EQペディア/エラリイ・クイーン事典

エラリイ・クイーンの作品(長編・短編)に登場する人物その他の項目を検索する目的で作られたブログです。

悪魔の報酬

2007年06月20日 | 長編ミステリ
*悪魔の報復(創元推理文庫)
*悪魔の報酬(ハヤカワ文庫)

☆原題
THE DEVIL TO PAY (1938)


☆事件

ハリウッドの別荘で殺された男はロサンゼルスの大富豪だった。会社を倒産させ、投資家や共同経営者に被害を与えながらも私腹をこやし、世間の非難を浴びていた。ところがその大富豪が奇怪な死をとげた現場には、彼への弾劾に加わっていた息子ウォルターの姿があったのだ!消えた古い決闘用の剣、謎の糖蜜、殺人の動機を持つ何千もの人間。脚本の仕事でハリウッドを訪れたエラリイはこの魅力的な事件に乗り出したが!(ハヤカワ文庫『悪魔の報酬』カバーの紹介文より)



☆登場人物リスト

ソリー(ソロモン)・スペース・・・オヒッピ水力発電の経営者
ウォルター・・・ソリーの息子
ウィニ・ムーン・・・ソリーの被保護者
アナトール・ルーヒッグ・・・弁護士
リース・ジャーディン・・・ソリーの共同経営者
ヴァレリー・・・リースの娘
ピンク・・・リースの部下
アザートン・フランク・・・門衛
ワレウスキー・・・門衛
ミブズ・オースチン・・・ホテルの交換手
フィッツジェラルド・・・新聞社の編集局長
グリュック・・・ロサンゼルス市警の警視
ヴァン・エバリ・・・地方検事
ポーク・・・検死医
ブロンソン・・・鑑識課の化学班員
エラリイ・クイーン…犯罪研究家


☆コメント

いわゆる「ハリウッドもの」と呼ばれている作品群の最初の作品ですが、特に映画スターが出てくるわけでもなく、ハリウッド色を売り物にしているわけでもないようです。登場人物たちがハリウッドに住んでいることと、エラリイが脚本家としてハリウッドのスタジオに招かれながらも責任者と連絡が取れずブラブラしているという設定が、わずかにハリウッドとのつながりを感じさせる程度です。
作品の特徴としては、『中途の家』『ニッポン樫鳥の謎(間の扉)』のメロドラマ路線を踏襲していて、軽くて読みやすいエンターティメントに仕上がっていることでしょう。特段優れている点も見当たらないけれど、大きな瑕疵もない、安定した作品といえそうです。
人生は短く、読める本も限られていますから、世に名高い傑作ばかりを追いかけたくなる気持ちもわからないではありませんが、すくなくともある作家のファンを自認するならば、駄作・凡作を楽しむゆとりがあってもいいと思います。大学時代に美術史の先生の「悪い絵を見ておかないと良い絵の真価はわからない」というような趣旨のことばを聞いて、なるほどと思ったことがありますが、それはミステリにも言えることでしょう。
こんなことを言っていると、まるで『悪魔の報酬』が駄作であるかのような誤解を生みそうですが、決してこの作品は駄作ではありません。私自身は『ニッポン樫鳥の謎』よりこちらの方が好きですね。
西海岸にやってきたエラリイは、完全によそ者扱いで、クイーン・パパの威光も地元の警察には届かず、その点ではハードボイルドな私立探偵や『ニッポン樫鳥の謎』のテリー・リングに近い存在になっています。『ニッポン樫鳥』でもエラリイはクイーン警視と対立する場面がありましたが、今回は警察との対立がより先鋭になっていますね。フィッツジェラルドのようなジャーナリストと連携するところも、いかにもアメリカ型私立探偵小説らしい展開です。クイーン警視がまったく登場しないのも象徴的で、父親からの独立という意味ももちろんあると思いますが、警察をバックにしないエラリイの姿に、ハメット流の「真の国産探偵小説」に対抗する作家クイーンの心意気が感じられる作品でもあります。最後はホームズ風にグリュック警視に手柄をゆずるわけですが(笑)。
『アメリカ銃の謎』では表面的な「ショー」として単なる小道具のようにとらえられていたアメリカ精神、ウェスタンの伝統が、ハードボイルド私立探偵小説に正統的に受け継がれていることを、クイーンが気付かなかったはずはありません。西海岸でのエラリイの冒険は、作者クイーンにとっても、大いなる冒険だったのだろうと思います。
『悪魔の報酬』は登場人物も少なく、クイーンの作品になれた読者なら早いうちに犯人がわかってしまうだろうと思われます。作者もその辺のところは心得ていたのではないでしょうか。謎解きよりもメロドラマを重視した、作者の開き直りのようなものを感じます。論証の部分はさすがにエラリイの弁舌はいつもどおりですが、盗聴機を使う行動派エラリイのスパイ大作戦もなかなかの見ものです。

(yosshy)
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ハートの4

2007年06月20日 | 長編ミステリ

*ハートの4

THE FOUR OF HEARTS (1938)

☆事件

西部劇映画の脚本を書く契約をしてハリウッドへやってきたエラリイだが、プロデューサーから六週間も放置され、ぶち切れかかっていた。そんなエラリイを無聊から解放したのは脚本の仕事ではなく、やはり殺人事件だった。二人のスター、男優ジョン・ロイルと女優ブライス・スチュアートの反目が、彼らの息子や娘であるタイラー・ロイルとポニー・スチュアートまでも巻き込み互いの敵意を募らせていたところに、この四人の大スターを共演させるという企画がもちあがり、そこからとんでもない騒動が勃発する。



☆登場人物リスト

ジャーク・ブッチャー・・・大プロデューサー
ポーラ・パリス・・・芸能記者
リュー・バスカム・・・脚本家
ジョン(ジャック)・ロイル・・・著名な俳優
タイラー(タイ)・ロイル・・・ジョンの息子
ブライズ・スチュアート・・・著名な女優
トーランド・スチュアート・・・ブライズの父
ボニー・スチュアート・・・ブライズの娘
アレサンドロ・・・蹄鉄クラブの主人
アーサー・バーク・・・老俳優
ジューニアス医師・・・トーランドの主治医
サム・ヴィックス・・・宣伝部長
アラン・クラーク・・・エージェント
グリュック・・・警視
エラリイ・クイーン…探偵作家


