ウイルス百物語

ウイルスの謎をめぐる現代の不思議なおはなし

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第91話 HIV-1と I 型インターフェロン

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ウイルスに対する代表的な防御システムとしてI 型インターフェロンがある。この防御システムは長い進化の歴史を通じて、ウイルスと長い戦いを繰り広げてきた。I 型インターフェロンによって誘導される抗ウイルス作用は多様性に富んでいる。分泌されたI 型インターフェロンは、細胞膜表面のレセプターに結合し、シグナルが細胞内に送り込まれる。

これによって惹起される抗ウイルス作用のなかでよく知られているもののひとつは、リン酸化酵素PKRの転写量が上がり、感染したウイルスの二本鎖 RNA が PKR を活性化するというイベントだ。活性化された PKRは、翻訳開始に重要な因子であるeIFαをリン酸化することで細胞の翻訳もろともウイルスタンパク質の翻訳も抑制してしまう。

もうひとつの作用は、2-5A合成酵素を活性化し、(2’-5’)オリゴアデニル酸が合成され、これが RNase L を活性化し、ウイルスのRNA も分解してしまうことだ。感染細胞内の RNA は分解され、翻訳の活性も低下するので、細胞は、一種の耐乏生活に入る。当然ウイルスも複製できなくなる。生命活動を低下させて、侵入者に対処するというのがI 型インターフェロンによる代表的な防御戦略だ。

ところが、すでにこうした戦略に対するカウンター兵器を多くのウイルスがもっていることが知られている。たとえば、インフルエンザが感染すると宿主のタンパク質 p58 が hsp40 から解離し、PKRに結合して、その活性を抑制するし、アデノウイルスでは、ウイルスの転写産物である VA RNA I がPKRを阻害するばかりでなく、ウイルスタンパク質であるE1AがISGF3 をはじめとするインターフェロンによって誘導される遺伝子の転写を抑制する。このほかにもヘルペスウイルス、肝炎ウイルス(HBV)、ポリオウイルス、レオウイルスなど、I 型インターフェロンの防御システムを攻撃するウイルスは多い。

逆にいえば、それだけ I 型インターフェロンによる対ウイルス迎撃システムはよく出来ており、ヒトとウイルスの進化における攻防において、一時はウイルスを有効に押さえ込んでいたために、ウイルスはそれに対抗せざるを得なかったのだということができる。

それではエイズを発症するヒトの代表的なレトロウイルスHIV-1 についてはどうであろうか。ヒトとレトロウイルスの攻防にもやはり長い歴史がある。その証拠に、内在性レトロウイルスといういわばかつてヒトが感染したウイルスの残骸がヒトのゲノムにみられることやヒトT細胞白血病ウイルスが、キャリアの体内に潜んで、ヒト成人T細胞白血病(ATL)や神経系疾患(HAM/TSP)などを発症させる例などをあげることができる。ヒトの内在性レトロウイルスHERV-Wのエンベロープタンパク質はいまではヒトの胎盤形成時、生理機能をもった分子として働いていることがわかっている。 これは、かつてヒトの敵であったウイルスのタンパク質がいまでは宿主側に飼いならされているという驚きの例である。

またサルや類人猿との接触があるアフリカでは、日常的にハンターを中心にサルや類人猿のレトロウイルスが広がっていることが最近わかってきた。その多くは直接なんらかの疾患に結びつくことはないにしろ、エイズウイルスの起源が類人猿を宿主としていたレトロウイルスの一種からきたのものであったことを考えると、こうした状況は将来エイズに匹敵するあらたな感染症の出現につながる可能性を否定できない。

宿主がもっているウイルスに対する代表的な防御システムであるI 型インターフェロンは HIV-1 に無力なのだろうか。それとも、HIV-1は、すでにI 型インターフェロンという防御システムに対する備え、つまり防御システムを無力化する武器を持っているので、ウイルスの感染増殖を防げないのだろうか。前述のようにレトロウイルスはヒトとともに接触感染を繰り返しながら進化してきた。HIV-1はすでにI 型インターフェロン防御システムを無力化する武器を持っていると考えるほうが自然かもしれない。

従って、かつてこのシステムが レトロウイルス に有効であった防御効果をみるためには、まず武装解除したHIV-1を人工的につくり、I 型インターフェロンの影響を調べる必要がある。その実験によってはじめてI 型インターフェロンがもともともっているレトロウイルス防御システムの実態と、それを無力化したウイルスの進化、両者の攻防の歴史を遡ることが出来る。その歴史をたどる前に、HIV-1が感染細胞からどのようにして産生されるのかをみていこう。

 HIV-1 のウイルス粒子産生は次のようにして起きる。自分のタンパク質、自分の遺伝情報の書かれたRNAを合成し、それを細胞膜に直下に輸送し、ウイルス粒子形成を行う。この過程の詳細は近年ようやく明らかになってきた。その過程は細胞がもっている小胞形成のシステムを借用することによって起きる。じつはこの小胞形成システムは、細胞膜上のタンパク質を分解する一連の過程の一部なのだ。細胞膜上のタンパク質は、エンドサイトーシスによって、細胞内に引き込まれ、初期エンドソームに取り込まれる。やがてその細胞小器官の中に分解されるべき膜タンパク質をのせた小胞が放出される。これを電子顕微鏡でみると、ウイルス並みにちいさな小胞がエンドソームのなかに多くみられる。これをMVB (multivesicular body) と呼んでいる。

こののちMVBはタンパク質分解酵素を含む小胞と融合し、MVB中に放出された小胞にのっている膜タンパク質は分解されていく。MVB内への小胞の放出は、MVB の膜の外側に小胞形を成する装置が集まって起きる。この小胞形成システムに参加するタンパク質は少なくとも100種類くらいあり、ESCRT-I, ESCRT-II, ESCRT-IIIとよばれる3つのタンパク質複合体を形成している。

HIV-1 の細胞からの産生はこの装置を まるごと利用するのである。ウイルスタンパク質Gagが、細胞膜直下にこれら3つのMVB小胞形成装置を呼び寄せて、MVBの中へではなく、細胞膜から外に、ウイルス粒子を放出するのだ。このときウイルスは、 細胞外に小胞形成を行わせつつ、自分の遺伝子とウイルス粒子形成に必要な自分自身のタンパク質をすばやく小胞に送り込むのである。

