ウイルス百物語

ウイルスの謎をめぐる現代の不思議なおはなし

第94話 だれだよ、生ゴミシールを貼ったやつは!

2007-10-03 16:11:14 | Weblog
ウイルスが感染し、効率よく複製して増殖するためには、感染細胞のなかをウイルス複製に都合がいいように変える必要がある。細胞の中に侵入したウイルスは、増殖に不都合な宿主細胞のなかのタンパク質分子をどうにかしたいと強くおもっているわけだ。ま、当然だ。なんとかしたい宿主細胞中の因子とは、細胞の自殺装置に関係したもの(細胞が自殺するしくみ。腹をきってウイルスの増殖を抑制する)、免疫を誘導する分子、あるいはウイルス粒子が細胞から産生するのに邪魔な分子などだ。このときウイルスは、本来細胞が持っているタンパク質分解のしくみをそっくり使うことがあるのだ。

細胞には、ユビキチンプロテアソーム分解系というしくみがある。これは巨大なプロテアソームというタンパク質分解装置である。この分解装置は、やたらめったらタンパク質を分解するわけはなく、「分解してよし」というシールが貼られたものだけを分解する。ユビキチンという分子量の小さい分子があるタンパク質分子にいくつもつながたものが、「生ゴミを意味するシール」に相当する。ウイルスは、自分に都合が悪いタンパク質分子にこれをこっそり貼付けてしまうのだ。これは邪魔なタンパク質分子を効率よく除くのにはもってこいのやりかたなのだ。ウイルスがどうやって生ゴミシールを貼付けるのかをみていくまえに、まず正常な細胞のなかで起きるタンパク質分解についてみていこう。

細胞の中では絶えず物質代謝が行われている。生命活動に必要なタンパク質をつくりだし、不要になったタンパク質や機能を失ったタンパク質を分解することで命を紡いでいる。だからつくるほうばかりじゃなく、分解系も極めて大切だ。代表的な分解系のひとつにユビキチン-プロテアソーム分解系がある。この分解系は、少しばかり複雑だが、簡単にいってしまうと、「生ゴミを意味するシール」が貼ってあるものをバラバラにしてしまうということだ。ユビキチンという分子は76個のアミノ酸からなる分子で、この分子を分解する標的に結合させることをユビキチン化という(まんまである)。このユビキチンがたくさん繋がることをポリユビキチン化という。あるタンパク質が、ポリユビキチン化するということは、「生ゴミを意味するシール」が貼ってあることと同義である。この過程は少々複雑だ。ポリユビキチン化は一分子ではなく、複数のタンパク質が参加して行われる。しかも参加するのは3種類である。これをE1, E2, E3という。 E1とE2はユビキチンを供給するサポート隊と考えていい。 ここで大事なのはE3である。なにしろ分解する標的を直接認識する因子がふくまれている複合体だから。標的を決めるのはE3タンパク質複合体を形成しているタンパク質のうちのひとつF boxである。標的も多様なので、F boxもたくさんの種類がある。そのうちのひとつβTrCPという分子について詳しくみていこう。この分子は、2つの機能ドメインからなる。N末がわにあるのが F box でC末にあるのはWD 40とよばれるモチーフが繰り返された構造をとっている。WDリピート標的を認識する。同時に、E3と結合して標的分子をE3につなぎ止める役割を果たしている。標的を認識するβTrCPもむやみに相手を認識するわけではなく、-DSGΦXS-というアミノ酸の配列の2つのSerがリン酸化を受けている分子を認識するのである(この2つのSer はリン酸化される必要がある)。βTrCPによって分解系に送られる細胞内のタンパク質にはCdc25A、Emi1, βカテニンなどがある。

HIV-1 を例にとって説明しよう。HIV1は細胞に感染する際、CD4とよばれる膜上のタンパク質を利用する。感染後今度は複製して子孫を細胞からどんどん産生するのだが、このときCD4 があると、かえって邪魔になる。そこでウイルスはCD4 をつくる細胞に働きかけてCD4の発現を抑制する。この過程にはウイルスタンパク質である Nef、Vpu、Env関与していることが知られている。ここで βTrCP に関係するのはVpu である。Vpu は新しく合成されたCD4に結合する部分と、βTrCP に結合する部分(-DSGΦXS-というモチーフ)をもっている。 βTrCP はE3の一部であり、E3 ユビキチンライゲースを呼び込む結果となり、CD4には結果、「生ゴミを意味するシール」が貼られて、分解される運命をたどることになる。つまりHIV-1のタンパク質であるVpu は、自分にとってもはや都合が悪くなったCD4を「生ゴミを意味するシール」を貼る係のヒトを連れてきて、ゴミ収集のひとに渡すという一種のアダプターの役割をはたしているのである。そして自分はいっしょに分解されずに、べつの分解系でこわされるようなのだ。Vpuは壊されずに何回も使い回しがきけば、それはウイルスにとって都合がいいはずなのだが、Vpu の61番目のSerのリン酸化によって、壊されていくらしい。HIV-1の他の株をみていくと、77%の株でこのSerが保存されていることから、Vpuが壊されることもウイルスにとって必要なことなのであろうと推測される。

他人の家にあがりこんで、好き放題するためには自分につごうのよい環境を整える必要があるが、このときすでにある分解系を利用することで、効率よく目的を果たすという巧妙なウイルスの戦略がうかがえる一幕である。


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Margottin F, Bour SP, Durand H, Selig L, Benichou S, Richard V, Thomas D, Strebel K, Benarous R.?A novel human WD protein, h-beta TrCp, that interacts with HIV-1 Vpu connects CD4 to the ER degradation pathway through an F-box motif. Mol. Cell. 1: 565-574, 1998.

Banks LP. Viruses and the 26S proteasome: hacking into destruction. Trends Biochem. 28:452-459, 2003.