『らぁめんやマダ』
国道沿いというベスポジに店を構えながらも、集客する気があるとは思えないシンプルな外装のラーメン屋さんだ。大きな看板やのぼりはない。多分ほとんどの車が、真横を通っても、ラーメン屋であるということにすら気づかないだろう・・・。おじさん・・・いや山田さんが言うに、店名は『ラーメン屋』と『山田』を掛けたつもりらしい。いろいろと協力してもらっておきながら失礼だが、原口さんとのガイドウォークの後に、またこういうキャラとは。疲れます。正直、被ってるよ山田さん!
店内は、外装から予想通りのこじんまりした感じ。カウンター6席と、1つだけ座敷がある。・・・ってそんな事より電話だ!
「ほら藤村君!これ使って!」
店の固定電話、もしくは携帯電話なんかを想像していた僕には、山田さんがカウンターの隅っこを指さす時点で違和感があった。そして、やっぱりだった。
「あ・・・これ・・・ですか??」
なんと、ピンク色の公衆電話ではないか!!
「うむ。すまん。この店、固定電話なくてな。特殊簡易公衆電話。通称ピンク電話。タクシーなんかを呼ぶお客さんの為に、レンタルしてあるんだ。」
うわ・・・つっこみ所多いな。店の連絡先ないんかぃ!公衆電話に詳しいな!わざわざこんなわかりにくい店に、タクシー必要なるお客さんこんやろ!・・・こんなもんか。
心の中でつっこみを考えている場合ではない!外ではスズメの幼鳥が待っている。電話かけるまでに、どれだけ時間かけてるんだろう。なっ!観察パークの電話番号って・・・あっ、大丈夫だ!見つけた野鳥の名前を書いているメモ帳!あれについででメモしている。僕はメモ帳を取り出し、財布の口を開く。・・・あマズい!!
「山田さん!すみません・・・今お札しか持ってないんですけど・・・。」
「つまりあれか?俺に小銭を下さいって意味か?」
よくわかっていらっしゃる。山田さんはしょうがなく、ポケットから財布を取り出す。安そうな長財布だ。
「小銭な・・・って俺も、100円玉1つしか持ってないぞ!ほれ!」
山田さんは僕に、その貴重な100円玉をなげる。
「ありがとうございます。」
「おう!通話時間は、距離・時間帯で変わるが、100円なら8分くらいか。そんくらい時間あれば何とかなるだろ。」
「わかりました。多分余裕ですけど、なるべく早めに決着つけます!」
やっぱ山田さん、公衆電話にやたら詳しいわ。
“プルルルルル・・・プルルルルル・・・”
初めてダイヤル式の電話を使ったと思う。電話番号間違えてないだろうか・・・。そして、誰が出るだろうか・・・。どうか園長以外!レンジャーの皆さんなら誰でもいいから園長以外!
『もしもし~。伊豆背自然観察パークです~。』
この声は・・・よかった!二町さんだ!
「もしもし!二町さんですよね?藤村晃宏です。」
『あぁはいは~い!晃宏君?あれ・・・どうしたの?』
100円分しかない!わかりやすく、且つ、簡単に説明しなければ!
「あの、観察パークからの帰り道に、国道の端にスズメがいるのを見つけたんです。なんか飛べないみたいで、ヒナっていうよりは、もうほとんど羽も揃ってって、幼鳥っていうくらいなんですけど・・・。どうするのが一番いいですかね?」
おっ!上手く説明出来ました◎。
『う~ん・・・そっか。幼鳥が国道にか・・・。晃宏君、スズメを手で持てるかな?』
「あっ大丈夫です。さっきも、道路の中じゃあまりに危ないと思ったんで、歩道には持って移動させたんで。」
もうヒナじゃないんだし、飛べないのは怪我してるからかもしれない。保護して、と言われるんだと思った。
『じゃ、なるべく近くの茂みまで、移動してあげてくれる?』
・・・あれ?
「・・・保護しなくても大丈夫ですかね?」
『も~さっきポスター見たでしょ~。保護はしない方がいいの。正義感に溢れたおじさんかっ!でも、歩道じゃまだ危険あるから、茂みにくらいは移してあげといて。それでもぉ安全、安心!』
レンジャーの二町さんが、茂みに移すだけでいいと言っている。でも、心のどこかに納得できない自分がいる。道路の隅で、風を受け小さくうずくまる、弱弱しいスズメの幼鳥・・・。
助けを求めるような眼差しも、僕の思い込みに過ぎないのだろうか!?
「ほんとに・・・ほんとに茂みに移してあげるだけで、あのスズメは助かるんですね!?」
『・・・。』
「二町さん!?」
『・・・晃宏君!心配し過ぎよっ!大丈夫!』
「・・・わかりました。ありがとうございます。それじゃ・・・失礼します。」
よかった。やっぱり時間は余裕だった。っと、電話を切りかけた時だった。
『おい!晃宏君、ちょっとまだ切るな。』
電話の向こうから、二町さんじゃない誰かに呼び止められた。今度は男性の声。・・・原口さんかな。
「もしもし・・・原口さん・・・ですか??」
『おぉ。ええか?茂みに移すだけじゃそのスズメ、結構な確率で死ぬぞ。』
・・・なんなんだ一体?突然、話が180度逆になった。
「え?でも・・・二町さんはそれで助かるって・・・」
『あんな新米とわしの言う事!!どっちを信じるんかっ!!!』
何かと怒られる人生を歩んできたからわかる。・・・これはマジだ!!
「はい・・・すみませんっ!」
また意味もなく原口さんに謝ってるし・・・。というより、何で怒っておられるんだ・・・?
『いや・・・こっちこそすまんかった。晃宏君に八つ当たりしてもしょうがないの。ちょっとよく聞いてくれ。』
「はい・・・。」
よかった。なにやら若干、落ち着いたみたいだ。山田さんの存在を忘れていたが、腕時計をチラチラ見て青くなっている。とりあえず制限時間が危ない。
『まぁ、その幼鳥を直接見てないから何とも言えんがの。幼鳥とはいえ、ほとんど成鳥に近い状態まで羽の揃った個体が、道路のような危険な場所で動く事も出来ずにじっとしているというのは、明らかに普通ではないの。かなり弱っているか、羽を怪我している可能性が高い。つまりそのスズメを助けたいんなら、保護して、観察パークまで連れてくるべきじゃ。』
やっぱり・・・正常じゃなかったんだ。
「それじゃすぐに保護し・・・」
『ただし!!!」』
あまりの声の大きさに、思わず受話器を遠ざける。
『わしなら茂みに置き去りにするがの。』
“わしは人間に、自然を守る力もあると信じとる!”
まさか原口さん・・・そんな訳ない!
「それって・・・どういう意味ですか?」
返事を聞くのが何だか怖かった。
『そのまんま・・・死んでくれって意味じゃ。』