この過程は、
(1) ウイルスタンパク質が細胞膜のある場所にあつまる(アッセンブリー) 
(2) ウイルスタンパク質の Gag が 小胞形成装置であるタンパク質複合体 ESCRT-I, ESCRT-IIIを呼び寄せ、ウイルスタンパク質は、自身のエンベロープタンパク質の載った細胞膜を被って小胞となって突出していく(出芽) 
(3) 粒子形成後、細胞膜と繋がっている膜がくびれ、引き絞られてちぎれる(ピンチオフ) 
(4) ウイルス粒子が細胞外に放出される(放出)

という4つにわけて考えることが出来る。HIV-1 感染マクロファージでは、いったんMVB内に出芽・放出されてからそのMVBが、細胞膜と融合する形で、MVB内のウイルスを細胞外に送り出すのではないかといわれてきたが、最近の報告では、マクロファージも細胞表面から直接ウイルスが産生されるものと考えられている。

以前からインターフェロンαがHIV-1 の出芽の阻害に効果があるといわれてきた。しかしその実態はよくわかっていなかった。それはHIV-1が、I 型インターフェロン防御システム無力化装置であるVpuタンパク質をもっていたからである。最近、HIV-1 がコードしている vpu という遺伝子を欠損したHIV-1 を使って、インターフェロンαの効果が調べられた。その結果、vpu 遺伝子をもたないウイルスはインターフェロンαを細胞に作用させると、複製できなくなることがわかった。

それに対して vpu をもつ本来のHIV-1 はI 型インターフェロンαによる複製抑制効果はみられなかった。インターフェロンαを作用させた感染細胞の表面を電子顕微鏡で見てみると、驚くべきことにウイルス産生が抑制されている細胞表面だけに、ぶどうの房のように成熟したウイルス粒子がお互いくっついたり、細胞表面に吸着した像がみられた。つまり、通常(1)~(3)の過程をたどって細胞外でウイルス粒子形成がおきたものの、 インターフェロンαの作用によって誘導された細胞の変化の結果、完成したウイルス同士お互い凝集してしまい、細胞表面に固定され、4ウイルス粒子が放出されるという、4番目の過程がスムーズに行われなくなることがわかったのである。

しかもこのウイルス粒子の凝集はタンパク質分解酵素で解消される。この結果から、インターフェロンαによって(おそらく)誘導された膜タンパク質 X が、ウイルスのエンベロープに取り込まれ、ウイルスエンベロープ表面、細胞表面上のその X 分子同士が結合しあって、産生ウイルスのスムーズな放出を妨げているものと推定された。ウイルス粒子のエンベロープ表面には、様々な細胞由来のタンパク質が取り込まれることがわかっているが、インターフェロンαに誘導される分子 X もアンカーのように細胞やウイルス同士をつなぎ止める接着分子のような機能を果たしているものと考えられる。

この分子はテザリン(Tetherin: 「つなぎとめるもの」の意味)と名付けられているが、その同定が待たれるところである。
 このようにじつはI 型インターフェロンは立派にその役割(抗ウイルス効果)をはたしているわけなのだが、HIV-1 側は、すでにそんなことは先刻承知とばかりに、平気な顔をして増え続けていたのは、すでにI 型インターフェロンによる防御システムを打ち破る兵器(Vpu)をもっていたからということになる。

Vpuタンパク質がどのようにしてI 型インターフェロンの抗ウイルス作用を無力化しているかはまだはっきりしていないが、テザリンを分解系に誘導したり、ウイルスエンベロープへの テザリン分子の取り込みを阻害している可能性が考えられる。ウイルスと宿主は進化とともに終わりのない軍備競争をしているということもできる。

*)この記事は、以前、Dojin News にかいたものを加筆訂正したものです。

Wolfe, ND, et al. Emergence of unique primate T-lymphotropic viruses among central African bushmeat hunters. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 102:7994-7999, 2005.

Mi, S, et al. Syncytin is a captive retroviral envelope protein involved in human placental morphogenesis. Nature 407: 785-489, 2005.

Neil, SJ, et al. An interferon-alpha-induced tethering mechanism inhibits HIV-1 and Ebola virus particle release but is counteracted by the HIV-1 Vpu protein. Cell & Host Microbe. 2:193-203, 2007.

Neil, SJ, et al. HIV-1 Vpu promotes release and prevents endocytosis of nascent retrovirus particles from the plasma membrane. PLoS Pathog. 2:e39, 2006.



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第92話 デングウイルスの成熟

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世の中には、つごうのよい時期に都合の良い場所で能力を発揮してもらうために、それまではおとなしくしてもらわなくてはならないケースがある。戦場で、刃をふりまわすのは結構だが、戦場に撃って出る前に刀を振り回されるのは困る。そこで場所と時期を指定して、スイッチを入れ、存分にチカラを発揮してもらおうとわけだ。たとえば、ウイルスは感染のち、自分自身をいっきに複製する(ものによっては潜伏する引きこもりタイプもいるが)。あたらしくできたコドモのウイルスは、自分をつくってくれた細胞に別れを告げて、新しい標的となる細胞をさがしにでかけるわけだが、細胞をでてから完全な感染性を持つようになると、ウイルス増殖上大変都合が良いことが多い。姿形はオトナに似ていてもまだ感染性はない状態から、感染性を獲得するに至るこの過程を成熟という。

デングウイルスは、地球温暖化の話題にちょいちょい顔をだすウイルスだ。このウイルスはフラビウイルス科という仲間に属し、西ナイルウイルス、黄熱病ウイルス、日本脳炎ウイルスといった悪い連中とは親戚である。最近の気温の上昇で、このウイルスを媒介するネッタイシマカやヒトスジシマカが、日本に上陸するのも時間の問題と考えられる。航空機や船舶でひとや物資とともにやってくる可能性が十分ある。最近の外来種の侵入を考えると、その対応を考えておかなくてはならない問題だ。

さてこのウイルスは プラス鎖のRNA をゲノムにもち、脂質二重膜をかぶっているが、その表面はウイルスのエンベロープタンパク質で覆われている。このウイルスは細胞内の ER (小胞体)という脂質構造体の内腔にERの膜を被った状態で出芽する。ER内でのウイルスの直径は、60 nm くらいで、この未成熟のウイルスは、ごつごつした突起が表面を覆っていると考えられている。これはウイルス表面にあるエンベロープタンパク質である Pr-M と E が3分子づつ単位となって突起を形成しているからだ。そしてこの状態ではまだ感染性はない。

