溢れスパーク

あなたは私の心は行かせます

ねくら~マン

2016-09-22 14:11:50 | 日記

きょうから娘の学校が始まる。
学校が終わるとアルバイトと予定が詰まっているNeo skin lab 電話
妻も帰宅は10時ころ。

またひとりきりの時間が、私には始まる。

ふとあの頃が懐かしくなる。

喫茶店を経営していたあの日、あの時を。

赤ちゃんは、店の棚で寝かして、仕事をした。
子連れ狼だ。

長女から次男まで3人を、そうやって育てた。
だから、いつも家族は一緒だった。

3人目の赤ちゃんが状況を変えた。

彼は生まれた早々ひどいアトピー症状に。
額はあばた状態で、血がにじむほどひどくなった。

喫茶店はいつもお客さんのたばこにさらされている。
ピークの時間は店内が真っ白い煙に包まれた。
アトピーの赤ちゃんにいいはずがない。

そこで出した夫婦の結論。
たばこの吸えない喫茶店、『禁煙喫茶店』だったNeo skin lab 騙
メニューのテコ入れをしたうえで、断行した。

結果は閑古鳥がなく状態に。

テレビや新聞がニュースにしてくれたが、反響は最初の半年だけ。よそうされた通りの結果を迎えた。

まだ嫌煙権が市民権を得ていない時代。
禁煙喫茶店は早すぎた。

あの瞬間に、
わたしのひとりぼっち人生がスタートしたのだ。

新しく選んだ仕事は弁当仕出し製造会社の調理場。
夕方5時過ぎから明け方5時前後までの深夜勤務。
もともと夜型人間だから苦にはならなかったが、
家族とのすれちがい生活はつらかった。
10年以上、懸命に働いた。
そして定年。
やっと家族と普通の関係に戻れると思ったが、甘かった。
子供たちは巣立ちゆく直前。
父親が入り込む隙間はなかった。

人の一生はひとりぼっちで始まり、ひとりぼっちで終える。

最近、よくそんなことを考える。
ネガティブな傾向の人間は、いやはや大変この上ないNeo skin lab 代理人


教育の普及は浮薄の普及なり

2016-09-09 15:21:14 | 日記

 教育について考へると、ふと頭によぎるのが「教育の普及は浮薄の普及なり」といふ言葉である。御存じの通り、齋藤緑雨の言葉である。大学進学者が増えても決して世の中よくはならないといふことである。

 しかし、裏を取つて「教育の普及なければ浮薄の普及なし」が真かと言へば、真ではない。さらに待遇を取って、「浮薄の普及なければ教育の普及なし」も何かしつくりとこない。浮薄の普及は、教育と関係なく、もつと深いところで起きてゐる現象のやうに感じる。となれば、教育などといふことができることはほとんど無いに等しいといふことになつて、もはや自壊的な理解になりさがつてしまふ。しかし、さう絶望しなければできないのが教育ではないか、そんな風にも思ふのであるHalloween派對

 学力といふことに限つて言へば、あるいは解決の方法があるのかもしれない。確かに、教へ方のうまい先生、とてもよくできた教材、学びを深め合ふ環境、さういつたものはある。しかし、浮薄の普及といふ問題はもつと深層で起きてゐることであつて、例へば道徳の蒸発、文學の停滞、安全の崩壊、などなどである。

 さういう問題は、きつと劇的に変化するのであらう。一握りの人々が守り続けていくうちに、時が満ちれば来るのである。ちゃうどノアの方舟のやうにである。ノアの家族だけが守つてゐた約束事は、当時の社会では非難の対象であつたのだらう。なぜそれがわかるかと言へば、一言ノアが「御一緒に船に乗りませんか」と声をかける人がゐなかつたからである。もちろん、山の上に船を建造し始めてから百年以上も続けてゐる変人ノアに親近感を寄せる人はゐなかつたであらう。それもよく分かる。だから、私もまたその他大勢の人間であることを自覚した方がよい。道徳を蒸発しつつある張本人であり、文學の良し悪しさへ分からない文学徒であり、安全よりも便利さを求めてしまふ大衆である萬聖節活動

