ウイルス百物語

ウイルスの謎をめぐる現代の不思議なおはなし

第91話 HIV-1と I 型インターフェロン

2008-10-15 19:08:59 | Weblog
ウイルスに対する代表的な防御システムとしてI 型インターフェロンがある。この防御システムは長い進化の歴史を通じて、ウイルスと長い戦いを繰り広げてきた。I 型インターフェロンによって誘導される抗ウイルス作用は多様性に富んでいる。分泌されたI 型インターフェロンは、細胞膜表面のレセプターに結合し、シグナルが細胞内に送り込まれる。

これによって惹起される抗ウイルス作用のなかでよく知られているもののひとつは、リン酸化酵素PKRの転写量が上がり、感染したウイルスの二本鎖 RNA が PKR を活性化するというイベントだ。活性化された PKRは、翻訳開始に重要な因子であるeIFαをリン酸化することで細胞の翻訳もろともウイルスタンパク質の翻訳も抑制してしまう。

もうひとつの作用は、2-5A合成酵素を活性化し、(2’-5’)オリゴアデニル酸が合成され、これが RNase L を活性化し、ウイルスのRNA も分解してしまうことだ。感染細胞内の RNA は分解され、翻訳の活性も低下するので、細胞は、一種の耐乏生活に入る。当然ウイルスも複製できなくなる。生命活動を低下させて、侵入者に対処するというのがI 型インターフェロンによる代表的な防御戦略だ。

ところが、すでにこうした戦略に対するカウンター兵器を多くのウイルスがもっていることが知られている。たとえば、インフルエンザが感染すると宿主のタンパク質 p58 が hsp40 から解離し、PKRに結合して、その活性を抑制するし、アデノウイルスでは、ウイルスの転写産物である VA RNA I がPKRを阻害するばかりでなく、ウイルスタンパク質であるE1AがISGF3 をはじめとするインターフェロンによって誘導される遺伝子の転写を抑制する。このほかにもヘルペスウイルス、肝炎ウイルス(HBV)、ポリオウイルス、レオウイルスなど、I 型インターフェロンの防御システムを攻撃するウイルスは多い。

逆にいえば、それだけ I 型インターフェロンによる対ウイルス迎撃システムはよく出来ており、ヒトとウイルスの進化における攻防において、一時はウイルスを有効に押さえ込んでいたために、ウイルスはそれに対抗せざるを得なかったのだということができる。

それではエイズを発症するヒトの代表的なレトロウイルスHIV-1 についてはどうであろうか。ヒトとレトロウイルスの攻防にもやはり長い歴史がある。その証拠に、内在性レトロウイルスといういわばかつてヒトが感染したウイルスの残骸がヒトのゲノムにみられることやヒトT細胞白血病ウイルスが、キャリアの体内に潜んで、ヒト成人T細胞白血病(ATL)や神経系疾患(HAM/TSP)などを発症させる例などをあげることができる。ヒトの内在性レトロウイルスHERV-Wのエンベロープタンパク質はいまではヒトの胎盤形成時、生理機能をもった分子として働いていることがわかっている。 これは、かつてヒトの敵であったウイルスのタンパク質がいまでは宿主側に飼いならされているという驚きの例である。

またサルや類人猿との接触があるアフリカでは、日常的にハンターを中心にサルや類人猿のレトロウイルスが広がっていることが最近わかってきた。その多くは直接なんらかの疾患に結びつくことはないにしろ、エイズウイルスの起源が類人猿を宿主としていたレトロウイルスの一種からきたのものであったことを考えると、こうした状況は将来エイズに匹敵するあらたな感染症の出現につながる可能性を否定できない。

宿主がもっているウイルスに対する代表的な防御システムであるI 型インターフェロンは HIV-1 に無力なのだろうか。それとも、HIV-1は、すでにI 型インターフェロンという防御システムに対する備え、つまり防御システムを無力化する武器を持っているので、ウイルスの感染増殖を防げないのだろうか。前述のようにレトロウイルスはヒトとともに接触感染を繰り返しながら進化してきた。HIV-1はすでにI 型インターフェロン防御システムを無力化する武器を持っていると考えるほうが自然かもしれない。

