”お二人様の老後”


 年寄り夫婦の”日常”や”戯言”そして”泣き言”を書き連ねてみます。

「惜春」そして「立夏」

2012-05-05 13:05:11 | 生活

 今日はもう”立夏”です。 春は昨日で終わりました。 春が終わるのを残念がってか”行く春”とか”暮の春”とかいろいろの季語が歳時記を開くと見られます。 ”風流人”の目から見ると清楚から爛漫へと変ってゆく春という季節が終わろうとするのが残念至極のことなのかもしれません。 ”惜春”、つまり”春”が惜しいのだと思います。
 その惜しかった春が今年はいかにも短かったような気がします。 梅と桜が殆ど同じころに咲いて、咲いたと思ったらすぐに散ってしまいました。 近所のお宅にある藤の花も今年は花の時期が短かったようです。 モクレンもハナミズキも、ユキヤナギもコデマリも、そしてチューリップやパンジーなどの草花もなんだかあっという間に咲いてあっという間に散って行ってしまったような気がします。

 今年の春は短かったのではないでしょうか。 冬が事の他厳しく長かったので「冬が終わった」と喜んでいるうちに「盛りの春」が過ぎ晩春になっていたというわけです。 その晩春にまた「暑い日」が多かったように思います。 暑い暑いと言いながら晩春を過ごし、気が付いてみたらもう「立夏」になっていました。
 ほとんど”春もの”の衣装は着ずに終わったような気がします。
 私たち”年寄”には春という季節は”そんなもの”なのかもしれません。 はるか昔、あっという間に過ぎていった「青春」のようなものなのでしょう。
 
 しかし、”行く春”を「惜しんで」ばかりいる必要はありません。 今日は「立夏」です。 「夏が立つ」のです。
 庭にも町にも、遠くの里山にも「緑」が輝いています。 万物、乾坤が命の活動を再開し盛んになっていく”初夏”という素晴らしい季節の到来です。 「青春」から「朱夏」への移り変わりです。 ”年寄”だからと縮こまっている必要はないのではないでしょうか。 桜の写真を見直してみましたが、夏の”朱”の前には桜の”桃色”はいかにも弱弱しく見えました。
 真っ赤に燃える「夏」に向かって”お二人さん”もハルを連れて邁進しようと思っています。 過ぎた春に未練を残しません。 「立夏」なのですから。


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