカメラは、それでも池袋にこだわり続け、次々と池袋に店舗をオープンして行きます。

あの有名なCMソングが教えてくれてるように、ビックカメラの池袋へのこだわりは、半端じゃないんです。


'80-93 関東ローカルCM集 vol.5 家電量販店3


Youtubeにアップされている1980年代の家電量販店のCM集に、ビックカメラの昔のCMを見つけました。
三番目に流れるのがそれですが、池袋北口店のCMはこれしか残っていなくて、他はすべて東口店。
それ自体も池袋西口の凋落を象徴しているようで悲しいものがありますが、間違いなくいえることは、ビックカメラのスタートは池袋の西口からだということです。

2015年   国土地理院の電子国土Webシステムより


そんな、西口からはじまる池袋の歴史も、1980年代に東西が逆転し、今では池袋といえば東口のコト。

一時期は、渋谷から女子高生が移って来て賑わいを見せたり、現在も腐女子の聖地として有名な池袋ですが、それらはすべて東口。

1980年台の東京のファッションをリードした池袋西口にあるマルイですらも、昔の面影をしのぶことができなくなりました。

でも、池袋西口には間違いなく栄光の歴史があり、昭和という時代を彩っていた街であることは確かです。
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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2019-09-23 01:27:51
子供のころ 西口公園のローラースケート場で遊んでました ふと懐かしくなり ローラースケートコースの画像を探していたところ ここにたどり着きました 地上の写真が見たかったのですが さすがに探せません どなたか持っていたら アップしてほしいです 池三小卒

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