従って、かつてこのシステムが レトロウイルス に有効であった防御効果をみるためには、まず武装解除したHIV-1を人工的につくり、I 型インターフェロンの影響を調べる必要がある。その実験によってはじめてI 型インターフェロンがもともともっているレトロウイルス防御システムの実態と、それを無力化したウイルスの進化、両者の攻防の歴史を遡ることが出来る。その歴史をたどる前に、HIV-1が感染細胞からどのようにして産生されるのかをみていこう。

 HIV-1 のウイルス粒子産生は次のようにして起きる。自分のタンパク質、自分の遺伝情報の書かれたRNAを合成し、それを細胞膜に直下に輸送し、ウイルス粒子形成を行う。この過程の詳細は近年ようやく明らかになってきた。その過程は細胞がもっている小胞形成のシステムを借用することによって起きる。じつはこの小胞形成システムは、細胞膜上のタンパク質を分解する一連の過程の一部なのだ。細胞膜上のタンパク質は、エンドサイトーシスによって、細胞内に引き込まれ、初期エンドソームに取り込まれる。やがてその細胞小器官の中に分解されるべき膜タンパク質をのせた小胞が放出される。これを電子顕微鏡でみると、ウイルス並みにちいさな小胞がエンドソームのなかに多くみられる。これをMVB (multivesicular body) と呼んでいる。

こののちMVBはタンパク質分解酵素を含む小胞と融合し、MVB中に放出された小胞にのっている膜タンパク質は分解されていく。MVB内への小胞の放出は、MVB の膜の外側に小胞形を成する装置が集まって起きる。この小胞形成システムに参加するタンパク質は少なくとも100種類くらいあり、ESCRT-I, ESCRT-II, ESCRT-IIIとよばれる3つのタンパク質複合体を形成している。

HIV-1 の細胞からの産生はこの装置を まるごと利用するのである。ウイルスタンパク質Gagが、細胞膜直下にこれら3つのMVB小胞形成装置を呼び寄せて、MVBの中へではなく、細胞膜から外に、ウイルス粒子を放出するのだ。このときウイルスは、 細胞外に小胞形成を行わせつつ、自分の遺伝子とウイルス粒子形成に必要な自分自身のタンパク質をすばやく小胞に送り込むのである。

この過程は、
(1) ウイルスタンパク質が細胞膜のある場所にあつまる(アッセンブリー) 
(2) ウイルスタンパク質の Gag が 小胞形成装置であるタンパク質複合体 ESCRT-I, ESCRT-IIIを呼び寄せ、ウイルスタンパク質は、自身のエンベロープタンパク質の載った細胞膜を被って小胞となって突出していく(出芽) 
(3) 粒子形成後、細胞膜と繋がっている膜がくびれ、引き絞られてちぎれる(ピンチオフ) 
(4) ウイルス粒子が細胞外に放出される(放出)

という4つにわけて考えることが出来る。HIV-1 感染マクロファージでは、いったんMVB内に出芽・放出されてからそのMVBが、細胞膜と融合する形で、MVB内のウイルスを細胞外に送り出すのではないかといわれてきたが、最近の報告では、マクロファージも細胞表面から直接ウイルスが産生されるものと考えられている。

以前からインターフェロンαがHIV-1 の出芽の阻害に効果があるといわれてきた。しかしその実態はよくわかっていなかった。それはHIV-1が、I 型インターフェロン防御システム無力化装置であるVpuタンパク質をもっていたからである。最近、HIV-1 がコードしている vpu という遺伝子を欠損したHIV-1 を使って、インターフェロンαの効果が調べられた。その結果、vpu 遺伝子をもたないウイルスはインターフェロンαを細胞に作用させると、複製できなくなることがわかった。

それに対して vpu をもつ本来のHIV-1 はI 型インターフェロンαによる複製抑制効果はみられなかった。インターフェロンαを作用させた感染細胞の表面を電子顕微鏡で見てみると、驚くべきことにウイルス産生が抑制されている細胞表面だけに、ぶどうの房のように成熟したウイルス粒子がお互いくっついたり、細胞表面に吸着した像がみられた。つまり、通常(1)~(3)の過程をたどって細胞外でウイルス粒子形成がおきたものの、 インターフェロンαの作用によって誘導された細胞の変化の結果、完成したウイルス同士お互い凝集してしまい、細胞表面に固定され、4ウイルス粒子が放出されるという、4番目の過程がスムーズに行われなくなることがわかったのである。