☆コメント
いわゆるハリウッド・ミステリは、クイーンの第2期の低迷ぶりを象徴する作品群として、あまり芳しくない評価を得ていますが、そもそもこれらの作品がハリウッドものと呼ばれるゆえんは、なんといっても『ハートの4』の存在によるところが大きいでしょう。ハリウッドを舞台にした作品には1951年の『悪の起源』もありますが、これを他のハリウッドものと一緒に扱うことには抵抗があります。
では、いわゆるハリウッド・ミステリの特徴はどこにあるのでしょうか。やはりハリウッドといえば映画との関係ということになるでしょうが、前作『悪魔の報酬』では映画とのかかわりを示すものはエラリイが脚本家としてハリウッドに招聘されているという設定だけでした。しかもエラリイはプロデューサーと連絡が取れず、暇をもてあましていて、その間に、ヒラリイ・キングと名乗って探偵活動をおこなっていたのでした。メロドラマを中心に据えた軽量級のミステリですが、私はそこそこ楽しめる作品だと思いました。
さて、今回の『ハートの4』は映画界の真っ只中で事件が起こります。ハリウッドものの真髄です。ところが、これがまったく面白くないのです。ロイル父子とスチュアート母娘の二世代にわたる因縁の対立。それが一転して鳴り響く結婚行進曲。いかにもハリウッド製娯楽映画にありがちなロマンスではありますが、それはあくまでもラブ・ロマンスであって、そこにはサスペンスのかけらもありません。『悪魔の報酬』やその前の『ニッポン樫鳥の謎』では、メロドラマとはいえミステリー仕立てになっていたものですが、今回のメロドラマはラブ・コメにしてもセンスの悪い、いわくいいがたい代物でした。
カードを使った暗号による脅迫も、『シャム双子の謎』のダイイング・メッセージほどのひねりもなく、退屈でしたね。後半は少しはミステリらしくなりますけど。結局この物語のセールスポイントは、飛行場での結婚式シーンのような、映画化を当てこんだ見せ場しかないのではないか・・・そんな気がしてなりません。映像的な見せ場という点では盛りだくさんです。幸か不幸か、この作品は映画化されませんでしたが、それはクイーンの計算が裏目に出て、ハリウッド人種の目にはこのストリーがあまりにも陳腐に映ったためかもしれません。あと、ポーラ・パリスを演じるにふさわしい女優が見つからなかったためとも考えられますが。
ポーラ・パリスといえば、この秘密主義の女王さまの存在そのものが、よくも悪しくも『ハートの4』という作品の性格を決定づけていると思います。エラリイを虜にした、知的で美しく性的魅力満点の彼女に好感を持てる読者なら、『ハートの4』もそこそこ楽しめる作品かもしれません。わたしにはダメでした。どうも鼻につくんですよね。秘密主義者はエラリイだけでたくさんという気がします。
そうそう、今回のエラリイは以前の秘密主義者にもどっています。『悪魔の報酬』や『ニッポン樫鳥の謎』では、他の登場人物や読者が知っている事実を知らされていなかったこともあるエラリイですが、今回は何も知らないタイ・ロールやポニー・スチュアートをいらいらさせながら、何でも知ってるエラリイぶりを思う存分発揮しています。「知」は力ですから、エラリイ=ポーラの強者連合とタイ=ポニーの弱者連合という構図が浮かび上がりますね。そしてエラリイの態度は、当事者たるタイ=ポニー連合に対しては、黙っておれの言うとおりにしろという押し付けがましさが感じられます。一方でポーラ・パリスとは犯人当ての賭けをやったりしているのを見ると、国名シリーズのエラリイが戻ってきたかのようです。もっともポーラが「女性特有の推理」で犯人を「言いあてた」ときは、さすがのエラリイもうなっていましたね。『中途の家』を最後に「読者への挑戦」形式を捨て去った、作者クイーンの本音が垣間見えるようです。女性も読者も、クイーン流の論理などに頓着せずに犯人を言い当ててしまうのでは、作者としてはとてもかなわない!論理(ロジック)のクイーンの終焉を図らずも印象付けてしまう一篇だったのかもしれません。

『中途の家』から始まる第2期の作品群を読んでいると、キャラクターとしてのエラリイのイメージがひどく混乱している印象を強く受けます。とりわけ『ハートの4』のエラリイは、なんだかな~という感じが強いです。しかし混乱しているとはいえ、エラリイ像の根底には、真面目で優れた理論家ではあるが行動面では不器用なエラリイがいることは確かで、作者クイーンもこの土台だけは崩すわけにはいかなかったのだと思います。そんなエラリイの行動面での力不足を補うかのように、次の『ドラゴンの歯』ではダミーのエラリイ・クイーンが登場し、減らず口こそたたかないもののフィリップ・マーロウ風の騎士ぶりを見せてくれます。乞うご期待!(と言って良いものやら…)

(yosshy)
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ドラゴンの歯

2007年06月20日 | 長編ミステリ

*ドラゴンの歯(創元推理文庫、ハヤカワ文庫)
*許されざる結婚(角川文庫)

THE DRAGON'S TEETH (1939)


☆事件

私立探偵を友人と開業することになったエラリイのもとに、“ウォール街の幽霊”と呼ばれる財界の大物キャドマス・コールがやってきた。将来事件を委嘱するといって巨額の契約金を払っていった彼は、数日後ヨットで謎の死をとげる。残された遺産を相続するのは二人の姪だったが、彼女たちをめぐって奇妙な事件が相ついで起こり、ついには娘の一人が射殺されてしまう。コールが蒔いたという“ドラゴンの歯”とは何か?(ハヤカワ文庫版カバーの紹介文より)


☆登場人物リスト

ボー・ラムメル・・・私立探偵
キャドマス・コール・・・大富豪
ロイド・グーセンス・・・弁護士
エドマンド・デ・カーロス・・・キャドマス・コールの親友
ケリイ・ショーン・・・映画女優
ヴァイオレット・デイ・・・映画女優、ケリイの親友
マーゴ・コール・・・キャドマスの姪
アンガス・・・アルゴノート号船長
サムプスン(サンプン)・・・地方検事
トマス・ヴェリー…部長刑事
リチャード・クイーン…警視
エラリイ・クイーン…犯罪研究家。クイーン警視の息子


☆コメント

「ドラゴンの歯なのだ」とクイーンはもの思わしげに繰り返した。「そうだ。キャドマスはドラゴンの歯を蒔いたのだ。するとその一本一本の歯から――トラブルの芽が出た。トラブルだぜ、ボー」(青田勝訳)

「ドラゴンの歯」はトラブルの元を表します。変人の大富豪、キャドマス・コールの遺言状がまさにそれでした。遺言の内容は、相続人は結婚してはならない、結婚した時点で相続人たる資格を失うという、ある意味で非常識なものでした。過去の結婚生活がどのようなものであったために、キャドマス・コールが結婚を「かの陰険にして下劣、かつ致命的なる社会的習慣」と見なすようになったのかは、興味をそそられるところでもありますが、とにかくこの人は結婚制度に反感を抱いているんだということを考慮すれば、この遺言は非常識ではあるものの、相続人に対する悪意があってのこととは思えません。
しかし、もう一つの(第一の)条件――相続人である二人の姪は被相続人である叔父の邸宅に一年間一緒に暮らさなければならないという内容は「ドラゴンの歯」以外の何ものでもないでしょう。まるでトラブルが起きることを期待しているかのようです。(作者のご都合主義か)
実際、この物語のヒロインは、フランスから来た邪悪な従妹に何度も命を狙われる羽目になります。それが後半では一転して、ヒロインが無実の罪をきせられることになるわけです。ダブル・サスペンスですね。探偵エラリイ・クイーンを名乗るボー・ラムメルをめぐっての従妹同士の恋の鞘当というメロドラマも当然用意されていて、なかなか盛りだくさんの内容になっています。軽ハードボイルドならぬ、軽パズラーといったところでしょうか。国名シリーズ全盛時の本格謎解きの面影は見事になくなっています。ボー・ラムメルの代わりにニック・チャールズが出てきてもおかしくないほどです。クイーンが『影なき男』シリーズの脚本の一つを手がけたことと関係あるのかどうかわかりませんが。

この作品の特徴は「私立探偵エラリイ・クイーン」を前面に出しているところでしょう。奇妙な依頼人が「エラリイ・クイーン探偵社」を訪れ、奇妙な依頼をしていくという導入部は、いかにも私立探偵小説風ですね。知性派のエラリイと行動派のボーの役割分担はレックス・スタウトのネロ・ウルフとアーチー・グッドウィンの関係を思わせます。特に、ボーがエラリイの承認のもとでエラリイ・クイーンを名乗って活動することが、伏線の一つになっていたことは感心しました。