 さういふことを考へてゐる。

 この夏、二度、福田恆存の『教育の普及は浮薄の普及なり』を讀んだ。昭和44(1969)年に雑誌『潮』に発表されたものである。東京大学安田講堂事件が、その年の1月18日19日に起き、その年の東大入試が行はれなかつた。それを踏まへて5月号に発表されたものだ。

 極めて硬質の、福田恆存らしい文章である。かういふ文章が一般誌に載つてゐた時代は、皮肉なことに今よりも「浮薄」ではない。といふことは、この文章が書かれてから半世紀経つた現在から見ると、教育の普及した現在の方が浮薄が普及してゐるといふことを現実が裏書してゐるやうに思はれた。しばらくは、この文章を巡つて感想を書いていきたい。

 ちなみに、先日生徒に東大で入試が無い年があつたのを知つてゐるかと訊くと、一様に驚いてゐた。「可哀相に、そんなことがどうしてあるのですか」といふ声が上がつた。五十年の歴史は、もはや共有されてゐないのである
親子好去處


教育の普及は浮薄の普及なり

2016-09-09 15:21:14 | 日記

 教育について考へると、ふと頭によぎるのが「教育の普及は浮薄の普及なり」といふ言葉である。御存じの通り、齋藤緑雨の言葉である。大学進学者が増えても決して世の中よくはならないといふことである。

 しかし、裏を取つて「教育の普及なければ浮薄の普及なし」が真かと言へば、真ではない。さらに待遇を取って、「浮薄の普及なければ教育の普及なし」も何かしつくりとこない。浮薄の普及は、教育と関係なく、もつと深いところで起きてゐる現象のやうに感じる。となれば、教育などといふことができることはほとんど無いに等しいといふことになつて、もはや自壊的な理解になりさがつてしまふ。しかし、さう絶望しなければできないのが教育ではないか、そんな風にも思ふのである。

 学力といふことに限つて言へば、あるいは解決の方法があるのかもしれない。確かに、教へ方のうまい先生、とてもよくできた教材、学びを深め合ふ環境、さういつたものはある。しかし、浮薄の普及といふ問題はもつと深層で起きてゐることであつて、例へば道徳の蒸発、文學の停滞、安全の崩壊、などなどである。

 さういう問題は、きつと劇的に変化するのであらう。一握りの人々が守り続けていくうちに、時が満ちれば来るのである。ちゃうどノアの方舟のやうにである。ノアの家族だけが守つてゐた約束事は、当時の社会では非難の対象であつたのだらう。なぜそれがわかるかと言へば、一言ノアが「御一緒に船に乗りませんか」と声をかける人がゐなかつたからである。もちろん、山の上に船を建造し始めてから百年以上も続けてゐる変人ノアに親近感を寄せる人はゐなかつたであらう。それもよく分かる。だから、私もまたその他大勢の人間であることを自覚した方がよい。道徳を蒸発しつつある張本人であり、文學の良し悪しさへ分からない文学徒であり、安全よりも便利さを求めてしまふ大衆である。

 さういふことを考へてゐる。

 この夏、二度、福田恆存の『教育の普及は浮薄の普及なり』を讀んだ。昭和44(1969)年に雑誌『潮』に発表されたものである。東京大学安田講堂事件が、その年の1月18日19日に起き、その年の東大入試が行はれなかつた。それを踏まへて5月号に発表されたものだ。

 極めて硬質の、福田恆存らしい文章である。かういふ文章が一般誌に載つてゐた時代は、皮肉なことに今よりも「浮薄」ではない。といふことは、この文章が書かれてから半世紀経つた現在から見ると、教育の普及した現在の方が浮薄が普及してゐるといふことを現実が裏書してゐるやうに思はれた。しばらくは、この文章を巡つて感想を書いていきたい。

 ちなみに、先日生徒に東大で入試が無い年があつたのを知つてゐるかと訊くと、一様に驚いてゐた。「可哀相に、そんなことがどうしてあるのですか」といふ声が上がつた。五十年の歴史は、もはや共有されてゐないのである。