リンネ以来、生物の分類の最初のくくりは、以前は動物界と植物界であった。ところが、世の中がぼんやりしているうちに、いつのまにかその上にドメインという上位のくくりができていたのである。1977年、ウーズとフォックスは、16S rRNA系統解析の結果をから原核生物をメタン菌(古細菌)とその他の細菌(真正細菌)に分けるべきだと提案した。1980年代以降、古細菌の研究が活発に行われ、 それまで原核生物に分類されていた一部の細菌は、核膜はないのだが蛋白質の構造や機能が、大腸菌といった有名どころの原核生物というよりもむしろ真核生物に近いことがわかり、古細菌; Archaebacteria )とその他の細菌( 真正細菌; Eubacteria )に分けるべきだと提唱されたのである。 これが 3ドメイン説である。
この 3ドメイン説にしたがうと、生物はあまねく古細菌、真正細菌、真核生物に分けられる。というか細菌というくくりから古細菌が独立した格好である。われわれになじみのある(真正)細菌に対して古細菌と名乗る新顔はどんな生き物なのだろうか。古細菌は、ひとことでいうと「極限環境好き」と理解してもらっていい。古細菌には好熱菌、高度好塩菌、メタン生成菌の三種類が知られている。90℃以上の温度の環境でしか生育出来ない超好熱菌、食塩濃度 2.5 - 5.2 M に最適増殖濃度を持つ高度好塩菌(イスラエルの死海のような塩湖、天日塩や岩塩の中などから分離される)、メタンを生成する時の化学エネルギーを利用することによって生育しているメタン生成菌(嫌気条件の湖沼、海洋、牛の反芻胃、シロアリの後腸などに棲息)である。
これだけ聞くと真核生物というより細菌に近いような印象を持つが、実はこれらの古細菌の持つ酵素の多くは、構造、機能の面でいうと真核生物に近い。例えば、tRNAを活性化する RNase Pという酵素は、大腸菌のものは RNA のみで働くことができるが、真核生物の RNase P は、タンパク質部分がないと働かない。そして、古細菌のRNase P もまた RNA と蛋白質が揃って初めて活性を示す真核生物型なのだ。
ところが、この 3 ドメイン説でもウイルスは仲間はずれである。ウイルスは、その存在が古くから知られていた。19世紀末に狂犬病や口蹄疫などの伝染性疾患の原因がバクテリアより小さな粒子によるものであることがわかっていたが、その実態が明らかになってきたのは、1935年スタンリーがタバコモザイクウイルスの結晶化に成功したころからだ。分子生物学の怒濤の発展とともにウイルスの遺伝情報も明らかになり、その起源や近縁関係も遺伝情報をもとに解析されてきた。だから今回も自分たちが生物分類のどこに位置するのかについてはっきりするのじゃないかとどきどきしながら期待して待っていたのだ(直接訊いたことはないが)。ウイルスには申し訳ないが、実際のところ、いまだに生物界のどこに分類したらよいのかわからないというのが、本当のところだ。すくなくとも生物進化の系統樹にのせることはできない。
ウイルスは、核酸と蛋白質からなる緻密な構造をもっているものの、「一人」じゃ複製できないし代謝系も持たないので、70年代にはこれでは単なる「モノ」であって生命体ではないと考える専門家も多かった。宿主の遺伝子が変異してゲノムから脱落し、タンパク質の殻を別に作って引きこもったものが、ウイルスであるという考え方だ。
もしウイルスの起源が、宿主の一部からできたのだとするなら、ウイルスの持っている遺伝子は、宿主のものと似ていなくてはならない。 ところが、ウイルスがもっている DNA 複製酵素は、その構造も機能も宿主のものとはまったく異なっていることがわかってきたのである。ウイルスは大きな進化的なくくりである細菌、古細菌、真核生物が出現してから出現したのではなく、案外その起源は古いのではないか、と考えられはじめている。