「ドラゴンの歯」のダブルミーニングはご愛嬌でしょう。

この時期の作品にものたりなさをおぼえてしまうのは、やはりエラリイ像の焦点が定まらないからでしょう。なんとなく借り物めいた感じがしてしまうのです。探偵役はエラリイ・クイーンでなくてもかまわないような気がしますし。内容的にはそれほど酷いとは思いませんが、クイーン以外の作家の手になっていたらもっと面白い出来栄えになっていたかも・・・(苦笑)
『悪魔の報酬』『ハートの4』『ドラゴンの歯』のなかでは『ハートの4』が、ちょっと惨めかなというのが私の印象です。まったく、あのトリックがもったいないですね。
(yosshy)
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災厄の町

2007年06月20日 | 長編ミステリ

『災厄の町』青田勝訳(ハヤカワ文庫)


CALAMITY TOWN (1942)


☆事件

結婚式の前日に理由も告げず去っていったジム。婚約者のノーラは三年間、傷心の日々を送っていた。そのジムが突然帰ってきた。ノーラとジムは元のさやに収まり、結婚した。だが、ノーラはジムが書いた配達されない三通の手紙を発見する。ジムの妹にあてられて書かれたその手紙にはには、未来の日付で、妻の病気と死が予告されていた。いっぽうジムの元へ妹からの手紙が送られてくるが、ジムは送られてきた手紙を燃やしてしまう。やがてジムの妹、ローズマリー・ハイトがライツヴィルにやってきて、ジムとノーラの家に逗留することになった。


☆登場人物リスト

ジョン・F・ライト・・・銀行の頭取
ハーミオン(ハーミー)・・・ジョンの妻
ローラ・・・ジョンの長女
ノーラ・・・ジョンの次女
パトリシア(パット)・・・ ジョンの三女
ジム・ハイト・・・ノーラの夫
ローズマリー・ハイト・・・ジムの妹
エミリーン・デュプレ・・・ハイト夫妻の隣人
フランク・ロイド・・・ライツヴィル・レコード新聞社社長
J・C・ペティグルー・・・不動産周旋屋
カーメル・ペティグルー・・・パトリシアの親友
ウィロビー・・・医師
エリー・マーチン・・・判事
クラリス・・・エリーの妻
ロバータ・ロバーツ・・・婦人通信員
カーター・ブラッドフォー・・・検事
ライサンダー・ニューボルド・・・裁判長
チック・サルムソン・・・郡検死官
L・D・マギル・・・州の化学技師
ロレンツォ・グレンヴィル・・・筆跡鑑定家
デイキン・・・署長
ブレイディ・・・巡査
タビサ・・・ジョン・F・ライトの妹
エラリイ・スミス(エラリイ・クイーン)・・・犯罪研究家

☆その他ライツヴィルの住人

エド・ホチキス・・・タクシー屋
ルーディー・・・ライト家の家政婦
アルバータ・マナスカス・・・ハイト家の家政婦
ヘンリー・クレイ・ジャクソン・・・ライツヴィルで唯一の本職の執事
ギャビー・ウォラム・・・駅長
ファニー・ベイカー・・・ライツヴィル・レコード社員
アンダーソン(トム・アンダースン)・・・町の呑んだくれ
アンディー・バイロベティアン・・・草花屋
ドゥリトル博士・・・第一メソジスト教会の牧師
シドニー・ゴッチ・・・雑貨店主
グラディス・ヘミングワース・・・レコード紙社交欄担当
ベイリー・・・郵便配達人
スティーヴ・ポラリス・・・好色漢らしい目つきの運送屋
ヴィック・カーラッティー・・・《ホット・スポット》の店主
J・G・シンプスン・・・質屋
ビル・ヨーク・・・山荘の主人
ウィルシー・ギャリマート・・・肉屋
ダンカン・・・葬儀社
ピーター・カレンダー・・・双子山墓地会社
マイロン・ガーバック、ガーバック夫人・・・上町薬局
ガス・オールセン・・・居酒屋
ダンク・マックリーン・・・酒屋
ハーナベリー・・・裁判所の守衛
ブルックス・・・ホリス・ホテルの支配人
ルーイ・カーン・・・ビシュー劇場の支配人、ジムの旧友
ドナルド・マッケンジー・・・ライツヴィル個人金融会社
エミール・ポッフェンバーガー・・・歯科医
ディック・ゴビン・・・巡査
ベン・ダンツィグ・・・上町貸し本その他雑貨の店
ウォーリー・プラネッキー・・・看守
ミス・ビルコックス・・・カーターの秘書
ウェントワース・・・ジョン・Fの父の弁護士
ルイジ・マリアノ・・・理髪店
フランチェスカ(ボティリアーノ)・・・ルイジの妻
テッシー・ルービン・・・美容師
ジョー・・・テッシーの夫、マリアノの店に勤務
クリス・ドーフマン・・・ラジオカーの巡査
トマス・ウィンシップ・・・ナショナル銀行の出納係
ロリー・プレストン・・・ナショナル銀行員
ゴンザレス・・・・ナショナル銀行員
ブリック・ミラー・・・バスの運転手
アパム・・・アパムハウスの女主人
ミス・エイキン・・・カーネギー図書館の職員
ウィリアム・ケチャム(ビル・ケチャム)・・・陪審員
エド・クロスビー・・・拘置所の当直医
ウィリス・ストーン・・・葬儀社
ホーマー・フィンドレー・・・下町のガレージ屋


☆コメント

1939年の『ドラゴンの歯』以後三年目にして、クイーンが1942年に発表した作品が、ニュー・イングランドの架空の町「ライツヴィル」を舞台にした『災厄の町』でした。この作品からクイーンの第三期が始まるとされています。

冒頭のシーンで、ライツヴィル駅のプラットホームに立ったエラリイは、自分がコロンブス提督になったようだと感じます。第一部第一章が「クイーン氏のアメリカ発見」と題されていることからも想像されるように、この作品は作者である「クイーン氏」にとっても、アメリカ発見の書であったのでしょう。しかしこれは厳密にいえば再発見ということになるのだと思います。なぜなら、発見された「新大陸(新天地)」がニュー・“イングランド”の田舎町だったからです。これまでクイーンは、国名シリーズ・悲劇四部作・ハリウッドものと、例外はあるもののニューヨークやハリウッドというアメリカの都会的な風俗を取り入れたアメリカン・ミステリの路線をひた走ってきました。もちろん表面的な意匠はどうあれ、初期のクイーンが目指したものはヴァン・ダインの理想の実現であり、ほとんど前衛的といってもよいパズラー(本格謎解き小説)のスタイルの完成だったことは間違いありません。しかし一方で、クイーンの関心はブリティッシュ・ミステリとは一味ちがうアメリカン・ミステリの確立ということにもあったと思われるのです。ではクイーンにとっての「アメリカ」のイメージとはどのようなものだったのでしょうか。『アメリカ銃の謎』にそのヒントがあると思われます。ウェスタンです。クイーンはウェスタンがアメリカ大衆文芸の伝統の中心になっていることをよく知っていたはずです。そして、当時クイーンのライバルとして台頭してきたハメットの「ハードボイルド」が実はウェスタンの伝統に根ざしたものであることに、いちはやく気付いていたのもクイーンだったのではないでしょうか。だからこそクイーンはハメットを「彼は洗練されたイギリス作家の圧倒的な影響から――強引に――脱出した」「彼は初めて百パーセント・アメリカの、初めて真の国産の探偵小説を私たちにあたえてくれた」と本気で称えることができたのだろうと思います。
ハリウッドものは、クイーンにとってアメリカ発見の旅だったと言えそうですが、そこでクイーンは彼の「アメリカ」を発見することはできなかったのでしょう。結局クイーンが発見するのはライツヴィルという、もう一つの「アメリカ」なのでした。そしてクイーンはニュー・イングランドの田舎町を舞台にした田園ミステリを、洗練されたイギリス作家のように書き始めます。作品はヴィクトリア朝風の英国小説を思わせる重厚なものとなりました。

