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2010年1月帰国、イエメン、青少年活動隊員より

社会学特論レポート:「移動と移民についての課題」

2013-03-31 | Weblog
吉備国際大学大学院 通信制 連合国際協力研究科 修士課程
「社会学特論」第3回レポート(2010年)

レポート課題:移動と移民についての課題
移動と移民に関する問題群について教科書(3)※のなかから受講生各自の関心事項を一つ選び、グローバリゼーションについての議論と関連付けて論じなさい。必要に応じて、教科書(1)(2)で示されている諸見解とも照合し、結論部分では、自分の見解を根拠付けて述べること。(レポートの長さ:要約を含め3500字以上)

※教科書(3):伊豫谷登士翁編『移動から場所を問う-現代移民研究の課題』有信堂高文社、2007

レポート本文
1. ビジネス界の人の移動
 今回のレポートでは、「移動と移民についての課題」について、テキスト序章『方法としての移民』を参考にしながら、ビジネス界での労働力の視点から考えてみた。

 ビジネス界では、昨今、グローバルな人材は、国内とほぼかわらない感覚で海外へ赴任するし、日本へも赴任してくる。「商品や資本の自由化は極端なまでに進みながら、人の移動への規制は強化され続けるのである(注1)」、「人は、国境を越えたからといって、容易には出自=ナショナリティを脱することはできない(注2)」は、ビジネス界のグローバル人材たちにはそれほど適用されない(注3)。ビジネス界では、グローバル人材の出自は、生産要素の出自と同じように「脱色され(注4)」、企業や企業グループに利益を生める人材なら、出自はどこでもかまわない。

 この現象は、過去、労働力の必要なところへ、労働力の供給のために人が移民という形で移動してきた今までの移民と逆のようでもある。今は、労働力のある場所へグローバル人材が移動していく。そのほうが効率がよい。移民したエスニック集団の飛び地現象をエスニック・エングレイブというなら、これはビジネス界のマネジメント・エングレイブと呼べるだろう。

 グローバル人材として出自を脱色された人材は、もはや人ではなく、能力を持った生産資材、もしくは資本と化す。ビジネス界のグローバル人材は、そのビジネス能力だけが問われる。それは報酬という名で経済価値に換算され、その人材の出自は生産要素と同じように不問となる。世界中のどの都会に行っても同じような「『コスモポリタン』で『フレキシブル』(取替え可能)なビル街が広がる(注5)」ように、世界中のどのビジネスエリアに行っても同じようなグローバル人材がマネージメントする現象が見られるようになる。これはグローバリゼーションのひとつの現象かもしれない。
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<脚注>
1.テキスト(3):伊豫谷登士翁編、『移動から場所を問う-現代移民研究の課題』、p. 12
2.前掲、p. 12
ちなみに、「モノやカネの出自が問われることはない(注 )」についても、私がボランティアとして滞在していた中東のアラブの最貧国と言われるイエメンという国でさえ、中国製は買いたくない、日本製品は高いが品質がいい、といったコメントが日常きかれた(注3)ので、こちらも完全には支持できない。
4.前掲、p. 12
5.テキスト(2):梶田孝道編、『新・国際社会学』、名古屋大学出版会、[2005]2008、第7章「グローバル化の諸力と都市空間の再編-グローバル都市・東京の「下町」から-」p. 137

2. その他人材の周辺化
 このような、かつて商社や一部製造業に限られていたグローバル人材が、日本の一般企業の中でも急速に増え、国境を超え、出自を問われず移動するようになった。そして、このような移動ができない非グローバル人材との間で差が出始めている。たとえば、私の勤務する*******社では、現在人事制度の見直し中で、社員全員海外転勤を含めた全国転勤あり、の雇用条件への転換を検討中である。だが、実際には、海外へ派遣できる社員とできない社員がいる。さまざまな理由があるが、簡単なところでは語学力の問題も含まれる。マネージャークラスを派遣するのに通訳はつけられない。もともと、海外でマネージャーをするなどという選択肢が人生設計の中にまったく入っていなかった社員も多い。が辞令が出れば受けるしかない。もしくは1年に一度、勤務内容の希望を出す際に、海外不可、と強く希望を打ち出すことは制度上可能だが、海外拡大を目指す企業において、海外不可の希望を強く打ち出すことがどのような結果を生むか想像に難くない。これを社員の周辺化というのではないだろうか。

 「『地方性から自由に逃走できる人は、その結果からも自由に逃げ出せる。これこそが、勝利した空間戦争のもっとも重要な成果である』(注6)」。グローバル人材は、この空間戦争の勝利者であり、それ以外の人はここから疎外されるということになるのだろう。(注7)しかし、その勝利のために、「『自らの人生を自らが描く』状況は、グローバル人材にも多くの負担をもたらす(注8)」。
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<脚注>
6.テキスト(3):伊豫谷登士翁編、『移動から場所を問う-現代移民研究の課題』、p. 14、バウマンの言葉の引用
7.個人的に、自分の勤務する企業でのこのような周辺化は避けたい。グローバルであろうがなかろうが、本人の自由意志、希望で選択した勤務内容が、会社の利益に貢献する限り、対等、同等の社員である人事体系にしておきたい。理想論でしかないのだろうか。
8. テキスト(1):梶田孝道編、『新・国際社会学』、第2章「エスニシティの社会学」、p. 35、ここで筆者(樋口直人氏)は、「個人化に耐えうる資源を持つ『旅行者』」と表現している。

3. 国籍、出自の意味
 「移動する人々は、なぜアイデンティティを問い続けられるのか(注9)」。これまでの移動する人々や移民は、そのアイデンティティを、自分の起源や文化のよりどころ、貢献するべき集団、所属はどこか、といった自らの立ち位置として模索していた。が、グローバル人材がその国籍や出自、アイデンティティに求めるものは若干異なる。それは、現実的な保護や安全保障である。「近代国民国家は、移動の自由を掲げながらも、人々を国民として掌握しようと試みてきた(注10)」。移動も移民も、定住を常態とし、いずれは定住すべきものと解されていたが、今のグローバル人材は、未来の定住を問題にしない。(注11)それでも、「固定的に考えてきた場所(注12)」が問い直され、「安定した場所が消失」(注12)し、それが常態となった状況の中で、グローバル人材は、自身の安全をパスポートが保障してくれていることを知っている。「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する(注13)」。また、たとえば日本という国への信頼が自身の安全保障につながることもある(注14)。こういった場合は、自身の安全保障につながっている日本という国への信頼が継続されるような国であることを望む。これについては、「空間をつくりあげてきた側」「場をつくりあげるコストを負担してきた」一員として、要望する権利はあるだろう。(注15)
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<脚注>
9.テキスト(3):伊豫谷登士翁編、『移動から場所を問う-現代移民研究の課題』、p. 8
10.前掲、p. 6
11.自身の出身国に最終的に落ち着きたい、というような要望を持っていない、という意味ではなく、あくまでビジネスマンとしての就業期間は定住の意志がない、という意味。
12.前掲、p. 3
13.日本国旅券表記より
14.逆に、反日感情のある国や地域では、それが危険を招くこともある。
15.ただ、今現在、その場にいてそれをつくりあげるコスト負担をしていないため、要望することはできても要請する権利はないかもしれない。

