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こじこじ

こじろうの写真や日々のできごとなど

BABY IN CAR

2016-03-27 | 雑記
うちの親父は車の後ろの窓によく貼ってある
「BABY IN CAR」のステッカーが嫌いらしい。
「だから何?」と思うのだと。

だから何?って言われても
「小さい子供が乗っているから優しい運転をしてね
 追突しないようにね、気を付けてね。」
くらいのもんだろう。
それ以上でも以下でもないだろう。

ただ親父の気持ちもわからんではない。
「BABY IN CAR」貼っておいて
危険な運転する車は頭に来る。
そんなん貼るぐらいだったら
まずお前から率先して安全運転しろこのボンクラって思う。

それにあのステッカーはほとんど意味がない。
過剰に車間詰めてくる車って
車間距離が全くつかめてないか
そもそも煽ってわざと詰めてくる人のどっちかでしょ。
前者はそれが適正な車間距離だと思ってるわけだし
後者は悪意を持ってやってるわけで
どっちにしても阿呆なんだから
あのステッカーを見て悔い改める層がどれほどいるのか疑問だ。

本切羽というディテール

2016-03-06 | 雑記
既製のスーツの場合、袖口のボタンの穴が開いておらず
ボタンがただの飾りになっていることが多い。
ちゃんと穴が開いて袖口が開閉できる仕様を本切羽といって
スーツをオーダーする時は大抵どっちにするか聞かれ
本切羽にするとオプション料として数千円プラスされる。



またいつもの落合先生は

「日本の既製服は、袖口のボタンホールの穴を開けず、
かがりだけで済ませているもの、さらに、ボタンだけをつけた
まがいものも見られる。この類を、クラシックスーツと
呼ぶことは大きな間違いである。」
ー『男の服装術』落合正勝

とここまでおっしゃるので本切羽にしたくなる。
ただ本切羽にしたとしてもボタンを外して袖をまくることなどほとんどなく
せいぜいたまに外してははめてニヤニヤするぐらいである。
男の趣味ってそんなものでただの自己満足の域を出ない。
その腕時計はめて何千メートルの深海潜るんかいっていう
過剰なスペックにこだわったりする。

店側の人たちは、自身がスーツを作るときは本切羽にしないという人もいて
本当にどっちでもいいというかどうでもいいのだろう。
それよりは生地や縫製やサイズ感の方がずっと大事。
オーダースーツの証といっても
最近はユニクロのジャケットですら本切羽だったりするので
あまり境はなくなっているのではないか。

と思って本切羽にしないでオーダーしたことがあったのだが
やっぱりどこかでモヤモヤして
あぁ本切羽にしとけばよかったなと
ことあるごとに気になってしまった。
それ以来、どうでもいいとは思いながらも
必ず本切羽にすることにしている。

ロボット化される仕事

2016-02-11 | 雑記
ライト兄弟の初飛行から、人類が月に到達するまでわずか66年。
その間二度の世界大戦を挟んでいる。
良くも悪くも熱狂の時代だったのだろう。
このペースで行けば今頃木星に到達してても良さそうなものだが
その後50年近く経過しても人類は火星はもちろん
月にもしばらく行けていない。
人類の進歩は停滞しているように思える。

近頃、機械化される仕事の一つとして弁護士業務を挙げる記事を見かける。
どういった業務を想定しているのかわからないが
弁護士業務は交渉ごとがメインで
紛争の相手方を法律や裁判例を使って説得する。
法律も裁判例もないような事案の場合は
何か理屈をこねて交渉する。
裁判はあくまでツールの一つに過ぎず
裁判前の交渉で紛争が解決することも多い。

機械化とは最も遠いところにある仕事な気がする。
ペッパーみたいなのに交渉ごとを
任せられるようになるまで技術的に何段階もの
ブレイクスルーが必要だろう。
今の人類の進歩のペースからするとそこに至るまで
少なく見積もっても100年は要するに違いない。
ペッパー同士が話し合って紛争当事者がWinーWinとなる解を導けるのであれば
その時は弁護士業務どころか会社経営から政治に至るまで
もはやロボットで代替できない業務はなさそう。

