ウイルス百物語

ウイルスの謎をめぐる現代の不思議なおはなし

第98話 コウモリが運ぶ「恐怖」(2)

2007-01-30 12:22:49 | Weblog

 野生動物にはヒトに致死的感染症を引き起こさない多様なウイルスが、寄生しているはずであるが、その生態はこれまであまり明らかにされてこなかった。そのなかでもコウモリは、先述したように、人獣共通感染症の自然宿主として重要な生物種である。もちろん日本の在来種のコウモリでは上で述べたような致死的な新興感染症は報告されていないが、近年の世界的なアウトブレイクの状況は、日本在来の野生動物の調査の必要性を示している。コウモリはいくつかの点でウイルスにとってつごうのよい性質を備えている。コウモリの寿命は5~50年と考えられており、実験室のマウスが約2年であることを考えると、小型のほ乳類の中では長寿である。したがって不顕性感染しているウイルスは比較的長期間コウモリの体内に維持されものと考えられる。またコウモリは洞窟等で集団で生活するのでウイルスは感染していない個体に、あるいは同じ洞窟に棲む他種のコウモリに容易に広がっていくと考えられる。そのほかにも、糞や分泌物(吸血コウモリの唾液など)、あるいは捕食者に捕らえられることを通じて、森に棲む他の野生生物に広くウイルスを伝播することになる。

 世界には966種のコウモリが棲息しているが、日本ではそのうち、36種のコウモリが確認されている。そのなかには、SARSウイルスの自然宿主と疑われているキクガシラコウモリ、イエコウモリ、モモジロコウモリといった生息域が広く、その行動範囲がヒトの活動域と重なっているものもあるが、ヤンバルホオヒゲコウモリ(沖縄島、徳之島)、ヤエヤマコキクガシラコウモリ(石垣島、西表島、小浜島、竹富島)、カグラコウモリ(石垣島、西表島、与那国島、波照間島)といったようにその生息域がかぎられ、ヒトとの接触が極少ない種もある。

 それでは日本のコウモリを自然宿主にしているウイルスにはどんなものがあるのか。そして実際に試験管内でヒトの細胞に感染、増殖できるウイルスは、どれくらいあるのだろうか。そしてそのためにはどんな検討をすればよいだろうか。一つの考えとして、コウモリを自然宿主とするウイルスの遺伝子データベースを作ってみるのもよいかもしれない。

 まず日本各地から日本の固有種を含めたコウモリの糞、体液を採集し、既存のウイルスのDNAチップを使って、感染している既存のウイルスに似た感染ウイルスのスクリーニングを行う。同時にウイルスの各 ファミリー に高度に保存されたDNA領域をもとに作製したプライマーを用いてPCRを行い、その塩基配列を決定し、コウモリを宿主とするウイルスの遺伝子データベースを作製する。同時に培養細胞系を用いて、感染増殖の見られるウイルスの分離も行う。培養細胞レベルで感染増殖可能なウイルスの分離は、この後のウイルスの解析を容易にするだろうし、ヒト細胞に対して致死的な効果を持つなら注意をはらうべきウイルス種として解析する必要があるかもしれない。

 こうして得られたコウモリを宿主とするウイルスの基礎的なデータは逐次web上で開示し、多方面に役立てることになる。データベースを準備しておくことによって、野生動物を宿主とするウイルスの実態の一端が明らかになるものと期待される。ひいては将来かならず起きるであろう新たな人獣共通感染症に対する日本独自の備えともなるだろう。


2 コメント

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コウモリとウィルス ()
2007-09-19 15:03:14
誰がこういうブログを書いているんだろう。誰が読むんだろう。世の中には変わったやつがいる。って思いながら読んでいた自分は何?

はじめて投稿させてもらいます。「は」と申します。
DNAやらコウモリとウィルスの話大変興味深く読ませていただきました。プロフィールのお顔も凛々しくすてきです。

実は私、近々アフリカのエルゴン山の中腹にある洞穴へ入ることになりました。そこは、コウモリからエボラ出血熱に感染する場所といううわさがあり、なんだか、いい気持ちのしないところです。

そこで、ウィルスに感染しないように対策を講じなくてはいけないと思っているのですが、どのような方法がありそうでしょうか。豊富な知識の中からアドバイスいただけたらうれしく思います。教えてください。
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「は」さんへのメール (どんとこい)
2008-05-30 12:11:53

以下は「は」さんに昨年個人的に送ったメールです。このメールのあと別の方から聞いた話ではある日本人カメラマンが中南米の洞窟で取材してから体調を崩したらしい。ウイルス性の疾患ではなかったらしいが、油断は禁物である。その後 「は」さんは昨年無事取材を終えられた。

「は」様

読んでいただいてありがとうございます。
恐怖心をあおる内容で役に立たずに申し訳ありません。
実際にアフリカでコウモリと直接接触する機会がある方がいるようにおもわず、けっこう怖いというところを強調しすぎたかもしれません(なにしろ「百物語」は怪談なので)。

さて実際にはどうかということですが、ウイルスをもっているコウモリがいたとしても、おそらく自然宿主であるため、体内ではヤラタに増えているわけではなく、宿主の免疫系にコントロールされて、ウイルス量もぐっと低いところに保たれていると思われます。橋場さんのほうが詳しいかもしれませんが、世界中にコウモリの愛好家、研究者がいて、実際に洞窟にはいって調査しているかたもいるようです(私の知っているのは中米、南米の例ですが)。しかしそこで感染症になったというような報告はあまりないことから、通常の接触、洞窟に入ることや洞窟の床に堆積している糞が、ほこりとなって多少体内にはいるくらいでは(ウイルスをもっていたとしても)感染は通常めったなことではおきないものと考えられます。

ただエボラウイルスは、コウモリが宿主として疑われているとはいえ、その実態が必ずしも明らかではないので、洞窟に入られるときは、心配なら、肌を露出せずにマスクとゴーグルをつけられれば、大丈夫だとおもいます(粘膜である眼は露出しないほうがいいかもしれませんね)。現地が暑くて実際的でない可能性もありますが、洞窟内は涼しいのでしょうか。

これとはちがって、体液の交換、つまり咬まれたりするとこれは話がかわってくることがあるので、これはエボラだけではなく他のウイルスにも十分気をつける必要があると思います。

またなにかあったらご連絡します。基本、あまり以上のべたこととかわりないとおもいますが。またなにかありましたら、ご連絡いただければと思います。

ではまた取材の土産話を楽しみにしています。

どんとこい
2007年9月20日
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