映画を語ることは、自分を語ることかもしれない。二十世紀の終わりの冬、ある川のほとりでマルセ太郎の生きるを聞いた。
マルセを聞きに行こうと思ったのは、ラジオで泥の河を聞いたからだ。
何気なくダイヤルを回しているとマルセのただならぬ声が聞こえ、思わず耳を傾けてしまった。それがマルセとの最初の出会いだった。
黒澤監督の生きるを語るマルセの体調は、今思えばよくなかった。
病が彼の体をむしぱみ、療養中であった。
そして、生きるの主人公もまた胃がんを病んでいた。
そして、病を知ったからこそ、生きること、埋立地に公園を設置すること、をはじめた。
私が生きるを聞いたときマルセは既に手遅れの状態だった。
だから、このときの 生きる は、マルセの白鳥の歌だった。
胃がんを病んだ主人公を演じている志村喬は七人の侍で頭を演じたいい男だ。
しかし、マルセもまた、中世の仁王の彫像の顔をしている。
映画の志村の病は演技であるが、マルセの病は、残念ながら、本物であった。
だから、悲しいことでもあるが、マルセの語りは真に迫る。
病のせいではない。
療養には決してよくないであろう舞台に立つことが、彼にとって本当の意味で
生きる ということだからだ。
マルセははじめ映画俳優を志し挫折、お笑いを目指し挫折し、そしてスクリーンのない映画館つまり映画の一人語りを始め成功した。
スクリーンのない映画館の舞台が軌道に乗り始めた矢先、彼は病に倒れることになった。
彼は、自分に時間がないことを知っていた。
今やらなければ二度とやれない。
そして最後の舞台の演目に、黒澤の映画 生きる を選んだ。
マルセを聞きに行こうと思ったのは、ラジオで泥の河を聞いたからだ。
何気なくダイヤルを回しているとマルセのただならぬ声が聞こえ、思わず耳を傾けてしまった。それがマルセとの最初の出会いだった。
黒澤監督の生きるを語るマルセの体調は、今思えばよくなかった。
病が彼の体をむしぱみ、療養中であった。
そして、生きるの主人公もまた胃がんを病んでいた。
そして、病を知ったからこそ、生きること、埋立地に公園を設置すること、をはじめた。
私が生きるを聞いたときマルセは既に手遅れの状態だった。
だから、このときの 生きる は、マルセの白鳥の歌だった。
胃がんを病んだ主人公を演じている志村喬は七人の侍で頭を演じたいい男だ。
しかし、マルセもまた、中世の仁王の彫像の顔をしている。
映画の志村の病は演技であるが、マルセの病は、残念ながら、本物であった。
だから、悲しいことでもあるが、マルセの語りは真に迫る。
病のせいではない。
療養には決してよくないであろう舞台に立つことが、彼にとって本当の意味で
生きる ということだからだ。
マルセははじめ映画俳優を志し挫折、お笑いを目指し挫折し、そしてスクリーンのない映画館つまり映画の一人語りを始め成功した。
スクリーンのない映画館の舞台が軌道に乗り始めた矢先、彼は病に倒れることになった。
彼は、自分に時間がないことを知っていた。
今やらなければ二度とやれない。
そして最後の舞台の演目に、黒澤の映画 生きる を選んだ。