風車ビルだより

今は風車のない風車ビルからの風だより

もんじゅ・・・・・

2011年04月23日 | 福井県
髪を切りに行った。
置いてあった週刊誌をながめる。FLASH という写真週刊誌だった。もんじゅを取り上げていた。大変やばい状況にあるのに何故報道されていないのか、と云うものだった。中継機の落下事故は本当に報道されていないのか?少なくとも福井新聞ではかなり大きく報道されていたのだが。全国的には報道されていなかったのか。
もんじゅは運転再開しようとしたものの様々な計器の不具合が相次いだ。ひとつひとつは「軽微」といえるものかもしれないし、それらが全部全国的に発信されたとは思わないが部品(とはいえ数トンある!)が落下し取り出しもできずどうにもならなくなっていることを知らない人が多いとは思っていなかったのだ。

しかし、例えばフクシマ第一原発で、去年、ポンプが止まってしまい原子炉の水位が止まってしまった事故に、どれほど気が付いたろうか?今探せば確かに福井新聞はある程度のボリュームで報道してはいる。しかし日経の記事はわずか5センチ四方のベタ記事だ。このとき、非常用のディーゼルエンジンは動いたのだ。これが動かなかったら、今の危機はその時既に起こったかもしれない。地震や津波の話ではない。原子力安全保安院のコメントが白々しい。
でもこれが何を意味するのかわざわざ新聞記事を切り抜きスキャンした私にはちんぷんかんぷんわかってなかった。

もんじゅは・・・想像したくない
そして、地元敦賀の市長選・市議会議員線なのだが、争点にならないのだ。
とはいえ、この状態で、まさか運転再開はありえない、とある意味楽観しているのではあるが。




桜の季節

2011年04月09日 | 動植物
急に暖かくなったので、週半ばには桜通りの桜がほころび始めていた。

心浮き立つ、歓送迎会のシーズンでもあるはずだが、片町は繁華街らしい賑わいは全くなく、それでも、お店は、用意をして開く。

シライハウスをのぞいてきた。






知り合いのジャズマンが描いたものだそうだ。音符のように見えるがデザインだ。何枚か見せてもらった。

ほとんど愚痴

2011年04月02日 | 全般
東京は地盤が弱い、そして地震のリスクの大きい地域だと承知の上で書く。
何故、東京の、都会の、電力を賄う発電所が地方にあるのか。
安全だ、安全だというのなら都会に作ればいいじゃないか!という思いを原発立地地域に住む人間なら誰でも一度は持ったことがあるはずだ。
東京に作れっこないものを地方になら作る。
何故こんな物騒なものを地方は受け入れてきたか?
その答えは、立地地域を少し歩けばわかる。
人口の少ない、基幹産業の乏しい、非常な田舎なのにもかかわらず、異様に立派な道路、建物、公共施設。びっくりするほどしゃれた駅舎や立派な学校があったりする。
赤字に悩む多くの地方にとって交付金だの補助金だの税金だのがざぶざぶ入ってくるのが原発なのだ。
エライ人たちが安全だというものを受け入れさえすれば、赤字よ、さらば、雇用も増える。
しかし補助金は最初は多いが年数が経つと減っていくのだ。でも、新しい原発を受け入れると、またそれが金になる。
じゃぶじゃぶと使われたお金は身に不相応なほどのものであったはずだけれど、地元が自立できる産業の育成には回らなかったし、誰もそんなものを考えなかった。
それでいて、一旦覚えた金遣いは忘れられるものではない。だから一度原発を受け入れた地域は次々と原発を受け入れる。麻薬みたいなものだ。そして原発銀座と言われるものが出来上がる。
この仕組みを作ったのは田中角栄だという。角栄を立派な政治家だったという人もいるけれど、そして都会に作れないものを田舎に作り都会から金を引っ張ってくるという発想・実行力には驚嘆するけれど、今はとても許しがたい気分だ。
福井県の若狭湾にはなんと14基もの原発があるのだ。内一基はもんじゅで、ふげんを合わせれば15基だ。さらに敦賀3号と4号が着工を待つ。これは不況に泣く地元が早く作ってくれと要望しているという代物でさえある。
福島県は第一原発6基、第二原発4基だという。事情はおおかた福井と同じことだろう。
原発の金をもらい、故郷を売った。きつくきつくいえば要するにそういうことなのだ。
福島の双葉町、大熊町などはまだいい、とさえ云える。
原発と近い集落と周辺地域とは地続きだ。若狭湾に突き出た複雑な形状の半島に点在する原発と集落。道路はほぼ半島一つに1本。原発より先にある集落もあるのだ。訓練には船を使っていた。20kmも30kmも逃げるのではない。わずか3kmの退避に船を使わざるを得ない訓練。もとより大地震時港湾施設が使える保証はあるはずもない。

今年はムラサキツユクサを植えようと思う。放射線を受けるとおしべの色や形が変わるそうだから。私に何がわかるというほどのものではないだろうが。