『災厄の町』の魅力を端的に言えば、その物語としての折り目正しさと奥ゆかしさにつきると思います。エラリイがライツヴィルにやってきたのは八月の初旬、そして物語の終わりは翌年の五月の第二日曜日。この一巻の中で九ヶ月以上の月日が流れているわけですが、ハロウィン・感謝祭・クリスマス・新年・聖バレンタイン祭日・復活祭といった年中行事が物語の進行の節目になっていて作品にメリハリをあたえています。その間に流れる月日は遠景に溶け込むように物語に奥行きを感じさせてくれます。悲劇の予兆、新年に起こった殺人、それに続く厳しい冬の季節の裁判、復活祭の贈り物・・・ひとつひとつのエピソードの配置を考えてみると、これはずいぶん技巧的な作品で、初期国名シリーズの精緻なプロットを作りだしたクイーンならではの作品だと言えるでしょう。きわめて人工的な、ジオラマのような作品世界がここにあります。世界の縮図としてのライツヴィルを舞台に繰り広げられる悲劇には象徴主義的な崇高美さえ感じられ、人形のような人物たちが魔法をかけられたように生き生きと動き出します。まさにクイーンの新境地ですね。これほど人工的な世界を作り出しながら、「技巧」をこれみよがしに前面に出さないクイーンの洗練された技巧に奥ゆかしさを感じます。この人工美は「リアリズム」を軽々と乗り越えてしまいました。配達されなかった三通の手紙の謎も、日常のなかの小さな謎のように物語のなかにひっそりと組み込まれながら、物語全体をしっかり支える柱になっています。

(yosshy)



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靴に棲む老婆

2007年06月20日 | 長編ミステリ

*靴に棲む老婆
*生者と死者と(創元推理文庫旧題名)

THERE WAS AN OLD WOMAN
(THE QUICK AND THE DEAD)


☆事件

製靴業で大富豪になった老婆、コーネリア・ポッツには六人の子供がいた。六人兄妹のうち、最初の夫との間にできた三人は揃いも揃ってエキセントリックな連中であるのに対し、二番目の夫との間に生まれた双生児の兄弟と妹はまともだった。ポッツ家の事業を実際に取り仕切っているのは、まともなほうの双生児の兄弟だったが、無能なくせにプライドだけは高い長男が、弟に侮辱されたとして、双子の片割れに決闘を申し込んだ。



☆登場人物

コーネリア・ポッツ・・・ポッツ製靴の女社長
バッカス・ポッツ・・・コーネリアの最初の夫、失踪
スティーヴン・ブレント・・・コーネリアの二度目の夫
サーロウ・・・最初の夫の息子、自尊心のかたまりのような小男
ルーラ(ルーエラ)・・・最初の夫の娘、発明狂
ホレイショ・・・最初の夫の息子、大人にならぬ男
ロバート(ボブ)・・・第二の夫の息子、双生児
マクリン・・・第二の夫の息子、双生児
シーラ・・・第二の夫の娘
チャールズ・パクストン・・・ポッツ家の顧問弁護士
ゴッチ大佐・・・スティーヴンの相棒
サイモン・アンダーヒル・・・ポッツ製靴工場長
ワゴナー・イニス博士・・・ポッツ家の主治医
カッチンズ・・・ポッツ家の執事
コンフィールド・・・判事
クリットンデン・・・牧師
コンクリン・クリフスタッター…サーロウに名誉毀損で訴えられた男


☆コメント

マザー・グースの童謡をモチーフに、異常な人物たちが引き起こす異常な事件を扱った本書『靴に済む老婆』は前作『災厄の町』の悲劇的な色調を払拭するかのように、ナンセンスなコメディー風に仕立てられている作品です。とは言え作品の完成度・達成度を考えると、『災厄の町』とほぼ同じレベルにあると思います。どちらも、人工的な舞台装置をうまく利用して夾雑物を廃し、作者のペースで精緻なプロットを作り上げている点では甲乙つけがたいところでしょう。まさにクイーンの職人芸が一挙に開花したともいえるこの時期の産物ならではの風格を持っています。また『災厄の町』のあとにこの『靴に棲む老婆』を出してきたところもセオリーどおりでしょう。悲劇のあとには喜劇です。
ところで、この『靴に棲む老婆』ですが、プロットやドラマツルギーとしては「国名シリーズ」「ドルリイ・レーン四部作」「ハリウッドもの」などの集大成といった感じがします。『災厄の町』の場合、悲劇的情緒を前面に出したため、作品全体は精緻に組み立てられていたにもかかわらず、謎解きに関してはクイーン独特の「濃さ」に欠けている一面がありましたが、『靴に棲む老婆』はその点、既視感といってよいほど過去の作品を連想させる部分が多々あります。
(yosshy)

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フォックス家の殺人

2007年06月20日 | 長編ミステリ

フォックス家の殺人/THE MURDERER IS A FOX (1945)

☆事件

デイヴィー・フォックス大尉は華々しい戦果をあげライツヴィルに凱旋したにもかかわらず、神経を冒されていた。ある夜、彼は無意識のちに妻の首を絞めようとまでした。戦争の異常体験が12年まえに起こった忌まわしい事件の記憶を呼びさましたのか?思いあまった大尉と妻はエラリイ・クイーンを訪ね、大尉の父が母を毒殺したという過去の事件の再調査を依頼した。今は刑に服している父が無実となれば、大尉の病いも癒えるはずだ。エラリイは事件を再現し、大胆きわまる推理を展開していったが……!(ハヤカワ文庫カバー紹介文より)


☆登場人物リスト

ディヴィー・フォックス・・・空軍大尉
リンダ・フォックス・・・ディヴィーの妻
ヘイアード・フォックス・・・デイヴィーの父
ジェシカ・フォックス・・・ベイアードの妻
タルボット・フォックス・・・ベイアードの兄
エミリー・フォックス・・・タルボットの妻
アルヴィン・ケイン・・・薬剤師
ウィロビー・・・医師
ドロレス・エイキン・・・図書館員
エミリー・デュプレ・・・ドロレスの友だち
ガブリエール・ボネール・・・声楽家
ハウイー・・・刑事
デイキン・・・警察署長
ヘンドリックス・・・地方検事
エラリイ・クイーン…探偵


☆コメント

ライト家の悲劇(『災厄の町』)から数年後、再びエラリイはライツヴィルを訪れる。ニューヨークを舞台にした前作『靴に棲む老婆』のシュールな雰囲気から一転して、再度甦る古典的田舎ミステリの世界。しかも今回の作品は『災厄の町』とくらべても、はるかに地味でこぢんまりとしている。

事件調査のため、エラリイがとった方法は型破りである。父クイーン警視の職権を濫用し、獄中にいるベイアードを、二週間の期限をきってライツヴィルに連れ戻すことで、十二年前の真実を明らかにしようというのだ。最初はエラリイ自身もベイアードの無実を確信しているわけではなく、それとなく観察しているあたりが面白い。

『災厄の町』との大きな違いは、まず探偵としてのエラリイの立場が挙げられる。『災厄の町』では一介の傍観者の立場を抜け切れなかったエラリイも、今回は依頼人の利益のために行動する探偵として機能している。また物語の中で流れる時間も、『災厄の町』と比べるとはるかに短い。ドラマとしては小さくまとまっている感じである。しかし過去の事件を扱うという点で、物語に時間的な奥行きを与えていて、全体的な印象としては、「家庭の悲劇」をシリアスに深く掘り下げた作品といえよう。
(yosshy)

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十日間の不思議

2007年06月20日 | 長編ミステリ

十日間の不思議/TEN DAY'S WONDER (1948)