ウイルスの感染性に大きな影響を与えるのは、フリンと呼ばれる「不倫」という漢字を想起させる艶っぽい名前の細胞側のプロテアーゼである。ゴルジ体にはフリンが局在し、細胞から分泌されるいろいろなタンパク質を切断修飾して生理活性を分泌前に付与する。たとえば TGF-β 前駆体、副甲状腺ホルモン前駆体などである。ところが活性化するのは、自分に有用な分子ばかりではない。デングウイルスのエンベロープタンパク質の前駆体もちょんぎって、ウイルス粒子の成熟の過程にも一役かうのである。

この未成熟タイプのウイルス粒子は、ERから、ゴルジ体を介して、小胞に包まれたまま輸送され、最後は分泌小胞とよばれる袋のまま、細胞表面直下まで輸送される。そして分泌小胞の膜の一部が細胞膜と融合し、その内容物が細胞外に放出される。これがウイルス産生の一連の流れだ。ゴルジ体というのは、扁平な袋が幾重にも近接した装置だが、この扁平な袋を受け渡されるにしたがって、小胞の中のpH は中性から pH 7.2 からpH 6.0 付近まで低下する。この過程でウイルスは、感染性をフリンによって与えられ、成熟するのである。pH の低下に伴って、ウイルスの大きさは 53 nm くらいまでその直径が縮む。というのも未熟なウイルス粒子を精製して pH を下げてやると、 pHの変化によって大きなウイルス構造の変化がおきることが、クライオ電顕でみごとに捉えられているからだ。 このとき Pr-M と E タンパク質は、こんどは2組づつを単位とするコンパクトな構造に大きく変化し、ウイルス表面にきれいに配置する。つまり、ウイルスの直径は小さくなり、その表面はざらざらはしているが、突起はごく小さくなる。中性付近での Pr-M と E タンパク質の三つ組み構造体は、お互い支え合って立ち上がった構造だったが、コンパクトな2つ組の構造では、いれこになって、表面に寝た格好なので突起は小さく、表面はよりスムースになるのである。

こうなってはじめて細胞側のプロテアーゼであるフリンが Pr-M の切断部位に近接できるようになり、Pr-M は切り離される。つまり酸性での縮んだ構造はプロテアーゼに切られやすい構造なのだ。フリンの至適 pH は中性付近にあり、かならずしも酸性によって活性化するわけではなく、その活性は半分くらいにおちるが、切断される側のPr-Mが構造変化することで、切断されやすくなるのである。このフリンによるPr-M の切断で感染性は1000倍にも高まる。

フリンで切断されて準備のととのったウイルスのはいった小胞は細胞表面直下まで運ばれ、細胞膜と小胞が融合することで、ウイルスは細胞外に放出されるのだが、細胞外では、pH はふたたび、酸性から中性付近までもどることになる。こうなると切断されたPrはウイルス粒子から脱離していく。こうしてウイルス表面のEタンパク質は戦闘態勢になり、感染時に機能を果せるようになるのである。ウイルスの成熟過程のしくみが、ウイルス粒子上のエンベロープタンパク質のダイナミックな構造変化と切断修飾のされやすさにきちんと関係づけられたわけで、今後の展開がたのしみである。

Yu, et al. Structure of the immature dengue virus at low pH primes proteolytic maturation. Science 319: 1834-1837, 2008.

Li, et al. The flavivirus precursor membrane-envelope complex: structure and maturation. Science 319: 1830-1834, 2008.
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第93話 ウイルスはどこからやってきたん? その1

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リンネ以来、生物の分類の最初のくくりは、以前は動物界と植物界であった。ところが、世の中がぼんやりしているうちに、いつのまにかその上にドメインという上位のくくりができていたのである。1977年、ウーズとフォックスは、16S rRNA系統解析の結果をから原核生物をメタン菌(古細菌)とその他の細菌(真正細菌)に分けるべきだと提案した。1980年代以降、古細菌の研究が活発に行われ、 それまで原核生物に分類されていた一部の細菌は、核膜はないのだが蛋白質の構造や機能が、大腸菌といった有名どころの原核生物というよりもむしろ真核生物に近いことがわかり、古細菌; Archaebacteria )とその他の細菌( 真正細菌; Eubacteria )に分けるべきだと提唱されたのである。 これが 3ドメイン説である。

この 3ドメイン説にしたがうと、生物はあまねく古細菌、真正細菌、真核生物に分けられる。というか細菌というくくりから古細菌が独立した格好である。われわれになじみのある(真正)細菌に対して古細菌と名乗る新顔はどんな生き物なのだろうか。古細菌は、ひとことでいうと「極限環境好き」と理解してもらっていい。古細菌には好熱菌、高度好塩菌、メタン生成菌の三種類が知られている。90℃以上の温度の環境でしか生育出来ない超好熱菌、食塩濃度 2.5 - 5.2 M に最適増殖濃度を持つ高度好塩菌(イスラエルの死海のような塩湖、天日塩や岩塩の中などから分離される)、メタンを生成する時の化学エネルギーを利用することによって生育しているメタン生成菌(嫌気条件の湖沼、海洋、牛の反芻胃、シロアリの後腸などに棲息)である。

これだけ聞くと真核生物というより細菌に近いような印象を持つが、実はこれらの古細菌の持つ酵素の多くは、構造、機能の面でいうと真核生物に近い。例えば、tRNAを活性化する RNase Pという酵素は、大腸菌のものは RNA のみで働くことができるが、真核生物の RNase P は、タンパク質部分がないと働かない。そして、古細菌のRNase P もまた RNA と蛋白質が揃って初めて活性を示す真核生物型なのだ。

ところが、この 3 ドメイン説でもウイルスは仲間はずれである。ウイルスは、その存在が古くから知られていた。19世紀末に狂犬病や口蹄疫などの伝染性疾患の原因がバクテリアより小さな粒子によるものであることがわかっていたが、その実態が明らかになってきたのは、1935年スタンリーがタバコモザイクウイルスの結晶化に成功したころからだ。分子生物学の怒濤の発展とともにウイルスの遺伝情報も明らかになり、その起源や近縁関係も遺伝情報をもとに解析されてきた。だから今回も自分たちが生物分類のどこに位置するのかについてはっきりするのじゃないかとどきどきしながら期待して待っていたのだ(直接訊いたことはないが)。ウイルスには申し訳ないが、実際のところ、いまだに生物界のどこに分類したらよいのかわからないというのが、本当のところだ。すくなくとも生物進化の系統樹にのせることはできない。

