被災馬 近況報告ブログ

「被災馬INFO」現地スタッフより"被災馬"の近況をお知らせいたします。

日高町避難被災馬 最終便南相馬に向け出発!!

2012-05-25 | ■被災馬支援情報
ブログでもおなじみの馬達が、日高町が避難受け入れして下さったっていた最終グループとして、今日の17時過ぎ南相馬に向けて出発しました!


馬達は本当に一頭一頭、大事に大事にお世話されていました。



馬運車から窓の外を眺める馬達も名残惜しそうにみえました。



見送って下さるスタッフの皆様も、馬達を連れて帰る私達も何だか皆寂しそうでした。


きっと、この馬達が日高町で過ごすこともおそらく生涯最後です。


震災を乗り越えたこの一年と少しの期間で、馬達にとって一番幸せな数ヶ月だったと思います。



帰り道、空を見ながらアリ子とたろうも空からみていてくれてるかね〜なんて話ながら日高町をあとにしました。


親分は、最後に日高町でお世話をして下さってたスタッフの皆様にお礼を言ってる時、あと少しで涙が流れてしまうところだった、と言っていました。


侍は日高町でも冗談を言ってその場にいる人達を笑わせてました。
不思議な時間でした。
不思議な時間はあっと言う間でした。
スタッフの方々、日高町役場の皆様、沢山の見送りに来て下さった方々皆様、馬運車が遠く遠くなるまで見送って下さいました。


このような形で被災地を支えて下さった日高町の皆様、本当に本当にありがとうございました。


これからフェリーに乗って馬達は南相馬に帰ります!本当に本当にありがとうございました!!!!!!!


それから。

2012-05-13 | ■日記
馬達が日高町へ行ったあとの厩舎。

もうすぐ、ここに馬達が帰ってきます。
18日に第一便、25日が第二便です。



それから、この4月に、ずっと被災馬のことを担当して下さっていた南相馬市の市役所の担当者の方が別の部署へ異動されました。

馬達のこの姿があるのも、この方の努力なしには語れません。
市役所での協議の後、ポニー牧場で打ち合わせがあった時も、外はもう真っ暗で空も星がキレイな位なのに、時間も気にすることなく本当に熱心に受け答えして下さっていた姿が忘れられません。


ここの馬達のことも誰より把握してらっしゃいます。

馬が北海道への移動を待つ間も「日高町の方に嫌われるんじゃないかって言う位連日電話してます」(笑)って話されていたそうです。どんな時も、親身になって馬達の飼い主の人の立場に立って業務に取り組んで下さっていました。

「夜何時に市役所の横を通っても○○課の電気だけは着いてるんだ〜」って親分が言ってました。
その話を伝えたら
「そうか、だから最近優しいのか、笑」
と笑ってました。

馬達にかわって、本当にありがとうございました。
これからも宜しくお願いします。




最後に・・・
馬以外の動物のことも担当してらしたので、少しその話を聞くこともありましたが。


本来、助かる命に、線引きなんてあってはいけないんですよね。

この馬達には沢山の縛りがあるものの、手厚く保護されています。
牛や豚も何とか助けたいと思った畜産家の方の思いは馬達への思いと変わりないものだったはずです。

「人は自分で移動しようと思ったら動けるんだから、本当は動物を一番先に動かしてやらないといけなかったんだ。」そんな話しをしていた被災地の方もいらっしゃいました。

そんな中から、生きて出て来た馬達には、これからも生きることで沢山のことを、震災のことを後世にも伝え続けてほしいと思います。この馬達にしかできない仕事が、きっとあります。





だけど、この日・・・。

2012-05-13 | ■日記
第一陣の馬達が日高町に着いた朝。
厩舎では悲しい出来事がありました。

数日前から熱発して調子を崩していたタロウ。
獣医さんにも治療に通って頂いてました。

この日の朝も、治療に来て下さる獣医さんの到着を待っていました。
夜中に侍が様子を見た時は落ち着いていたそうですが、明け方はかなり苦しそうにしており良くなる見込みがないということでタロウを見送る結果になりました。

