実は今年の2月末に goo のシステムが変更され、
マウスオン や マウスクリック や マーキー などのタグが
gooブログでは使えなくなってしまいました。
もっともっとgooブログで パソコン遊びをしたかったのに・・と残念です。
とうとう・・ブログを引っ越しする事にしました。
[ 引っ越し先 ] 左の文字をクリックしてください。
[あした天気になぁれ!!]のアドレス変更をよろしく。
新しい家へも皆さまどうぞお立ち寄りくださいませ。お待ちしています。
写真を版画風に加工する方法を勉強しました。
鶏の写真を加工すると、版画風になって驚きです。
12月なので来年の干支にちなんで、龍の絵を版画にしてみました。
GIMPを使って額縁を作る方法を習いました。
写真にテキストを書き模様のように並べました。
木製?の額縁を作りました。
マット入り額縁です。
身体の動くうちに一度歩いてみたいと話合っていた
憧れの立山・黒部アルペンルートへも初めてゆきました。
あまり丈夫ではない旅人の体調を気にしながらの旅行でしたが、
晴れた青空が全てをいい思い出に変えてくれました。
(画面中央の三角をクリックしてください)
480X360
以前からのの希望だった 岐阜県白川郷萩町の 合掌集落へ行きました。
ここは平成7年12月にユネスコの世界遺産に登録された貴重なものだそうです。
白川郷全体を見渡す小高い丘の上から
国指定重要文化財の和田家
和田家の2階には昔使っていた色々な用具が展示されていました。
合掌作りの小屋 | 昼食をしたレストランも合掌作り |
合掌作りの家々
昔話に出てくるような のんびりした不思議な眺めの世界でした。
前日高山泊だったので、ホテルを朝早めに出かけて、高山の朝市へゆきました。
飛騨高山の街並みは古い懐かしい(日本のふるさと)のおもかげ。
観光バスがたくさん来ていて、早かった私達のバスは駐車場に入れたけど
8時以後のバスは全部断られていました。
城下町の商人町として発達した上町、下町の三筋の町並みを合わせて「古い町並」と呼ぶそうです。
出格子の連なる軒下には用水が流れ、
造り酒屋には看板ともいわれる杉の葉を玉にした「酒ばやし」が下がり
町家の大戸や、老舗ののれんが連なっていました。
町のシンボル 朱塗りの「中の橋」
旧高山町役場 | 門を入った処 |
古い町並み(重要伝統的建造物保存地区)
ずっと奥にある医院玄関 | 軒の上の神棚?実は消火器とか |
美術館
美術館の説明 | 昔ながらの駄菓子屋 |
体力はないけど「以前雨に降られた上高地へ是非もう一度・・」と願っていた時、
福岡からの添乗員同行のJTBツアーを聞いて参加を決めました。
朝、福岡空港を10時過ぎに出発したら、機内でジュースなど飲んでいるうち
1時間半後はまつもと空港着、信州の人。
上高地は思ったより空港から近く、人出は多く、お天気は晴れ。
まつもと空港 | 一度泊ってみたい上高地帝国ホテル |
車窓遠くに秋の穂高の山並みが
暫くすると今度は遠くに河童橋が見えました。都会では見られない空の青さ。
赤い実 | 木立と小さな橋 |
底まで透き通った清らかな梓川の流れ 穂高連山をま近に感じます。
木立の中のテーブル | 河童橋の入口 |
河童橋と奥穂高、この風景こそ私の上高地
五千尺ホテルでコーヒータイム | バスから見えた上高地の夕暮れ |
コラージュとは絵画の技法の1つ、「糊付け」を意味する言葉で
ばらばらの素材を組み合わせることで、造形作品を構成する技法とか。
5枚の花の写真を組み合わせてコラージュを作りました。
<< MY作品 百道浜花火大会を夢見て >>
8月もおわりに近づいたころ、「うちわ」を作りを習い
私は うちわ=夏=花火 ということで花火を選びました。
実は今住んでいるマンションに引っ越す頃まで
百道浜では毎年大規模な花火大会が行われていました。
「福日百道納涼花火大会」という名前だったと思います。
友人達は私に「花火大会の日は是非呼んでね」と言い、
私は「一緒に見ようね。ビールでも用意して」と返事してその日を待っていました。
ところがその年から百道浜の花火は廃止されてしまったのです。
「百道浜花火大会の夢」をわたしは「百道浜の夢」と「うちわ」に書き込みました。
若かったころ父が 「会社へ若い画学生が絵を売りに来よった。
苦学生みたいだし、安かったしパリで勉強するためというから一枚買うた。」
と安物の灰色の額に入ったペラペラの感じの水彩画を持ち帰ってきました。
絵の善し悪しは判らなかったけどその頃の絵にしては色数少なくおしゃれな感じがしたのは覚えています。
「パリ」という言葉に惹かれ、私はその絵をもらって部屋の隅にかけていました。
なんとなく私好みの絵・・という印象で何十年も毎日眺めていたその絵には
nomiyama 1953 というサインだけ。
ところが1カ月ほど前にテレビが「久留米の石橋美術館でノミヤマ・・展」と宣伝して
もしや・・と見にいったら、立派な大きな油絵がたくさん展示されていました。
その人は今93歳で今回が多分最後の展覧会になるだろうとのこと。
出征した頃の暗い色合い、戦後の殺伐とした画像、
だんだんグレーを基調に黒白そして赤色が加わるようになり
だんだん抽象的な独自の画風に変わって行く・・
なんとなく一人の画家の最初と最後に付き合った感じで
苦悩を秘めた人生の深さを感じた一日でした。
(題名 待ちぼうけ)
(題名 かけがいのない愛)