
中2女子生徒が自殺、いじめの可能性 岐阜県瑞浪市(朝日新聞) - goo ニュース
会見迷走、いじめの有無で二転三転…岐阜・中2自殺 - Yahoo ニュース
またもや「いじめ」が原因で中学生が自殺してしまったニュース…

冒頭のニュースタイトルには「いじめの可能性」と載っていますが、遺書の内容から「いじめ」そのものが原因であった事は疑う余地がないでしょう
>岐阜県瑞浪市の市立中学校に通う2年生の女子生徒(14)が23日に自宅で首をつって自殺し、両親が遺書とみられるメモなどから「部活動でいじめを受けていた」と訴えていることが29日、分かった。学校や市教育委員会は、生徒への聞き取りなどから「現時点ではいじめの事実は確認できない」としながらも、いじめが原因の可能性があるとしてさらに調査する。
一方のモノの見方で、あまりにも生命を粗末にする自殺という負の連鎖を問題視する声もありますが、そもそも「いじめ」がなければ自殺もなかった現実を考えれば、やはり「いじめ」の罪は重いものと言えましょう。
>25日の葬儀後、両親と校長らは連日、話し合いを持った。いじめの可能性を問いつめる両親に対し、学校側は28日夜、「(名前を挙げられた)4人の親も、子どもが言葉や態度で傷つけ、いじめたと認めている」と発言した。だが、29日の会見では「いじめとは断言できない」と撤回した。
この期に及んで校長のこの発言…
もう、ほとほと呆れ果てて開いた口が塞がりません
事の重大性は、自殺の直接的な原因が「いじめ」であるか否かよりも、自らの手で生命を絶たざるを得なかった環境が教育の現場に厳然としてあったという事実ではないでしょうか。
その様な問題意識が教育者として少しでも残っていれば、上の様な発言は出てこないものと思われます。
今もたまたまニュースをみていたら、改めてその校長が「いじめの事実はなかった」と報道陣に向かって力説していました。。。
なぜ、「いじめ」があった現実を見据えて、そこから二度と同じ過ちを繰り返さない様に対策を打てないのか…教育者としての校長のモラルと見識を疑います。
発言内容は「自殺に直接つながるいじめはなかった」というものでしたが、自殺の原因を「いじめ」と示唆する遺書があり、一人の尊い子どもの生命が現実に失われている以上、やはり問題は「いじめ」が直接的な原因であるか否かとは別なところにある様な気がします。
この教育現場における自己保身シンドロームは、もう末期・仮死状態を通り越して、すでにあの世にいっちゃってる感じです
なんか子ども達の生命や残された子ども達への影響は置き去りにされて事が進んでいる様な気もします。
全くもって情けない…
もし、いじめ問題の発覚が教員としての昇格の道を閉ざし、それが原因で組織的な隠蔽体質が蔓延しているのであれば、思い切っていじめ問題をいち早く公表し未然に防いだ教員が評価される様なシステムを試験的に導入してみては如何でしょうか?
一昔前の教員の世界だったら考えられない様な大改革を断行すべき時期に来ていると思います。
セクハラと一緒で、「いじめ」の有無はそのいじめを受けた当人がどう感じたかで決まる要素が多分にあります。
上に提案したシステムの導入は、教育の理念とは乖離するものかもしれませんが、「いじめ」を罪として生徒たちに認識させるためにも一定の効果はあるものと感じます。
大人たちの自らの保身のために、もうこれ以上教育の現場が混乱をきたすのは見たくありません。
【追 記】
岐阜中2自殺 学校側の説明二転三転 原因には触れず - 毎日新聞(Yahooニュース)
岐阜中2自殺 学校側「いじめ」認める 遺族に謝罪へ - 毎日新聞(Yahooニュース)
上が昨日で、下が今日の学校側からのコメントです。
ここ数日間でこの二転三転ぶり…