4. 日本の周辺化
 以上のように、ビジネス界ではグローバリゼーションの影響により、グローバル人材とそれ以外の人材が区別され、グローバルに動けない人材は周辺化される現象が起こりはじめている。「ローカルな場に固定される人々、空間を移動できない人々は、社会的な損失と降格を受け入れざるを得ない(注16)」。労働者集団のいる国へ、地域へ、場所へ、グローバル人材が移動する。その際、日本は人件費が高く、教育水準も高く、効率のよい取替え可能な、つまりさほど専門性を要求されない労働者が集団でいる国、場所ではないため、日本自体がこの流れの中で周辺化されていく可能性がある。日本企業がタイやベトナムに工場拠点を移しマネージャークラスの社員を派遣していることから見ても、グローバリゼーションにおける日本の周辺化はすでに始まっていることが伺える。

 日本は、築き上げてきた社会や技術力を消費されて終わってしまうのだろうか。人の見ていないところでも手を抜かないことを美徳とする道徳観が築き上げた優秀な製品が長い歳月をかけて築き上げた国際的な日本ブランドに対する社会信用、コツコツ築き上げた技術力が外国資本に技術者ごと買われてしまう。かつて金と銀との交換比率が海外で3:1の折、5:1で交換していた日本から大量の銀が海外へ流出したように、グローバルな荒波の中で、合理的な利己主義、自己利益の最大化を目指す価値観に日本も日本人も慣れていない。ぽかんとしている内今までそれを築き上げるコストをまったく負担してこなかったグローバル資本、グローバル人材にどんどん消費されてしまう。この結果、日本や、グローバル人材になり損ねた大多数の日本人は貧富の二極分化で貧のほうへ大量に押しやられることにならないか懸念される。日産のカルロス・ゴーン氏の年俸9億円近い報酬、ソニーのストリンガー氏の8億円強、これは世界的な合理性から見たら妥当(あるいは若干少ないと言われるかもしれない)だが、日本の企業文化からしたら法外だ。個人の利益の最大化の先にあるもの、庶民の生涯賃金よりもはるかに高額、使い切れないお金を報酬として受け取ることの先にあるものは何だろう。

 グローバル人材とそうでない人材の区別があってもよいが、それが格差や不平等、差別につながる貧富の二極化のような現象につながることは避けたい。グローバル人材の道を選んでも選ばなくても、結果が経済格差ではなく、海外に行くか行かないかの違いぐらいの範囲で、個人が本当にその志向でどちらの道かを選択できる程度にしておきたいところだ。

 「近代は移民の時代である、といわれる。共同体から個人を解放し、移動の自由を掲げてきたのは、近代という時代であった。近代の市民革命や産業革命は、共同体的な束縛から個人を解放した、といわれてきた(注17)」。その結果、「これまで接することのなかった人々との接触を引き起こすとともに、『われわれ』や『故郷』という共通した意識を生み出した(注18)」。移動の自由、国の保護、選んだ国で選んだ人生を送る権利と可能性を手に入れたと思ったら、次には、定住化することにより、グローバル人材と定住しかできない人材と選別されるリスクが待っていた、というような皮肉な結末が起きはじめている。世界中でマネージメントに飛び回り驚くような報酬を手に入れるグローバル人材市場の国際競争はとうにはじまっているが、日本は、このような結末への進行にまきこまれないよう、グローバル人材でない人材を非専門的な単純労働力化するのではなく、高い教育水準を持ち、勤勉、志、道徳といった日本独特の文化を背景とした誠実に仕事をする人材として「人財」化することが必要である。これらの「人財」によって技術開発やその活用、商品化レベルで国際競争力を持ち続け、世界をリードする国のひとつであり続ける、そしてその道徳観を持った公平、公正な商売で世界からの信用を保ち続ける。この価値観に賛同する世界中の人には広く門戸を開き、日本で、この信用を築き上げるコストを負担する人はこの成果を享受できる状態にする。

 日本のビジネス界に身を置く者ができることとして、ビジネス界の動向を見ながら、この実現に向けて適切な声を上げていきたい。 <約3,700字>
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<脚注>
16.テキスト(3):伊豫谷登士翁編、『移動から場所を問う-現代移民研究の課題』、p.13、ただし、このテキストの中では、この引用部分は、グローバル人材以外の人々のことだけを表すのではなく、場の移動はできても空間的に移動できない人々(能力的な問題)のことを含む。日本の場合は教育水準も高いため、途上国等と比較して空間的に移動できない人々より、場の移動ができない人々のほうが多いと考えられる。
17.前掲、p.5
18.同

【参考資料】
・ アサヒビール㈱ホームページ、『長期ビジョン2015 & 中期経営計画2012』http://www.asahibeer.co.jp/ir/event/pdf/presentation/2009_plan.pdf、2010年11月14日取得
・ 同、『アサヒビールグループ 長期ビジョン2015』http://www.asahibeer.co.jp/ir/managementplan/#chapter1、2010年11月14日取得
・ ブルームバーグ・ニュース、2010.7.1記事「日本企業は外国人役員が高給取り-ゴーン首位でストリンガー続く」、http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=newsarchive&sid=azLDr5iBvTKc、2010年11月14日取得

【参考文献】
・ テキスト(1):梶田孝道編、『新・国際社会学』、名古屋大学出版会、[2005年]2008年
・ テキスト(2):佐藤寛『開発援助の社会学』、世界思想社、[2005年]2009年
・ テキスト(3):伊豫谷登士翁編、『移動から場所を問う-現代移民研究の課題』、有信堂高文社、2007年
・ 『国際協力用語集 第三版』、国際開発ジャーナル社, [1987年]2005年 以上
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社会学特論レポート:国際協力におけるアクター間の相互作用

2013-03-31 | Weblog
吉備国際大学大学院 通信制 連合国際協力研究科 修士課程
「社会学特論」第2回レポートより(2010年)

レポート課題:国際協力におけるアクター間の相互作用
①教科書(2)の第1部(開発援助を社会学的に見る)を要約し(約1,000字程度)、②国際協力の問題群から受講生各自の関心に応じて研究課題(テーマ)を設定し、その課題に密接に関連すると考えられるアクター(活動主体)を複数指摘し、アクター間の相互作用について論じること。(レポートの長さ:要約を含め3000字以上)

レポート本文
① <略>
② 国際協力におけるアクター間の相互作用
  -イエメン日本友好協会でのJOCV(青年海外協力隊隊員)活動を事例として
 
 国際協力におけるアクター間の相互作用について、イエメン日本友好協会での筆者のJOCV(Japan Overseas Cooperation Volunteers,青年海外協力隊)の活動経験をもとに考えてみた。当活動そのものは、当初からアクター間の相互作用を意図して活動が組まれたわけではないが、事後にふりかえれば相互作用の枠組みからの理論付けが可能である。事例としては小規模ではあるが、JICAへのJOCV青少年活動分野への類似の活動要請はコンスタントにあり、他の要請に展開できる考え方や内容も含まれると考えられる。

