心の音

日々感じたこと、思ったことなど、心の中で音を奏でたことや、心に残っている言葉等を書いてみたいと思います。

山根三奈著「甘いオムレツ」に見る少年たちの友情と戦争の不条理さ

2004-12-12 10:19:47 | Weblog
 「甘いオムレツ」(メディアファクトリー)は、2000年発行。副題として、「小椋佳(おぐらけい)の父と母の物語」とあり、シンガーソングライターで音楽プロデューサーの小椋佳の家族に取材して描かれたものです。
 タイトルに関連する部分を読む機会がありました。学童疎開で疎開地へ行った少年たちが、いったん東京の親元に帰されるというので、喜び勇んで夜行列車に乗ります。しかし列車が到着した上野駅は未明の大空襲で焼き尽くされ、出迎えの人はおろか、帰る家さえ失います。行き場を失った子どもたちは、その日から上野の地下道を住み処とするしかなく、くず鉄集めなどして何とか生きています。
 しかしリーダー格で子どもたちをまとめていたヤスは病気になってしまします。子どもたちはなんとか貯めたお金で病院へと誘うが、自分の病気のために大事なお金を使うのを遠慮します。困った子どもたちは顔見知りのトクというおばさんに来てもらいます。トクも自分の娘恵子もみんなと一緒に疎開させていたら、同じ運命であったことも考え合わせ、せめて死に際くらいヤスにも温かい家庭の味を味わわせてやりたいと、甘い、甘いオムレツを作ります。ヤスはトクの腕の中で、甘いオムレツを一口食べると、タカシや数人の同じ境遇の友達に「食え。甘いよ。おまえたちも食えよ」と言います。子どもたちは「うん。食った。俺たちもたくさん食ったから、あとはヤスが食え」といい、お腹はすいているはずなのに、だれも手を出しません。しかし、おいしいからおまえたちも食えというのが最後の言葉でした。ヤスは疎開の列車に乗り込んだあの日から、みんなを励まし、みんなの先頭に立って生きてきて、死ぬ間際まで、友達を気遣う兄であり、父であり続けたのでしょう。子どもたちはヤスの体に触って泣きます。トクは自分の無力さや人の命のはかなさ、戦争の理不尽さを感じ泣きながら帰っていきます。
 ヤス自身もつらいはずなのに、周りの子どもたちのことを第一に考えるこの姿勢・態度には本当に頭が下がります。人間の至高の生き方を示していると思いました。