5月は、「さつき晴れ」という言葉もあるように、爽やかな天候を連想する月です。
ところが、ご存知のように陰暦での5月は、例えば今年は6月20日からですから、寧ろ鬱陶しい梅雨の季節です。さみだれは梅雨ですし、さつき晴れも、梅雨の晴れ間を示します。
源氏物語で、梅雨時の記載は、まず「雨夜の品定め」。しとしとと降る雨の、蒸し暑い夜、若い男たち4人の女の話。生々しいものでしょう?
「花散里」では、五月雨の雲間に、光源氏は麗景殿女御姉妹を訪ねます。
中川のあたり、現在の御所の北東辺りです。来る途中、昔の女の邸でも鳴いていたほととぎすか、この邸でも声が聞こえます。橘の香りがします。
その初音を殊更珍重したほととぎすは、梅・鶯が早春にふさわしいのと同様、橘の香を伴っての、5月の景物です。
さつき待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする (古今)
たちばなの花散る里のほととぎす片恋しつつなく日しぞ多き (万葉)
梅雨のむっとする気候の元に、柑橘系の香り、淀んだ空気を切り裂くようなほととぎすの声。昔の恋人。インパクトありますでしょう。
ほととぎすは、「絹を裂くように鳴く」とか、口中が赤いので「啼いて血を吐くほととぎす」などの言葉もあります。(正岡子規の「子規」もほととぎすで、結核にかかった自らを表したといいます)
古今集の上記の歌については、伊勢物語に、こんな話があります。
昔の妻が地方の下役人の妻になっていることを、都からの使者として来た男は知ります。
無理にその女に伽を強いて、この歌を詠んだとあります。
これも、梅雨の夜。男の押し殺した恨みが立ちあがります。
怖くありませんか?