えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたの横顔3話

2018-10-08 20:21:03 | 書き物
『告白されてるみたい』が告白になって、私たちは付き合いだした。
教室の中では今までとそう変わらなかったけど、帰りはいつも一緒で、校門を出ると手を繋いだ。
彼のことは樹と呼んで、彼は私を裕子と呼ぶ。
音楽のこと、私が描く絵のこと…
そして、他愛もないことを話す日々。
好きな人に触れることがこんなに切なくて、それでいて安心出来ることを、初めて知った。
私にとっては、初めて付き合う人。
樹とのことは、すべて初めてのことだった。
ずっとこれが続けばいいのにと、願ったけれど…
嫌でも変わらなければならない時が来る。
卒業と言う日が。
式が終わると、みんなとサイン帳にサインしあった。
写真も撮った。
みんなと騒ぐまでが卒業の儀式。
それが終わったら、樹の待つ軽音の部室に行った。
最後にもう1度、あの曲を聴きたいってお願いしておいたから。
部室で樹が歌ってくれた歌のことは、ずっと耳に残っていた。
その日、手を繋いで駅まで歩いたことも。



いざ、大学生活が始まると、タイミングが合わなくてなかなか会えなくなってしまった。
樹が音楽活動に本腰を入れ始めたからだ。
私は私で、デザイン系の学部だったから、課題が山盛り。
グラフィックデザインを勉強し始めたのは、樹のお願いがきっかけだった。
CDパッケージのデザイン、面白いかもしれないと思い始めて。
やりはじめてみたら面白くて、時間が足りなくなってしまった…
それでも、週に1回は彼のライブに通った。
もともと評判は良かった樹のライブ。
でも、なかなか満員にはならない。
ガラガラな訳じゃないけれど…
樹は口には出さないけど、悔しそうだった。
それでも、地道に曲を作りライブを重ねて行く。
次第に埋まって行く客席を見て、ライブハウスのスタッフも喜んでくれた。
スタッフにおめでとうと言われて、喜んでる樹を見るのが嬉しくて。
思わず涙ぐんでいたら、
「まだまだ、これからなんだから…泣くのは早いよ」
って言いながら、目元を拭ってくれた。



私が樹のライブを見る時は、いつも客席の端。
けれど、埋まり始めるとステージ脇にいるようになった。
そう広くはないそこにいると、ライブハウスのスタッフとも仲良くなる。
そこで、1つ年上の女性と仲良くなった。
みんなが、まりちゃんと呼んでる人。
まりちゃんは、ステージ裏の細かい仕事や、色んな人のお手伝いが仕事。
私が行くと、いつも心良くステージ脇に入れてくれた。
週末、樹のライブに行って、まりちゃんやスタッフさんたちとわちゃわちゃして、独り暮らしの樹の部屋に行く。
そんな日々が過ぎていって2年。
私たちは21になっていた。




私は、大学3年生になると就活も、卒業に向けての勉強も増えた。
就活で、グラフィックデザインを仕事にするなら、デザイン事務所がいいと思ってた。
そんな時に、先輩に広告代理店を勧められて…
あちこち見てまわりながらも、なかなか決められないでいた。
必然的に、ライブハウスにそうそう通えなくなる。
週に1回だったのが、月に1回に。
それも行けない時もあった。
会えない時に連絡するのも、忙しさのあまり、なかなか出来なくて…
元気?私も。
そんな確認みたいなものばかり。
でもそれは、樹も同じ。
頻繁にライブをしながら、バイトもしてる。
疲れて、私にメールを送る余裕がないみたい。
しようがないことだけど…
だから、樹も私も、お互いの近況を知らなかった。
付き合ってるはずの2人なのに。
たまに行けたライブの時には、いつもの樹に見えた。
小さなライブハウスだけど、樹が出る日はいつも満員。
満員だから、樹は嬉しそうではあった。
ただ、どことなく不安そうでもあった…
何か考えてるのって聞いても、私には教えてくれない。
それは、私が樹の音楽活動には積極的に関わっていないからかもしれない。
私が口を出すことじゃないと思っていたけど、何も知らされないのは寂しかった。