ウイルスは、核酸と蛋白質からなる緻密な構造をもっているものの、「一人」じゃ複製できないし代謝系も持たないので、70年代にはこれでは単なる「モノ」であって生命体ではないと考える専門家も多かった。宿主の遺伝子が変異してゲノムから脱落し、タンパク質の殻を別に作って引きこもったものが、ウイルスであるという考え方だ。

もしウイルスの起源が、宿主の一部からできたのだとするなら、ウイルスの持っている遺伝子は、宿主のものと似ていなくてはならない。 ところが、ウイルスがもっている DNA 複製酵素は、その構造も機能も宿主のものとはまったく異なっていることがわかってきたのである。ウイルスは大きな進化的なくくりである細菌、古細菌、真核生物が出現してから出現したのではなく、案外その起源は古いのではないか、と考えられはじめている。

それでは現在ウイルスの起源についてどのように理解されているのだろうか。生命の進化を考える上で基本となるのは、すべての生命がある共通の起源を持つということだ。細菌も古い細菌も真核生物も共通の遺伝コードをつかっているだからこの3つのドメインの生き物の共通の祖先である存在を想定できる。それをLUCAとよんでいる。LUCAというのは last universal cellular ancestor の略である。3つのドメインが別れる前のぎりぎりにいた祖先型の生き物という意味だ。この3つのドメインの分岐点にいたるまでを遡ってみよう。そこからさらに3つのドメイン生物の共通の祖先型を想像してみよう。さらに遡って、まだDNA が生物に利用されなかった頃、RNAワールドと呼ばれる世界だったころまで想像力をつかってタイムワープする。

この万物共通御先祖の姿は研究者によってだいぶイメージがちがっている。細胞膜のような外界と自分自身を区別する膜のようなものもなかったと考えている研究者もいる。RNAや核酸がとけ込んだスープみたいなものである。ウイルスの御先祖はそんな生命のごくごく初期にすでにその原形が出現したという考えである。これは「ウイルス最初からいたもんね説」と呼ばれている。だがこれは考えにくいし、実際この説はあまり人気はない。

もうひとつの仮説はこうだ。RNAをもった細胞の原形があって、自立的に増殖する存在を考えよう。その存在は分節にわかれた複数のRNAを遺伝子としてもっていた。RNAは不安定で、正確な複製にも適していない。世代をくりかえすうちに、その細胞のRNAの一部が自立的に複製する能力を獲得して、あげくに細胞からとびだして、やがて細胞の原形を渡り歩く能力を獲得した。それがウイルスの御先祖であるという「逃げやがったなこの野郎説」である。

もうひとつはLUCAに先立つ細胞の原形がほかの細胞に寄生するようになり、複製に必要なものを寄生した宿主に依存するようになったために、自分の遺伝子をどんどん失い、極めて単純な必要最低限の構造を持つに至った。それがウイルスの御先祖となったという筋書きである。それを「いらないものは捨てちゃった説」という。そのころの細胞の原形はいまよりずっと単純な構造を持っていたと考えられるので、こうした変化は割に容易に起きたのではないかと考えられるというのだ。いずれにしてもまず最初は、RNAウイルスの原形ができたという点では共通している。

3つのドメインが分かれる前にもしウイルスの先祖が存在していたら、その祖先型は進化にどんな影響をおよぼしていただろうか。この問題を解く最初の鍵は、ウイルスが持っている遺伝子を宿主のものと比べることから得られた。

つづく 
(この回は、T本雅代さん・熊本大学医学部3回生のまとめてくれたレポートを本人の了解を得て、加筆したものです。深謝)
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第94話 だれだよ、生ゴミシールを貼ったやつは!

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ウイルスが感染し、効率よく複製して増殖するためには、感染細胞のなかをウイルス複製に都合がいいように変える必要がある。細胞の中に侵入したウイルスは、増殖に不都合な宿主細胞のなかのタンパク質分子をどうにかしたいと強くおもっているわけだ。ま、当然だ。なんとかしたい宿主細胞中の因子とは、細胞の自殺装置に関係したもの(細胞が自殺するしくみ。腹をきってウイルスの増殖を抑制する)、免疫を誘導する分子、あるいはウイルス粒子が細胞から産生するのに邪魔な分子などだ。このときウイルスは、本来細胞が持っているタンパク質分解のしくみをそっくり使うことがあるのだ。

細胞には、ユビキチンプロテアソーム分解系というしくみがある。これは巨大なプロテアソームというタンパク質分解装置である。この分解装置は、やたらめったらタンパク質を分解するわけはなく、「分解してよし」というシールが貼られたものだけを分解する。ユビキチンという分子量の小さい分子があるタンパク質分子にいくつもつながたものが、「生ゴミを意味するシール」に相当する。ウイルスは、自分に都合が悪いタンパク質分子にこれをこっそり貼付けてしまうのだ。これは邪魔なタンパク質分子を効率よく除くのにはもってこいのやりかたなのだ。ウイルスがどうやって生ゴミシールを貼付けるのかをみていくまえに、まず正常な細胞のなかで起きるタンパク質分解についてみていこう。

細胞の中では絶えず物質代謝が行われている。生命活動に必要なタンパク質をつくりだし、不要になったタンパク質や機能を失ったタンパク質を分解することで命を紡いでいる。だからつくるほうばかりじゃなく、分解系も極めて大切だ。代表的な分解系のひとつにユビキチン-プロテアソーム分解系がある。この分解系は、少しばかり複雑だが、簡単にいってしまうと、「生ゴミを意味するシール」が貼ってあるものをバラバラにしてしまうということだ。ユビキチンという分子は76個のアミノ酸からなる分子で、この分子を分解する標的に結合させることをユビキチン化という(まんまである)。このユビキチンがたくさん繋がることをポリユビキチン化という。あるタンパク質が、ポリユビキチン化するということは、「生ゴミを意味するシール」が貼ってあることと同義である。この過程は少々複雑だ。ポリユビキチン化は一分子ではなく、複数のタンパク質が参加して行われる。しかも参加するのは3種類である。これをE1, E2, E3という。 E1とE2はユビキチンを供給するサポート隊と考えていい。 ここで大事なのはE3である。なにしろ分解する標的を直接認識する因子がふくまれている複合体だから。標的を決めるのはE3タンパク質複合体を形成しているタンパク質のうちのひとつF boxである。標的も多様なので、F boxもたくさんの種類がある。そのうちのひとつβTrCPという分子について詳しくみていこう。この分子は、2つの機能ドメインからなる。N末がわにあるのが F box でC末にあるのはWD 40とよばれるモチーフが繰り返された構造をとっている。WDリピート標的を認識する。同時に、E3と結合して標的分子をE3につなぎ止める役割を果たしている。標的を認識するβTrCPもむやみに相手を認識するわけではなく、-DSGΦXS-というアミノ酸の配列の2つのSerがリン酸化を受けている分子を認識するのである(この2つのSer はリン酸化される必要がある)。βTrCPによって分解系に送られる細胞内のタンパク質にはCdc25A、Emi1, βカテニンなどがある。

