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信州鉄道の夜 5(工芸倶楽部)

2019-03-30 23:05:27 | 日記
 信州松本民藝の旅で、再びものづくりがしたくなりました。僕は若い頃、障がい者就労継続支援B型事業所の支援員(職員)をしていたことがあります。



 行政が行う障がい者の就労支援は大きく分けて三つあります。就労移行支援(就職支援)、就労継続支援A型(事業所と当事者が雇用契約を結び最低賃金を保証する)、就労継続支援B型(事業所と当事者が雇用契約を結ばない)です。就労支援の実態は厳しく、例えば就労継続支援B型事業所で働く利用者(当事者)の工賃(稼働日数20日として1ヶ月分の給料)は、その殆んどが一万円を満たない額です。収益は、工場の下請け作業や公園清掃や自主製品を製作販売して得ます。

 多くの事業所で自主製品の製作販売を試みてます。ジャムやクッキーやパン等の食べ物を作ったり、布製品や機織りや七宝や陶芸や木工製品を作ったりします。支援員(職員)の給料と、当事者の給料(工賃)は別枠です。僕は、当事者の工賃を保障するために自主製品オリジナル木工製品を企画しました。自主製品の主要要件は「当事者と支援員とで作れること」、「売れること」、「量産できること」です。この要件を可能とする商品を企画するのです。



 オリジナル木工製品を企画するのは、楽しかったです。販売成績の良い製品は、季節ものと呼ばれる季節の行事に絡めた製品です。バレンタインデー、雛祭り、ホワイトデー、端午の節句、ハロウィーン、クリスマス、お正月に絡めます。大きなものより、小さなものが好評です。その結果、価格500円から1000円程度の季節もの木製玩具を主要商品としました。木目を活かした無垢材に、和紙を貼ったり、粘土を焼いて塗装した部品やボタンをデコレーションしたり、稼働部分に磁石を用いたり、ラッピングにトリコロール柄のリボンを使ったり、掌に乗る程の小さくて可愛いものを作りました。小さくて可愛いものは、作っていても楽しいことが利点でもあります。



 楽しく作ることは、とても大切です。生産量を上げるために、辛くなることは良くありません。仲間作りを含めて、楽しく作る環境を利用者(当事者)に保障することが大切です。ものづくりを通して人と繋がる、社会と繋がる、工芸倶楽部は民藝の哲学と通底しており、僕は就労継続支援B型事業所の存在意義はここにあると考えます。

 社会福祉士 佐藤 信行

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信州鉄道の夜 4(幸せの青い鳥)

2019-03-24 22:34:57 | 日記
「・・・形の美しさの根本義が風土に、生活に、そして精神に根ざしている・・・」

 信州松本民藝の旅を経て、僕は「ものづくり」をしたくなりました。旅の途中で観た日本アルプスの稜線は、遠い昔に諦めた山登りへの想いを、松本民藝館で観た生活を営むための道具は、ものづくりへの想いを、喚起させました。



 20代の頃、その後の人生に大きな影響を与えられた本に出逢いました。著者:芦沢一洋 アウトドア・ものローグ 出版:森林書房 初版:1985年 です。この本は、僕の山登りのバイブルであり、人生のバイブルでもあります。内容は、山登りの道具選びについてです。著者が厳選した一つ一つの道具について、その背景や選ぶ理由が記されて、その理由(哲学)は、そっくりそのまま人生哲学に転換できるものです。山登りは、その過程で命のやりとりをする場面もあります。道具選びは山からの生還を左右するものです。

 「・・設計者のタピオはインダストリアル・デザイナー。形の美しさの根本義が風土に、生活に、そして精神に根ざしていることをよく承知している男だ。北欧と日本。遠く離れたふたつの土地の生活と精神になにやら共通項があることを、タピオは示してくれているような気がする。」

 これは「バックバッカー・ナイフ」についての章に記されている言葉です。北欧のインダストリアル・デザイナー ハックマン・タピオのデザインしたナイフ。刃物でありながら、殺伐とした雰囲気を感じさせないナイフに「実用性、融通性、耐久性」の機能美を込めたフォルムに、僕は惚れ込みました。このナイフは、今でも僕のパートナーです。



 信州松本民藝の旅を共にした男は、作陶をライフワークにしています。彼は、作品のモチーフに鳥や魚を用います。アウトドア・ものローグの著者の言葉を引用すると「四足獣は体の重みで動き、言いかえれば自然に対立することで動くが、鳥や魚は体を浮かすことで動き、言いかえれば自然に服従することで動く。さからう動きはぎこちないが、服従する動きは優美である。」男の作る陶器に、この美が宿っています。

 僕もこの旅を経て、再び、ものづくりがしたくなりました。旅から帰って、本棚から20年振りにアウトドア・ものローグを取り出して読み返してみました。20年の歳月を経て読むバイブルは、再び、僕の人生に指針を与えてくれました。幸せの青い鳥は、自分の近くにあるものですね。旅の最後に、著者の言葉を引用したいと思います。