それでは現在ウイルスの起源についてどのように理解されているのだろうか。生命の進化を考える上で基本となるのは、すべての生命がある共通の起源を持つということだ。細菌も古い細菌も真核生物も共通の遺伝コードをつかっているだからこの3つのドメインの生き物の共通の祖先である存在を想定できる。それをLUCAとよんでいる。LUCAというのは last universal cellular ancestor の略である。3つのドメインが別れる前のぎりぎりにいた祖先型の生き物という意味だ。この3つのドメインの分岐点にいたるまでを遡ってみよう。そこからさらに3つのドメイン生物の共通の祖先型を想像してみよう。さらに遡って、まだDNA が生物に利用されなかった頃、RNAワールドと呼ばれる世界だったころまで想像力をつかってタイムワープする。
この万物共通御先祖の姿は研究者によってだいぶイメージがちがっている。細胞膜のような外界と自分自身を区別する膜のようなものもなかったと考えている研究者もいる。RNAや核酸がとけ込んだスープみたいなものである。ウイルスの御先祖はそんな生命のごくごく初期にすでにその原形が出現したという考えである。これは「ウイルス最初からいたもんね説」と呼ばれている。だがこれは考えにくいし、実際この説はあまり人気はない。
もうひとつの仮説はこうだ。RNAをもった細胞の原形があって、自立的に増殖する存在を考えよう。その存在は分節にわかれた複数のRNAを遺伝子としてもっていた。RNAは不安定で、正確な複製にも適していない。世代をくりかえすうちに、その細胞のRNAの一部が自立的に複製する能力を獲得して、あげくに細胞からとびだして、やがて細胞の原形を渡り歩く能力を獲得した。それがウイルスの御先祖であるという「逃げやがったなこの野郎説」である。
もうひとつはLUCAに先立つ細胞の原形がほかの細胞に寄生するようになり、複製に必要なものを寄生した宿主に依存するようになったために、自分の遺伝子をどんどん失い、極めて単純な必要最低限の構造を持つに至った。それがウイルスの御先祖となったという筋書きである。それを「いらないものは捨てちゃった説」という。そのころの細胞の原形はいまよりずっと単純な構造を持っていたと考えられるので、こうした変化は割に容易に起きたのではないかと考えられるというのだ。いずれにしてもまず最初は、RNAウイルスの原形ができたという点では共通している。
3つのドメインが分かれる前にもしウイルスの先祖が存在していたら、その祖先型は進化にどんな影響をおよぼしていただろうか。この問題を解く最初の鍵は、ウイルスが持っている遺伝子を宿主のものと比べることから得られた。
つづく
(この回は、T本雅代さん・熊本大学医学部3回生のまとめてくれたレポートを本人の了解を得て、加筆したものです。深謝)
この 3ドメイン説にしたがうと、生物はあまねく古細菌、真正細菌、真核生物に分けられる。というか細菌というくくりから古細菌が独立した格好である。われわれになじみのある(真正)細菌に対して古細菌と名乗る新顔はどんな生き物なのだろうか。古細菌は、ひとことでいうと「極限環境好き」と理解してもらっていい。古細菌には好熱菌、高度好塩菌、メタン生成菌の三種類が知られている。90℃以上の温度の環境でしか生育出来ない超好熱菌、食塩濃度 2.5 - 5.2 M に最適増殖濃度を持つ高度好塩菌(イスラエルの死海のような塩湖、天日塩や岩塩の中などから分離される)、メタンを生成する時の化学エネルギーを利用することによって生育しているメタン生成菌(嫌気条件の湖沼、海洋、牛の反芻胃、シロアリの後腸などに棲息)である。
これだけ聞くと真核生物というより細菌に近いような印象を持つが、実はこれらの古細菌の持つ酵素の多くは、構造、機能の面でいうと真核生物に近い。例えば、tRNAを活性化する RNase Pという酵素は、大腸菌のものは RNA のみで働くことができるが、真核生物の RNase P は、タンパク質部分がないと働かない。そして、古細菌のRNase P もまた RNA と蛋白質が揃って初めて活性を示す真核生物型なのだ。
