瞬刊★差楽部

ジャンルに特筆しない雑記です( ´,_ゝ`)

ジャンプ

2007-03-01 17:25:33 | 

運命というものを信じてはいないので、人生は偶然の積み重ねだと思っている。とはいえ、偶然が偶然を呼んで物事が進むも、結果的に偶然が偶然ではなく必然だったということを知るような事があるのも確かだ。

何気なく立ち寄ったコンビニエンス・ストアで、フリー・ペーパーを手に取った。表紙の鍋の写真が気になったからだ。
家で開いてみると、そのフリー・ペーパーは最終号、つまり廃刊決定の消える前の蝋燭だった。テレビ番組欄が載っていたものの、既に数週間程過去のものとなって用を成さない代物だったりと、件のコンビニエンス・ストアの従業員の怠慢が招いた偶然により、自分の目に留まったわけだ。
そうやって深夜に頁をめくっていると、おすすめの恋愛小説の特集が眼に留まった。普段だったら、飛ばしてしまうところだったが、洒落た表紙の本がそうはさせてくれなかった。

“読後の感想が男性と女性でまるっきり違う”というようなことが書いてあった。どんな小説だってそうなのじゃないか?と思いつつもなんとなく頭に入ってしまっていた。

『つきあって半年になるガールフレンドが、変な名前のカクテルで泥酔した自分のために、近所のコンビニエンス・ストアにリンゴを買いに出たまま帰らなくなってしまう。主人公は足跡を追ってガールフレンドを探し出そうとする』
小説にしては他愛のないとさえ感じさせるそんな内容だ。数ページめくっただけで、人が死ぬ気配が無いこと、超常現象も起こらないことがみてとれる。
佐藤正午という作家のペンによる『ジャンプ』という作品なのだが、そんな名前を聞くのも初めてだったけれど、結構売れたらしい

 * * *

大学の卒業を半年後に控えた頃、とあるパーティーの後に下心だけに動かされて、一緒にコーヒーを飲みに行ったのが元で付き合いだした彼女との関係が、就職して仙台に配属されてからも自分の意思とは無関係にダラダラと続いていた。地元の千葉の友人と遊びたいという理由が手伝って、月に2度も帰省していた。
金曜日に仕事を終えて、車を飛ばして千葉に帰る。土曜の昼から日曜の昼までを一緒に過ごした後は、友人と会って夜になるとまた車中の人となった。その頃、若くてなかなか綺麗な女性バーテンがカウンターに収まる、なかなかいい店が実家の近くにあったのだが、仙台に住んでいるといっても信じてくれないくらい帰って来ていたわけだ。

月のうち、1度はその子の方が仙台に遊びに来ていたので、頭を整理する暇も無く関係が続いてしまっていた。
その頃は、“ねるとんパーティー”なる懐かしいものが全盛だったので、御他聞に漏れず、会社の先輩や同僚と気がふれたように翌日の仕事のことも考えず、年中夜の国分町に繰り出していた。
そんなパーティーで知り合った、美人で変わった苗字のゼネコンのOLと付き合いが始まったので、なんだったか理由をつけて件の彼女は仙台に来させない様にした。そのOLには柄にもなく本心では夢中になってしまったが、相手がプライドが高い子だったのと自尊心が邪魔をして、どちらかから電話が掛かってくるときだけ一緒に過ごすという、だらしのない関係になってしまった。

会社の扱い商社との飲み会で、2次会のカラオケに向かう途中で逃げ出した時に一緒について来てコーヒーを飲んだのが、そこの商社のOLだった今の嫁さんだ。なあなあに付き合いが始まったものの、一緒にいるときには他から電話が電話が掛かって来るといけないので、電話の線を外していたりしたのが懐かしい。携帯電話はまだ持ってないんだった。
月に二度も帰省するので、薄々は感づいてはいただろうが、東北内の近県に転勤になった後は千葉に帰るのが面倒なので、千葉の方の関係は思い出せないぐらいデタラメに片付けてしまった。

会社を辞めることになった時に、後輩二人が今の嫁さんのことを自分が冷たくあしらって地元に帰ってしまうのではないかと凄く心配していた。でも、とある理由で荷物だけを返して、辞めた後はとある事情から今の嫁さんの部屋に数ヶ月も転がり込まなければならない事態になって、そうこうして1年と少し後には結婚に至った。
結婚式の二次会で、友人が人の携帯電話を珍しがっていじくった挙句、ふざけて嫁さんに見せたのが件のゼネコンのOLの名前。偶然にも知り合いだったので、初日からケチがつく羽目に陥った...。

 * * *

ところで、『ジャンプ』しか読んだことはないのだが、それにおける佐藤正午という作家の文体は村上春樹を連想させる。湿気ったような状況を妙に潔癖且つ酷く乾いた文章で表現されている。エキセントリックな場面が展開しがちな村上春樹とは違って、至極常識の範疇に収まっているので、読者は情景を連想しやすいという点で大きく異なってはいるが。

