末摘花は、「蓬生」以外では、徹底的に馬鹿にされています。容貌、服飾センス等、中でも歌についてが一番多いのです。型にとらわれた古くさい歌の代表という扱いです。
「末摘花」の巻。
光源氏が常陸宮邸を訪ねたのは、春のこと。仲を取り持った乳母子大輔の命婦は、落魄した琴の名手との触れ込みをしましたから、楽器の音が響かない春の方がごまかしが利く、という理由もあったようです。
その後進展もなく、秋を迎えます。秋の思い出=夕顔を偲んで、調子のいい大輔に姫との体面を設定させます。
いくそたび君がしじまに負けぬらむ物な言ひそと言はぬ頼みに
宣ひも捨ててよかし。玉だすき苦し。
鐘つきてとぢめむ事はさすがにて答へまうきぞ且はあやなき
光源氏の「しじま」は仏事の無言行で、これまでの末摘花の返事の無いことを言っています。さらに、「嫌なら嫌だと言ってください」と言ったので、焦った乳母子の侍従が代詠をしてしまったのです。無言行は、「鐘…とぢめ」てから入るので、「しじま」と受け、なかなか才はじけた応答ですが、「答へまうき」、嫌だと言い切れないから辛い、つまりあなたに心ひかれると言ってしまっています。侍従の本音だったでしょうが。
その後、また無言。光源氏は、末摘花のところに入ってしまいます。
からごろも君が心のつらければ袂はかくぞそぼちつつのみ
年の暮れ、正月の晴れ着にと、とんでもない衣裳を贈ってきた時の末摘花の歌です。枕詞と縁語が、古めかしく鏤められています。妻は夫の晴れ着を用意するものだという対等意識でもあります。
きてみればうらみられけりから衣かへしやりてむ袖を濡らして
「玉鬘」で、正月の晴れ着を妻たちに贈った時のお礼の歌です。前とよく似ています。さらに、
わが身こそ恨みられけれ唐衣君がたもとになれずと思へば
唐衣また唐衣唐衣かへすがへすも唐衣なる
「行幸」で、玉鬘の裳着の祝いに贈ってきたひどい衣裳に付された歌で、唐衣の縁語で成立しています。光源氏の揶揄の過ぎる歌を以て、末摘花は、舞台から退場します。