「・・自主的な簡素さ(ボランタリー・シンプリシティー)、という言葉はずいぶんと古くから使われてきたようです。雑多なものを自分の周囲から排除し、本当に必要なもの、本質的なものとだけつきあっていく生活を指した言葉だと思います。私もこれを心がけたいと思っています。人の手が作りだす美しく、工夫に満ちた道具たち。まさに美意識と知恵の結晶です。本質的な〃もの〃とのつきあい。それこそ、最高の自主的な簡素さを持ち合わせている〃自然〃を好む人に似合っていると思うのですが・・・・・」



参考文献:著者 芦沢一洋 アウトドア・ものローグ 出版:森林書房

 社会福祉士 佐藤 信行

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信州鉄道の夜 3

2019-03-23 08:17:58 | 日記
「文化って言うものはな、箱の中に入れて大事に押し入れに仕舞っていては意味が無いんだ」



 師匠の言葉です。僕は10代後半から、20代前半にかけて芝居の勉強をしていました。稽古の後に、師匠に連れられて居酒屋(20代です)で、師匠の説教を聴くのが楽しみでした。師匠は、郷土の民俗学にも造詣が深く、説教の中で文化や歴史の嗜み方を教えてくれました。師匠が口癖のように語っていたのは「先達から継承した文化風俗は、日々の生活の中で実際に営むことこそが次世代への継承となり、人を育て、その土地の豊かさの拠り所になる」ことでした。師匠は、地元千葉で1968年に市民劇団ルネッサンスを創設し、郷土の文藝復興の掛け声と共に自ら脚本と演出を手掛け、市民によるミュージカル公演を50年に渡り主宰してきました。ミュージカルは総合藝術ですから、老若男女大勢の人々が関わり作品を創ります。その過程こそ、先達から継承した文化風俗の営みであり、劇団で学んだ多くの者達が郷土の豊かさの拠り所となりました。



 信州松本民藝の旅は、忘れかけていた師匠からの学びを僕の中で覚醒させてくれました。民藝とは正に、先達から継承した文化風俗を、日々の生活の中で実際に営むことこそが次世代への継承となり、人を育て、その土地の豊かさの拠り所となる実践です。共に営むことが、人を育て、土地の豊かさに蓄積され、人と人、人と物との関係性の中でこそ豊かさは得られると、民藝は教えてくれます。



 人の営みを支える道具にこそ美が宿ります。それは、道具が人と人との関係性の橋渡しを担っているからです。家族のために料理を作る時、厨房の道具を用います。料理を美味しく食べるために、宴を豊かにするために美しい器に盛りつけます。衣・食・住の全てに、誰かが誰かのために何かを為す時に、誰かに微笑んでもらいたい時に、誰かに幸せになってもらいたい為に道具を用います。人の営みを下支えする道具にこそ美が宿ります。美の根本義は、その土地の風土と、生活と、人間の精神に根ざしていること、美とは、関係性の橋渡しであり、大切な人に微笑んで幸せになってほしいとの利他的な祈りであると、民藝は語っています。



 道具を祭り上げて人が道具の価値を支えるのではなく、道具は人の営みを支え幸せを創る存在です。



「文化っていうものはな、箱の中に入れて大事に押し入れに仕舞っていては意味が無いんだ」

 師匠の声が、信州松本の夜空を見上げた時に、星の瞬きとともに僕の耳に聞こえました。

社会福祉士 佐藤 信行

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信州鉄道の夜 2 (文藝復興と民藝)

2019-03-22 22:06:04 | 日記
「ルネッサーンス!」

 ワイングラスを掲げシルクハットを被った髭の男爵風の男と、眼鏡をかけた従者風の二人組お笑い芸人の決め台詞です。コント設定は、オチの部分でインチキセレブ調の男爵が「ルネッサーンス!」と言ってワイングラスを「チン!」と鳴らして自虐的に落とすお約束です。インチキ臭い衣装とルネッサンスの響きとのギャップが乾いた笑いを起こします。ネタの意図は「ルネッサンス=欧州金満貴族文化」のようですが、ルネッサンスとは、欧州金満貴族文化ではありません。ルネッサンスの意味は「文藝復興」です。



 文藝復興とは、およそ13世紀から16世紀にかけて、欧州で興った人間中心主義文藝復興運動で、代表的な人物はレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ、テイツィアーノです。中世キリスト教文化圏で続いた宗教の厳格な縛りから人間を解放し、人間の幸福を中心に据え、人間の善の可能性を前向きに、積極的に、飛躍的に、表現した藝術運動です。歴史上、キリスト教文化圏で興きて、イスラム教文化圏で興きなかった出来事に、イタリアのルネッサンス、ドイツの宗教改革、英国の産業革命、フランス市民革命が挙げられます。市民革命で獲得した人権思想、自由、平等、民主主義の萌芽はルネッサンス期に芽生えたと考えます。

