ようこられた、真狩村まで峠を越えて来なさったか。道中冷たい山からの風が吹き下ろす季節ゆえ、からだが冷えたかの。さあ火の近くに寄りなされ。暖かい白湯などいかがかの。身体の芯から温くなろう。よう無事にこられたのう。日が落ちると狐狸の類が、旅人に悪さをする。
今宵は新月ゆえ、ちいと怖い物語するには絶好の晩じゃ。昔は、若いもんが肝の太か大人になる儀式がござってのう、ここへくる途中の村はずれの寺の本堂に集まって、怪談やら村に古くから伝わる因縁話を夜明けまできいたものじゃ。寺といってももう住職も大昔に亡くなり、跡を継ぐものもおらぬゆえ、荒れてはおるが、わしらで修復もしたで、雨露はしのげる。ときには旅人が行き倒れておったこともある。あれは何年まえになるかのう。女人が道中病を得て、その寺で行き倒れていたこともあった。美しいおなごじゃった。いやいや、おなごのはなしではなかったのう。
物語は月のない晩に何人か人が集まって行われたものじゃ。寺の本堂に蝋燭を百本立てて置いて、一人が一つずつ怪談や不思議な因縁話をして、一本ずつ蝋燭を消してゆく。暮れ六からはじめると、最後の百の話は、丑三つ時になる。残されたたった一本の蝋燭のまわりはぼんやり照らされてはいるが、わしらの背後は漆黒の闇じゃ。闇はわしらの身体をそっと包み、絡み付いて、やがてわしらは暗闇そのものになる。最後の話が終わるとき、百本目の蝋燭が消され、本物の怪がおきるのじゃ。わしらの恐怖が最高潮に達したとき、わしらの仲間の年長者である五平の低い声が話し始めた。その晩の最後の話は、五平の家の呪われた物語じゃった . . .
最後の話がおわって、最後の蝋燭の火が消されたんじゃ。わしらは身じろぎもせずに闇のなかで息を止めた。そのとき、わしは背後の闇にそっと潜んでいる恐怖の源に触れた気がした。そして背筋をはいのぼってくるざらついた霊気に総毛立った。
ぎゃあああー !!!!