これは、夏、脱走して自分で勝手に走路に来ていた時のタロウです。





タロウも日高への移動を控えていました。

のんびりしていてマイペースでしたが、手のかからないいいこでした。



タロウも移動を控えていたので勿論準備は終わってました。
その時はすごく元気でした。

もう少し早く日高に行けたら。
タロウも北海道に連れて行きたかった。

皆そう思っていました。





今はアリ子の写真の隣に、タロウもいます。
タロウが日高に行く予定だった日、親分と侍がアリ子とタロウのタテガミも日高に持って行ってくれました。

他の馬達がいる放牧場に、少しまいてきてくれたそうです。

もうすぐ、タロウが走路を走っていた夏が来ます。

そして、ついに・・・あの時です。

2012-05-13 | ■日記
この光景を見れた時感無量でした。
やっとだなぁって・・・。





馬が走るのってこんなにキレイだったんだって思いました。





ちょっとおかしかったのは、ハナコ。

ハナコは北海道和種=ドサンコ。
でもおそらく北海道は初めてです。

なんで変な格好かと言うと・・・



雪が冷たくて、ちゃんと歩かないのです、笑

足をあげてばかり。


久々に、ドーケージやムソウ君にも会いましたが元気でした。
ドーケージは誰が来ても相変わらずです。





そして・・・日高へ出発

2012-05-13 | ■日記
日高町へ向かう馬運車の中です。

「どこにいくの・・・?」


このいつも過ごす厩舎から移動するのは警戒区域から避難して来て初めて。
なんだか妙に馬達の目がキラキラしてます。





どこに行くんだろう・・・!



青森からフェリーに乗って、翌朝北海道に上陸!!!!



フェリー乗り場まで日高町の職員の方が迎えに来て下さっていました。

上陸後間もなく、どさんこですがおそらく北海道には初上陸のハナコが馬運車の中でひっくり返っていると言う
アクシデントもあり(-_-;)前後逆で仰向けです・・・ハナコは究極の慌てんぼうなのです。

フェリーに乗るまでは普通だったのでおそらく人生初のフェリーにびっくりしたよう。
足がしびれていて動けず、大人数人で木彫りの人形みたいになったハナコをタラップからひきずって降ろす・・・

と、言う、ものすごい光景。
しびれた方と逆の足を下にして起こしてあげたら何とか立ち上がれました。

気を取り直し、ハナコを積み直し一路日高町へ。

到着後。
検査を終えて。



ここどこ〜?



ヤマト。
会話に加わっています。





やっぱり北海道は寒いです!



準備。。。

2012-05-13 | ■日記
いつ来てもキレイな空です。



ハナコも侍に馬着を作ってもらってました。



にんじゃみたいでかわいいハナコ。




二回位に分けて馬達は調馬索してタテガミもカットしてと準備に行きました。







ブイブイです、あぁ、怖かった。
お願いだから怪我しないでねと思いながら回してました。











運動後



1月・日高町に避難する前です

2012-05-13 | ■日記
一月の最初の方。
この時は大雪でした。





ポニー牧場から馬達のいる厩舎に向かいます。
バス、すごいなぁ・・・



ありゃま・・・こんなことがあると話には聞いていましたが。



着きました。





侍をお出迎え、ハイテンションな二匹!



馬達も雪でテンションがあがってます。
皆雪を食べてます。











こんな雪





あっという間に足が冷たくなったみたいです。



午後の引き馬。















ハム太郎も・・・














朝、洗い場でうとうとしているサキガケ。



傷を侍に治療してもらっています。



「あぁ・・・ねむりそう・・・僕」



じろう、前はきかんぼうだったのにすっかりおりこうさんになりました。
良い顔してます。



日高町での馬達の様子byプレシディオさん撮影

2012-05-13 | ■日記
日高町での馬達の写真を頂きました。
紹介が遅くなってしまいスミマセン。

旧五輪育成牧場:プレシディオさん撮影
写真、ありがとうございます!













































3月11日

2012-05-11 | ■日記
少し、時系列がおかしいですが、今年の3月11日の馬達の写真を載せます。
日高町に避難していない厩舎に残る馬達です。

亡くなった日はこの日ではないですが、警戒区域で亡くなったみんなの友達の馬の分もここで亡くなった馬達の分もお花を厩舎に持って行きました。少しでもみんなの心の痛みが和らげばと思って持って行きました。