しかもこのウイルス粒子の凝集はタンパク質分解酵素で解消される。この結果から、インターフェロンαによって(おそらく)誘導された膜タンパク質 X が、ウイルスのエンベロープに取り込まれ、ウイルスエンベロープ表面、細胞表面上のその X 分子同士が結合しあって、産生ウイルスのスムーズな放出を妨げているものと推定された。ウイルス粒子のエンベロープ表面には、様々な細胞由来のタンパク質が取り込まれることがわかっているが、インターフェロンαに誘導される分子 X もアンカーのように細胞やウイルス同士をつなぎ止める接着分子のような機能を果たしているものと考えられる。

この分子はテザリン(Tetherin: 「つなぎとめるもの」の意味)と名付けられているが、その同定が待たれるところである。
 このようにじつはI 型インターフェロンは立派にその役割(抗ウイルス効果)をはたしているわけなのだが、HIV-1 側は、すでにそんなことは先刻承知とばかりに、平気な顔をして増え続けていたのは、すでにI 型インターフェロンによる防御システムを打ち破る兵器(Vpu)をもっていたからということになる。

Vpuタンパク質がどのようにしてI 型インターフェロンの抗ウイルス作用を無力化しているかはまだはっきりしていないが、テザリンを分解系に誘導したり、ウイルスエンベロープへの テザリン分子の取り込みを阻害している可能性が考えられる。ウイルスと宿主は進化とともに終わりのない軍備競争をしているということもできる。

*)この記事は、以前、Dojin News にかいたものを加筆訂正したものです。

Wolfe, ND, et al. Emergence of unique primate T-lymphotropic viruses among central African bushmeat hunters. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 102:7994-7999, 2005.

Mi, S, et al. Syncytin is a captive retroviral envelope protein involved in human placental morphogenesis. Nature 407: 785-489, 2005.

Neil, SJ, et al. An interferon-alpha-induced tethering mechanism inhibits HIV-1 and Ebola virus particle release but is counteracted by the HIV-1 Vpu protein. Cell & Host Microbe. 2:193-203, 2007.

Neil, SJ, et al. HIV-1 Vpu promotes release and prevents endocytosis of nascent retrovirus particles from the plasma membrane. PLoS Pathog. 2:e39, 2006.




第92話 デングウイルスの成熟

2008-05-26 20:08:25 | Weblog
世の中には、つごうのよい時期に都合の良い場所で能力を発揮してもらうために、それまではおとなしくしてもらわなくてはならないケースがある。戦場で、刃をふりまわすのは結構だが、戦場に撃って出る前に刀を振り回されるのは困る。そこで場所と時期を指定して、スイッチを入れ、存分にチカラを発揮してもらおうとわけだ。たとえば、ウイルスは感染のち、自分自身をいっきに複製する(ものによっては潜伏する引きこもりタイプもいるが)。あたらしくできたコドモのウイルスは、自分をつくってくれた細胞に別れを告げて、新しい標的となる細胞をさがしにでかけるわけだが、細胞をでてから完全な感染性を持つようになると、ウイルス増殖上大変都合が良いことが多い。姿形はオトナに似ていてもまだ感染性はない状態から、感染性を獲得するに至るこの過程を成熟という。

デングウイルスは、地球温暖化の話題にちょいちょい顔をだすウイルスだ。このウイルスはフラビウイルス科という仲間に属し、西ナイルウイルス、黄熱病ウイルス、日本脳炎ウイルスといった悪い連中とは親戚である。最近の気温の上昇で、このウイルスを媒介するネッタイシマカやヒトスジシマカが、日本に上陸するのも時間の問題と考えられる。航空機や船舶でひとや物資とともにやってくる可能性が十分ある。最近の外来種の侵入を考えると、その対応を考えておかなくてはならない問題だ。