1.協力の要請内容とアクター
 イエメン日本友好協会の要請の内容は日本語ネイティブの日本語教師による日本語教室の講座講師、運営と、できれば日本文化の紹介もしてほしい、というきわめてシンプルなものだった。イエメンには、欧州各国からも援助が入っていたが、日本語、日本文化という要請の内容から、要請先の国は日本以外には考えられなかった。アクターは、配属されるJOCVと、現地のカウンターパートたちであった。

<補足資料>
要請概要
• 要請先:青年海外協力隊、青少年活動
• 団体名:イエメン日本友好協会(イエメン人実業家が一人で出資している慈善団体。)
• プログラム名:ノンフォーマル教育の充実
• 要請内容:日本語教室の運営、授業(初級レベル)。日本文化を紹介」する各種イベント、教室。日本を紹介し、相互の友好を深められるよう活動を行う。
• 沿革:1990年ごろ設立された協会。2002年に日本大使館より日本語教室を継承。2005年より青年海外協力隊員派遣。

要請時アクター
・ カウンターパート
  ダイレクター 男性60歳代2名
  事務職員 男性、女性20歳代各1名
  日本語講師 イエメン人男性1名、日本人女性1名
・ 指導対象者:10歳代から社会人までのイエメン人、初心者中心。詳細後述。

 活動開始時(2008年2月)、アクターたちにはつながりはあまり見られなかった。日本語教師は担当のクラスの学生に日本語を教え、協会職員は学生の登録をしていた。学生は日本語教室やクラブ活動に来て、仲間と会って雑談をして帰っていった。各人各様に点で動いていたが、誰もが日本がなんとなく好き、協会もなんとなく好き、といった仲良し集団的な、ゆるやかな一体感があった。職員も学生も、時間は守らないものの一応協会に顔は出し、日本人の来訪者があると、学生たちは素直な好奇心とイエメン的ホスピタリティで話しかけ、来訪者たちは非常に心地よい時間をすごしていった。アクター間の相互作用と言えるほどではなかったが、それぞれのアクターたちのキャラクターはあたたかく、協会という空間を共有し、いい雰囲気をつくっていた。

<補足資料>
• 日本語講座学生登録者数は40名、修了者は33名。常時出席者は20名程度。学生たちは、イエメンでいえばある程度以上の富裕層の子弟である。日本語はイエメンでは将来的にも収入につながる可能性がないため、講座料は破格に安かったが、趣味として語学を学べる層に限られた。1講座の学生数は4名程度であり、講座間の交流もほとんどなく、なんとなく時間に来て、なんとなく帰っていっていた。文化的にも、男女が一緒に学習すること自体が珍しい(どちらかというとタブーとされる)ため、学生同士の交流も少なかった。
• 日本語教師はJOCVを含め3名、6レベルを分担、共通のテキストを使っているが、教師間連絡はなし。現地教師への謝礼は協会職員から行っていたが、3ヶ月~半年遅れることもしばしばあった。日本語教師のレベル的には初学者、初級前半の指導としては大きな問題はなかった。
• 協会職員女性はほとんど席におらず、マネージャー室(応接セットなどが置いてあるが空室)で英語のテープをきいていたりしていた。仕事がきらいにも見えなかったが、熱心に仕事をすることもなく、暇をもてあましているというかんじだった。勤務時間は午前10時から1時、4時から6時、ちょうど講座の開始する時間(午後2時)には休憩中。
• 協会職員男性は、協会に住んでいたが、ほとんど協会の日常運営は関与せず、出資者の私設秘書として午後6時ごろから深夜に勤務。協会の仕事としては主に現金の出納をしていた。

3.アクター間の相互作用の開始と効果
 ほとんど組織としての動きには見えなかったが、前述のようにゆるやかな一体感があったため、アクター間の交流を開始するのは難しくなかった。

 JOCVは、まず、協会の運営に必要なため、職員の勤務内容や時間等を把握し、役割分担を明確にした。また、講師、職員、学生が一同に会するよう職員の勤務時間帯を修正した。講座に関する連絡事項等の掲示を開始、協会の連絡は講座に関することも含めすべて職員を窓口とした結果、講師-職員、学生-職員という、職員を中心とした相互作用、コミュニケーションが発生した。職員は連絡をするために講師の意図を理解する必要があり、また、学生の質問の窓口もここに集約したため、その質問に答えるため必然的に理解が深まった。学生は講師には敬意を払うが職員の存在を軽視する傾向が以前は見られたが、これにより職員の地位も上昇した。協会行事である修了式などの式典の司会は役割分担上日本語教師に依頼していたが、そこでは必ず職員への謝辞を述べ、会場全体から拍手を贈り、縁の下の力持ち、黒子で看過されがちな職員の存在と貢献を協会全体の全アクターで認識した。

 学生からの協会に対する質問、講師や講座への不満等すべての窓口を職員に一本化したため、講師も日本語講座に専念できるようになった。講師間も、講師勉強会を開いたり、お互いの講座をききあうなどコミュニケーションの機会を設けることでアクター間の相互作用がまわりはじめた。講師間でお互いのよい部分を見ることが、日本語教師としてのレベルアップにもつながっていった。中東の日本語教育界の水準の教育を提供しているという自覚が静かな自信となっていった。

 学生には、日本文化講座を開催することで日本語講座クラスの枠を越えて学生が一同に会する機会をつくり、先輩学生が後輩学生を指導するなどにより学生同士のコミュニケーションが発生しやすい環境をつくった。これが相互作用につながった。男女が親しく話すことがタブーとされる社会環境の中で、初学者たちには男性も女性もなく話すこの環境は違和感があるが、「他人を助ける」というアプローチで払拭した。(Help は、イスラム教でも重要な教えなのである。)日本の文化を学ぶ、という目的も一助となった。協会の門を入ったら、学生たちにとってそこはもう異文化、外国、精神的な治外法権の場所である。また、これら文化講座やクラブ活動の際、その他のアクターとして、外部の日本人に協力を要請した。外部日本人にボランティアで講師や手伝いをしてもらうことにより、講師、学生、職員ともに、民間の日本人との交流の機会が増えた。日本人もイエメン人との交流を望んでおり、安全にイエメン人と触れ合うことができ、協会では日本語で話すことがそれだけでも学生たちの役に立つ。日本のことが大好きな職員や学生の中で、訪れる日本人も癒されていた。アクター間の相互作用は自然と発生し、機能していた。

 また、協会幹部に対しては、修了式などの式典には出席を促した。学生への訓示の機会や修了証書授与等の機会をつくることで協会の運営への無関心を払拭し、幹部であることを自覚するとともに誇りに思える環境を整えた。式典に出席することで、幹部と職員、講師の交流の機会は増加し、幹部と学生との交流の機会が発生した。ビジネス界で成功しているマネージャーの話は学生たちには新鮮で魅力的である。幹部に見守られているという安心感、協会への信頼感も醸成された。

 こうして、組織のアクターが複数の線で結びつき3次元化すると、どこかが抜けてもすぐに崩れることがなくなる。JOCVが任期満了によりここから抜けたあとも、現地組織だけで影響なく運営され、現在に至っている。