たとえ学校側が素直に認め謝罪したとしても、社会的信用はもとより生徒からも失った信用は計り知れぬほど大きいものでしょう…。
事実を隠蔽して得るものは何もなかったということですね。
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会見迷走、いじめの有無で二転三転…岐阜・中2自殺 - Yahoo ニュース
またもや「いじめ」が原因で中学生が自殺してしまったニュース…


冒頭のニュースタイトルには「いじめの可能性」と載っていますが、遺書の内容から「いじめ」そのものが原因であった事は疑う余地がないでしょう

>岐阜県瑞浪市の市立中学校に通う2年生の女子生徒(14)が23日に自宅で首をつって自殺し、両親が遺書とみられるメモなどから「部活動でいじめを受けていた」と訴えていることが29日、分かった。学校や市教育委員会は、生徒への聞き取りなどから「現時点ではいじめの事実は確認できない」としながらも、いじめが原因の可能性があるとしてさらに調査する。
一方のモノの見方で、あまりにも生命を粗末にする自殺という負の連鎖を問題視する声もありますが、そもそも「いじめ」がなければ自殺もなかった現実を考えれば、やはり「いじめ」の罪は重いものと言えましょう。
>25日の葬儀後、両親と校長らは連日、話し合いを持った。いじめの可能性を問いつめる両親に対し、学校側は28日夜、「(名前を挙げられた)4人の親も、子どもが言葉や態度で傷つけ、いじめたと認めている」と発言した。だが、29日の会見では「いじめとは断言できない」と撤回した。
この期に及んで校長のこの発言…

もう、ほとほと呆れ果てて開いた口が塞がりません

事の重大性は、自殺の直接的な原因が「いじめ」であるか否かよりも、自らの手で生命を絶たざるを得なかった環境が教育の現場に厳然としてあったという事実ではないでしょうか。
その様な問題意識が教育者として少しでも残っていれば、上の様な発言は出てこないものと思われます。
今もたまたまニュースをみていたら、改めてその校長が「いじめの事実はなかった」と報道陣に向かって力説していました。。。
なぜ、「いじめ」があった現実を見据えて、そこから二度と同じ過ちを繰り返さない様に対策を打てないのか…教育者としての校長のモラルと見識を疑います。
発言内容は「自殺に直接つながるいじめはなかった」というものでしたが、自殺の原因を「いじめ」と示唆する遺書があり、一人の尊い子どもの生命が現実に失われている以上、やはり問題は「いじめ」が直接的な原因であるか否かとは別なところにある様な気がします。
この教育現場における自己保身シンドロームは、もう末期・仮死状態を通り越して、すでにあの世にいっちゃってる感じです

なんか子ども達の生命や残された子ども達への影響は置き去りにされて事が進んでいる様な気もします。
全くもって情けない…

もし、いじめ問題の発覚が教員としての昇格の道を閉ざし、それが原因で組織的な隠蔽体質が蔓延しているのであれば、思い切っていじめ問題をいち早く公表し未然に防いだ教員が評価される様なシステムを試験的に導入してみては如何でしょうか?
一昔前の教員の世界だったら考えられない様な大改革を断行すべき時期に来ていると思います。
セクハラと一緒で、「いじめ」の有無はそのいじめを受けた当人がどう感じたかで決まる要素が多分にあります。
上に提案したシステムの導入は、教育の理念とは乖離するものかもしれませんが、「いじめ」を罪として生徒たちに認識させるためにも一定の効果はあるものと感じます。
大人たちの自らの保身のために、もうこれ以上教育の現場が混乱をきたすのは見たくありません。
【追 記】
岐阜中2自殺 学校側の説明二転三転 原因には触れず - 毎日新聞(Yahooニュース)
岐阜中2自殺 学校側「いじめ」認める 遺族に謝罪へ - 毎日新聞(Yahooニュース)
上が昨日で、下が今日の学校側からのコメントです。
ここ数日間でこの二転三転ぶり…


たとえ学校側が素直に認め謝罪したとしても、社会的信用はもとより生徒からも失った信用は計り知れぬほど大きいものでしょう…。
事実を隠蔽して得るものは何もなかったということですね。
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