 僕は、『ダイアル』の回でも触れましたが「先端技術が人のために存在するのではなく、人が先端技術のシステムを維持するために存在する逆転現象に警鐘を鳴らすべき」と語りました。社会の中心に据えるのは、AI、インターネットをはじめとする先端技術システムの維持ではなく、人の幸福であるべきです。ルネッサンスに準えれば、先端技術システム維持の縛りから人を解放し、人の幸福を中心に据え、人の善の可能性を前向きに、多様性と、寛容を保障する運動、ネオ ルネッサンスが今、求められていると考えます。



 信州松本の旅で、20世紀初頭に日本で興きた民藝運動の軌跡を辿りました。松本駅よりタクシーで北東の方角に進み、旧制松本高等学校を過ぎて暫く行くと、旅の目的地「松本民藝館」に到着します。民藝の哲学は「美は、庶民の日常の生活の中で用いられる道具に宿る」と、僕は解釈します。中心に据えるのは、民の日常の生活です。民の幸福を中心に据え、人の善の可能性を前向きに、多様性と寛容と用の美を表現する藝術運動が民藝であると捉えます。僕は、ルネッサンスと民藝運動は、共に民の幸福を中心に据える文藝復興の意味において等しいものと捉えます。民の生活を、中心に据える社会を取り戻す処方箋のヒントは、民藝にあるのではないか?と、僕は考えます。



 民の、民藝との関わりかたには二つのスタンスがあります。一つは、使い手(ユーザー)、もう一つは作り手(クラフト)です。次回は、使い手として民藝との関わりについてお話しします。



続く

 社会福祉士 佐藤 信行

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ダイアル

2019-03-21 22:18:22 | 日記
「これって、アナログテレビのチャンネルですかぁ~」。届いたばかりの食器乾燥機のダイアル式スイッチを見て、二周り程歳下の同僚が言いました。



 職場の、認知症高齢者グループホームの食器乾燥機が壊れました。四年前の冬、ノロウィルス(主治医の診断は感染性腸炎)に利用者さんと職員が罹患して、ほぼ全滅状態の年末年始の悪夢を再現しないために、罹患直後に一般家庭用食器乾燥機を購入し、以降四年間、毎食十人以上の食器乾燥を朝、昼、夜と徹底的に酷使し、この春に天寿を全うしました。

 一万円以上の買い物は稟議書を上げなければならないので、現場裁量で7000円の食器乾燥機をネット通販で購入しました。家電は日進月歩で、四年前に購入した先代よりも進化していましたが、スイッチ兼タイマーが昭和の薫り全開のダイアル式でした。ダイアル式のスイッチを見て、平成生まれの彼女の瞳にはアナログテレビのチャンネルと映ったようです。

 この四半世紀の間に、電化製品の操作は技術革新によりナビもスマホもタッチパネルが主流です。一世代前のプッシュ式スイッチより前世代のスイッチ「ダイアル式」は、タッチパネル世代から見れば旧世代の遺物と映るでしょう。タッチパネル式の家電は、それを使いこなせる者には便利です。しかし、高齢者にとって馴染み薄い操作方法です。炊飯器、洗濯機、扇風機、電話、テレビ、ラジオ、カメラ、オーブンレンジ・・・昔のスイッチは皆ダイアル式でした。

 先端技術は誰のためにあるのか?便利な道具は誰のためにあるのか?私は、先端技術や便利な道具は消費者のために存在すると考えます。しかし、現代においては「消費者が先端技術のシステムを維持するために存在する」逆転現象が起きていると捉えます。技術革新とは、短所を長所に変えることであり、先端技術難民を量産することではないと考えます。大切なことは、道具の本分とは誰にとっても使いやすく馴染みのあるものであるべきです。



 ダイアル式は、視認性に優れています。事象の大小高低や進行を目盛りの角度で捉えます。機械を直線的に制御している感じがします。事象を角度で捉える感覚が人に馴染みがあると思います。例えば、8時45分と、9時まであと15分は同じ時刻ですが、瞬間としての現在地点と、過去と未来の中での現在地点といった時間の流れの捉え方に差違があります。ダイアル式では、複雑な操作は制御できませんが、そもそも、扱える者が限られた、複雑な操作を経て必用以上の便利さを享受する生活に意味はあるのでしょうか?

 読み、書き、算盤ができれば生きていけた時代に戻ることはできませんが、現代社会は先端技術が人のためではなく、人が先端技術システムを維持するために存在している、この危機的な逆転現象に警鐘を鳴らす必要があります。



 「これなら、○○さんにも使えるね」と、ダイアル式の食器乾燥機を見て同僚が言いました。認知症高齢者にも扱えるダイアル式の食器乾燥機が、僕には幸せを運ぶ青い鳥に見えました。

 社会福祉士 佐藤 信行



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