4.組織におけるアクター間相互作用の効果について
 以上、イエメン日本友好協会の事例を通して、アクター間の相互作用は組織には不可欠であり有効であるケースを見てきた。アクター間の相互作用には、相乗効果と減殺作用が考えられるが、当事例の場合、小さい組織だったせいか相乗効果は見られても、減殺作用を感じることはなかった。減殺作用としてたとえば足のひっぱりあいなどが考えられるが、それぞれの役割分担に各1名しかいない状態で、足をひっぱる相手もいなかった。また、当事例では、最初からアクターたちの可能性が見えており、その能力を使える場をつくるだけでよいという、非常に恵まれた環境であった。これほど素地の整った組織前組織での活動は稀であろう。前任のJOCV2名がその基盤を築いており、あとは花を開かせるだけの状態であったことを付記しておきたい。

 このような国際協力は、最終的には、協力を受ける側の自立を目的とするものである。JOCVは、アクターたちに働きかけはしたが、要請はしなかった。たとえば協会幹部への式典への参加の働きかけは職員からfaxや電話を入れる形で行ったが、これに至る方法は、JOCVが職員にそれを依頼や要請したのではない。雑談の中でJOCVが職員に「協会の幹部も来てくれたらいいのにねえ、楽しいのにねえ。」と言うと、職員のほうから「幹部なんだからほんとは来るべきなのよ。電話するわ。」といったかんじ。(幹部には給料も出ているのでその通り。)JOCVも幹部は本来来るべきだと思っているし、楽しいから来てほしいのではなく幹部の義務だと考えているのだがそれは言わなかった。要は来てもらうことが目的であってその目的が達成できればよい。来て、訓辞の場で学生たちの尊敬の眼差しを受け拍手をもらったら、次からは万難を排してでも来ようというものだ。職員はなかなか上手にそのしかけをした。いったんまわりはじめればあとはそれを応用していける。たとえばこの事例では、職員はこの幹部への手法をほかの協力候補者たちにも応用して協力者を広げていける。

 組織では、アクター間の相互作用がお互いの理解を深めるだけでなく、アクター同士の切磋琢磨、成長につながっていく。複数のアクター間が相互に作用し、相乗効果を生みだすことができれば、その組織は向上し、より堅固なものとなる。特に今回の事例のような小さな組織の場合は効果もでやすい。アクター間の相互作用が効果的に機能する組織の構築は、現地の自立化を目指す国際協力の一つの有効な手法であろう。
<約4,000字、補足部分除き約3,000字>

参考資料
・ JICA 平成19年度春ボランティア要望調査票、JOCV 要請番号JL155-07-0-11
・ イエメン日本友好協会配属、平成19年度3次隊青少年活動隊員 第5号隊員報告書

参考文献
テキスト:佐藤寛『開発援助の社会学』、世界思想社、[初版2005年]2009年
『国際協力用語集 第三版』、国際開発ジャーナル社, [初版1987年]2005年 以上
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青年海外協力隊 民間企業からの現職参加について 草稿「それでも」

2013-03-30 | Weblog
<修論番外編(草稿より)>
(◆~◇部分は引用)

第4章 結論 <中略>の部分より

 それでも、OB・OGの派遣経験についての総合評価は、高い結果が出ている。
------------------------------------------------
◆『海外ボランティア・専門家経験者アンケート調査』(2002年報告)派遣経験総合評価
(P58)
とてもよかった・・・青年82.9%・シニア81.6%
まあよかった・・・・青年15.7%・シニア16.6%
よくなかった・・・・青年1.0%・シニア1.2%
無回答・・・・・・・青年0.3%・シニア0.6% ◇
------------------------------------------------
これをさらに裏付けるように、再参加意向については、次のとおり高いものとなっている。
------------------------------------------------
◆『海外ボランティア・専門家経験者アンケート調査』(2002年報告)協力隊再参加意向
(P58)
是非参加・・・・・青年44.0%・シニア65.6%
まあ参加・・・・・青年38.2%・シニア20.2%
参加したくない・・青年10.2%・シニア6.1%
分からない・・・・青年6.5%・シニア4.3%
無回答・・・・・・青年1.0%・シニア3.7% ◇
------------------------------------------------
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青年海外協力隊 民間企業からの現職参加について 草稿結論 (last)

2013-03-30 | Weblog
<修論番外編(草稿より)>
(◆~◇部分は引用)

第4章 結論

<中略>
 本研究をはじめたときには、民間企業の青年海外協力隊事業への社員の現職参加の支援は、根拠もあり、実効も上がっており、安全性もある程度は確保できており、企業への補てんなどの支援制度も整っており、社員の成長も見込め、これだけ条件がそろっている、時代の要請であるCSRを比較的容易に果たせる支援だ、という結論を見込んでいた。研究がすすむにつれ、最初のこの仮説とも言える楽観的な結論の見込みに対し、支援を困難にしている理由が肯定的な理由に匹敵するかそれを凌ぐほどの影響だと認識することになり、真逆の結論が導かれることになった。

 民間企業にとって、青年海外協力隊事業への社員の現職参加の支援は、痛みを伴う困難な支援である。支援する根拠があり、制度が整っていても、その痛みを和らげることはない。社員の自己実現への支援、国家事業への協力という大義の下での勇気ある決断なのである。この事業への参加や支援はひいては企業にも還元されるものであるが、それは時間を要し、明らかな成果としては可視化されない。これを許容できるかどうか、許容するかどうかは、その企業のあり方やそのときの業績などにも左右される。

 全世界の途上国で、過去4万人に及ぶ隊員たちが、現地の人と同じ目線で考え、生活し、経験を共有することによる技術移転と日本人力で深く揺るぎない日本に対する信頼を築いてきた青年海外協力隊事業である。今後も、その信頼を深耕拡張し「世界の人々とよりよい明日を共有するため」のこの事業を、企業は本業でしっかりと利益を上げ、この痛みを許容できるだけの企業力をつけ、世界から利益を得て生かされている企業として痛みを承知の上で支援していきたい。

 社員は、企業に現職参加を認めてもらったならば、企業の痛みを知りつつそれでも行くことを決めたなら、勤務する企業の、国家事業への理解と協力、自分への支援をよく理解し、協力隊本来の目的のために、国家事業の一翼を担う者として、企業にいるときと同じように全力で2年間の任務を全うすることに専念し使命を果たす。そして帰国したら、再び企業の中で、そこでの使命や責務を果たすことに専念すればよい。

 青年海外協力隊事業は、「世界の人々とよりよい明日を共有するため」の日本の国家事業のひとつである。ボランティアである以上、痛々しいほどの無理をする必要はないが、それぞれにできることで協力し、世界の人々とよりよい明日を共有していこう、という呼びかけを以って本研究の報告としたい。
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青年海外協力隊 民間企業からの現職参加について 草稿結論つづき

2013-03-30 | Weblog
<修論番外編(草稿より)>
(◆~◇部分は引用)