ところが、この 3 ドメイン説でもウイルスは仲間はずれである。ウイルスは、その存在が古くから知られていた。19世紀末に狂犬病や口蹄疫などの伝染性疾患の原因がバクテリアより小さな粒子によるものであることがわかっていたが、その実態が明らかになってきたのは、1935年スタンリーがタバコモザイクウイルスの結晶化に成功したころからだ。分子生物学の怒濤の発展とともにウイルスの遺伝情報も明らかになり、その起源や近縁関係も遺伝情報をもとに解析されてきた。だから今回も自分たちが生物分類のどこに位置するのかについてはっきりするのじゃないかとどきどきしながら期待して待っていたのだ(直接訊いたことはないが)。ウイルスには申し訳ないが、実際のところ、いまだに生物界のどこに分類したらよいのかわからないというのが、本当のところだ。すくなくとも生物進化の系統樹にのせることはできない。
ウイルスは、核酸と蛋白質からなる緻密な構造をもっているものの、「一人」じゃ複製できないし代謝系も持たないので、70年代にはこれでは単なる「モノ」であって生命体ではないと考える専門家も多かった。宿主の遺伝子が変異してゲノムから脱落し、タンパク質の殻を別に作って引きこもったものが、ウイルスであるという考え方だ。
もしウイルスの起源が、宿主の一部からできたのだとするなら、ウイルスの持っている遺伝子は、宿主のものと似ていなくてはならない。 ところが、ウイルスがもっている DNA 複製酵素は、その構造も機能も宿主のものとはまったく異なっていることがわかってきたのである。ウイルスは大きな進化的なくくりである細菌、古細菌、真核生物が出現してから出現したのではなく、案外その起源は古いのではないか、と考えられはじめている。
それでは現在ウイルスの起源についてどのように理解されているのだろうか。生命の進化を考える上で基本となるのは、すべての生命がある共通の起源を持つということだ。細菌も古い細菌も真核生物も共通の遺伝コードをつかっているだからこの3つのドメインの生き物の共通の祖先である存在を想定できる。それをLUCAとよんでいる。LUCAというのは last universal cellular ancestor の略である。3つのドメインが別れる前のぎりぎりにいた祖先型の生き物という意味だ。この3つのドメインの分岐点にいたるまでを遡ってみよう。そこからさらに3つのドメイン生物の共通の祖先型を想像してみよう。さらに遡って、まだDNA が生物に利用されなかった頃、RNAワールドと呼ばれる世界だったころまで想像力をつかってタイムワープする。
この万物共通御先祖の姿は研究者によってだいぶイメージがちがっている。細胞膜のような外界と自分自身を区別する膜のようなものもなかったと考えている研究者もいる。RNAや核酸がとけ込んだスープみたいなものである。ウイルスの御先祖はそんな生命のごくごく初期にすでにその原形が出現したという考えである。これは「ウイルス最初からいたもんね説」と呼ばれている。だがこれは考えにくいし、実際この説はあまり人気はない。
もうひとつの仮説はこうだ。RNAをもった細胞の原形があって、自立的に増殖する存在を考えよう。その存在は分節にわかれた複数のRNAを遺伝子としてもっていた。RNAは不安定で、正確な複製にも適していない。世代をくりかえすうちに、その細胞のRNAの一部が自立的に複製する能力を獲得して、あげくに細胞からとびだして、やがて細胞の原形を渡り歩く能力を獲得した。それがウイルスの御先祖であるという「逃げやがったなこの野郎説」である。
もうひとつはLUCAに先立つ細胞の原形がほかの細胞に寄生するようになり、複製に必要なものを寄生した宿主に依存するようになったために、自分の遺伝子をどんどん失い、極めて単純な必要最低限の構造を持つに至った。それがウイルスの御先祖となったという筋書きである。それを「いらないものは捨てちゃった説」という。そのころの細胞の原形はいまよりずっと単純な構造を持っていたと考えられるので、こうした変化は割に容易に起きたのではないかと考えられるというのだ。いずれにしてもまず最初は、RNAウイルスの原形ができたという点では共通している。
3つのドメインが分かれる前にもしウイルスの先祖が存在していたら、その祖先型は進化にどんな影響をおよぼしていただろうか。この問題を解く最初の鍵は、ウイルスが持っている遺伝子を宿主のものと比べることから得られた。
つづく
(この回は、T本雅代さん・熊本大学医学部3回生のまとめてくれたレポートを本人の了解を得て、加筆したものです。深謝)