大学3年の秋になり、3ヶ月ぶりにライブハウスに顔を出した。
そのとき初めて、大きなライブハウスでの樹のワンマンライブが決まったことを知った。
いつものライブハウスに、珍しく音楽雑誌の取材が入って、そこで彼のライブが紹介されたのだ。
自分のことのように嬉しくて、ライブ終わりの楽屋で、彼におめでとうを言った。
「おめでとう。念願のライブハウスなんでしょう。本当に良かったね」
「ありがとう、裕子、来てくれるよな」
「当たり前じゃない。絶対行くよ」
「ここ何ヵ月かで、色々変えようと思って試行錯誤してた。今度のライブで、裕子にも見せるよ」
樹の曲を、もっと大きなライブハウスで聴ける。
今より更に大きなステージに立つ、彼を見られるんだ。

ワンマンライブ当日。
関係者用の受付で名前を言って、2階のテーブル席に案内された。
1階はスタンディング。
ドリンクを飲みながら開演を待っていたら、時間が来て客席のライトが消える。
ステージに現れたのは、ギターを持った樹と…バンドメンバー。
いつも弾き語りだった樹に加えて、バンドも加わるようになっていた彼のステージ。
樹が言ってたのは、このことだったんだ…
私が知っている曲もあれば、初めて聴く曲もある。
新しい曲は、以前よりポップにアレンジされていた。
相変わらず、綺麗な横顔…
ファルセットも好きだけれど、低音のフレーズも好き。
そんなことを思い浮かべながら聴いていたら、もう最後の曲。
歌い出したのは…あの思い出の曲だった。
一瞬で、初めて聴いた体育館のステージに戻ってしまう。
ノートを見られたあの日に戻れてしまう。
たった3年前のことなのに、ずいぶん時間が過ぎてしまった気がした。



客席が明るくなってザワザワとしてきた。
皆それぞれ出口に向かってる。
樹に会いたかったけれど、このライブハウスで、楽屋やステージ裏には入ったことがない…
どうしよう…
ゆっくりと立ち上がり、バッグを手にしたとき、Tシャツにジーパン姿の女性が近づいて来た。
胸に関係者のパスを下げてる。
まりちゃん。
「裕子ちゃん、久しぶりね」
「うん、ちょっとご無沙汰しちゃって…まりちゃん、ここのスタッフさんをしてるの?」
「ううん、樹くんのスタッフとして来たの」
「樹の…」
「うん、ここの所ずっとやってるの。裕子ちゃんは学校が忙しいから、知らなかったんだね」
「そうだったのね」
何だろう、これ。
私は部外者ってことなの。
「樹くんから裕子ちゃんを呼んで来てって頼まれたの。こちらに来て。楽屋に案内するから」
「…ありがとう」
2階から1階の裏へ抜ける階段を降りて、まりちゃんについて行く。
1階に降りて、楽屋と書かれたドアが見えた時、まりちゃんが立ち止まった。
振り返って、私を見てる。
「裕子ちゃん…お願いがあるの」
「お願い…?」
まりちゃんは私の目をじっと見て、小さな声で言った。
「ここでワンマンが出来たと言うことは、樹くんがかなり有望だって言うことなの」
「まりちゃん、何のこと?」
「実は今日も、音楽雑誌の取材が入ってる」
「…そうなんだ」
「私、樹くんのスタッフをするようになって、そんなにたってない。でも、どうしても、樹くんにはミュージシャンとして成功して欲しいって思うようになったの」
「まりちゃん、何が言いたいの」
「裕子ちゃんは、樹くんの世界の役には立てないよね。どんな世界なのかも知らないし、知ろうとしないもの」
いきなり知らないなんて言われても…
どう答えていいか分からない。
「お願い、今日樹くんと会ったら、もう来ないで。」
「…どうして」
「樹くん、これから、注目されていくんだよ。今もう、女の子のファンがついてるの。そんな時に裕子ちゃんみたいな人がいたら」
「私…いたらダメなの」
「樹くんの邪魔にはならないで」
そう言うと、私に背を向けて行ってしまった。
…今、まりちゃんは何を言ったんだろう。
私は樹の邪魔になるの…
確かに、今日の客席は女の子が多かった。
…だって、そんな…芸能人じゃないんだし。
考え込んでいたら、楽屋のドアがいきなり開いた。