第4章 結論

<中略>
 外務省は、「海外ボランティア事業の成果と他の手段による非代替性」として次のように述べている 。
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◆ 海外ボランティア事業の成果と他の手段による非代替性
 途上国住民の視点をもったグローバル人材の育成という効果は,本来別の目的をもって行われる民間企業の人材育成,学生の海外留学によっては,効率的には達成できない。
 民間企業などでも,新人職員を育てる中で,海外で仕事ができる人材は育成され,その成果は企業内で還元され,企業活動の枠中で発揮されるが,派遣先国において「親日感情」なる国民的利益として根付くには社会貢献活動などの更なる企業努力に負うこととなる。
 途上国の実態について草の根レベルでの学びの場を提供する海外ボランティア事業の効果は,座学中心の海外大学留学や都市近郊等での仕事が中心となる企業の海外勤務では得にくい。また,国の将来を担う人材の育成がその時々の経済状況に左右されることは望ましくなく,海外ボランティア事業を国策として維持していく必要がある。
(外務省ホームページ, 2011年7月, 『草の根外交官:共生と絆のために―我が国の海外ボランティア事業』注17, http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shimin/seinen/kusanone_seisaku_p.html
2011年9月19日アクセス)◇
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 海外ボランティア事業によって、日本は、企業の研修や留学では得られない成果を得られると言うが、ここに、青年海外協力隊事業への社員の派遣を研修として考えられない理由があるとも言える。つまり、企業には、「途上国住民の視点をもったグローバル人材の育成」は必要ない場合のほうが多い。企業にとっては、どの視点を持っているかは重要ではなく、途上国というマーケットで利益を上げられる社員の育成が必要なのである。そのために途上国住民の視点を持った社員が必要な場合も考えられ、その場合は、積極的に社員を現職参加させる、本業に直結している場合の研修的利用となる。そうでない場合、この海外協力隊事業の目的に基づくプログラムが自社で提供できないプログラムであるために、社員の自己実現への支援の根拠となることはある。
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◆ 海外ボランティアを一人派遣するために2年間で700万円以上も国費を投入するのはコスト高であるとの議論もあるが、例えば、企業が社員を米国に留学させるには、通常1年間で550万円から750万円程度(学費、生活費、航空賃)必要となるが、協力隊員の場合、2年間派遣で、700万円程度(募集・選考経費、航空賃を含む)であり、海外ボランティア事業が高コストとは言えない。
(外務省ホームページ, 2011年7月, 『草の根外交官:共生と絆のために―我が国の海外ボランティア事業』注17, http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shimin/seinen/kusanone_seisaku_p.html
2011年9月19日アクセス)◇
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 民間企業が社員を米国に留学させるのは、その留学の成果が投資以上の効果をほぼ確実視しているからである。ODAによって青年海外協力隊員が途上国に派遣されるのは、日本にとって、その派遣の成果が税金の使途として投入以上の効果を上げることがほぼ確実視できているからである。ODAの目的は最終的には国益であるが、青年海外協力隊事業は日本の国益が他の諸国の国益と矛盾するものではない。「技術移転」、「友好親善」、「人材育成」3つの目的を持った事業であり、世界がその裨益に預かることが可能な事業である。

 現職参加は、この国家事業には不可欠である。毎回要請に対して十分な隊員を派遣することができていないが、もし、民間企業からその要請を満たすことのできる隊員を自由に選べるとしたら、確実に満たすことができる。そこまで徴兵のような仕組みになっていないのは、日本が自由と権利に立脚した国家であり、この事業も自由意志を尊重した、ボランティアを基本とする事業だからである。社員はこの事業に手を挙げることができ、企業はそれを支援することもでき、支援しない選択権もある。

 青年海外協力隊事業の本来の目的には企業の利益はまったく含まれていないが、企業は、長い目、大きな視野で見たとき、国家としてのプレゼンスを上げたり、日本人の海外における安全保障につながるなど、将来的に確実に企業にも還元される裨益効果があることを理解し、目の前でどんなリターンが自社にもたらされるとか、自社の社員がステークホルダーだからといったことに捉われることなく、今現在許容できる痛みなら許容して、この国家事業を支援していきたい。
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青年海外協力隊 民間企業からの現職参加について 草稿結論

2013-03-30 | Weblog
<修論番外編(草稿より)>
(◆~◇部分は引用)

第4章 結論
 これまで、第1章から第3章まで、民間企業からの青年海外協力隊への社員の現職参加への支援について検証と確認を行ってきた。第1章ではその論理的根拠、社会的要請、実効性の検証により、企業がそれを支援することについての適格性を確認した。第2章では、JICAの制度や体制を含め、民間企業がこの事業を支援するにあたっての安全性を確認した。そして第3章では、民間企業がどのように対応してきたか、しているか、対応できていない部分は何か、その理由を確認した。

 結論としては、民間企業からの青年海外協力隊への社員の現職参加への支援には法律に基づいた国家事業であるという論理的根拠があり、CSRといった社会的要請の背景もある。事業の効果についても調査による裏づけもあり、企業が支援するにあたり支障はなく、事業目的に対する効果も上がっている。民間企業からの現職参加にあたり、社員には民間企業では提供できない訓練、講座や行事等のプログラムも用意され、派遣中の安全についても企業が社員を委ねられる内容となっている。派遣する社員への給与については補てん制度も整えられ、不在期間中の社会保険料等や事務作業経費の補てんもされる。民間企業は社員を派遣することにより、CSRを果たすことができ、また、社員の成長という形での還元を受けることもある。それでも尚、現職参加を認められない企業があり、認めたとしても無給休職という企業例が継続している。

 つまり、青年海外協力隊事業への社員の現職参加は、民間企業にとって容易な支援ではない、という結論に達せざるを得ない。

 既述のとおり、社員に支払う所得が補てんされ、社会保険料や事務作業経費まで税金からの還元を受けても、その社員がいない間にほかの人を雇う部分は補てんされない。2年でその社員は戻ってくる。その場所も用意しなくてはならない。その社員が不在の2年間、協力隊に参加せずその企業いた場合にもたらされるかもしれなかった利益や波及効果は全くなくなる。戻ってきた社員の技術が向上している可能性はほとんどなく、人間的な成長は期待できるであろう、という予想ができるのみで、企業には何一つ確実なリターンは約束されていない。どんなに制度が整っていようと、社員がボランティアで参加すると同様に、企業が社員の現職参加を支援することは、企業にとっても痛みを伴うボランティアなのである。

 では、なぜ現職参加を認める企業があるかについては、3つの場合がある。1つは、研修として利用できる場合、つまり、途上国への国際協力が事業内容に直結する場合である。例えば途上国専門の国際協力コンサルタントなど。一般の民間企業の中でも、本業に直結した職種での参加なら認める、という企業もある。このような企業は、戦略的に青年海外協力隊事業に社員を送りこんでいる。2つ目は、CSR上拒否できない場合である。「拒否できない」は、物理的、金銭的などの理由でできない場合だけでなく、支援しないことに対する広報的リスクが大きいと判断する場合、企業の姿勢としてできない場合など、目に見えない理由、精神論的な理由も含む。3つ目は、社員支援の裨益効果が支援しないときの効果よりも高いと企業が認められる場合である。例えば、社員の成長が将来の企業に還元されることをほぼ確実視している場合がこれに当たる。また、企業の姿勢として、青年海外協力隊参加を支援しているというCSRの実践をアピールする材料とする場合である。