HIV-1 を例にとって説明しよう。HIV1は細胞に感染する際、CD4とよばれる膜上のタンパク質を利用する。感染後今度は複製して子孫を細胞からどんどん産生するのだが、このときCD4 があると、かえって邪魔になる。そこでウイルスはCD4 をつくる細胞に働きかけてCD4の発現を抑制する。この過程にはウイルスタンパク質である Nef、Vpu、Env関与していることが知られている。ここで βTrCP に関係するのはVpu である。Vpu は新しく合成されたCD4に結合する部分と、βTrCP に結合する部分(-DSGΦXS-というモチーフ)をもっている。 βTrCP はE3の一部であり、E3 ユビキチンライゲースを呼び込む結果となり、CD4には結果、「生ゴミを意味するシール」が貼られて、分解される運命をたどることになる。つまりHIV-1のタンパク質であるVpu は、自分にとってもはや都合が悪くなったCD4を「生ゴミを意味するシール」を貼る係のヒトを連れてきて、ゴミ収集のひとに渡すという一種のアダプターの役割をはたしているのである。そして自分はいっしょに分解されずに、べつの分解系でこわされるようなのだ。Vpuは壊されずに何回も使い回しがきけば、それはウイルスにとって都合がいいはずなのだが、Vpu の61番目のSerのリン酸化によって、壊されていくらしい。HIV-1の他の株をみていくと、77%の株でこのSerが保存されていることから、Vpuが壊されることもウイルスにとって必要なことなのであろうと推測される。

他人の家にあがりこんで、好き放題するためには自分につごうのよい環境を整える必要があるが、このときすでにある分解系を利用することで、効率よく目的を果たすという巧妙なウイルスの戦略がうかがえる一幕である。


Estrabaud E, Le Rouzic E, Lopez-Verges S, Morel M, Belaidouni N, Benarous R, Transy C, Berlioz-Torrent C, Margottin-Goguet F. Regulated degradation of the HIV-1 Vpu protein through a betaTrCP-independent pathway limits the release of viral particles. PLoS Pathog. 3: 996-1004, 2007.

Margottin F, Bour SP, Durand H, Selig L, Benichou S, Richard V, Thomas D, Strebel K, Benarous R.?A novel human WD protein, h-beta TrCp, that interacts with HIV-1 Vpu connects CD4 to the ER degradation pathway through an F-box motif. Mol. Cell. 1: 565-574, 1998.

Banks LP. Viruses and the 26S proteasome: hacking into destruction. Trends Biochem. 28:452-459, 2003.
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第95話 ウイルスゲノムをめぐる攻防 一之巻

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われわれの体をつくる遺伝情報は、正確に親から子へ伝えられなくてはならない。だがごく低い確率で変異はおきている。もちろん大切な設計図である遺伝子の本体であるDNAがそうそう書き換えられてはたまらないのでこうした変異を修復する修復系も充実していて、変異が入ることで生命活動に問題がおきないように、また変異の蓄積の結果がん化が起きないように変異の頻度を低い値にとどめている。そもそもこうした変異はどのような原因で起きるのだろうか。DNAを複製するときに働く酵素をDNAポリメレースというが、この酵素もごく低い確率で間違った塩基をつないでしまうことがある。また紫外線などの環境要因でもDNA損傷が起きる。もちろんこうした誤りは除かれ、正しい塩基に置き換えられるが、修復系に見逃されるとそれは変異として定着することになる。

このほかにDNAが修飾され、変わってしまうこともある。われわれの細胞にはシチジンデアミナーゼとよばれる酵素があってDNAやRNAのシトシン部分を修飾することでシトシンをウラシルに変えてしまうことが知られている。ウラシルへの変化は、このほかDNA複製の際のdUTPの間違った取り込みでも起きる。こうしたことは細胞あたり一日60~500回くらい起きていると推定されているが、われわれの細胞にはこのような変異を極力少なくするために、DNAに取り込まれてしまったウラシルを引き抜く酵素uracil-DNA glycosylaseとそのあとの修復を担当する酵素群(base excision repair pathway)が常にDNAを見張ってくれている。またdUTPの濃度を下げて誤まったDNAへの取り込みを抑制するためにdUTPaseが働いている。

ここで発想を変えてみよう。外界から侵入してきたウイルスゲノムであるDNAやRNAに対してシチジンデアミナーゼが作用できれば、有益な武器として使うことができるはずだ。ウイルスのDNA中のシトシンを片端からからウラシルに変えることが出来れば、ウイルスは複製の能力を失うほど変異を導入することができるので、細胞は自分自身を感染から守ることができるはずだ。シチジンデアミナーゼはいわばウイルス迎撃ミサイルとして使えるはずである。

実際にこうした現象がエイズ発症の原因ウイルスであるHIV-1でみつかった。だが、みつかった現象はもう少し込み入っていた。宿主細胞のシチジンデアミナーゼのひとつであるAPOBEC3Gという酵素はHIV-1の感染性を抑制する能力があるが、それは侵入してきたウイルスに有効なのではない。感染後、つぎのサイクルの新たな感染を阻害するのだ。感染細胞中のAPOBEC3Gは、産生されるウイルス粒子内に自らのりこんで、新たに感染しようとするHIVのプラス鎖のRNAから合成されたマイナス鎖DNAにC->Uという変異をいれることで最終的にはHIVの遺伝子にG->Aの変異をいれて、ウイルスを機能不全にしてしまう。

ところがこの話には先があって、すでにウイルス側のAPOBEC3Gに対する迎撃体制も整っていることが明らかになったのである。HIV-1はVifというタンパク質をもっており、VifはAPOBEC3Gの抗ウイルス効果を抑制してしまい、ウイルスはAPOBEC3Gを発現している細胞でも、ゆうゆうと増殖することが出来るのである。Vifは、感染細胞内でAPOBEC3Gの分解を促進することで、APOBEC3Gがウイルス粒子内へ乗り込んでくるのを阻止するのである。従って次の感染サイクルも問題なく回るので、複製可能なのだ。つまりHIV-1と細胞側の防御システムの進化という舞台はすでに第2幕にはいっており、感染症に対するわれわれヒトの進化の第3幕があるとすれば、ヒトの細胞が、HIV-1のVifによる分解促進をうけないタイプのAPOBEC3Gを獲得したときに、HIV-1はヒトの体内でふえることができない無害なウイルスになっているかもしれない。現在では、このシステムに関する限り形勢はHIV-1に有利に展開しているといえる。

二之巻につづく
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第96話 前立腺がんとレトロウイルスの関係や如何に!