☆事件

全身に傷を負い、血まみれの姿でエラリイ・クイーンのもとを訪れた旧友ハワード・ホーン。ライツヴィルの家を出てから19日間、ハワードの記憶は完全に失われていた。無意識のうちに殺人を犯していたかもしれない----戦慄したハワードは、エラリイにライツヴィルへの同行を頼んだ。しかし、エラリイがこの懐かしい街に着くのも待たず、不吉な事件は幕をあけた。正体不明の男から2万5000ドルでハワードの秘密を買えという強迫電話がかかってきたのだ!
架空の町ライツヴィルが三たびエラリイの前に投げだした怪事件の真相は……?(ハヤカワ文庫『十日間の不思議』カバー紹介文より)



☆登場人物リスト

ディードリッチ(ディーズ)・ヴァン・ホーン・・・富豪
サリー(サル)・ヴァン・ホーン・・・ディードリッチの若い妻
ハワード(ハウ)・ヴァン・ホーン・・・ディードリッチの息子、彫刻家
ウルファート(ウルフ)・ヴァン・ホーン・・・ディードリッチの弟
ローラ・・・ヴァン・ホーン家の雇人
アイリーン・・・ヴァン・ホーン家の雇人
デイキン・・・警察署長
ジープ・ジョーキング…警官
コーンブランチ博士・・・精神病医、州立病院医長
チャランスキイ・・・検事
エラリイ・クイーン…探偵小説作家

☆コメント

題名どおり、不思議な作品ですね。貧しい境遇から這い上がり富豪になった男、捨て子の身の上で男に育てられた息子、息子の成長後に富豪が娶った貧民階級出身の美しい若妻、そして富豪の弟、といった人々の織り成すドラマ。
本格謎解き小説としては致命的なほど登場人物が少ないので、事件の中心人物=犯人はうすうすわかってしまうし、ときどき記憶喪失状態に陥ってしまう人物を設定しているのも、なにやら危うい感じです。しかも殺人はなかなか起こらない。一歩間違えば失敗作になりかねないこの作品が、しかし面白い。読んでいて惹きつけられるのはなぜでしょうか。
まず、類型的なところはあるものの登場人物の造形がしっかりしているため、いったいどんなストリー展開になるのだろうかという、普通小説的な興味が生まれます(ミステリだから、誰が殺人の被害者になるのかという興味も当然あるでしょう)。それから、冒頭の一部を除く大部分がエラリイの視点から書かれていて、しかもエラリイの内的独白(傍点つき)まであって、読者が従来の作品以上にエラリイという人間に感情移入しやすくなっていることです。そして、なによりもライツヴィルという舞台装置の魔法がみごとに生かされていることでしょう。二度あることは三度ある・・・エラリイが三たび訪れたライツヴィルは、やはり不思議な魅力を持った田舎町でした。町並みの変遷や、前二作に登場した人物の消息などが丁寧に書き込まれ、読者を懐かしい世界に誘い込みます。ひとたび、この「懐かしい世界」に迷い込めば、現実的には脆い論理でも美しいガラス細工のように見えてくるから不思議です。クイーンの魔法です。

『十日間の不思議』では、エラリイは「模様」ということをしきりに意識しています。事件の全体を形作る「模様」。それは「テーマ」といってもよいでしょう。見立て殺人ならぬテーマ殺人。この「テーマ」は、作品全体の四分の三以上を占める第一部<九日間の不思議>の最後になってやっと現れるわけです。しかし真の解決編は第二部<十日間の不思議>まで明らかにされません。“a nine days’ wonder”は「人のうわさも七十五日」にあたることわざだそうですが、物語の中では第一部と第二部の間に一年の時間が流れています。
第一部でエラリイが明らかにした「模様」とは何か。それが第二部ではどのように違って見えてくるのか。
(yosshy)

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九尾の猫

2007年06月20日 | 長編ミステリ

九尾の猫/CAT OF MANY TAILS (1949)


☆事件

手当たり次第に殺人を犯し、ニューヨーク全市を震撼させた連続絞殺魔<猫>の正体は、既に五人の犠牲者が出ているにもかかわらず、依然としてつかめなかった。指紋も残さなければ動機もなく、目撃者も容疑者もすべて皆無。<猫>が風のように町を通りすぎた後に残るものはただ二つ----死体とその首に巻きついた絹紐だけだった。
父のクイーン警視をたすけ、謎の殺戮を続ける<猫>を追うエラリイ!恐るべき連続殺人をつなぐ鎖の輪を求めて、エラリイと<猫>の息づまる頭脳戦が展開される。(ハヤカワ文庫カバー紹介文より)


☆登場人物リスト

アーチボルド・ダドリー・アバネシー・・・第一の被害者
バイオレット・スミス・・・第二の被害者
ライアン・オライリー第三の被害者
モニカ・マッケル・・・第四の被害者
シモーヌ・フィリップス・・・第五の被害者
ビアトリス・ウィリキンズ・・・第六の被害者
レノーア・リチャードソン・・・第七の被害者
ステラ・ペトルッキ・・・第八の被害者
ドナルド・カッツ・・・第九の被害者
セレスト・フィリップス・・・シモーヌの妹
ジェームズ・ガイマー・マッケル・・・モニカの弟
エドワード・カザリス・・・精神病医
カザリス夫人・・・エドワードの妻
マリリン・ソームズ・・・速記者
バーニー・・・警察本部長
リチャード・クイーン警視と部下の刑事たち
エラリイ・クイーン


☆コメント

これは、ニューヨーク市民を震えあがらせた<猫>と呼ばれる連続絞殺魔を相手に、市長直属の特別捜査官として挑むエラリイの姿を描いた異色の作品です。『十日間の不思議』で挫折感を味わい、探偵廃業を宣言したエラリイが、この作品で復活を遂げることができるのかという興味もさることながら、事件そのもののスケールの大きさが何よりも注目にあたいします。

『九尾の猫』はライツヴィルという箱庭空間から、ニューヨークという大都会へ舞台を移し、扱う事件もきわめて「現実」的なものとなっています。この「現実」らしさが、『九尾の猫』をクイーンにしては異色の作品と感じさせる原因のひとつだろうと思われます。

もうひとつ、クイーンらしくないところがあります。それはクイーン流の「本格謎解き」の要素が希薄なことです。一見無差別の犯行に思える一連の事件に、ひとつの規則性を発見したことを除けば、今回のエラリイは理詰めで犯人をつきとめるということをしていません。

実際、物語の半分くらいでミッシング・リンクの謎は解け、後半は警察小説のような様相を呈してきます。「現実」的でないからと言って「本格」の謎解きを退ける読者にも、この作品は受け入れられるのではないでしょうか。そういう人に是非読んでいただきたい作品だと思います。『九尾の猫』はクイーンの代表作とはいえないかも知れないが、流派を超えたミステリの傑作だろうと、私は考えます。

とはいえ、最後まで読めば、これはまぎれもなくクイーンの作品であり、クイーンにしか書けなかった作品であることがわかります。そこには苦し紛れではない、本当の意味での「開き直り」があります。ここでクイーンが肯定しているのは「本格謎解き」のありようだけではないと思われます。いわゆる「現実」的なミステリも含めて、あらゆるミステリの大いなる肯定が行われているのだと言っても過言ではないでしょう。
(yosshy)

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ダブル・ダブル

2007年06月20日 | 長編ミステリ

ダブル・ダブル/DOUBLE,DOUBLE (1950)