ロボットに仕事をとられるというより
そこまで進歩したら仕事しなくていいんじゃないか。
古代ギリシャ人みたいな生活をして文化を大いに発展させればいい。
働かなくても食っていけるシステムをペッパーみたいなのが
構築してくれるだろう。

日本に限って言えば
ロボット化されるより弁護士人口が増えすぎて食えなくなるのが先
なので、ロボットに仕事を奪われてやばいかもという不安は
二重の意味で全く感じていない。

2分の1は言ってほしい

2016-01-30 | 雑記
赤ちゃんって見ず知らずの人からも
かわいいかわいい言われる。
通りすがりの女子大生風から
きゃーきゃー言われることもある。

思ったんだけど
遺伝的には俺と半分同じなんだから
俺も赤ちゃんの2分の1くらいは
かわいいかわいい言われてもおかしくない。
言われる権利がある。

なのに何で女子大生からかわいいって言われないのだろう。
考えてみると不思議な話だ。

あのころはマーシーがいた

2015-06-15 | 雑記
表現の自由は一度侵害されると
民主制の過程における回復が困難だと言われる。
経済活動を規制する立法に対しては
言論活動で批判して是正することが可能かもしれない。
しかし言論活動を規制する立法ができてしまうと
そもそも言論が自由にできないわけだから批判による是正が難しい。
だから表現の自由の規制は慎重でなければならない。

テレビが制約だらけで面白くなくなったと言われて久しい。
それが最も端的に表れているのがバカ殿だろう。
今のバカ殿は家族で安心して見られる。
そんなのはバカ殿ではなく名君だ。

昔のバカ殿はおっぱりポロリが当たり前だった。
女体で神経衰弱をして、うつ伏せの女性を裏返すと
おっぱい丸出しなんてことがあった。
後日の新聞の投書欄に
「子供と見ていて場が凍り付いた」という
主婦の苦情が掲載されていたのをよく覚えている。

誰が一番バカ殿かという話だ。
あの時代に子供とバカ殿見たら
そうなることくらい想定できるはずだ。
危機管理が足りない。
おっぱいくらいでシーンとなってしまうこの家族は
生きもの地球紀行でも見ておくべきだったのだ。

敢えて言おう。
表現の自由の中で
エロい表現こそが、最も傷付きやすく、
最も民主制の過程における回復が困難である。

性道徳が乱れるので裸はよくないと言われたら
それに対して反対意見を唱えることは難しい。
「もっとテレビでおっぱいが出てもいいと思いますぅ。」
なんて、いい大人は絶対に言えない。
一度規制されるともう元には戻らないのだ。

だいたい性道徳なんてものは時代時代で変わっていくものだから
お下劣だなんだとその時代の感覚で安易に規制してはいけないのだ。
森鴎外のヰタ・セクスアリスは当時発禁処分になったが
今読んでみれば全然問題ない内容だし
春画なんて大英博物館で展覧会をするほどだ。
おっぱいポロリぐらいでやんや言うやつは
何百年後は芸術として評価されているかもしれない表現を
むざむざ潰しているわけ。

まずはバカ殿から、
そして少しずつ世の中を、
変えていかないか同志たちよ。

太陽のしっぽ

2015-04-02 | 雑記
プレステの歴史に燦然と輝くク○ゲー、
「太陽のしっぽ」
このゲームのク○たる所以を挙げたらキリがない。

プレイヤーは3人の原始人のうち1人を選択し、
その原始人を操作してそのへんに散在する
木の実(のようなもの)を食べ、
ときには辺りを闊歩している動物を
タコ殴りにしてその肉を自分で食べ、
あるいは集落に持ち帰る。
基本的にはそれだけのゲーム。

フィールドは異常に広い。
ここだけはさすがにプレステだと思った。
すべて散策するのは無理だろう。
まともな人ならその前に飽きる。

だだっ広いフィールド上には
ストーンヘンジのような謎の巨石群があったり、
人の手、足、鼻などの形をした岩が置いてあったりと
いろいろ不思議であるが
それらの謎は謎のまま放置され一切解決されない。

ゲームの最終目標は、
この世界最強の動物であるマンモスをたくさん倒し、
その牙を高く積み重ねて塔を作り、
「太陽のしっぽをつかむ」こと。
このへんもちょっと何言ってんのかわからないのだが
説明は一切ない。