さてこのウイルスは プラス鎖のRNA をゲノムにもち、脂質二重膜をかぶっているが、その表面はウイルスのエンベロープタンパク質で覆われている。このウイルスは細胞内の ER (小胞体)という脂質構造体の内腔にERの膜を被った状態で出芽する。ER内でのウイルスの直径は、60 nm くらいで、この未成熟のウイルスは、ごつごつした突起が表面を覆っていると考えられている。これはウイルス表面にあるエンベロープタンパク質である Pr-M と E が3分子づつ単位となって突起を形成しているからだ。そしてこの状態ではまだ感染性はない。

ウイルスの感染性に大きな影響を与えるのは、フリンと呼ばれる「不倫」という漢字を想起させる艶っぽい名前の細胞側のプロテアーゼである。ゴルジ体にはフリンが局在し、細胞から分泌されるいろいろなタンパク質を切断修飾して生理活性を分泌前に付与する。たとえば TGF-β 前駆体、副甲状腺ホルモン前駆体などである。ところが活性化するのは、自分に有用な分子ばかりではない。デングウイルスのエンベロープタンパク質の前駆体もちょんぎって、ウイルス粒子の成熟の過程にも一役かうのである。

この未成熟タイプのウイルス粒子は、ERから、ゴルジ体を介して、小胞に包まれたまま輸送され、最後は分泌小胞とよばれる袋のまま、細胞表面直下まで輸送される。そして分泌小胞の膜の一部が細胞膜と融合し、その内容物が細胞外に放出される。これがウイルス産生の一連の流れだ。ゴルジ体というのは、扁平な袋が幾重にも近接した装置だが、この扁平な袋を受け渡されるにしたがって、小胞の中のpH は中性から pH 7.2 からpH 6.0 付近まで低下する。この過程でウイルスは、感染性をフリンによって与えられ、成熟するのである。pH の低下に伴って、ウイルスの大きさは 53 nm くらいまでその直径が縮む。というのも未熟なウイルス粒子を精製して pH を下げてやると、 pHの変化によって大きなウイルス構造の変化がおきることが、クライオ電顕でみごとに捉えられているからだ。 このとき Pr-M と E タンパク質は、こんどは2組づつを単位とするコンパクトな構造に大きく変化し、ウイルス表面にきれいに配置する。つまり、ウイルスの直径は小さくなり、その表面はざらざらはしているが、突起はごく小さくなる。中性付近での Pr-M と E タンパク質の三つ組み構造体は、お互い支え合って立ち上がった構造だったが、コンパクトな2つ組の構造では、いれこになって、表面に寝た格好なので突起は小さく、表面はよりスムースになるのである。

こうなってはじめて細胞側のプロテアーゼであるフリンが Pr-M の切断部位に近接できるようになり、Pr-M は切り離される。つまり酸性での縮んだ構造はプロテアーゼに切られやすい構造なのだ。フリンの至適 pH は中性付近にあり、かならずしも酸性によって活性化するわけではなく、その活性は半分くらいにおちるが、切断される側のPr-Mが構造変化することで、切断されやすくなるのである。このフリンによるPr-M の切断で感染性は1000倍にも高まる。

フリンで切断されて準備のととのったウイルスのはいった小胞は細胞表面直下まで運ばれ、細胞膜と小胞が融合することで、ウイルスは細胞外に放出されるのだが、細胞外では、pH はふたたび、酸性から中性付近までもどることになる。こうなると切断されたPrはウイルス粒子から脱離していく。こうしてウイルス表面のEタンパク質は戦闘態勢になり、感染時に機能を果せるようになるのである。ウイルスの成熟過程のしくみが、ウイルス粒子上のエンベロープタンパク質のダイナミックな構造変化と切断修飾のされやすさにきちんと関係づけられたわけで、今後の展開がたのしみである。

Yu, et al. Structure of the immature dengue virus at low pH primes proteolytic maturation. Science 319: 1834-1837, 2008.

Li, et al. The flavivirus precursor membrane-envelope complex: structure and maturation. Science 319: 1830-1834, 2008.

