「シマノ」といえば、変速ギアのシステムなどを中心とする自転車部品だろうし、釣り好きであればリールなどの釣り具だろう。ハイエンドの自転車に搭載する変速ギアは市場で特に強い。世界的な半導体メーカーの米インテルをご存じの方は、シマノが「自転車業界のインテル」と呼ばれると聞けばイメージがわくと思う。今回は、シマノの自転車部品が突きつけられている課題にも触れたい。
自転車部品事業が売上高の約8割を占める
初めにシマノの収益構造について見てみよう。同社の決算書ですぐわかるように、ほとんどの売上高と利益は自転車部品事業が稼いでいる。自転車部品事業は売上高の約8割、セグメント利益においては約9割を占める。また、自転車部品事業のセグメント利益率は20%超とかなり高い。もちろん、釣り具事業も営業利益率では10%を超え、製造業としてみれば比較的高収益であるが、自転車部品事業はそのさらに上を行く。
シマノの2017年12月期のセグメント別決算(百万円) 出所:会社資料をもとにGFリサーチ作成
シマノがとりわけ強いのが「ロードバイク」と言われる舗装路を高速走行する自転車用の部品で、シマノとイタリアのカンパーニョロ、それに米SRAM(スラム)の3社で同市場のほとんどを占める。カンパーニョロは変速ギアの他にホイールなども扱う高級自転車部品メーカーで、SRAMは未舗装路などでも走行できるマウンテンバイク(MTB)用自転車部品メーカーとしてもともと名をあげ、その後、ロードバイク用部品に参入した企業だ。
しかし、シマノの自転車部品事業は現在、二つの大きな波にさらされている。「テクノロジーの進歩に伴う事業領域の拡大」と「ユーザーの自転車利用動向の変化」である。
「テクノロジーの進歩に伴う事業領域の拡大」には、ロードバイク向けの電動変速機の普及、MTBなどの変速を簡素にするフロントシングル化、そしてe-バイク(スポーツバイク仕様の電動アシスト自転車)の普及による電動アシスト自転車メーカーの参入がある。シマノはこれまで機械式の変速ギアシステムにおける高い技術力で市場を席巻していたが、それだけでは勝負できなくなってきているのである。
まず、ロードバイク向け電動変速機の普及について説明しよう。電動変速機は、自転車のギア変更をモーターとスイッチによって行う技術で、変速操作がしやすくなり、メンテナンスも簡単になる点で優れる。自転車競技のようにスピードを競う自転車で当初採用され、徐々に一般ユーザーへの普及が始まったところだ。しかし、機械式変速機の電動化によってシマノは電動変速機には以前から取り組んでいたものの、新たな競争領域で戦わなければならなくなった。
電動変速機では、機械式変速機とは異なる競争ルールが生まれている。ライバルSRAMは電動変速機のスイッチとモーターの間を無線通信で結ぶ無線方式の電動変速機を発売して話題となった。これまでの機械式変速機から電動変速機への技術シフトに加えて、ワイヤーによる電動変速機の制御から無線による電動変速機の制御へという、技術シフトが起きたのである。
次のフロントシングル化は変速ギアのシンプル化といえる。これまでハイエンド市場の自転車ではペダルの位置にある前方変速機(フロントディレーラー)と、後輪の位置にある後方変速機(リアディレーラー)にそれぞれ複数枚のギアを設け、両方の組み合わせで速度と軽快さを制御していた。それが、フロントシングルでは前方変速機のギアを1枚に限定して後方変速機のみで変速することで、変速操作をシンプルにする。ただし、このフロントシングル化は部品点数が減ることを意味するうえ、これまで高い技術力で複雑な変速動作を高精度に実現していたシマノには逆風だ。
最後に注目したいのがe-バイクの普及である。電動アシスト自転車は日本でも以前から、俗に「ママチャリ」と言われるシティーサイクル(日常生活用自転車)で発売されている。子供を乗せて親御さんが楽々と坂道を登っていくシーンはおなじみだろう。それが最近はロードバイクやMTBなどの総称であるスポーツバイクにも導入され始めた。電動アシスト自転車用システムユニットを製造・販売するヤマハ発動機の2017年12月期通期の決算説明会資料にも、2005年と比べた現在の電動アシスト自転車の顧客層の広がりが示されている[1]。