☆事件

エラリイ・クイーンの許へ匿名の手紙が届いた。中には最近のライツヴィルのゴシップを知らせる新聞の切り抜きが数枚入っていた----“町の隠者”の病死、“大富豪”の自殺、そして“町の乞食”の失踪。この三つの事件の共通点は?
この手紙の主は、不敵にもクイーンに挑戦状を叩きつけたかのようであった。
と、そこへ“町の乞食”の娘で森の妖精のごとき少女リーマが彼の事務所へ事件の依頼に訪れ、クイーンは懐かしの土地へ赴く----彼を待ち受けたように古い童謡に憑かれて犯行を重ねる殺人鬼に、さすがのクイーンもなす術がなかった!(ハヤカワ文庫カバー紹介文より)


☆登場人物リスト

セバスチャン・ドッド博士・・・開業医、“町の聖者”
ケネス・ウィンシップ博士・・・ドッド博士の共同経営者
ハリイ・トイフェル・・・庭師、“町の哲人”
ニコール・ジャガード・・・“町の泥棒”
トム・アンダースン・・・“町の乞食”または“町の呑んだくれ”
リーマ・アンダースン・・・トムの娘
オティス・ホルダーフィールド・・・弁護士
デイヴィッド・ワルドー・・・双生児の仕立屋
ジョナサン・ワルドー・・・双生児の仕立屋
マルヴィナ・プレンティス・・・レコード新聞の女社長
フランシス・オバノン・・・プレンティスの相談役
デイキン・・・ライツヴィル警察署長
ジープ・ジョーキング…警官
チャランスキイ・・・検事
エラリイ・クイーン…探偵作家


☆コメント

『ダブル・ダブル』はひとことで言ってしまえば牧歌的な作品ですね。それはひとえに“森の妖精”リーマ・アンダースンの魅力からくるものでしょう。“町の呑んだくれ”とも“町の乞食”とも呼ばれたトム・アンダースンの秘蔵子だったリーマは、W・H・ハドスンの『緑の館』のヒロイン、リーマのイメージとダブル・ダブル。
もうひとつこの作品の特徴は、「童謡殺人」がモチーフとなっているところ。「童謡殺人」をモチーフにした作品は数多くありますが、なんといってもクイーン自身の作品『靴に棲む老婆』と微妙なところでダブル・ダブル。狂気と不条理の裏に理性的な犯人のしたたかな計算があるところなど、よく似ています。犯人が狂気の域に達しているヴァン・ダインの『僧正殺人事件』と比べてみると、クイーンの二つの作品のほうが互いに似ていることがよくわかると思います。

『ダブル・ダブル』は探偵と犯人の勝負を外から見物している分には面白いが、謎解きの興味は希薄な作品といえるでしょう。重要な手がかりが明らかにされる時期が遅すぎるにもかかわらず、これまでクイーンを読んできた読者には早いうちに犯人がわかってしまうのではないでしょうか。それでも楽しく読めるのはリーマの魅力や、物語の口当たりの良さによるところが大きいと思われます。クリスティーが得意とする童謡殺人の分野を扱っていたり、ロマネスクな雰囲気を前面に出したりしているものの、やはりクリスティーとは違うクイーンらしさが全編に満ち溢れています。
(yosshy)

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悪の起源

2007年06月20日 | 長編ミステリ

悪の起源/THE ORIGIN OF EVIL (1951)


☆事件

犬が父親を殺した----突然訪ねてきた若い娘の言葉に、エラリイ・クイーンは興味をそそられた。玄関先に送りつけられた犬の死体と、その首についていた脅迫状が宝石商のヒルをおびえさせ、死に追いやったというのだ。しかも、彼の共同経営者プライアムの寝室には、数百匹のアマガエルが投げ込まれた。二人を死ぬほどおびえさせるものは何か? そしてプライアムが頑として語ろうとしない二人の過去とは? 姿なき脅迫者に挑戦するエラリイの推理が冴える!
題名を『種の起源』になぞらえ、ハリウッドを舞台に展開する記念碑的名作。
(ハヤカワ文庫カバー紹介文より)


☆登場人物リスト

ロージャー・プライアム・・・宝石商
デリア・プライアム・・・ロジャーの妻
クロウ(マック)・マクガワン・・・デリアの息子
コリヤー・・・デリアの父
リアンダー・ヒル・・・ロジャーの共同経営者
ローレル(ロー)・ヒル・・・リアンダーの養女
アルフレッド・ウォレス・・・ロージャーの秘書兼召使
ウォルータ博士・・・ロージャーの主治医
キーツ・・・ハリウッド警察の警部補
エラリイ・クイー…犯罪研究家


☆コメント

エラリイ・クイーンを初めて読む人が、いきなりこの作品を選ぶことはまずないでしょうが、そんなことがあったら、その人はエラリイ・クイーンとはなんとばかばかしいことを書く作家なのだろうかと思うかもしれません。
国名シリーズ(ニッポンを除く)はどれから読んでもかまわないでしょうが、ハリウッド編以降はやはり発表順に読んだほうが無難に思えます。

『悪の起源』は、基本路線は久々のハリウッド編と言ってよいでしょう。前半のメロドラマ風の展開と気取った文体には辟易しましたが、三分の二を過ぎたあたりから俄然面白くなるので、くれぐれも途中で投げ出さないようにしましょう。

「型」が見えてくる後半は、エラリイ・クイーンお得意のアイテムが次々と登場し、マニアックな読者を喜ばせてくれます。ほとんど作者自身によるパロディーの趣があります。一例を挙げれば正体不明の「謎の復讐者」の存在ですが、『エジプト十字架』ファンは、こういうの好きでしょうね(笑)
(yosshy)

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帝王死す

2007年06月20日 | 長編ミステリ

帝王死す/THE KING IS DEAD (1952)

☆事件

第二次大戦当時の機密島を買取り、私設の陸海空軍を持つペンディゴ帝国に君臨する軍需工業界の怪物キング・ペンディゴ----彼の許に舞い込んだ脅迫状の謎を捜査するため、クイーン父子は、ある朝突然ニューヨークのアパートから拉致された。その強引なやり方と島の奇妙な雰囲気に戸惑いながらも、エラリイはついに意外な犯人を突きとめた……。しかし次の瞬間、エラリイ父子の眼前で不可解な密室殺人が!
援けるものとていない苦境に立たされたエラリイの前で、冒険小説風に展開する不可能犯罪の謎!(ハヤカワ文庫カバー紹介文より)


☆登場人物リスト

キング(ケイン)・ペンディゴ・・・ペンディゴ王国の帝王
カーラ・ペンディゴ・・・キングの妻
ジュダ・ペンディゴ・・・キングの次弟
エーベル・ペンディゴ・・・キングの末弟
イマヌエル・ピーボディー・・・キングの法律顧問
マックス・・・キングの側近
スプリング大佐・・・ペンディゴ王国の広報人事部長
ストーム博士・・・同国の衛生局長
アクスト博士・・・同国の物理学者
エラリイ・クイーン…探偵作家
リチャード・クイーン…警視。エラリイの父
ファブリカント夫人…クイーン家の家政婦

☆コメント

『帝王死す』は一口に言ってしまえばクイーンの異色作ということになるでしょう。しかし異色作ということなら、前作の『悪の起源』も異色作だし、その前の『ダブル・ダブル』だって充分に異色の作品と言えそうです。ようするに毎回目先の変わったものを出してきているということではないでしょうか。『十日間の不思議』『九尾の猫』といった重量級の作品の後に刊行されたこれらの作品は、謎解きにも人間ドラマにも煮詰まったクイーンが力を抜いてある種の「軽み」の境地に達したものといってもよさそうです。過去の作品を換骨奪胎して作り上げたリサイクル製品と言っても過言ではないでしょう。文章も軽いタッチでさくさく読めます。