第93話 ウイルスはどこからやってきたん? その1

2008-05-20 19:02:30 | Weblog
リンネ以来、生物の分類の最初のくくりは、以前は動物界と植物界であった。ところが、世の中がぼんやりしているうちに、いつのまにかその上にドメインという上位のくくりができていたのである。1977年、ウーズとフォックスは、16S rRNA系統解析の結果をから原核生物をメタン菌(古細菌)とその他の細菌(真正細菌)に分けるべきだと提案した。1980年代以降、古細菌の研究が活発に行われ、 それまで原核生物に分類されていた一部の細菌は、核膜はないのだが蛋白質の構造や機能が、大腸菌といった有名どころの原核生物というよりもむしろ真核生物に近いことがわかり、古細菌; Archaebacteria )とその他の細菌( 真正細菌; Eubacteria )に分けるべきだと提唱されたのである。 これが 3ドメイン説である。

この 3ドメイン説にしたがうと、生物はあまねく古細菌、真正細菌、真核生物に分けられる。というか細菌というくくりから古細菌が独立した格好である。われわれになじみのある(真正)細菌に対して古細菌と名乗る新顔はどんな生き物なのだろうか。古細菌は、ひとことでいうと「極限環境好き」と理解してもらっていい。古細菌には好熱菌、高度好塩菌、メタン生成菌の三種類が知られている。90℃以上の温度の環境でしか生育出来ない超好熱菌、食塩濃度 2.5 - 5.2 M に最適増殖濃度を持つ高度好塩菌(イスラエルの死海のような塩湖、天日塩や岩塩の中などから分離される)、メタンを生成する時の化学エネルギーを利用することによって生育しているメタン生成菌(嫌気条件の湖沼、海洋、牛の反芻胃、シロアリの後腸などに棲息)である。

これだけ聞くと真核生物というより細菌に近いような印象を持つが、実はこれらの古細菌の持つ酵素の多くは、構造、機能の面でいうと真核生物に近い。例えば、tRNAを活性化する RNase Pという酵素は、大腸菌のものは RNA のみで働くことができるが、真核生物の RNase P は、タンパク質部分がないと働かない。そして、古細菌のRNase P もまた RNA と蛋白質が揃って初めて活性を示す真核生物型なのだ。

ところが、この 3 ドメイン説でもウイルスは仲間はずれである。ウイルスは、その存在が古くから知られていた。19世紀末に狂犬病や口蹄疫などの伝染性疾患の原因がバクテリアより小さな粒子によるものであることがわかっていたが、その実態が明らかになってきたのは、1935年スタンリーがタバコモザイクウイルスの結晶化に成功したころからだ。分子生物学の怒濤の発展とともにウイルスの遺伝情報も明らかになり、その起源や近縁関係も遺伝情報をもとに解析されてきた。だから今回も自分たちが生物分類のどこに位置するのかについてはっきりするのじゃないかとどきどきしながら期待して待っていたのだ(直接訊いたことはないが)。ウイルスには申し訳ないが、実際のところ、いまだに生物界のどこに分類したらよいのかわからないというのが、本当のところだ。すくなくとも生物進化の系統樹にのせることはできない。

ウイルスは、核酸と蛋白質からなる緻密な構造をもっているものの、「一人」じゃ複製できないし代謝系も持たないので、70年代にはこれでは単なる「モノ」であって生命体ではないと考える専門家も多かった。宿主の遺伝子が変異してゲノムから脱落し、タンパク質の殻を別に作って引きこもったものが、ウイルスであるという考え方だ。

もしウイルスの起源が、宿主の一部からできたのだとするなら、ウイルスの持っている遺伝子は、宿主のものと似ていなくてはならない。 ところが、ウイルスがもっている DNA 複製酵素は、その構造も機能も宿主のものとはまったく異なっていることがわかってきたのである。ウイルスは大きな進化的なくくりである細菌、古細菌、真核生物が出現してから出現したのではなく、案外その起源は古いのではないか、と考えられはじめている。

それでは現在ウイルスの起源についてどのように理解されているのだろうか。生命の進化を考える上で基本となるのは、すべての生命がある共通の起源を持つということだ。細菌も古い細菌も真核生物も共通の遺伝コードをつかっているだからこの3つのドメインの生き物の共通の祖先である存在を想定できる。それをLUCAとよんでいる。LUCAというのは last universal cellular ancestor の略である。3つのドメインが別れる前のぎりぎりにいた祖先型の生き物という意味だ。この3つのドメインの分岐点にいたるまでを遡ってみよう。そこからさらに3つのドメイン生物の共通の祖先型を想像してみよう。さらに遡って、まだDNA が生物に利用されなかった頃、RNAワールドと呼ばれる世界だったころまで想像力をつかってタイムワープする。

