翌日も、仕事を早退した夫と待ち合わせて病院へ行きました。
電気が点いて明るい病室は、昨夜とは全く違う部屋に見えました。
もしかしたら、気持ちがそう感じさせたのかもしれません。
それくらい、義父の容体は落ち着いていました。
「だいぶ良くなった。」「来てくれてありがとう。」
そう話す義父の表情は、昨夜がウソのように明るいものでした。
それどころか
まだごつい酸素マスクが着いているというのに話を始め
ついには、
孫に「〇〇、仕事はどうだ?」
夫にも「〇〇、会社は大丈夫なのか?」と
他人の心配まで始める始末・・・
夫に「重病人に心配されちゃったわね
」と言うと
「うっかり、『会社より俺が大丈夫じゃないかも』って言いそうになった
」と
夫は笑っていました。(←残業で毎日午前様)
こんな状態になっても、自分の事より家族の心配をしてくれる義父は
本当にありがたい存在です。
義父は当初、ICUを出るのはずい分先の事と言われていました。
入院して丸1日経った時点で
検査数値は前日とそんなに変わらなかったからです。
見た目は元気になったのに・・・。
呼吸も、酸素マスクを外すと1分も持たない状態でした。
それでも体調が良く感じられるのは、この高性能の酸素マスクのおかげだと。
このマスク
検索画像やドラマなどで見るような物ではなくて
アゴの辺りと額の2か所を太いベルトで留めるタイプで
マスクの周りは、弁当箱のフタみたいにゴムパッキンのような物があり
顔とマスクの密着性がいかにも高そうな物でした。
何でも、かなり大量に濃度の高い酸素を送りだせるんだとか。
本当ならば、気管切開をして人口呼吸器を着けなければならない程のところを
このマスクで救われたようなものなのです。
これはICUにしか無いので、このマスクが外せるようにならないと
一般病棟には移れない。
医師からそう聞いていました。
それが、医師も驚くほどの回復力をみせた義父は
6日目に一般病棟に移りました。
ただただ、凄いの一言です。義父もマスクも!
そんな義父も、最初の入院からたった2週間で
脚の筋力が低下して歩けなくなってしまい
現在、移動は車いすを使用しているそうです。
体力や筋力の貯金がいかに大事か・・・
それには、普段の生活環境がいかに重要かを
あらためて考えさせられました。
私の父も、今年80歳(傘寿)になりました。
(奇しくも、義父の具合が悪くなった日に・・・
)
もう歳だけど、いつも元気で見た目も若いからまだまだ・・・。
そう思っていたのですが
やっぱり「高齢者」なんですよね。
いつ、何があってもおかしくない・・・。
実は、父の日にエンディングノートをプレゼントしたんです。
具合が悪くなってからだと気まずくなるので、元気なうちにと思って。
(私も持ってまーす
)
いろいろ種類があるのですが
今からだと全部書くのは大変そうなので
父には医療に絞ったものを渡しました。
エンディングノートは、いざという時に家族が困らないというだけでなく
その人の生き様が垣間見える物でもあると思うんですよね。
そういう意味でも、書く意義はあるかと。
その後、どうしたのか聞いていないのですが
ぜひ書いてほしいですね。こんな事があっただけに・・・。