 これらのケースの中で一般的なものは2つ目であろう。3つ目も考えられるが企業として論拠にするには不確実性が高すぎる。企業にとって、社員一人が完全に社外業務専任となってしまう2年は痛みを伴うものであるが、第1章で確認した国家事業でありそれがその事業目的に対する実効性を上げていることから、支援せざるを得ないと判断したり支援するべきだと覚悟を決めたりする。その決断の一助となるのが第2章で確認した制度や体制による支援と安全性であり、社員自身に提供される、企業では提供し得ない経験である。3つ目のケースもここに該当する。

 次は、JICAの資料からの抜粋である。
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◆退職参加を予定している方へ
帰国後の進路について
 (略)・・・自分の希望に沿った就職先を確保するのは非常に困難なのが現状であることを十分に心得ておいて下さい。また、単に2年間の活動期間を終了しただけでは、帰国後自分を売り込むものがなく、自分を取り巻く客観的状況はボランティア事業参加前より悪くなっている場合すらあります。
(平成19年7月 協力隊事務局 「身分措置関連資料」より)◇
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 隊員候補生に、厳しい現実に対する心構えをしておくよう注意喚起をする目的があるとはいえ、「単に2年間の活動期間を終了しただけ」では「帰国後自分を売り込むものがない」と言い切っている。帰国後の就職支援が、JICAにとっては大きな課題のひとつである。前述のとおり全国に進路相談カウンセラーが配置され、就職情報の提供や進路開拓のアドバイスを行っていても、なかなか再就職先が見つからないのが現実である。厳しい現実についての事例は数え切れないほど紹介されている。JICAの隊員向情報誌「クロスロード」では帰国後の進路が毎回シリーズとなっている。

 また、次のような記述も見られる。
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◆ しかし、協力隊に対する世間の眼は冷たい。帰国後の就職で2年間の経験が評価されることはまれだ。既に応募時に就職していて協力隊に合格すると、ほとんどの企業では休職を認めず退職を勧告する。それゆえ帰国してから就職先を探すのが悩みの種となる。米国の平和部隊(Peace Corps)が同国で高い評価を受けているのと対照的である。とはいえ、日本社会では、30歳にも満たない青年(隊員の平均は27歳)を2年間の海外経験があるからといって、それをキャリアとして評価するのは難しい。日本の企業で働いていれば、27歳前後の青年時代は企業内の研修でノウハウをたたき込まれ、企業に役立つ人間に育って行く重要な時期である。そのような大事な時期に2年も企業を去り、世界の辺境ともいえる地域で経験を積んだからといって、先進国である日本の仕事に直接有用なものはほとんど得られないだろう。
(川勝 平太 調査研究「21世紀のJICAボランティア事業のあり方」に寄せて )◇
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 直近2011(平成23)年8月のJICAボランティア事業実施のあり方検討委員会の報告書「世界と日本の未来を創るボランティア――JICAボランティア事業実施の方向性」でもJICAボランティアの帰国後の就職が長年の課題であるとの言及があり、「グローバルな視点を持った人材」の企業界での需要の高まりを企業がJICAボランティアの価値を再評価する機会としている。「これまで企業経営者や人事担当者に対して、JICAボランティアが企業にとって有力なリソースであることが十分伝えられていないのが現状」であり、「この機会を生かしてその価値を如何に普及・浸透していくかが課題」とされている。2002年から9年たっても、現状に変化はほとんどないと言える。現職参加は帰国後の就職の心配はないが、現職参加する社員はある覚悟をしておく必要がある。それは、社員の青年海外協力隊事業への現職参加は、社員としては規格外品であるという自覚と覚悟である。社員を協力隊活動に現職参加させるということは、一般企業にとっては、大きな痛みを伴うものであり、できれば避けたいものである。それを押してボランティアで参加するのであるから、社外業務に専任する2年は、企業内のキャリアでは空白となってもしかたがないものであり、レールをはずれるのも止むを得ない。企業は、血を流しながら社員の自己実現を支援するのである。社員は、いつまでもその負い目を背負うことになる。企業人として生涯を企業に捧げようという社員は、協力隊に参加しないですむなら参加しないほうがよい。

 次のような課題もある。協力隊、あるいは帰国隊員に対する評価は低い。
 『21世紀のJICAボランティア事業のあり方報告書』(2002)p112で、研究会のメンバーであった田中章義(歌人・国連WAFUNIF親善大使)が書いている。
------------------------------------------------
◆ 帰国隊員のアンケート調査でOBやOGに対する国内評価が「評価されていない」と答えた人が78.1%、協力隊の理解促進広報の必要性を語った人が、とても必要(50.9%)とまあ必要(38.6%)を合わせて89.5%もいるという事実に、私たちは真摯に着目する必要があるだろう。◇
------------------------------------------------
<中略>

 『海外ボランティア・専門家経験者アンケート調査』(2002年報告)によるOB・OGに対する国内での評価についてのOB・OG自身が受けていると感じる評価は、次のとおり。
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◆(p71)
とても高い・・・・・・・青年2.0%・シニア9.2%
まあ高い・・・・・・・・青年17.1%・シニア38.0%
あまり評価されていない・青年62.1%・シニア41.7%
全く評価されていない・・青年16.0%・シニア9.2%
無回答・・・・・・・・・青年2.7%・シニア1.8% ◇
------------------------------------------------
(つづく)
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青年海外協力隊 派遣前訓練 (生活編)

2013-03-25 | Weblog
<修論番外編(草稿より)>
第2章 JICAの制度と体制
~ 企業は安心して社員を派遣できるか ~

2.1.2 訓練生活

 派遣前訓練は男女比がどの班も同じ程度になるよう苗字50音順で生活班10班にわけられた。
 班には指導員が主、副2名配置され、訓練所からの連絡事項は彼らを通して週に1度の班の連絡会で伝えられる。二本松訓練所の場合、居室は何棟かある訓練棟が男性棟、女性棟にわけられ、1つの階に1つの生活班が配されていた。居室は個室で、机、ベッド、棚と小さいクローゼットが備えられている。居室は各フロアL字型に配され、中央は畳敷きの共有スペースで、奥には小さな流しと冷蔵庫、ガスコンロ、電子レンジ等があった。毎日の点呼や毎週の連絡会等はここで行われた。手洗い所は各フロア居室スペースを出た廊下にある。浴室は大浴場が1ヶ所で、二本松訓練所の場合は数棟先まで行っていた。民間企業の入社時集合研修や、学生で言えば林間学校のような感じである。筆者の勤務先の入社時導入研修の期間は1ヶ月であった。65日間という長期にわたる集団生活は、学生時代に寄宿舎や寮にでも入っていない限り経験しないだろう。訓練所には体育館とグランド、テニスコートの設備があった。いずれも職種の実技練習等に使うものであるが、あいている時間には利用規程を守れば自由に利用できた。