『帝王死す』の目新しさは、通俗冒険小説めいた冒頭から印象付けられます。拉致同然の状態でクイーン父子が連れてこられた秘密の島。そこは巨大な軍需産業の本拠地だったわけですが、たとえ戯画的にせよ軍需産業の様態を描くことで、クイーンは読者の意表をつくことに成功していると思います。たしかにこの作品には第二次世界大戦の記憶が影を落としていて、『フォックス家の殺人』のような例外もあるものの、直接「戦争」に触れていること自体クイーンにしては珍しいことと言えます。このように表面的には新機軸が打ち出されているように見えます。
(yosshy)

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緋文字

2007年06月20日 | 長編ミステリ

緋文字/THE SCARLET LETTERS (1953)

☆事件

エラリイの秘書ニッキー・ポーターの友人マーサは夫の探偵作家ダーク・ローレンスから姦通の疑惑をもたれ、二人の幸福な結婚生活は四年目にして破局を迎えようとしていた。いったい夫婦の周辺で何が起きているのか?エラリイはニッキーをダークのもとへ臨時秘書として送りこみ、それとなくマーサの様子を監視させた。ニッキーの報告を受けて、エラリイはマーサの外出の都度に尾行を続ける。


☆登場人物リスト

ダーク・ローレンス・・・探偵小説作家
マーサ・ローレンス・・・ダークの妻、女流演出家
ヴァン・ハリスン・・・舞台俳優
タマ・マユコ・・・ハリスンの召使、日本人男性
レオン・フィールズ・・・通信記者、寄稿家
ハリエット・ロウマン・・・フィールズの秘書
アーニイ・・・ホテルの受付け係
モート・アシュトンン・・・年寄りの性格女優
ダレル・アイアンズ・・・弁護士
レヴィ・・・弁護士
リチャード・クイーン・・・警視
エラリイ・クイーン・・・探偵小説作家
ニッキー・ポーター・・・エラリイの秘書、マーサの親友


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ガラスの村

2007年06月20日 | 長編ミステリ

ガラスの村/THE GLASS VILLAGE (1954)

☆事件

独立記念日の翌日、<シンの辻>と呼ばれるニュー・イングランドの寒村で、老女流画家が撲殺された。容疑者として逮捕された男は金を盗んだ事実は認めても、殺人に関しては頑強に否定した。女流画家の家に行ったのは薪割りを頼まれたからだというのだ。肝心の証拠となるべき薪は煙のように消え失せていた……巨匠クイーンが展開する、精緻な論理、読者への挑戦、意外な結末! 発表後、騒然たる話題を巻き起こした問題作。
(ハヤカワ文庫カバー紹介文より)


☆登場人物リスト

ルイス・シン・・・州裁判所の老判事
ヒューバート(ヒューブ)・ヒーマス・・・農業、村の指導者
バーニー・ハケット・・・巡査
サミュエル・シアー・・・牧師
ファニー・アダムズ・・・老婦人画家
ピーター・ベリー・・・雑貨商
オーヴィル・パングマン・・・農業
マートン(マート)・イズベル・・・農業
カルヴィン・ウォーターズ・・・村の万能小使
ホージー・レモン・・・偏屈な世捨て人
マチルダ・スコット・・・不遇な農婦
プルー・プラマー・・・女骨董商
ジョニー(ジョン・ジェイコブ)・シン・・・元少佐、シン判事の従弟
アンドルー・ウェブスター・・・老退職判事
フェリス・アダムズ・・・弁護士、ファニーの甥の子
バーンウェル・・・検死官
クッシュマン博士・・・医師
ジョゼフ・コワルチック・・・ポーランドの避難民
フリスビー・・・州警察の警部
モスレス・・・保安官
アッシャー(アッシュ)・ピーグ・・・新聞記者
ロージャー・キャサヴァント・・・美術批評家


☆コメント

エラリイ・クイーンにはめずらしいノン・シリーズの作品。ダネイ&リーのコンビによって書かれた作品でのノン・シリーズは、この作品が初めてでほかには1969年にクイーンの執筆活動四十周年を記念して発表された『孤独の島』があるだけです。

この作品にエラリイ青年が探偵役として登場しないのは、舞台となるニューイングランドの小さな村がきわめて閉鎖的な共同体で、村人は外部の人間に心を開かないという設定になっているからです。

<シンの辻>は、そこに暮らすのはわずか十二家族、それも独身世帯をのぞけば七家族、人口は三十六人といううらぶれた村です。かつては優良な酪農場が集まりカシミヤ工場が多くの人々を雇用していたこの村も、今では立ち腐れになった建物の跡が全盛期の栄華をしのばせるばかりの「懐かしい思い出と伝統だけしか残っていない」状態で、村人たちは自分たちに敵意をもつ新しい世界に取り囲まれているような思いを抱いて暮らしています。この村で、村人たちの生活を経済的にも精神的にも支えてきた人物が、村人たちの誇りであり敬愛の的であった老画家のファニー・アダムズおばさんです。そのファニーおばさんが殺され、容疑者として逮捕されたのは外国人の浮浪者でした。村人たちは怒り心頭に発し、容疑者を村の外部に引き渡すことを拒みます。外部の人間は村人に対し敵意を抱いているので、村の外部で行われる裁判は村人たちにとって「公正な」ものにはならないと感じているからです。村の住人の一人でありながら州裁判所の判事として外部との接点を持つ人物でもあるシン判事は村人の強い意志を汲み取り、暴動のような不測の事態を避けるために村のなかでの「公正な」裁判を提唱します。もちろん陪審員の頭数さえまともに揃わないような状態で行われる裁判は茶番でしかありえないのですが、シン判事もこの裁判が法律的には無効になることを重々承知の上で、裁判の真似事を通してなんとか真相を究明しようと考えているのでした。というのは、容疑者がファニーおばさんから金をくすねたことは事実だが殺人に関しては無実だろうという心証を判事が抱いていたからです。よそ者の浮浪者が無実だとなると真犯人は村の内部にいるのではないかという疑いが生じます。いっぽう村の指導者は判事の真意には(すくなくとも最初のうちは)気づかぬまま、清教徒的な正義感と同時にアメリカの伝統的な草の根民主主義を尊重する立場から判事の提案を受け入れました。

判事を助けて真相を究明する探偵役になるのが判事の従弟にあたるジョニー・シン元少佐です。彼は村の外部の人間ですが、シンの一族の名前を持っているという一点において村人から敵と見なされない資格を有しています。彼は村人にとって内部の人間ではないが完全に外部の「敵」でもない境界線上の人物なのです。第二次大戦と朝鮮戦争を体験し、絶対的正義というものに対して懐疑的になっている元少佐のひととなりも彼を境界線上の人物にふさわしいものにしています。このような人物を配置することによってクイーンは、内部と外部という二つの世界の対立を相対化する視点を物語に導入します。それは内と外という観念によって閉ざされた見かけ上の密室に風穴をあけ、世界を開かれたものにしていく作業に通じているのです。『ガラスの村』でクイーンが行ったことは、探偵小説作家にふさわしく探偵小説の手法を用いることによって二項対立に囚われた精神を批判することでした。

マッカーシズムの「赤狩り」に対する抗議を表すために書かれたと言われている『ガラスの村』ですが、今読むとそれほどアクチュアルな政治性を感じさせる作品ではありません。「赤狩り」云々については予備知識を持たずに読めばほとんど看過されてしまうのではないでしょうか。むしろ、内部が容易に外部に転化したり被害者が簡単に加害者にすりかわってしまったりするような人間のこころのあり方に対する批判的な眼差しをとおして、もっと普遍的な問題をテーマにしているように思われます。今読んでもこの作品が古さを感じさせないのはそのためでしょう。