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ウイルスに対する細胞側の防御機構にインターフェロンがある。
ウイルスが細胞に感染すると、インターフェロンα、βが分泌され、非常警戒警報が発令される。この非常警報を細胞表面のインターフェロンレセプターでキャッチした他の細胞は迎撃防御態勢に入る。
「あかん、わいはなんかウイルスみたいなものに感染してしもた。みんな気いつけや!」
という細胞の悲鳴がインターフェロンの分泌である。
「あかん、三丁目のおっさん悲鳴あげとるで、なんか悪いもんにおそわれたようや。わいに感染してみい、いてもたるで」
というふうにけんか腰になるのが、その警報をキャッチした細胞たちである。三丁目のおっさんの叫びであるインターフェロンを受け取った細胞では、早速迎撃態勢システムが動き始める。そのひとつが、ある酵素(2’5’ oigoadenylate synthetase)の活性化である。これによって、ある物質(5’-phosphorlylated 2’-5’ linked oligoadenylates)が合成され、それがRNase Lを活性化する。RNase Lというのは、RNAの分解酵素のひとつである。RNase Lが活性化し、外界から侵入してきたウイルスのRNAが分解され、感染を防ぐ。これによってウイルスに対する防御体制が整のったということになる。ちなみにこの迎撃システムであるRNase Lの遺伝子を破壊してしまったマウスは、ピコルナウイルス、コクサッキーウイルスB4などに感染しやすくなることが確かめられている。

もう一つの物語は、前立腺がんをめぐる話だ。発がんの過程は複雑だ。必ずしも遺伝的な因子ばかりでなく、年齢や、環境の因子も絡み合うことが知られている。だが、前立腺がんの発症にはすでにいくつかの遺伝子の関与が疑われている。興味深いことにそのなかのひとつが、RNase L遺伝子なのである。この遺伝子を調べてみると、RNase Lの462番目のアミノ酸は通常アルギニンだが、これがグルタミンに変わっている変異RNase L(R462Q)をもっているひとがいることがわかった。通常われわれは、性染色体に載っていない限り、一組二つの遺伝子を母方と父方から受け取っている。R462Qの変異RNase Lを持つひとの前立腺がんの発症率を見ていくと、この変異を一つ持ったひと(RQ)は前立腺がんの発症率が、1.5倍にあがるし、二つ持ったひと(QQ)では2倍にあがる。そして、この変異のためにRNase Lの活性は本来の1/3にまで低下してしまうこともわかってきた。この変異RNase Lをもっているひとは、ウイルス迎撃機能が低下していることになる。

この二つの物語を結びつけるにはどんな仮説が可能だろうか。簡単かつ大胆に考えるとこうなる。ウイルスの感染が前立腺がんの発症因子のひとつであると考えることである。つまり変異RNase Lを持っている人たちは、RNase Lの活性が低下することであるウイルスに感染しやすくなり、その結果前立腺がんの発症率があがっているのではないかというストーリーだ。

そこでこの変異RNase Lの遺伝子をふたつもつひとで、前立腺癌を発症した患者の癌細胞中に既に知られているウイルスが感染しているかどうかを調べたところ、患者の40%の前立腺がんからマウス白血病ウイルスによく似た未知のレトロウイルスが検出されたのである。もちろんRNase活性の低下によって感染しやすくなり、見つかっただけかもしれず、がんとの因果関係はまだきちんと判明してはいないのだが、上の仮説が信憑性を少し帯びてきた。

このウイルスは、いままで報告されたヒトのウイルスよりもマウス白血病ウイルス(MuLV)に極めてよく似ていることがわかったのでXMRV(Xenotripic MuLV-related virus, 異種指向性マウス白血病ウイルスによく似たウイルス)と名づけられた。現在のところ、このウイルスはヒトの前立腺細胞株やHeLaに感染して増殖するし、インターフェロンに感受性、つまりインターフェロンβでその増殖阻害が起きることが判明している。発がんとの関係はこれからの課題だが、この因果関係が明らかになれば、細胞のウイルス迎撃防御システムの能力低下が発がんに結びつくという最初の例になるかもしれない。

だが、問題点もある。その最たるものは、じつはがん細胞にこのウイルスは感染していないことという点である。ウイルスは、がん細胞の近傍にあるストローマ細胞と呼ばれる細胞に感染してはいるものの、がん細胞そのものには感染していないことがわかっているのだ。ストローマ細胞というのは各臓器の機能をつかさどる実質細胞ではなく、その間をうめている間質細胞の総称である。あらゆる臓器で実質細胞の機能、増殖、細胞死を制御していると考えられている。もちろん発がんとその増殖のプロセスに近傍のストローマ細胞が絡んでいることはありそうなことだが、因果関係がはっきりするのにはもうすこし時間がかかりそうだ。

Dong, B. et al. An infectious retrovirus susceptible to an IFN antiviral pathway from human prostate tumors. PNAS 2007 104: 1655-1660.

Urisman, A. et al. Identification of a novel gammaretrovirus in prostate tumors of patients homozygous for R462Q RNASEL variant. PLoS Pathog 2006 2: e25.