この万物共通御先祖の姿は研究者によってだいぶイメージがちがっている。細胞膜のような外界と自分自身を区別する膜のようなものもなかったと考えている研究者もいる。RNAや核酸がとけ込んだスープみたいなものである。ウイルスの御先祖はそんな生命のごくごく初期にすでにその原形が出現したという考えである。これは「ウイルス最初からいたもんね説」と呼ばれている。だがこれは考えにくいし、実際この説はあまり人気はない。

もうひとつの仮説はこうだ。RNAをもった細胞の原形があって、自立的に増殖する存在を考えよう。その存在は分節にわかれた複数のRNAを遺伝子としてもっていた。RNAは不安定で、正確な複製にも適していない。世代をくりかえすうちに、その細胞のRNAの一部が自立的に複製する能力を獲得して、あげくに細胞からとびだして、やがて細胞の原形を渡り歩く能力を獲得した。それがウイルスの御先祖であるという「逃げやがったなこの野郎説」である。

もうひとつはLUCAに先立つ細胞の原形がほかの細胞に寄生するようになり、複製に必要なものを寄生した宿主に依存するようになったために、自分の遺伝子をどんどん失い、極めて単純な必要最低限の構造を持つに至った。それがウイルスの御先祖となったという筋書きである。それを「いらないものは捨てちゃった説」という。そのころの細胞の原形はいまよりずっと単純な構造を持っていたと考えられるので、こうした変化は割に容易に起きたのではないかと考えられるというのだ。いずれにしてもまず最初は、RNAウイルスの原形ができたという点では共通している。

3つのドメインが分かれる前にもしウイルスの先祖が存在していたら、その祖先型は進化にどんな影響をおよぼしていただろうか。この問題を解く最初の鍵は、ウイルスが持っている遺伝子を宿主のものと比べることから得られた。

つづく 
(この回は、T本雅代さん・熊本大学医学部3回生のまとめてくれたレポートを本人の了解を得て、加筆したものです。深謝)

第94話 だれだよ、生ゴミシールを貼ったやつは!

2007-10-03 16:11:14 | Weblog
ウイルスが感染し、効率よく複製して増殖するためには、感染細胞のなかをウイルス複製に都合がいいように変える必要がある。細胞の中に侵入したウイルスは、増殖に不都合な宿主細胞のなかのタンパク質分子をどうにかしたいと強くおもっているわけだ。ま、当然だ。なんとかしたい宿主細胞中の因子とは、細胞の自殺装置に関係したもの(細胞が自殺するしくみ。腹をきってウイルスの増殖を抑制する)、免疫を誘導する分子、あるいはウイルス粒子が細胞から産生するのに邪魔な分子などだ。このときウイルスは、本来細胞が持っているタンパク質分解のしくみをそっくり使うことがあるのだ。

細胞には、ユビキチンプロテアソーム分解系というしくみがある。これは巨大なプロテアソームというタンパク質分解装置である。この分解装置は、やたらめったらタンパク質を分解するわけはなく、「分解してよし」というシールが貼られたものだけを分解する。ユビキチンという分子量の小さい分子があるタンパク質分子にいくつもつながたものが、「生ゴミを意味するシール」に相当する。ウイルスは、自分に都合が悪いタンパク質分子にこれをこっそり貼付けてしまうのだ。これは邪魔なタンパク質分子を効率よく除くのにはもってこいのやりかたなのだ。ウイルスがどうやって生ゴミシールを貼付けるのかをみていくまえに、まず正常な細胞のなかで起きるタンパク質分解についてみていこう。