 毎朝「朝の集い」という朝礼がある。以前はここでランニングなども行われていたとのことだが、現在はラジオ体操と国旗掲揚が行われている。国旗は、日本国国旗、JICA旗、JOCV旗は雨天を除き毎日掲揚され、平日はこれに加えて派遣国の国旗が日替わりで掲げられる。BGMは掲揚される国旗の国の国歌である。国旗を掲揚するのは当番の候補生のため、その国の国旗を知っているとは限らず、上下を間違えないような工夫もされていた。アフリカの国歌が非常に類似していることに気が付くのだが、これは、アフリカ各国は国歌の前半に独立を記念する同じ曲を使っているとのことであった。

 食事は毎日決められた時間に食堂でとる。片付けは生活班ごとに1週間交替の当番制だった。食事の片付けのほか、朝の国旗掲揚当番や図書委員、講座委員等の委員があり、語学クラス、任国にはそれぞれリーダーを決めて連絡係を務める。候補生全員がなにかひとつは役割分担があった。洗濯室は1箇所で、十分な数とは言えなかったが、訓練生130人あまりが時間や曜日をずらしたりして、1週間に1~2回洗濯をするぐらいの設備はあった。ベッドリネンは毎週1回、所定の位置へ出して新しいものを受け取った。自分で洗濯をする必要はなかった。

表 訓練運営上各生活班に置かれる9の係
① 班長   (生活班毎に1名)
② 副班長  ( 〃 1名)
③ 図書委員 ( 〃 2名)
④ 講座委員 ( 〃 1名)
⑤ 自衛消防隊( 〃 6名)
⑥ 全体日直 (生活班ごとに輪番制)
⑦ 食事当番 ( 〃 )
⑧ 語学クラスリーダー(クラス毎に1名)
⑨ 国別リーダー(派遣国毎に1名)
(平成19年度3次隊訓練資料より筆者抜粋)

 必要物資の補給については、二本松訓練所は山の中腹にあり、一番近い商店のある岳温泉(だけおんせん)まで山道を徒歩約30分かかる。文房具や教材等は週に1回、出張販売があり、そこで購入したり、次週までの注文をしたりした。平日の食事は3食出るが、土日の食糧や、メニューによって不足する栄養は自分で補給する必要がある。食堂メニューはご飯のおかわりもできるなど青年でも量的には十分満足する量が準備されているが、果物がほとんど提供されないなど、予算の限界が見えていた。また菓子等の嗜好食品は訓練所内では入手できない。週末は買出しに出るか、買出しに出るほかの候補生に依頼した。時折、面会にくる家族等からのさしいれのおすそわけに預かったり友人たちが救援物資を送ってくれたりした。手紙は班のポストに届けられて連絡係の候補生が毎日班員分をフロアの共有スペースまで届けてくれるが、小包などは掲示板に貼り出され、守衛室まで受け取りにいった。荷物が届いていることを他の候補生から教えられることもあった。

 3次隊の訓練機関は10月から12月にかけて行われ、季節は秋から冬へ向かう。防寒には十分な準備をしていったつもりの衣類だったが福島県の山の中腹の冷え込みは予想以上で、追加を送ってもらったり、バスで30分以上かかる二本松の市街まで買出しに出かけるなどした。訓練所内は、当時、外気温が14度以下にならないと暖房が入らないこととされていた。居室の暖房は切ることはできても入れることはできなかった。風邪などで体調を崩す候補生も出て、その基準は見直されたようだったが、体調を崩した候補生も医療隊員などがよく面倒を見ていた。もちろん訓練所内には保健室があり、予防接種等の手配もあるため保健師は日勤していた。

 訓練所内は禁酒で、飲酒が発見された場合、その候補生は即訓練打ち切り、隊員候補からはずれて退所となる。退所は遅くても決定の翌日で猶予はない。訓練期間中に健康状態が悪化したり、辞退などの理由で退所する候補生もいる。外出は、決められた時間内なら可能で、基本的に土曜の午後から日曜は休みであったため、隊員候補生たちは岳温泉へ繰り出しよく酒を飲んでいた。女性候補生は温泉めぐりをするなどしてストレスをコントロールしていた。

 訓練所がどれだけ厳しくても、任地はもっと厳しいはずだということ、65日間いっしょにすごす候補生たちが途上国でのボランティアという同じ志を持って集まっていること、訓練所を出たあと一同に会することはもうないのだということを、どこかで候補生たちは認識していた。
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青年海外協力隊の人物像

2013-03-25 | Weblog
<修論番外編(草稿より)>
(◆~◇部分は引用)

第2章 JICAの制度と体制
~ 企業は安心して社員を派遣できるか ~

1.1. 協力隊員の人物像

 2011年(平成23年)1月末現在、8分野、世界5地域 、76カ国で活動している平均年齢約28歳、2725名の青年海外協力隊隊員たち は、どのような人材だろうか。
 協力隊員に求められている人物像を概観するために、募集要項に記載されている応募にあたっての心構え、隊員に配布されるガイドに記載されている隊員適性、そして、協力隊事業創設の際に提示された協力隊員の人物像という3つの資料を見ておく。

 まず、青年海外協力隊の募集要項の記載である。協力隊に参加するための心構えとして応募の前に考えるよう、次のように示されている。
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◆ 青年海外協力隊に参加した多くの方々が高い充実感を味わって帰国されます。しかしその充実感は現地で漫然と生活しているだけでは決して得ることはできません。次に掲げる2つの重要な心構えを自分自身の中で理解し、覚悟・納得し、青年海外協力隊員としての自覚と覚悟を持ち、自立的に行動できる方々に応募していただきたいと思います。
(青年海外協力隊、日系社会青年ボランティア 平成23年度秋募集 募集要項)◇
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 2つの重要な心構えとは、「現地の人々と共に」「チャレンジ精神」としている。日本の高い技術力に対し途上国からの協力隊員派遣の要請があるが、その技術を活かすには、開発途上国の現場で、現地の人々の生活や考え方、行動様式を学び、現地の人々と同じ目線に立って活動し、信頼関係を築くことが必要であり、その上で本当に価値ある活動を始めることができる。また、現地での活動は日本と全く条件が違い、予想できない問題が次々に現れ、日本の常識も一切通用しないと考えておいたほうがよいような環境の下で、自ら発想し、行動を起こし、困難に立ち向かう勇気と忍耐力、強いチャレンジ精神が求められている、とも記載されている。