「裕子、ここにいたのか。中々来ないから」
「樹…」
「中にはいって」
楽屋に入ると、目の前に立ってぎゅうっと手を握り合う。
「素敵だったよ。樹の歌、このライブハウスで聞けて嬉しかった。ありがとう」
「俺も。裕子に聴いて欲しかった。それに…久しぶりに会えて嬉しい」
樹の顔が近づく。
彼の手のひらが頬に触れ、そっと唇が触れた。
ずいぶん、久しぶりのキス。
「なかなか会えなくてごめん」
「…いいの。私こそなかなか来られなくてごめん」
樹の唇に触れて指を絡めて、樹の熱を久しぶりに感じた。
触れたかった、ずっと。
なのに、さっき言われたことが思い出されて、素直に嬉しいと思えない。
俯いた私の髪を撫でる、樹の胸にもたれて見上げた時。
ノックの音が聞こえて、関係者のパスを下げた男の人が顔を出した。
「西山くん、もう取材の人来てるよ。お客さんにはそろそろ」
「…分かりました。裕子、ごめん。仕事の時間になったから…また、連絡する」
「分かった。私、帰るね」
その男の人に軽く頭を下げて、外に出た。
なんだか、関係者の人から見たら私みたいのは邪魔なのかな…
樹は、全然変わらないのに。
知らないライブハウス、知らないスタッフ…
急に疎外感が押し寄せてきて、急いで出口に向かった。
音楽雑誌の取材。
ミュージシャンとしての成功…
それは、樹がずっと、なりたかったもの。
私は駅に向かって、揺れる気持ちを抱えたまま歩いた。
どうしていいか分からない。
さっきの樹の熱を感じた唇も指先も、もう冷えてしまった。
…私は部外者…邪魔者?
もう、樹に会わない方がいいの?
気づいたら、涙がポトッと落ちた。
久しぶりに樹の歌が聴けると、喜んでいた気持ちは、ぺしゃんこに潰れてしまった…
こんなはずじゃなかったのに。
ぽっかりと空虚に空いた穴をどうすることも出来ず、ただ歩いた。



























あなたの横顔2話

2018-10-08 12:11:59 | 書き物
横顔の絵を見られてから、西山くんとよく喋るようになった。
西山くんが横を向くと、通路を挟んで横に座ってるのが私。
今までは、よっぽどのことが無い限り、横なんて向いて来なかったのに。
休み時間、お昼休み、放課後。
さっき終わった授業のこと、これから始まる授業のこと。
もちろん、好きな音楽も。
軽音楽部なだけあって、音楽のことにもやたら詳しかったから。
それと、よく喋るけど人の話も聞いてくれる人だった。
私はそこまで話したがりでもないけれど、聞いてくれるからか、よく喋るようになった。
横を向いて話しかけてくるから、今までみたいに横顔をこっそり見られなくなって、そこは少し寂しかったな…
西山くんの横顔、いつまでだって眺めていられたのに。
よく話すようになって、見つけた西山くんの癖。
それは、顔を覗きこみながら、ん?と聞き返すこと。
その癖は、いつも私の胸をぎゅっと掴んだ。
横顔、正面を向いた笑顔、覗きこんでくる切れ長の瞳。
色んな顔を見せられて、好きの気持ちがどんどん膨らんで行く。
西山くんは、私のことをどう思っているんだろう…
気になったけど、確かめる勇気は無くて。
今のまま、西山くんを見ていられるならいいかなって思ってた。




秋が深まると、クラスの中はざわめくことが多くなる。
私は美大志望だけど、2つに絞ったまではいいものの、まだどこを受けるかは決めかねていた。
クラスメイトで幼なじみのなつきは、推薦で早々に決まりそうだ。
「西山くん、もう第一志望決まってるの?」
昼休みに聞いたら、西山くんにしてははっきりしない言い方。
「まあ、決まってはいるよ、一応」
「一応…?」
「親が強く勧めるから受験するんだ。でも、高校出たら音楽活動に本腰入れるから」
「音楽活動…って」
「実は、今もたまに小さなライブハウスでやらせて貰ってるんだ。軽音、早く引退したのもライブハウスでやりたかったから」
「そうだったんだ…もしかして、プロになりたいの」
「そりゃ、なりたいよ。小学生の時から憧れてたんだから」
ギター一本で音楽をやる人には、大学なんてそんな意味がないってことなんだろうな。



実は、まだ西山くんのギターも歌も聞いたことがない。
軽音のステージは、1回も聞いたことなくて。
この間、少しだけ聞こえてきたギターの音を思いだして、聞いてみた。
「軽音部のステージ、文化祭であるけど…さすがにもう出ないよね?」
「…ああ、それなら少しだけ出ることになったよ」
「え、そうなの」
「うん、良かったら聞きに来てよ」
目を細めた笑顔で屈託なく言われて、ドキドキしてきた。
これは、西山くんの歌を聴けるチャンスだ。
「そうだ、いいこと思い付いた」
急に、いたずらっ子みたいな顔になる。
「俺がプロになったら、ジャケットの絵、描いてよ」
「え、CDの?」
「そう。横顔がいいな」
ふふっと笑った顔は、私が弱い顔。
否応なしに私の鼓動を早くする。
思わず胸に手を置きながら、西山くんの希望を叶えたいと思った。
私に出来ることなら。