ただ、この電動アシスト自転車における顧客層の広がりは必ずしもシマノにとって歓迎すべきことではないとみている。電動アシスト自転車用システムユニットでは、ドライブユニット(モーター)、バッテリー、ディスプレー(表示盤)を一体的に提供するが、ドライブユニットには変速ギアシステムが含まれる。つまり、機械式ではシマノの独壇場であった変速ギアシステムの事業領域が、電動アシスト自転車用システムユニットメーカーによって侵食されていることを意味する。
もちろん、成長市場としてシマノが電動アシスト自転車事業に注力しているのは間違いない。「SHIMANO STEP(シマノ Total Electric Power System)」としてe-バイク向けユニットを供給中だ[2]。ただし、e-バイク市場は日本もさることながら欧州がより大きく、そこではドイツのボッシュが事業を展開している[3]。そうした会社とシマノは競争していく必要がある。
こうして見ていくと、自転車市場がこれまでのように機械式変速機をコアテクノロジーとして形成されてきたものが、新たなテクノロジーによってその競争要件が変わりつつあるのがわかる。その中で、シマノも機械式だけではなく、モーターやバッテリー、無線技術といった幅広い領域のテクノロジーを駆使して競争力のある製品を開発していかなければならない。
世界の自転車販売を左右し始めたシェアバイク
もう一つの「ユーザーの自転車利用動向の変化」の影響も大きい。これは自転車をスマホの操作などで簡単に借りられるシェアリングサービスの台頭である。海外では「バイク」という言葉が自転車を指すので「シェアバイク」とも言われる。
実は、シマノが発表した決算資料のコメントで株式市場が大きく反応する出来事があった。2017年12月期の第2四半期決算の決算短信で同社が中国での事業環境を次のように説明したときだ。
「中国市場では、急激に成長したシェアバイクの影響を受け、2015年から続いた完成車の店頭販売の不振回復に水を差しました。特に低価格帯の店頭販売は伸び悩みましたが、市場在庫は適正なレベルで推移しました」[4]
この決算発表の翌日は業績の下方修正も相まって、同社の株価が大きく下落した。今振り返ってみればシェアバイクの脅威を改めて確認させられたイベントといってもよいであろう。
自転車部品メーカーからすれば、シェアバイクの普及によって自転車がより多く売れ、それらに搭載される部品もそれだけ売れるという構造が理想的だ。
しかし、自転車をシェアリングすることが主流となれば、既に自転車が普及している国・地域の場合は特にそうだが、販売台数が伸び続けることが難しくなると考えるのが自然であろう。
三菱東京UFJ銀行(中国)有限公司 中国投資銀行部 中国調査室の調査によれば、中国における自転車の年間生産台数は2016年に5400万台にのぼる一方、2017年(予想)のシェアバイクサービス登録ユーザーは740万人程度だ[5]。これを一部とみるか、もしくはもうこんな水準にまで来ているのかとみるかは今後のシェアバイク市場の伸び率次第であるが、中国における自転車の年間生産台数は、2016年を起点とする過去5年においては、2014年の6200万台をピークに下落している。
ここで世界の自転車メーカーの株価も見ておきたい。
下図は、台湾の自転車メーカー大手であるジャイアント、メリダ、そしてシマノの株価を2011年12月末を100として、その後の推移を見たものである。3社いずれも2014年までは好調に上昇し、その後、シマノは横ばい、ジャイアントとメリダは下落傾向にある。
自転車メーカーとシマノの株価指数推移(2011年12月末を100) 出所:SPEEDAをもとにGFリサーチ作成
先ほど中国でシェアバイクが普及しつつある点を指摘したが、中国における最初のシェアリングが北京大学で始まったのは2014年だ。同大学の学生であった戴威氏がキャンパス内移動の利便化を図るためOFO(オフォ)を設立した[5]。2014年というタイミングを考えれば、その影響を株式市場が憂慮しているとも見えなくはない。利用者の行動変化、つまり、所有からシェアに変わるときにこれまでハードウエアを提供してきたサプライヤーにも変化が起きるということである。