この日厩舎では、今馬房に残るオガクズを全て新品のオガに入れ替えてもらっていました。
3月11日だから、皆新しいオガに取り換えてやっぺって親分が言ったからです。

馬達はいつもより多めにリンゴと人参をご飯にいれてもらってました。

エナ子



おでこ



マロン



かげくん





ハム太郎



おにくん



シロ



またまたエナ子



コッちゃん



シロとぶん太

ブログを更新します。

2012-05-11 | ■日記
本来でしたら、リアルタイムで報告しなければならないことや、アップしないといけないこともありました。
だけど、世話をして送りだした立場できちんとこの事を書かなければ先には進めないと思っていました。

レンとフクのことです。

今後の譲渡の馬達のことについてや、見守りの体勢を整えるメンバーにも加わらせて頂いています。
しかしまだ、今後の体制については引退馬協会の中で検討に検討を重ねている状態でそのことがブログを更新できない理由でもありました。

それでも今日、やっと更新しようと思えたのは、レンとフクのもとの飼い主の方(震災以前からの飼い主さん)から
ブログ更新しなさいよ、って言ってもらえたことでした。

ブログを見てもらってたんだってこと、この時知りました。



レンとフクは、私が名前を着けました。
フクちゃんのフクは福が沢山訪れるように。
レンは蓮の花のレン。縁起が良いなと思ったからです。
幸せな一生になるようにつけました。


馬達の中で、一番幼かったレンが、少しずつ成長してくれる姿を見ることが嬉しかったです。
日に日に、出来なかったことや怖かった出来るようになる。

細かった体も、心も少しづつ大きくなってくれていました。

フクちゃんは、本当に傷も沢山あって皮膚病もないところがない位全身ばりばりでした。
それでも、フクちゃんはすごく気の優しい馬でした。

放牧中も目が合うだけで必ずこちらに歩み寄って来ました。
忙しい中でもその姿に何度も癒されました。


フクとレンが亡くなったと聞いた時、何で幸せになれると思ってあの時、あの馬運車に送り出してしまったんだろう。
何度もそう思いました。


信じてくれた、レンとフクちゃんを、裏切りました。
最後に、あの二頭が誰に見守られるでもなく息を引き取ったことを考えるとやりきれません。

どんなことを聞こうと事実は変わりません。
馬は嘘をつきません。
命以上に大切なものもありません。
他に守ろうとするものがあるなんてことも許されることではありません。

このような結果に二頭を導いてしまったこと。
二頭を守れなかったこと。
守れる命であったこと。
お詫びする言葉もみつかりません、深く心に刻みます。

左から二番目がレンです。



この頃はまだみんなボロボロの姿でした。
この頃から馬達は少しずつ表情を取り戻しました。



毛刈りも終わり、プロフィール用の写真を撮影した時のフクちゃんです。



この写真からも、気立ての良さが、伝わりますよね。
前田獣医と、話をしてるようにも見えます。



ポニー牧場にいた馬達の譲渡が完了した時、もとの飼い主の方に、ポニー牧場で馬達が元気になって行く姿、馬運車に乗って出発
まで一冊のアルバムにして、どこに、どんな仕事をする馬として旅立ったかをまとめてプレゼントしました。
涙がでそうだって、喜んでもらえました。

でも、今は今後譲渡を控える馬達のことでも逆に心配をかけてしまっています。



ですが、この支援に加わっている人間だから、とか、組織の一端を担っているからとかではなく
一旦は私もこの繋がる馬達の引き手を受けとらせてもらった人間として、絶対に責任を持って携わって行こうと心に誓っています。

引退馬協会を信じて支援して下さっている皆様にも、引退馬協会だから信じて馬達の行く末を託して下さった飼い主の方にも、全ての方の気持ちを裏切ることなく誠実に、誠意を持って必ずやって行こうと思っています。
私にとっても世話をしてきたこの馬達は家族です。

どうか、これからも続くこの支援・活動を
これからも見守って下さい。

きちんとした文章じゃなくすみません。

最後になってしまいますが、殆ど更新されていなかったこのブログにも毎日100名近い方が訪れて下さっていました。
馬達のこと、これからも載せて行きます。

これからも、よろしくおねがいします。