細胞の中では絶えず物質代謝が行われている。生命活動に必要なタンパク質をつくりだし、不要になったタンパク質や機能を失ったタンパク質を分解することで命を紡いでいる。だからつくるほうばかりじゃなく、分解系も極めて大切だ。代表的な分解系のひとつにユビキチン-プロテアソーム分解系がある。この分解系は、少しばかり複雑だが、簡単にいってしまうと、「生ゴミを意味するシール」が貼ってあるものをバラバラにしてしまうということだ。ユビキチンという分子は76個のアミノ酸からなる分子で、この分子を分解する標的に結合させることをユビキチン化という(まんまである)。このユビキチンがたくさん繋がることをポリユビキチン化という。あるタンパク質が、ポリユビキチン化するということは、「生ゴミを意味するシール」が貼ってあることと同義である。この過程は少々複雑だ。ポリユビキチン化は一分子ではなく、複数のタンパク質が参加して行われる。しかも参加するのは3種類である。これをE1, E2, E3という。 E1とE2はユビキチンを供給するサポート隊と考えていい。 ここで大事なのはE3である。なにしろ分解する標的を直接認識する因子がふくまれている複合体だから。標的を決めるのはE3タンパク質複合体を形成しているタンパク質のうちのひとつF boxである。標的も多様なので、F boxもたくさんの種類がある。そのうちのひとつβTrCPという分子について詳しくみていこう。この分子は、2つの機能ドメインからなる。N末がわにあるのが F box でC末にあるのはWD 40とよばれるモチーフが繰り返された構造をとっている。WDリピート標的を認識する。同時に、E3と結合して標的分子をE3につなぎ止める役割を果たしている。標的を認識するβTrCPもむやみに相手を認識するわけではなく、-DSGΦXS-というアミノ酸の配列の2つのSerがリン酸化を受けている分子を認識するのである(この2つのSer はリン酸化される必要がある)。βTrCPによって分解系に送られる細胞内のタンパク質にはCdc25A、Emi1, βカテニンなどがある。

HIV-1 を例にとって説明しよう。HIV1は細胞に感染する際、CD4とよばれる膜上のタンパク質を利用する。感染後今度は複製して子孫を細胞からどんどん産生するのだが、このときCD4 があると、かえって邪魔になる。そこでウイルスはCD4 をつくる細胞に働きかけてCD4の発現を抑制する。この過程にはウイルスタンパク質である Nef、Vpu、Env関与していることが知られている。ここで βTrCP に関係するのはVpu である。Vpu は新しく合成されたCD4に結合する部分と、βTrCP に結合する部分(-DSGΦXS-というモチーフ)をもっている。 βTrCP はE3の一部であり、E3 ユビキチンライゲースを呼び込む結果となり、CD4には結果、「生ゴミを意味するシール」が貼られて、分解される運命をたどることになる。つまりHIV-1のタンパク質であるVpu は、自分にとってもはや都合が悪くなったCD4を「生ゴミを意味するシール」を貼る係のヒトを連れてきて、ゴミ収集のひとに渡すという一種のアダプターの役割をはたしているのである。そして自分はいっしょに分解されずに、べつの分解系でこわされるようなのだ。Vpuは壊されずに何回も使い回しがきけば、それはウイルスにとって都合がいいはずなのだが、Vpu の61番目のSerのリン酸化によって、壊されていくらしい。HIV-1の他の株をみていくと、77%の株でこのSerが保存されていることから、Vpuが壊されることもウイルスにとって必要なことなのであろうと推測される。

他人の家にあがりこんで、好き放題するためには自分につごうのよい環境を整える必要があるが、このときすでにある分解系を利用することで、効率よく目的を果たすという巧妙なウイルスの戦略がうかがえる一幕である。


Estrabaud E, Le Rouzic E, Lopez-Verges S, Morel M, Belaidouni N, Benarous R, Transy C, Berlioz-Torrent C, Margottin-Goguet F. Regulated degradation of the HIV-1 Vpu protein through a betaTrCP-independent pathway limits the release of viral particles. PLoS Pathog. 3: 996-1004, 2007.

Margottin F, Bour SP, Durand H, Selig L, Benichou S, Richard V, Thomas D, Strebel K, Benarous R.?A novel human WD protein, h-beta TrCp, that interacts with HIV-1 Vpu connects CD4 to the ER degradation pathway through an F-box motif. Mol. Cell. 1: 565-574, 1998.