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第97話 ウイルス界のガリバー ミミウイルス

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 発見のきっかけはこうだ。1992年にイギリスのブラッドフォートでアメーバの細胞の中に小さなグラム陽性球菌によくにた粒子が見えることに気づいたところから始まる。バクテリアの16S rRNAに対するプライマーで調べたがPCR産物は何も得られなかった(rRNAはバクテリア間で極めてよく保存されているので、未知のバクテリアを調べるときにつかわれる)。この粒子は直径400 nmほどであった。この大きさは0.2 μm のフィルターも通過できないほどの大きさなんである。エンベロープはなく、周囲には80 nmの繊維状の突起が見られた。当初ゲノムサイズ(DNA)は800 Mb (メガベース)ぐらいと推定されたが、最終的には1,200 Mbだということがのちに明らかになった。このサイズは小型のバクテリアのゲノムをはるかに凌駕する大きさなのだ。その名前ミミウイルスは、”mimicking microbe (細菌に似ている)”からきている。その大きさがグラム染色した細菌によく似ていたからだ。

 さてウイルスは生物なのだろうか、という質問に対して、どんな答えがあるだろうか。もともとウイルスは、病気との関連から関心が持たれたことに始まる。 "virus"という言葉は毒をいみするラテン語に由来する。19世紀末に狂犬病や口蹄疫などの伝染性疾患の原因がバクテリアより小さな粒子によるものであることがわかっていたが1935年スタンリーがタバコモザイクウイルスの結晶化に成功したことからウイルスの実態が徐々に明らかになってきた。ウイルスの構成成分は核酸とタンパク質を含み、ときに脂質膜が粒子を覆っている。もともとウイルスは、バクテリアを通さないフィルターを通過する病原体ということで見つかった経緯があるが、ミミウイルスは小さなバクテリア並みに大きくフィルターの穴を通過できないのだ。

 ウイルス粒子タンパク質や核酸の高分子複合体分子であり、細胞から放出されたウイルスは、外界と分子のやり取りはなく、いわば細胞外を漂っていることになる。なるようになれとばかりの、あなたまかせの人生がウイルスの基本である。粒子の中には高度に秩序だった構造がつまっているが、それ自身生命に特徴的な物質代謝を行っているわけではない。しかしひとたびレセプターを介して機会仕掛けのように細胞に侵入すると、宿主細胞の複製装置を乗っとって自己複製を開始する。精密に出来上がったからくり機械のようなものだ。ウイルスの増殖には核酸合成やタンパク質の合成・輸送・修飾など生命活動そのものの多様な過程が必要だが、そのすべてを細胞に頼っている。だから増殖能力はあっても、生きているとはいえない。その点バクテリアは自身の生存に必要なエネルギーや分子を自前で調達している。生命の範疇に立派にはいる。じゃあウイルスとバクテリアというカテゴリーは明確な境界線が引けるのかだろうか?

 今回報告があった巨大ウイルスにはこれまで細胞生物にしか存在しないと考えられていた遺伝子が数多くコードされていることがわかってきたのだ。たとえばタンパク質合成過程で必要なtRNAなどである。自前の遺伝子をもつことでより効率良く宿主細胞の合成システムを利用できるようになっていると考えられる。なにしろ1200 Mbのゲノムをもっている。HIV-1のゲノムがが0.01 Mbであることを考えると、いろんな遺伝子をもっていてもおかしくない。このゲノムサイズはMycoplasma genitalium Nanoarchaeon equitans の2.5倍に相当する。 そしてそこには1262個の遺伝子の存在が推定されているのだが、そのうち機能が推定できるのはそのうちの298個だけだ。これは全体の25%以下で、小型のバクテリアや古細菌では70%ほどがその機能を推定できるのに比べてかなり低い値だ。この複雑な構造をもつウイルスが、ウイルスと細胞生物の間に曖昧な印象をもたらす可能性は十分ある。詳しい解析はこれからだが、演歌歌手のような名前のウイルスが(日吉ミミを知っているひとはすっかり少なくなってしまった)、ウイルスとバクテリアの隔たりをつなぐ、微妙な位置を占めているのかもしれない。

Koonin, E.V. Virology: Gulliver among the Lilliputians. Curr Biol. 15:R167-169, 2005.

Raoult, D. et al. The 1.2-megabase genome sequence of Mimivirus. Science 306:1344-1350, 2004.


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第98話 コウモリが運ぶ「恐怖」(2)

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 野生動物にはヒトに致死的感染症を引き起こさない多様なウイルスが、寄生しているはずであるが、その生態はこれまであまり明らかにされてこなかった。そのなかでもコウモリは、先述したように、人獣共通感染症の自然宿主として重要な生物種である。もちろん日本の在来種のコウモリでは上で述べたような致死的な新興感染症は報告されていないが、近年の世界的なアウトブレイクの状況は、日本在来の野生動物の調査の必要性を示している。コウモリはいくつかの点でウイルスにとってつごうのよい性質を備えている。コウモリの寿命は5~50年と考えられており、実験室のマウスが約2年であることを考えると、小型のほ乳類の中では長寿である。したがって不顕性感染しているウイルスは比較的長期間コウモリの体内に維持されものと考えられる。またコウモリは洞窟等で集団で生活するのでウイルスは感染していない個体に、あるいは同じ洞窟に棲む他種のコウモリに容易に広がっていくと考えられる。そのほかにも、糞や分泌物(吸血コウモリの唾液など)、あるいは捕食者に捕らえられることを通じて、森に棲む他の野生生物に広くウイルスを伝播することになる。

 世界には966種のコウモリが棲息しているが、日本ではそのうち、36種のコウモリが確認されている。そのなかには、SARSウイルスの自然宿主と疑われているキクガシラコウモリ、イエコウモリ、モモジロコウモリといった生息域が広く、その行動範囲がヒトの活動域と重なっているものもあるが、ヤンバルホオヒゲコウモリ(沖縄島、徳之島)、ヤエヤマコキクガシラコウモリ(石垣島、西表島、小浜島、竹富島)、カグラコウモリ(石垣島、西表島、与那国島、波照間島)といったようにその生息域がかぎられ、ヒトとの接触が極少ない種もある。

 それでは日本のコウモリを自然宿主にしているウイルスにはどんなものがあるのか。そして実際に試験管内でヒトの細胞に感染、増殖できるウイルスは、どれくらいあるのだろうか。そしてそのためにはどんな検討をすればよいだろうか。一つの考えとして、コウモリを自然宿主とするウイルスの遺伝子データベースを作ってみるのもよいかもしれない。

 まず日本各地から日本の固有種を含めたコウモリの糞、体液を採集し、既存のウイルスのDNAチップを使って、感染している既存のウイルスに似た感染ウイルスのスクリーニングを行う。同時にウイルスの各 ファミリー に高度に保存されたDNA領域をもとに作製したプライマーを用いてPCRを行い、その塩基配列を決定し、コウモリを宿主とするウイルスの遺伝子データベースを作製する。同時に培養細胞系を用いて、感染増殖の見られるウイルスの分離も行う。培養細胞レベルで感染増殖可能なウイルスの分離は、この後のウイルスの解析を容易にするだろうし、ヒト細胞に対して致死的な効果を持つなら注意をはらうべきウイルス種として解析する必要があるかもしれない。