一日のサイクルは短く、数分おきに
昼と夜が繰り返される。
原始人もだいたいそれにあわせて寝る。
歩いてても、
走ってても、
マンモスと対峙して
一瞬の気の緩みが命取りとなる場面でも、
眠くなったらいきなり寝る。
いったん寝ると起こす手段がないので
そのまま数分間、
死んだ魚のような目をしてテレビの画面を
見つめるしかない。
低空飛行している鳥が
ぶつかってきてダメージを受けるのはまだいい。
海辺の近くの坂になっているような場所で
寝てしまうと最悪である。
寝たままずるずると海に入っていき、溺死する。

原始人の寿命が尽きたり、
動物との闘いの際に死んでしまったり、
海や湖沼の中に長居しすぎて溺死してしまったら
次の原始人を選択してまた同じことの繰り返し。
獲物を持ち帰れば集落の人口が自然に増えていくので
普通にプレーしていればゲームオーバーはまずない。
が、このゲームをクリアするのは難しい。
なぜなら飽きずに最後までプレーするのが難しいから。

俺は、クリアした。
ク○ゲーといいつつ、結構ハマったのである。
このゲームは一周まわって逆に面白いという
境地にまで達している稀有な存在だと思う。

ハンマーを投げた後の雄叫び

2015-03-23 | 雑記
雄叫びをあげると普段以上の力が出せるという。
大昔「所さんの目がテン」で検証していたことがある。
黙ってやるより声を出したほうが握力測定でいい結果が出ていた。

しかしよくわからないのはハンマー投げである。
あれはハンマーが手を離れた後
宙を飛ぶハンマーに向かって絶叫している。

手を離れた後にいくら絶叫しても
念力などの類でもない限り
ハンマーの飛距離に影響を及ぼすことはできないはず。

ではあの雄叫びは何なのだろう。
彼らは無駄なことをしているのだろうか。
あれだけ絶叫しておいて徒労というのはあんまりだ。

NHKの受信料

2015-03-06 | 雑記
NHKの受信料については調べれば調べるほど
最後はよくわからんなぁという所に落ち着く。

まず放送法の規定がちょっと変である。

放送法64条
1 協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は,
 協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。(以下略)
2 協会は,あらかじめ,総務大臣の認可を受けた基準に
 よるのでなければ,前項本文の規定により契約を締結した者から
 徴収する受信料を免除してはならない。

肝心なのは、放送法64条1項が規定しているのは
受信契約締結義務であって受信料支払義務ではない。
2項は受信料免除の規定であって支払の規定ではない。

受信料の免除規定があるということは、
その前提として、受信料の支払義務があることが
想定されているのだろうが、少なくとも、
正面から支払義務を定めた規定は放送法にない。

ではどこで支払義務を定めているのかというと
日本放送協会放送受信規約というもので定めている。

受信規約5条
1 放送受信契約者は,(中略)次の表に掲げる額の放送受信料
(消費税および地方消費税を含む。)を支払わなければならない。(以下略)

ここで肝心なのは
受信規約は法律でもなんでもない、という点である。
受信規約は約款と呼ばれるもので
約款とは、多数の契約を画一的に処理するために
契約の一方当事者が作成した契約条項をいう。

不動産でも保険でもなんでもいいが
契約をするときに細かい字でびっしり書かれていて
なんか不利なこと書いてあったら嫌だなと
思いながらも、それ以上に読むのが嫌なので
結局読まないあれが約款である。

受信料の支払義務であるとか
重要なことはだいたいこの約款である受信規約で決められている。
しかし、受信規約は全部で15条しかなくて
これだけだとはっきりしないことも多い。

例えば契約者が死亡したら受信料はどうなるのだろうか。
受信規約9条をみると、
1 放送受信契約者が受信機を廃止すること等により,
 放送受信契約を要しないこととなったときは,直ちに,
 次の事項を放送局に届け出なければならない。(以下略)
2 NHKにおいて前項各号に掲げる事項に該当する事実を
 確認できたときは,放送受信契約は,
 前項の届け出があった日に解約されたものとする。(以下略)