男性と女性の感想が著しく異なるという情報があらかじめインプットされてしまっていた作品だったが、確かに男女間で意見の相違をみるだろうし、それどころか、読者の性格が大きく感想を左右する作品だ。偶然が偶然を呼んだのではなく、必然の合間に偶然が潜んでいたという結末を迎える。必然が偶然の部分を覆い隠してリアリティーを生んだ結果、弛緩した文体にも関わらず、えも言えぬ緊張感を与えている。

何故、リンゴを買いに行ったまま帰らないのか?感想として、執着心が弱く自尊心が強いという性格的がなせるのだろうか、主人公に自分を重ねて読み進めることは敵わなかったが、終始面白く読むことが出来た。
恋愛小説か?と問われると、そうではないと思えるし、では傑作か?と聞かると、そうとも言い切れない。マンションの隣の住人に起こりうるようで、起こりえないような妙にファンタジックな現代小説の佳作である。男女で感想が異なるだろうが、しかし男女どちらからもつまらないという声が聞こえてこないだろう作品といえる。

して自分はというと、男女二人の子供に恵まれて、平凡ながら幸せな家庭に収まって現在に至る。夫婦仲はいい方ではないが、子供達が着かず離れずの緩衝材の役目を果たしてくれている。

もし変な名前のカクテルで酔わなかったら?もし彼女がリンゴを買いに行かなかったら?と考えてリンゴを齧る主人公ではないが、もし学生時代のパーティーで下心なんか出してコーヒーを飲みに行かないでいたら?その後の変わった苗字のゼネコンのOLとの仲が希薄なものではなく、真剣な交際になっていただろうか?もしコーヒーを飲まないで、二次会のカラオケに行っていたら?そのまま変わった苗字のゼネコンのOLと結婚していたのだろうか?などと、自分に置き換えて下らない妄想をしつつコーヒーを啜る。

『ジャンプ』は読者に自分の恋愛のターニング・ポイントを振り返らせてしまうという点で、恋愛小説として括ることが出来る。
表紙が気に入った程度の理由でいいから購入をお勧めする。


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ジャンプ (光文社文庫), 佐藤 正午著

税込価格 : 620 (本体 : 590)
出版 : 光文社, サイズ : 文庫 / 360p, ISBN : 4-334-73386-7
発行年月 : 2002.10

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
持ってる! (馬之好)
2007-03-01 21:01:13
この本持ってます。
でも、持ってるけど読んでない本の1冊です。
この著者の作品では2冊目なんだけど…1冊目は何だっけなぁ…。

たしかに文章が上手で、面白いから2冊目を買ったんだけど…。
確認してきた『取り扱い注意』って本だったわ。

そのうち読んでみようっと。

この作品映画になったよね。面白そうだから買ったのに、映画になって話題になっちゃうと急に興醒めしちゃうのってあたしだけ?
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ああ、勘違い (しゅにん)
2007-03-01 23:41:28
 表題を見て、ヴァンヘイレンの曲かと思った(汗)。刑事ヨッチさんの彼女とっかえひっかえ状態がよく分かる日記でした(笑)。

 冗談はともかく、日常と非日常の間みたいなお話、結構いっぱい世の中には転がってるんでしょうね。ただ、われわれは大部分を日常の中で生きてますので、ニュースになりそうな事柄とかとは無縁だと思っちゃうのかもね。

 そういや、筒井康隆の短編にこんなのがありました。

「実はこの世の中、吸血鬼だらけなんですよ。っていうかアナタのほかはみんな吸血鬼です。でも、アナタだけは襲われないでしょ?ご安心くださいよ。アナタは『残り最後の一個』のお菓子みたいなものです。みんな遠慮して手を出さないだけなんです・・・」

 意外と我々の毎日なんて、そこが崖っぷちだなんて知らずに駆け抜けてるのかもしれないですね。
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レス (dekayocchi)
2007-03-02 00:55:56
Mr.馬之好

>この作品映画になったよね。面白そうだから買ったのに、映画になって話題になっちゃうと急に興醒めしちゃうのってあたしだけ?

映画になってるんですか!
そんなことすら知らなかったw
如何に普段から偏った本の読み方、いやなんに関しても偏って趣向しているかがバレちゃうなぁ...。


Mr.しゅにん

>冗談はともかく、日常と非日常の間みたいなお話、結構いっぱい世の中には転がってるんでしょうね。ただ、われわれは大部分を日常の中で生きてますので、ニュースになりそうな事柄とかとは無縁だと思っちゃうのかもね。

ほんとそうですね!
考えてみると、フランス映画とかってそういう他愛も無い日常を上手く描くのが上手ですよね。
日本とアメリカのその手の映画は、まったくもって腐ればかりですが。

でも、『時代屋の女房』はその手の映画でも大好きな映画です。
いや、あれはちょっとエキセントリックか...?

ちなみに嫁に携帯電話に入った変わった苗字のOLので名前を見せたのはお二方が御存知のあいつです!!!
でも、あいつ、僕の結婚式の前ですが、僕が放ったらかしにしてたもんだから、千葉の方の元彼女に誘われて、もう一人の友達と酒を呑みに行って、家まで送っていくときに検問に引っかかって酒気帯びで捕まってました。
相当な下げマ○だったようですw
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