中高年の山旅三昧(その2)

■登山遍歴と鎌倉散策の記録■
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ルートバーン(48):クライストチャーチ(5)

2011年06月02日 18時47分06秒 | ニュージーランド;ルートバーン

                                   <エイボン川沿いの散策路>

          ルートバーン(48):クライストチャーチ(5)
               (湘南カラビナ隊)
          2005年1月25日(金)~2月2日(日)

第10日目:2005年2月5日(土):クライストチャーチ逍遥(1)

<クライストチャーチ市街図>



  ※2011年2月22日(火),クライストチャーチ地震が発生した.
   カンタベリーテレビビル,パイングールドビルなどが大きな被害を受けた.
   多数の被災者が出た.その中に多数の日本人が含まれていた.


48 クライストチャーチ逍遥

<まずはホテルにチェックイン>

■部屋が少々臭うぞ!
 クラウンプラザホテルと交差点を挟んで斜向かいにクライストチャーチカジノ(Christchurch Casino)の大きな建物が見える.近くにカジノがあるとは,どうも妙なところに迷い込んだなという印象をぬぐい得ない.16時40分,フクロウと私は9階の905号室に入る.部屋に入った途端,少々変な匂いが気になったが,すぐに馴れる.窓からは一望の下に市内が見下ろせる.荷物をゴソゴソしている内に,瞬く間に時間が過ぎる.

<ホテルの窓から見下ろす;カジノのある建物が見下ろせる>

さて観光
 17時7分,再びホテルのロビーへ降りる.これから希望者が集まって,Sさんの案内で市内の目抜き通りを一巡する予定である.私はサポーターを外した捻挫の足首が気になるが,私も市内観光に参加することにした.東京組の2人は,ゴンドラに乗って船遊びをするというので,私たちとは別行動をとる.

<クライストチャーチ市内観光>

■キャプテンスコットの像
 17時13分,ホテルを出発する.磁石を持ってこなかったので,東西南北が良く分からないが,とにかくホテルの前の広い道を左に向かう.やがて市内電車が走っている通りを越えて,進行方向左側にエイボン川(Avon River)が流れる川沿いの道を進む.途中,芝生の中に,キャプテンスコットの像(Captain Scott Memorial Statue)が建っている.スコットは,1912年に最初に南極点に到達した英雄である.彼は,帰路に遭難してしまったが,彼が生前に残した文章が,この像の何処かに刻まれているそうである. 
 
<キャプテンスコットの像>

■追憶の橋
 17時27分,有名な「追憶の橋( Bridge of Remembrance)」の袂に到着する.橋の入口には,大きなアーチが建っている.第1次世界大戦のときに,出征する兵士が市内にあった駐屯地から,家族に見送られながら,この橋を渡って,戦地に向かった.この橋は,戦死した兵士の鎮魂のために,1923年に建立された.橋に向かって右の袂に,この橋を建立した経緯を説明した碑が埋め込まれている.
 「1767年12月16日,この場所から最初のパレードが出発した・・・・」
と書いてある(注1).

<追憶の橋>

■土産店が立ち並ぶコロンボ通り
 17時35分,橋を離れて,キャセル通り(Cashel St.)へ左折する.17時40分,コロンボ通り(Colombo St.)へ左折する.通りの両側には沢山の商店や土産店が並んでいる.何も買うつもりはないが,次々とお店を冷やかしながら通りを北上する.

<繁華街を歩く>

■大聖堂スクエア
 やがて大聖堂スクエア(Cathedral Square)に出る.広場に東側に大聖堂が聳えている.高さ63メートル,ゴジック式の素晴らしい建物である.1764年から建て始めて,1904年に完成したという(小宮,2004, p.274).大聖堂広場の端に市内電車の線路がある.
     
         <大聖堂スクエアー>


■オーケーギフトショップ
 この線路を越えて,少し進むと,通りの中程に大橋巨泉が経営する店,オーケーギフトショップ(OK GIFT SHOP)がある.ただ,私たちが歩いている歩道の反対側にあるので,道路を横断するのが面倒である.そのまま通過する.
 

■ビクトリア広場
 17時17分,ビクトリア広場(Victoria Square)に到着する.広場の真ん中に建っているビクトリア女王やジェームスクックの銅像の脇を通り過ぎて,17時26分にホテルの自室に戻る.
 19時20分,フクロウが,部屋にある湯沸かしで,お湯を沸かす.こういうところは,フクロウは,まことにまめである.部屋に備え付けてある無料のコーヒーとクッキーを味わう.夕食は,先ほど通った追憶の橋近くにあるレストランプラッゾ(Palazzo del Marinaio)で,20時から摂る予定である.


(注)
1.原文は次の通りである.
 “On this site in the 16th Dec. 1867 The First Parade of E. Battery Christchurch Artily Volunteers was held Delegations on the 17th No. 1967”

[参考文献]

小宮春生;八木健三(共編),2004,『05'~06'地球の歩き方』ダイヤモンド社

                                       (つづく)

「ルートバーン」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/c71e27838640eea8f1433b239d124eca
「ルートバーン」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/6064b6f2e65f85b21aa29bca7fcd7902


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[編集後記]

2011年6月1日(水)
 曇

 昨日(5月31日),塔ノ岳へ登ったばかりなので,今日は遠出を避けることにする.
 今日から,もう6月である.早いものだ.毎日,毎日,何か用事をしていると,瞬く間に午前中が過ぎてしまう.午後,ほんの一寸散策したつもりでも,すぐに夕方になってしまう.そして,夕食.その後,ほんの暫くテレビを見たり,パソコンをいじっていると,すぐに眠くなり,21時前後には就寝する.そして,また翌日,4時頃目覚めるというパターンを毎日繰り返している.本当に1日,1日が過ぎ去っていく速度が速くて,戸惑うばかりである.
 今日も,午後から大船までテクテク歩きをする.特段,大船に用事があるわけではない.ただ,自宅のある丸山(標高67メートル)から,3キロメートルほど離れた大船に向かって,山を下って歩くだけ.普段は大船でも用事がないので,本屋,ヤマダ電機,声優などを一回りしてから,200円也のコーヒーを賞味してから帰宅するだけ.この上なくぐうたらな毎日を送っている.
 私も十分に高年齢である.この先,何日あるか分からないが,貴重な1日,1日である.こんなことを繰り返していて良いのだろうかと,常に自問自答している・・が,これといった結論も出さないまま,今日も貴重な1日が消えていく.
 そろそろ,水彩画を描きたいなと思っている……が,何を優先して描くのかが悩みの種である.これは何時ものことだが,この段階が苦しいけど楽しい迷いの時期である.
 携帯電話によると,今日は歩行距離5.7キロメートル,歩行歩数7,828ステップ,消費カロリー190キロカロリーとのご託宣である.

2011年6月2日(木)  曇後雨

 何時もの通り,4時頃起床.やや寒い.東の空が明るくなる.ほんの少し青空が見えていたが,すぐにドンヨリとした空に変わる.そして,雨が降り始める.天気予報では終日雨である.自分の年齢と安全を考えれば,当然,こんな日には,登山など考えられない.ジッとしているのみである.
 まあ~・・午前中は自宅で,いろいろしなければならない事(仕事とはいえないが・・)をこなして,午後からは,またその辺りを彷徨いて,大船で200円也のコーヒーを賞味して,今日の打ち止めとしようかと思っている.
 フラフラ病から復帰して,真っ直ぐ歩けることの有り難さを,つくづくと実感している毎日である.この分だと,念願の遠距離登山もできそうである.良かった! 良かった!
                                (愚痴おわり)



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