逆に届出があるまでは、受信契約は解約されず、
死亡後も届出があるまで受信料の支払義務が生じるとして
NHKから遺族に受信料の請求がされることがあるようなのだが、
規約9条はそこまで想定した条項なのだろうか。

届出という作為を要求していることからみて
これは契約者が生存していることが前提の条項ではないか。

同じ受信規約にはこうも定めている。

第2条 放送受信契約は、世帯ごとに行なうものとする。(以下略)

独居老人が死亡したような場合
世帯そのものがなくなってしまうわけだから
その時点で届け出を待たずとも契約が当然に終了する
とみる余地はあるように思う。

契約者死亡後も届出があるまで
受信料が積み重なっていって
それをどこか別の所に住んでる親族が
ある日いきなり請求されるというのは
どうも妥当性を欠いているように思うので
個人的には請求を受けた親族は突っぱねていいと考えている。

じゃあ裁判起こされたらどうすんのよ、という問題だが
インターネットレベルでは
死亡した契約者の受信料を請求されたという話は多いのに
裁判例を調べた限りではそういう事案は見当たらなかった。
NHKとしても、この場合に一応親族に請求はしてみても
断られたら裁判起こしてまで請求していないのではないか。
断言はできないが。

世襲議員の悲哀

2015-02-01 | 雑記
昨日知人に招待してもらった食事会で
世襲議員が槍玉にあげられていた。

あえて足並みを乱すこともないと思って黙っていたのだが、
世襲議員ってマスコミに叩かれるほど悪いものだろうか。

「うちは代々漁師をやっていて
 自分も小さいころから
 船に乗る親父やじいちゃんたちの背中を見て育ちました。
 いつしか自分も海の男になりたいと思うようになりました。
 今では親父と一緒に船に乗っています。」

おー、偉いじゃないか。

「うちはコメ農家だったので
 高校も農業高校に進学しました。
 卒業後はもちろん農家を継ごうと思います。」

素晴らしい!

で、なんで政治家はダメなの?
小さいころから親の背中を見てる子供は
そこから学ぶものもいろいろあるかもしれない。
他の職業はだいたい褒められるのに
政治家に限って世襲というだけで一括りに毛嫌いされるのは
フェアじゃないように思う。

それにいくらマスコミが批判したところで
世襲議員を選んでいるのは国民だからね。

イケメンセンサー

2015-01-31 | 雑記
奇しくも画数について書いた後に、
画数の大切さを力説する人に出くわした。

「画数は本当に大事ですよ。
 あの事件の被害者全員画数悪いですからね。」

おいおい。
ここまで来ると画数教だな。

この前の夜、うちの近所を歩いていたら
いきなりパッと民家の玄関の灯りがついたんだよね。
数日後の夜、同じ場所を通ったら
やっぱり自動で灯りがつくんだよ。
別の日も、また別の日も、
俺が通ると灯りがつく。

そこで気付いた。
あぁこれはイケメンに反応するセンサーなんだなって。

この話はおかしい。
①そもそも俺がイケメンなのかという点と
②仮にイケメンだとしても、その灯りは
 イケメンかどうかに関わらずつくものじゃないのかという点
この2点がおかしい。

ここで言いたかったのは
①そもそもその被害者たちの画数が客観的一義的に
「悪い画数」だと言えるのかということ。
姓名判断にもいろいろな流派があり
数え方が流派によって違う。
そんな調子だから
どの流派をとるかによって
同じ名前なのに運勢が良かったり悪かったりしてくる。

俺のことをイケメンだと言う人もいれば
イケメンじゃないと言う人もいる。
それと同じだ。
まぁイケメンだと言う人の方が遥かに多いが
え?もういいって?

続けよう。
②仮に一義的にその事件の被害者たちの画数が悪いといえるとしよう。
でも一つの事件だけに絞るのではなくて
同じような事件を等しく調べていけば
実際には悪い画数の人と同じくらい、
いい画数の被害者もいて
おそらく有意な差は認められないだろう。

民家の前を通る人間が
イケメンであってもなくても
灯りがつくのと同じだ。

イケメンセンサーの話は瞬間的に
おかしいと判断できるのに
どうして画数になると信じちゃう人がいるんだろう。