<シンの辻>の住人たちの外部の世界に対する被害者意識が彼らを加害者の立場に追いやろうとする過程をダイナミックに描きながら、クイーンの筆致は村人のひとりひとりを個性を持った人間として丁寧に書き分けることも忘れてはいません。村人たちが木偶の坊に見えてしまうようではこの作品の存在意義はなくなってしまうのですから。そしてクイーンは村の外部から一方的な正義をふりかざし村人たちを断罪するようなこともしていません。草の根民主主義がファシズムに変わる危険性を警告しつつも、クイーンは人間性やアメリカの民主主義への基本的な信頼を失っていないように思えます。どこかが間違っていたのなら、それを正すのはあくまでも理性の役目なのです。

『ガラスの村』はクイーンの探偵小説がアメリカ探偵小説としての真骨頂を発揮した記念すべき作品でしょう。そしてそれはクイーンにしか書けないアメリカ探偵小説だったのです。この作品を書いたことでクイーンのハメットに対するコンプレックスもふっきれたのではないでしょうか。


(yosshy)




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クイーン警視自身の事件

2007年06月20日 | 長編ミステリ

クイーン警視自身の事件/INSPECTOR QUEEN'S OWN CASE (1956)

☆事件

夜更け、不吉な胸騒ぎを覚えて、飛ぶようにハンフリイ邸に帰ってきた看護婦ジェシー・シャーウッドは、育児室にとびこむなり思わずそこに立ちつくした。窓はあけ放たれ、養子の赤ん坊は顔の上に枕をのせたまま冷たくなっている! その枕の中央に手形が残っていたような気がしたが、枕は騒ぎの最中になくなってしまった。
たまたま現場に立ちあうことになった退職したばかりのクイーン警視は、殺人を主張するジェシーを助けて、エラリイの手を借りずに単独不敵な犯人に立ち向かってゆく。
(ハヤカワ文庫カバー紹介文より)


☆登場人物リスト

リチャード・クイーン・・・退職警視
アルトン・K・ハンフリイ・・・富豪
セーラ・スタイルズ・ハンフリイ・・・アルトンの妻
ロナルド・フロスト・・・アルトンの甥
マイケル・・・ハンフリイ家の養子
ジェシイ・シャーウッド・・・マイケルの保母
A・バート・フィナー・・・弁護士
ヘンリイ・カラム・・・運転手
コニイ・コーイ・・・ナイトクラブの歌手
ストーリングズ・・・園丁
チャーリー・ピータースン・・・守衛
サミュエル・デュエーン・・・サナトリウムの院長
エリザベス・カリー・・・サナトリウムの看護婦
ジョージ・ウェアハウザー・・・私立探偵
エイブ・パール・・・トーガスの警察署長
ベッキイ・パール・・・エイブの妻
ジョニイ・クリップス・・・もと警部補
アル・マーフィ・・・もと巡査部長
ピート・エンジェロ・・・もと警官


☆コメント

エラリイが登場しない・・・これはどうしたことか。前作『ガラスの村』(1954)につづいてのエラリイの欠場です。その前の『緋文字』(1953)から次にエラリイが登場する『最後の一撃』(1958)まで、約5年のブランクになります。短編集『クイーン検察局』(1954)はあるものの、この空白は『靴に棲む老婆』(1943)と『フォックス家の殺人』(1948)との間の空白に匹敵しますね。

さて、前作の『ガラスの村』も異色の作品ではありましたが、エラリイに代わる探偵役としてシン少佐が登場し、論理的に謎を解き明かすパズラーとしての面目をたもっていました。ところが今度の『クイーン警視自身の事件』では、論理的思考で犯人を追及するという試みはエラリイとともに排除されてしまっています。

これは警察を定年退職したクイーン警視が、助手役の中年女性ジェシー・シャーウッドとともに、ひたすら行動によって敵を追いつめるというお話しです。もはや現役ではない警視の手足となって活躍するのは、やはり退職した警官たちで、老年探偵団といった趣があります。

警察権力をあてにしないで個人的に犯人を追いつめていくストリー展開は、私立探偵小説に近い感じですね。警視は情報を警察に隠したりしていますし。

この物語でのクイーン警視は、いやディック・クイーンは、理屈っぽい息子から解放されて、生き生きと無邪気なヒーローぶりを披露しています。

なにしろ主役がディック・クイーンなので本格推理を期待するのはむりですが、サスペンス仕立ての物語としては十分楽しめますね。証拠がないので犯人を罠にかけるところなどは息子の影響かも。しかし敵も冷静で狡智に長けているので油断はならない。

結末はクイーンのあの後期の名作を髣髴させるところもありました。これもまた親子がテーマになっているところはクイーンらしさが出ていますね。


しかし、なんといってもこの作品の最大の売りは、タイトルどおり『クイーン警視自身の事件』なんですよね。

(yosshy)


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最後の一撃

2007年06月20日 | 長編ミステリ

最後の一撃/THE FINISHING STROKE (1958)

☆事件

事件の発端は1905年に遡る。折からの大雪で自動車が顚覆し懐妊中の妻は双生児を産み落とし死んだ。夫は妻に死をもたらした二番目の子を憎む余り、その子を立会いの医師にくれてしまったが、その数日後、事故で受けた傷のため夫も他界してしまった……そして25年の歳月が流れた1930年のクリスマス、探偵としての第一歩を踏み出したエラリイが初めて手がけた呪われた殺人事件が起こった! 今や成長した双生児の長男を巡るこの殺人は、しかしさらに27年を経、エラリイが50歳の坂を越した1957年を待たねば解決をみないほどの難事件だった!(ハヤカワ文庫カバー紹介文より)


☆登場人物リスト

ジョン・セバスチャン・・・出版社の社長
クレア・・・ジョンの妻
アーサー・ベンジャミン・クレイグ・・・ジョンの親友
コーネリアス・F・ホール・・・医師
ジョン・セバスチャン・・・ジョンの息子、詩人
ラスティ・ブラウン・・・ジョンの婚約者
オリヴェット・ブラウン・・・ラスティの母
エレン・クレイグ・・・アーサーの姪
ローランド・ペイン・・・エレン・クレイグの顧問弁護士
ダン・Z・フリーマン・・・出版社の社長
メーリアス・カーロ・・・作曲家
ヴァレンチナ(ヴァル)・ウォレン・・・女優
サムソン(サム)・ダーク・・・医師
アンドルー・ガーディナー・・・牧師
ルーリア・・・警部補
スタンレー・デヴォー・・・巡査部長
エラリイ・クイーン…探偵作家


☆コメント

『最後の一撃』は黄金時代への郷愁をさそう作品です。なによりも背景となっている時代が本格探偵小説にやさしい時代でした。そして、事件を彩る魅力的な謎の数々も、謎解きミステリ愛好家の琴線に触れるものでした。謎解きミステリ愛好家にとって、なによりのご馳走は謎そのものなのだと思います。論証やフェアプレイ精神は、言ってみれば消化剤のようなもので、あればすっきりするでしょうが、謎そのものが心地よいものであれば無くてもかまわないのかもしれません――というのは暴論で、まあどんな解決変でもいちおうはついていないと精神衛生上よろしくない。

『最後の一撃』では、二十七年前に解けなかった謎が、いとも簡単に解決してしまいます。読者はあれよあれよという間に最後のオチまで連れてこられてしまうでしょうが、実は解決篇の手前まで読者を引っ張ってくることが出来た時点で作者の勝ちだったのだと思います。
 
『最後の一撃』には、なんと懐かしいことに、「読者への挑戦」があります。いちおう、ね。でもフェアプレイは期待しないほうがいいです。なんといってもこの「読者への挑戦」は……(以下略)

(yosshy)

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