軽音部は引退していたけど、文化祭のステージで数曲歌うことになった。
ついこの間までは、手持ちの曲をと思ってたけど…
岡本さんが聞きに来てくれるならと、新曲を作る気になった。
あの時の、ノートいっぱいの俺の横顔を見た時の気持ちを、書きたくなったんだ。
俺の中に新しいメロディーをもたらした、岡本さんのことを。
10月の始め。
文化祭2日目の最後のステージ。
ステージに出ると、客席はほぼ埋まってる。
椅子に座って客席を眺めると、真ん中あたりに岡本さんが座っていた。


全部で3曲。
スローなリズムからアップテンポに変わる曲。
ミディアムテンポの身体を揺らしたくなる曲。
そして、3曲目。
スローなテンポで、あの日彼女が教室に現れてから、俺の中に流れたメロディーを歌った。
歌詞には、岡本さんだけに分かるよう、『横顔』というキーワードを入れて。
歌いながら、岡本さんのことを想った。
俺の横顔をあんなに描くのに、どんな風に俺を見ていたのか。
それを思うと、胸の奥をきゅっと掴まれたような気持ちになる。
この曲のメロディーに乗って、俺の気持ちも伝わればいいのに…
目を瞑らず客席を眺め渡して、岡本さんの瞳を見つめながら歌った。
しーんと静まり返った体育館。
ファルセットが消えた瞬間、皆が拍手をしてくれるなか、彼女が微笑んだのが見えた。


ステージを降りると、軽音の後輩たちが駆け寄って来て新曲のことを聞いて来た。
実は、新曲のことは誰にも言っていない。
曲を作るといつも聞いて貰ってる後輩にも、樹さんいつ作ったんですか、と突っ込まれた。
「作ったばかりなんだ…どうだった?」
「ええ~ほやほやなんですか?そんな感じしないですね。樹さんの曲にしては新鮮な感じでしたよ」
「新鮮?」
「恋人を想って歌ってるみたいで」
「そうか…」
…そうだ、彼女はどう思ったのか、知りたい。
「ごめん、ちょっと人を探しに行きたいんだ。後片付けもあるのに、申し訳ない」
「後片付けは、大丈夫です、人もいるんで。彼女ですか?」
「え、いや、そんなんじゃないけど…」
「分かりました、大丈夫ですから行って下さい」
「悪い、後でまた連絡するよ」
ステージの裏にまわり、そこからの出口を抜けると体育館の壁にもたれた彼女を見つけた。
もしかして、待ってくれていたのかな…




「ここにいたんだ」
声を掛けたら、彼女が顔を上げた。
「もう、いいの?ステージの片付けは終わったの?」
「いや。とにかく岡本さんと話がしたくて。後輩にお願いしてきた」
「そうなんだ…私も、西山くんと話したくて待ってたの」
彼女がもたれてる壁に、俺も並んでもたれた。
「聴きにきてくれてありがとう。座ってるとこ、見えたよ」
「あれ、見えてたんだ…なんだか目が合ってる気がして、ちょっと恥ずかしかった」
「俺、案外目がいいんだ」
「うん…そうね、あんな距離で目が合うなんて。でもね、目が合ってるだけじゃなくて、私のために歌ってくれてるみたいに感じて…嬉しかったの。だって」
少し俯いてる顔は、いつもよりもっと『女の子』に見える。
「あの曲、最後に歌った曲…あの時の歌なんでしょ。私のノートを見たときの」
少し赤く染まった顔を上げ、岡本さんは俺を見上げた。
「あのさ、俺の横顔だらけのノートを見た時、どう思ったか分かる?」
「え…」
「まるで告白されてるみたいだなって思ったんだ」
「いやだ、そうだったの」
「すごく、嬉しかった」
「西山くん…」
「だから、岡本さんのために曲作ったの」
「それって…告白、されてるみたい」
「ふたりとも、だね」
ふふっと笑った岡本さんが可愛くて、また俺の中にメロディーを鳴らした。
こうして隣にいてくれたら嬉しい。
そして、ずっといて欲しいと、この時初めて思った。
「もう、帰るの?」
「うん、一緒に帰ろう」


