発見のきっかけはこうだ。1992年にイギリスのブラッドフォートでアメーバの細胞の中に小さなグラム陽性球菌によくにた粒子が見えることに気づいたところから始まる。バクテリアの16S rRNAに対するプライマーで調べたがPCR産物は何も得られなかった(rRNAはバクテリア間で極めてよく保存されているので、未知のバクテリアを調べるときにつかわれる)。この粒子は直径400 nmほどであった。この大きさは0.2 μm のフィルターも通過できないほどの大きさなんである。エンベロープはなく、周囲には80 nmの繊維状の突起が見られた。当初ゲノムサイズ(DNA)は800 Mb (メガベース)ぐらいと推定されたが、最終的には1,200 Mbだということがのちに明らかになった。このサイズは小型のバクテリアのゲノムをはるかに凌駕する大きさなのだ。その名前ミミウイルスは、”mimicking microbe (細菌に似ている)”からきている。その大きさがグラム染色した細菌によく似ていたからだ。
さてウイルスは生物なのだろうか、という質問に対して、どんな答えがあるだろうか。もともとウイルスは、病気との関連から関心が持たれたことに始まる。 "virus"という言葉は毒をいみするラテン語に由来する。19世紀末に狂犬病や口蹄疫などの伝染性疾患の原因がバクテリアより小さな粒子によるものであることがわかっていたが1935年スタンリーがタバコモザイクウイルスの結晶化に成功したことからウイルスの実態が徐々に明らかになってきた。ウイルスの構成成分は核酸とタンパク質を含み、ときに脂質膜が粒子を覆っている。もともとウイルスは、バクテリアを通さないフィルターを通過する病原体ということで見つかった経緯があるが、ミミウイルスは小さなバクテリア並みに大きくフィルターの穴を通過できないのだ。
ウイルス粒子タンパク質や核酸の高分子複合体分子であり、細胞から放出されたウイルスは、外界と分子のやり取りはなく、いわば細胞外を漂っていることになる。なるようになれとばかりの、あなたまかせの人生がウイルスの基本である。粒子の中には高度に秩序だった構造がつまっているが、それ自身生命に特徴的な物質代謝を行っているわけではない。しかしひとたびレセプターを介して機会仕掛けのように細胞に侵入すると、宿主細胞の複製装置を乗っとって自己複製を開始する。精密に出来上がったからくり機械のようなものだ。ウイルスの増殖には核酸合成やタンパク質の合成・輸送・修飾など生命活動そのものの多様な過程が必要だが、そのすべてを細胞に頼っている。だから増殖能力はあっても、生きているとはいえない。その点バクテリアは自身の生存に必要なエネルギーや分子を自前で調達している。生命の範疇に立派にはいる。じゃあウイルスとバクテリアというカテゴリーは明確な境界線が引けるのかだろうか?
今回報告があった巨大ウイルスにはこれまで細胞生物にしか存在しないと考えられていた遺伝子が数多くコードされていることがわかってきたのだ。たとえばタンパク質合成過程で必要なtRNAなどである。自前の遺伝子をもつことでより効率良く宿主細胞の合成システムを利用できるようになっていると考えられる。なにしろ1200 Mbのゲノムをもっている。HIV-1のゲノムがが0.01 Mbであることを考えると、いろんな遺伝子をもっていてもおかしくない。このゲノムサイズはMycoplasma genitalium や Nanoarchaeon equitans の2.5倍に相当する。 そしてそこには1262個の遺伝子の存在が推定されているのだが、そのうち機能が推定できるのはそのうちの298個だけだ。これは全体の25%以下で、小型のバクテリアや古細菌では70%ほどがその機能を推定できるのに比べてかなり低い値だ。この複雑な構造をもつウイルスが、ウイルスと細胞生物の間に曖昧な印象をもたらす可能性は十分ある。詳しい解析はこれからだが、演歌歌手のような名前のウイルスが(日吉ミミを知っているひとはすっかり少なくなってしまった)、ウイルスとバクテリアの隔たりをつなぐ、微妙な位置を占めているのかもしれない。
Koonin, E.V. Virology: Gulliver among the Lilliputians. Curr Biol. 15:R167-169, 2005.
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