 こうして得られたコウモリを宿主とするウイルスの基礎的なデータは逐次web上で開示し、多方面に役立てることになる。データベースを準備しておくことによって、野生動物を宿主とするウイルスの実態の一端が明らかになるものと期待される。ひいては将来かならず起きるであろう新たな人獣共通感染症に対する日本独自の備えともなるだろう。
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第99話 コウモリが運ぶ「恐怖」(1)

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 19世紀後半にルイ・パスツールやロベルト・コッホによって「感染症が病原性微生物によって起きる」という考えが定着する前まで、感染症は、人々にとって「恐怖」そのものだったにちがいない。天然痘や黒死病は、信仰をもつものも信仰をもたぬ異教徒も区別しなかったし、疫病が通り過ぎたあとには、廃墟になった街とが残された。やがて感染症を引き起こすものが細菌や寄生虫ばかりではなく、ウイルスもときに人の健康を蝕む病を引き起こすことが明らかになる。遺伝情報が書き込まれた短い糸にタンパク質という上着を纏った粒子は、そっと細胞に潜り込み、ときに細胞、組織、個体に死をもたらした。

 だが、現代科学が提示するウイルス像は、生物界を隅々まで飛び回る遺伝情報の断片と言ったようなドライな概念で捉え直され始めている。それどころか、われわれの遺伝情報を担う設計図であるDNAをしらべるとその8%がレトロウイルス、その50%以上、場合によると70~80%が以前は生物から生物に飛び回っていたレトロエレメントとよばれる断片のパッチワークから出来ていることがわかってきたのだ。生命が誕生してから35億年たつが、進化の過程に果したウイルス役割が必ずしも正当に評価されてきたとは言えない状況になりつつある。ヒトの死をもたらすウイルスはほんの一握りにすぎず、自然界に存在するウイルスの種類に比較すると極めて稀なものだろう。だが、致死的なウイルスはひとたび暴れ始めると社会に混乱と恐怖を引き起こすのは今も昔も変わってはいない。

 最近、トリインフルエンザウイルス、SARSコロナウイルス、ニパウイルス、西ナイルウイルス、エボラウイルスなどの、人に致死的感染を起こす野生動物由来のウイルスが続々と見つかっている。これは森林開発が進んでいままで接触がなかった野生生物と人間との行動域が重なったことがひとつの原因と考えられる。またある地域に発症が限定されていた感染症が、交通網の発達でキャリアである人や家畜が短時間で広い地域に運ばれてしまうことも、初期の封じ込めをむつかしくしている。

 ヒトに感染症を引き起こすウイルスは、特定され解析されるが、ヒトに感染せずに、野生動物が不顕性感染しているウイルスはどのくらい存在しているのであろうか。ヒトに感染症を引き起こすと、その宿主である野生動物についての関心が高まり、いくつもの新しいウイルスが分離された。むろんヒトに致死的な疾患を引き起こすウイルスは、うえに挙げたウイルス以外にも多くあり、いろいろな野生動物が自然宿主になっていることがわかっている。最近のアウトブレイクを引き起こしたウイルスの宿主として特徴的なのは、その自然宿主がコウモリであることだ。

 インドネシアでは、コウモリのウイルスで、豚と人に致死的感染を起こしたニパウイルスの自然宿主がオオコウモリであったが、オオコウモリで新たに、リッサウイルス、メナングルウイルス、チョウマンウイルスが見つかっている。東アジアでは、SARSコロナウイルスの自然宿主探しでも、コウモリなどを中心に探索が行われ、キクガシラコウモリが自然宿主であろうと推定されている。またアフリカでは、エボラウイルスの自然宿主について多くの生物種と、広い生息域で長期にわたって調査が行われ、自然宿主はコウモリである可能性が高いという報告がなされている。調査の結果、エボラウイルスに特異的な抗体(IgG)が3種類のコウモリで見いだされた。この事実はこれらのコウモリがエボラウイルスに常時、曝されていることをしめしている。


<第98話につづく>
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第100話 百物語

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ようこられた、真狩村まで峠を越えて来なさったか。道中冷たい山からの風が吹き下ろす季節ゆえ、からだが冷えたかの。さあ火の近くに寄りなされ。暖かい白湯などいかがかの。身体の芯から温くなろう。よう無事にこられたのう。日が落ちると狐狸の類が、旅人に悪さをする。

今宵は新月ゆえ、ちいと怖い物語するには絶好の晩じゃ。昔は、若いもんが肝の太か大人になる儀式がござってのう、ここへくる途中の村はずれの寺の本堂に集まって、怪談やら村に古くから伝わる因縁話を夜明けまできいたものじゃ。寺といってももう住職も大昔に亡くなり、跡を継ぐものもおらぬゆえ、荒れてはおるが、わしらで修復もしたで、雨露はしのげる。ときには旅人が行き倒れておったこともある。あれは何年まえになるかのう。女人が道中病を得て、その寺で行き倒れていたこともあった。美しいおなごじゃった。いやいや、おなごのはなしではなかったのう。

物語は月のない晩に何人か人が集まって行われたものじゃ。寺の本堂に蝋燭を百本立てて置いて、一人が一つずつ怪談や不思議な因縁話をして、一本ずつ蝋燭を消してゆく。暮れ六からはじめると、最後の百の話は、丑三つ時になる。残されたたった一本の蝋燭のまわりはぼんやり照らされてはいるが、わしらの背後は漆黒の闇じゃ。闇はわしらの身体をそっと包み、絡み付いて、やがてわしらは暗闇そのものになる。最後の話が終わるとき、百本目の蝋燭が消され、本物の怪がおきるのじゃ。わしらの恐怖が最高潮に達したとき、わしらの仲間の年長者である五平の低い声が話し始めた。その晩の最後の話は、五平の家の呪われた物語じゃった . . .

最後の話がおわって、最後の蝋燭の火が消されたんじゃ。わしらは身じろぎもせずに闇のなかで息を止めた。そのとき、わしは背後の闇にそっと潜んでいる恐怖の源に触れた気がした。そして背筋をはいのぼってくるざらついた霊気に総毛立った。

ぎゃあああー !!!!

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