カバンを持って校門を出たら、彼女の空いてる右手に手を伸ばす。
手のひらを掴んだら、一瞬驚いて見開いた瞳を向けたけど、すぐ握りかえす。
ぎゅっと握って歩き出したら、横からふわっと彼女のかおりがした。












































あなたの横顔1話

2018-10-08 12:09:20 | 書き物


6月の終わり。
梅雨なのに涼しい日が続いたある日、5時限目が自習になった。
現国の先生が風邪を引いて休んだのだ。
黒板にはデカデカと自習の文字。
みんな、ここぞとばかりに受験科目の強化をしてる。
なのに、私はまた絵を描いていた。
通路を挟んで隣に座ってる、西山くんの横顔を。




高3になった時のクラス替えで、西山くんの横の席になった。
初めて同じクラスになったから、話したことも無かった人。
隣の席になった時も、お互いに名前を言って「よろしく」と言っただけ。
西山くんはよく頬杖をついて前を見ていた。
どこを見ているんだろうと、そっと窺う。
でも、どこを見てるってわけでもなく、ただ前を見つめてる。
その瞳がまっすぐで、でもどこか寂しげで…
初めて見たときから惹き付けられて、描かずにはいられなかった。
西山くんに分からないように手元を隠しながら、ペンをすべらせる。
描いていて、いつも少し足りないと思ってしまう。
こうじゃない、西山くんの横顔はもっと…
どんどん西山くんの横顔が増えていく。
西山くんを見つめる時間も…
そうして、ノートが西山くんの横顔で埋まった頃。
私は西山くんを好きになってた。


7月に入ったある日。
最後の部活だった日。
帰りがけ、机に置いたままのノート一式を取りに来た。
教室に近づくと、ギターの音と歌声が聞こえる…?
ガラッと引き戸を開けると、薄暗い教室の中に人影が見えた。
「誰?」
よく見えなかったから声を掛けてみたら、西山くん…
「ごめん…人がいると思わなくて。西山くん、まだ帰らないの?」
そう言ってから、自分の机に向かった。
こんなタイミングで会うなんて思ってもいなくて、急にドキドキしてくる。
もしかしたら、西山くんに聞こえてしまうかも…
顔を見られたら分かってしまう。
私は、俯いて自分の机にかばんを置いた。
「ああ、ちょっとギター弾き始めたら、こんな時間になっちゃったんだ。岡本さんは部活?」
「うん、終わったんだけどノート全部教室だったから」
「そっか」
西山くんが軽音部だったことは知ってる。
定期ライブの時は、客席がいっぱいになるってことも。
3年になった時に引退したって聞いたのに…
教室で、ギターを弾いたりするんだ。
私は、西山くんのギターも歌も聴いたことがない。
もう少し早くここに来たら、聴けたのかもしれなかったのか。
残念な気持ちと、でも聴いたら平静でいられないような気もして。
まだドキドキしながら、机の中からノートを出した。


話をしながら、ノートをかばんに入れようとした時だった。
手からスルッとノートが抜け落ちて、バサバサっと開いた状態で、床に広がった。
いけない、ドキドキして上手く入れられなかった…
「大丈夫?」
西山くんがギターを置いて、サッとしゃがみこんで、広がったノートをつまみ上げてくれた。
「ありがとう」と言って、受けとろうとしたのに…
ノートをひっくり返して、目を見開く。
「これってもしかして…俺?」
「あ、ダメ、見ないで」
見ないでって言ってるのに。
返そうとしないでパラパラめくって見てる。
「これ、全部俺なんだね」
バレちゃった…
西山くんだらけのノート、まるでラブレターみたいで恥ずかしい。
あっという間に顔が赤くなってきちゃった。
「うん…ごめん」
ノートを持ったまま、西山くんが私の顔を見た。
「なんで謝るの」
「だって…黙って描いちゃったから」
「そんなこと」
そう言って、西山くんがノートを渡して来た。
「…怒ってないの?」
恐る恐る聞くと、西山くんがパッと笑顔になった。
「こんなよく描いて貰って、怒るわけないじゃん。」
「ほんとに?良かった…あの…これからも…」
「描きたいならどうぞ。俺は構わないよ」
「ありがとう」
良かった…
でも、安心するどころか今の笑顔でもっとドキドキしてきた。
もう、ダメ。
帰らなくちゃ。


