囲碁漂流の記

週末にリアル対局を愉しむアマ有段者が、さまざまな話題を提供します。初二段・上級向け即効上達法あり、懐古趣味の諸事雑観あり

無口な手紙

2019年07月12日 | ●○●○雑観の森

 

 

穂村 弘「ラインマーカーズ」から


アトミック・ボムの爆心地点にてはだかで石鹼剝いている夜


 

 

碑(いしぶみ)のルーツは石文。石碑とも書く
先生4人と生徒321人の氏名が石に刻んである
東京と大阪から疎開していた子どもも多かった
「リトルボーイ」の背後にひそむ人間の残忍性
大量虐殺の正当性を唱える、かの国の思考停止
人殺しの道具を作る国と買う国の強固な鉄の絆
そこにあるのは正義か哲学か、それとも損得か
守りたいものは何? 殺し合いに行くのは誰?
犠牲になる者たちは? その後に残るものは?
立ち止まって考えたい。自分にできるのは何?
脱力と虚無に陥るのでは犠牲者も浮かばれまい
たたずむ者の想像力を試す「冷たい石碑の力」

 

 

【恋文は、簡素・省略・余韻でなくてはならぬの巻】

 

自分がおしゃべりのせいか、男も手紙も無口なのが好きである。特に男の手紙は無口がいい。
昔、ヒトがまだ文字を知らなかったころ、遠くにいる恋人へ気持ちを伝えるのに石を使った、と聞いたことがある。
男は、自分の気持ちにピッタリとした石を探し出して旅人にことづける。
受け取った女は、目を閉じて掌に石を包み込む。
とがった石だと、病気か気持がすさんでいるのかと心がふさぎ、丸いスベスベした石だと、息災だな、と安心した。

<中略>

「いしぶみ」こそ、ラブレターの素ではないかと思う。

 

■向田邦子(昭和4年~56年)のエッセイ「無口な手紙」から。
起承転結の「」です。この後は「」を割愛し「」「」の一部のみ。

(原文の味わいを損なうことなく、何カ所か表記に手を入れ、読みやすくしています)

 

東京空襲が激しくなり、小学校に入ったばかりの妹も学童疎開することになった。
父は、暗幕を降ろした暗い電灯の下、びっくりするほどたくさんのハガキに、自分の宛名だけを書いていた。
出発の前の晩、父はハガキの束を妹のリュックサックに入れながら
「元気な時は大きいマルを書いて、1日1通必ず出すように」
といってきかせた。
 
4、5日して一通目が届いた。
ハガキからはみ出すほどの大マルが赤エンピツで書いてある。
ところが次の日からマルは急激に小さくなってきた。

夕方、父が勤めから帰ってくる。民間人でも皆、国民服にゲートル姿。
玄関で巻き取ったゲートルを放り出すようにして茶の間に駆け込む。
食卓に、妹からのハガキが乗っている。
薄いエンピツの、勢いの悪い小さなマルを、父は何もいわず見ていた。
宛名だけが、筆で一点一画もおろそかにしないキチンとした字だった。
この一日元気でいてほしいとの父の思いが込められていたに違いない。
 
マルはやがて、バツになり、 そのバツのハガキも来なくなった。
妹は百日咳で寝込んでしまったのだ。
母が迎えにゆき、別の子供のようにやせ細った妹が帰ってきた時、
茶の間に座っていた父は 裸足で門へ飛び出し、
妹を抱え込むようにして号泣した。
 
私は大人の男が声を立てて泣くのを初めて見た。

<中略>

手紙にいい手紙、悪い手紙、はないのである。
どんなみっともない悪筆悪文の手紙でも、書かないよりはいい。
書かなくてはいけない時に書かないのは、
目に見えない大きな借金を作っているのと同じなのである。
 
<了>
 
         ◇

■いかがですか。戦争を知らない世代に何が分かる、というのなら黙り込むしかありません。しかし、経験していないことでも、ヒトは想像力を働かせ、心を寄せることならできます。

■ハガキ・手紙は、やがて電話にコミュニケーションツールの主役の座を譲り、そしてメール、ラインが出てきました。途中で枝分かれしてツイッター、ブログなども現われ、私信や日記、公開書簡の境界さえあいまいになっています。言葉の洪水が止まりません。

■向田だったら「しゃべり過ぎ」より「簡素・省略・余韻」でいこう、というでしょう。行間から、情景が、匂いが、声が聞こえてくるような「無口な手紙」を書こう、とも。

■言葉が軽薄・浅薄・空虚になってゆく時代にこそ、信じたいのは「ささやかな言葉」の底力ーー。

 

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