Banks LP. Viruses and the 26S proteasome: hacking into destruction. Trends Biochem. 28:452-459, 2003.

第95話 ウイルスゲノムをめぐる攻防 一之巻

2007-03-23 11:55:44 | Weblog
われわれの体をつくる遺伝情報は、正確に親から子へ伝えられなくてはならない。だがごく低い確率で変異はおきている。もちろん大切な設計図である遺伝子の本体であるDNAがそうそう書き換えられてはたまらないのでこうした変異を修復する修復系も充実していて、変異が入ることで生命活動に問題がおきないように、また変異の蓄積の結果がん化が起きないように変異の頻度を低い値にとどめている。そもそもこうした変異はどのような原因で起きるのだろうか。DNAを複製するときに働く酵素をDNAポリメレースというが、この酵素もごく低い確率で間違った塩基をつないでしまうことがある。また紫外線などの環境要因でもDNA損傷が起きる。もちろんこうした誤りは除かれ、正しい塩基に置き換えられるが、修復系に見逃されるとそれは変異として定着することになる。

このほかにDNAが修飾され、変わってしまうこともある。われわれの細胞にはシチジンデアミナーゼとよばれる酵素があってDNAやRNAのシトシン部分を修飾することでシトシンをウラシルに変えてしまうことが知られている。ウラシルへの変化は、このほかDNA複製の際のdUTPの間違った取り込みでも起きる。こうしたことは細胞あたり一日60~500回くらい起きていると推定されているが、われわれの細胞にはこのような変異を極力少なくするために、DNAに取り込まれてしまったウラシルを引き抜く酵素uracil-DNA glycosylaseとそのあとの修復を担当する酵素群(base excision repair pathway)が常にDNAを見張ってくれている。またdUTPの濃度を下げて誤まったDNAへの取り込みを抑制するためにdUTPaseが働いている。

ここで発想を変えてみよう。外界から侵入してきたウイルスゲノムであるDNAやRNAに対してシチジンデアミナーゼが作用できれば、有益な武器として使うことができるはずだ。ウイルスのDNA中のシトシンを片端からからウラシルに変えることが出来れば、ウイルスは複製の能力を失うほど変異を導入することができるので、細胞は自分自身を感染から守ることができるはずだ。シチジンデアミナーゼはいわばウイルス迎撃ミサイルとして使えるはずである。

実際にこうした現象がエイズ発症の原因ウイルスであるHIV-1でみつかった。だが、みつかった現象はもう少し込み入っていた。宿主細胞のシチジンデアミナーゼのひとつであるAPOBEC3Gという酵素はHIV-1の感染性を抑制する能力があるが、それは侵入してきたウイルスに有効なのではない。感染後、つぎのサイクルの新たな感染を阻害するのだ。感染細胞中のAPOBEC3Gは、産生されるウイルス粒子内に自らのりこんで、新たに感染しようとするHIVのプラス鎖のRNAから合成されたマイナス鎖DNAにC->Uという変異をいれることで最終的にはHIVの遺伝子にG->Aの変異をいれて、ウイルスを機能不全にしてしまう。

ところがこの話には先があって、すでにウイルス側のAPOBEC3Gに対する迎撃体制も整っていることが明らかになったのである。HIV-1はVifというタンパク質をもっており、VifはAPOBEC3Gの抗ウイルス効果を抑制してしまい、ウイルスはAPOBEC3Gを発現している細胞でも、ゆうゆうと増殖することが出来るのである。Vifは、感染細胞内でAPOBEC3Gの分解を促進することで、APOBEC3Gがウイルス粒子内へ乗り込んでくるのを阻止するのである。従って次の感染サイクルも問題なく回るので、複製可能なのだ。つまりHIV-1と細胞側の防御システムの進化という舞台はすでに第2幕にはいっており、感染症に対するわれわれヒトの進化の第3幕があるとすれば、ヒトの細胞が、HIV-1のVifによる分解促進をうけないタイプのAPOBEC3Gを獲得したときに、HIV-1はヒトの体内でふえることができない無害なウイルスになっているかもしれない。現在では、このシステムに関する限り形勢はHIV-1に有利に展開しているといえる。

二之巻につづく