「じゃあ、私帰るね」
「あ、俺も帰る。一緒に出ようよ」
「う…ん」
さっきのドキドキがまだ抜けないまま、駅まで一緒に歩いた。
その間、ずっと二人で喋ってた。
西山くんとこんなに話すのは、初めて。
好きだって思ってからは、なかなか話し掛けられなかったから。
でも、西山くんはそんなこと知らないから、色んなことを聞いてくる。
気づくと、自然に話が盛り上がってた。
私、人見知りだったはずなのに。
人懐こくて、私の言ったことをよく聞こうと、時々顔を覗き込む。
無意識かもしれないけど、その度にまたドキドキした。
そんな風に喋っていたら、あっという間に駅。
偶然教室で会って、一緒に帰る。
たまたまでも、私にとっては大きな出来事だった。
それから、教室で西山くんから話し掛けられるようになったんだから。



授業が終わって、すぐ帰るつもりだった。
だが、カバンを机の上に置いた途端、頭の中に微かにメロディーが流れた。
これは、曲が出来そうだ。
そう思ったら、居ても立ってもいられなかった。
皆が帰るのを辛抱強く待ち、ロッカーからケースに入ったギターを取り出す。
そして、頭の中で鳴り始めたメロディーを、ゆっくりとギターで鳴らしていった。



どのくらいの時間がたったのか。
教室の引戸がガラッと開く音で、我に返る。
誰かが入って来た。
あれ…隣の席の子だ。
「ごめん…人がいると思わなくて。西山くん、まだ帰らないの?」
びっくりして目を丸くしたあと、俯きながら俺が腰かけてる後ろの席に、近づいて来た。
「ああ、ちょっと弾きたくなっちゃって、没頭してたらこんな時間になっちゃったんだ。岡本さんは部活?」
「うん、終わったんだけどノート全部教室だったから」
「そっか」
部活組も大変だな。
そろそろ引退なんだろうけど。
そんなことをチラッと考えていたら、バサバサッと音がした。
振り向くと、ノートが開きっぱなしで落ちてる。
「大丈夫?」
ノートの背をつまんで持ち上げてひっくり返すと、ひらっとページが繰られた。
ページいっぱいに横顔の絵。
「…これってもしかして…俺?」
「あ、ダメ、見ないで」
見ないでって言われても…
こんな風に自分が描かれていたら、見てしまうじゃないか。
「これ、全部俺なんだね」
「うん…ごめん」
ノートを持ったまま、少し俯いてる岡本さんの顔を見た。
赤くなってる…
見られて恥ずかしがってるのか?
「なんで謝るの」
「だって…黙って描いちゃたから」
「そんなこと」
そう言って、岡本さんにノートを渡した。
すると彼女ノートを胸に抱えて、俺を見た。
「…怒ってないの?」
恐々した顔で聞かれたから、思わず笑ってしまう。
「こんなよく描いて貰って、怒るわけないじゃん」
「良かった~あの…これからも…」
「描きたいならどうぞ。俺は構わないよ」
「ありがとう」
ホッとした顔で、ノートをしまう彼女。
いつの間にか自分のことを見ていて、あんな絵を描いてるなんて。
なんだか不思議な気がした。
まるで…告白されたみたいだ。
あんなに描いたってことは、あんなに岡本さんに見られてたってこと。
なんだか、俺まで顔が熱くなってしまった。




帰ると言う岡本さんと、駅まで一緒に歩いた。
さっきの気持ちのまま、やけにハイテンションで色んなことを喋った。
岡本さんが聞いてくれるのがなんだか嬉しくて。
駅下で別れるまでそれは続いて、笑顔でじゃあ、と手をちっちゃく振る彼女を見て、名残惜しくなった。
なんだろう、これ。
さっき、教室で浮かんでいた曲は、いつの間にか消えてしまった。
そのかわり、眠りから覚めたみたいに、別の曲が鳴り出したんだ。
俺の中で眠っていたメロディーを、彼女が目覚めさせたのか。
困った顔をしてノートを抱いていた彼女が…



























新作のお知らせ

2018-10-08 12:01:55 | 書き物
新作のお話が出来ました。
実は、前回の年の差カップルの前から書いていたものです。
ちょっとした業界ものにしてしまって、そのせいでなかなか進まなくて。


主人公カップルは、
西山樹(たつき)
岡本裕子
樹の設定は、星野さんのイメージがふんわり入ってます。
あくまでもふんわりです。


今から、時間をおきながら2話ずつ上げて行きます。
全8話です