 訓練所に入所してから配布される隊員ガイド(ハンドブック)の中で、隊員の適性は次のように示されている。
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◆ 現地で現地の人々の間に入っていき活動する「民衆指向」「草の根(グラス・ルーツ)指向」の隊員として、
●持続する情熱: 協力活動の途中で種々の困難に遭ったとしても、最後までやりぬく情熱を持続させること
●健康管理: 日本とは異なる自然・生活条件の下でも健康を維持する自己管理能力を持つこと
●文化的素養: 異民族社会における人間集団の中で行動様式を観察し、理解しようとする態度
●柔軟な思考力: その中にあって様々な手法を考えることのできる思考の柔軟性
●表現力・説得力: 事実を説明し自己の考え方を理解させうる表現力・説得力
(JICAボランティア・ハンドブック【長期派遣】2007年(平成19年)10月, p9, 「1-3-1 隊員とは?」)◇
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 そして、昭和40年、協力隊の創設時にさかのぼると、協力隊員の「あるべき人間像」は次のように示されている。
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①私利私欲を超越して日本青年海外協力隊計画を推進するに必要な、ときにはいやな仕事、愉快でない仕事にもすすんでたずさわる人。
②生活の不便は勿論、孤独感におそわれ、身近に危険を感じるような状況下でも、適切な判断のもとに終始仕事に従事する情熱を持っている人。
③自分とともに仕事をする相手国の人達を理解し、融和し、他の隊員とも仲よく働くことの出来る人
④肉体的に過重な労働を必要とする、またその活動分野を広く応用し、判断を誤らず積極的に関心を以て行動できる人。
⑤宗教、文化、民族的に異なった背景をもつ国の人たちの見解、偏見に対処する態度、また、それらの国々の直面する問題の理解につとめようとする、豊かな人であること。
⑥わが国をよく理解し、わが国の正しい理解を他の国の人々にすすめていける人。
(青年海外協力隊20世紀の軌跡, p7, 「協力隊の人間像」)◇
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 これらから浮かび上がってくる自発性、民衆志向、バイタリティーと謙虚さ、基礎知識と経験、心身の健康、周囲の理解等 といった人物像は、青年海外協力隊隊員にだけ特別に要求される適性だろうか。自ら考え創意工夫し、あるものを活用し、相手を理解しようと努め、時には困難な過程を乗り越えて信頼関係を築き、協働して事業目標、業務目標を達成していくことは、民間企業で日々行われている事業活動の中で求められている人物像も同じではないだろうか。協力隊の活動先が途上国であるという違いはあり、生活環境として途上国のほうが厳しいかもしれないが、企業での業務には生活環境とは違ったストレスもあるであろうし、昨今、企業もグローバル化の波の中で勤務地が日本とは限らない。BOPビジネス の積極的な展開を計画する企業等もあり、強く、たくましく、精神的にも肉体的にも知的にもタフで柔軟な人材であることを求められる協力隊の隊員像は、企業人のそれとかわらない。このように見てくると、人材について、隊員像と社員像に顕著な齟齬はなく、自社社内で鍛える2年と、協力隊活動の2年の間で期待できる、あるいは要求される隊員、社員の人間的な成長については、どちらで過ごしても遜色ないと考えられる。

 隊員が活動を実行するにあたって必要な能力として、堀江新子によれば(注:堀江新子, 平成20年9月, 『青年海外協力隊の国際協力活動に関する研究』p50)、「隊員自身の現場における洞察力、調整力、想像力」「周囲の人々を巻き込む熱意」「これらの能力を発揮するための、言語運用能力」「周囲の人を納得させる技術力、教養」が挙げられている 。

 それでは、隊員たちはすべてがこの隊員像を満たす人材なのだろうか。ここで、隊員の選考について把握しておきたい。

 青年海外協力隊の隊員は、原則公募制であり、一次試験、二次試験を受けて合格した志望者が隊員候補生となって訓練所への入所資格を得、派遣前訓練を修了して合意書を提出して協力隊員となる。一次試験、二次試験を通じて人物と技術レベルが測られる。

 青年海外協力隊の応募の要件は、応募期間の最終日の満年齢が20歳以上39歳の日本国籍を持つ青年である。募集は年2回で、4~5月に行われる春募集と10~11月に行われる秋募集で募集される。活動任期は2年、派遣は年4回あり、それぞれの派遣時期にあわせて派遣前訓練が実施される。派遣時期については要請ごとに記載されている。協力隊参加希望者は、この募集期間に応募書類を提出する。応募書類は全員が提出必要な書類として応募者調書、応募用紙、健康診断書があり 、該当者のみ提出する書類として職種別試験解答用紙、語学力申告台紙がある。応募者調書は履歴書に該当し、応募職種に加え、希望要請を記入する欄もある。応募用紙で応募の動機や応募職種の選択理由、どのような活動が可能か、などを記述する。

 直近の平成23年度秋募集の応募用紙の質問項目の内容は次の通りで、これらの質問がA4サイズの応募用紙表裏に印刷されており、応募者は記述式で記入する。
--------------------------------------------------------------------

・ ボランティア活動に参加する動機、抱負
・ 応募者の考えるボランティア活動の意義、目的
・ 応募する職種や要請の選択理由、経験や技術適合性、セールスポイント、弱点
・ 自己PR、応募する職種に関係する経験以外で特筆すべき経験
・ 実際に派遣された場合、活動内容、日常生活も含めどのようなボランティア活動を行うか
・ 帰国後、参加経験をどのように生かしたいか ◇
--------------------------------------------------------------------
 質問の内容と記入欄の量から、青年海外協力隊への参加を考え、質問に対する自分なりの思考をまとめて記述することができれば、一次試験は合格できるだろう。この一次試験の応募用紙で応募の動機や職種選択理由、経験等曖昧な点があれば、二次試験の面接で問われる。民間企業の社員は技術系といえども業務の中で社内文書や報告書等を書くことは必須であり、論理一貫性や説得性、簡潔にまとめて理解しやすく提示することなど日々協力隊試験の訓練をしているようなものであるから、応募書類の記入にはさほど困ることはないと考えられるが、それでも合格できるとは限らない。協力隊の試験は、落とすための試験ではないと言われているが、合格者は苛酷な途上国での活動に耐えうるであろう初志と動機と体力を持ち、それを論理的に説明できる志望者であり、国家事業として派遣されるに適格な人材であると言える。
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青年海外協力隊 派遣前訓練

2013-03-25 | Weblog
【修士論文「民間企業の青年海外協力隊現職参加について-希望する社員への対応に関する一考察」(Copyright: 吉備国際大学大学院(通信制)連合国際協力研究科 国際協力専攻 学生番号:M931003 All rights reserved.)】

第2章 企業が支援する理由
- 企業の社会的責任からの考察 -

2. 企業の捉え方
(略)
◆ 訓練から派遣まで

青年海外協力隊の試験に合格した隊員は、派遣前に65日間の合宿訓練を受ける。この派遣前訓練は、隊員に提供される非常に貴重な経験のひとつである。この訓練は、独立行政法人国際協力機構法に基づいて実施される 。訓練も選考の一過程と位置付けられており、隊員になるためには訓練修了が要件となる。いっしょに訓練した隊員候補生は、いわば同期隊員で、訓練後約2週間後を目処に任国へ出発する。訓練は年に4回、主に長野県にある駒ヶ根訓練所と福島県にある二本松訓練所で行われている。4月に訓練が開始される隊次は1次隊、7月開始は2次隊、10月開始は3次隊、1月開始は4次隊と呼ばれる。この両訓練所でそれぞれ100名から250名程度の候補生が同時に訓練を受ける。訓練所は派遣国によって指定されるため、各々の訓練所には、隊員の職種8分野、さまざまな職種の隊員候補生がいる。平成19年度3次隊からはそれまで別々に実施されていた青年海外協力隊とシニア海外ボランティアの合同訓練が開始されたため、年齢的にも20歳から70歳前後までの隊員候補生がいっしょに訓練を受けている。

訓練所での隊員の構成は、平成19年度3次隊二本松訓練所の例では職種は7分野、58職種、男性62名、女性69名、計131名であった。内、青年海外協力隊隊員候補生は男性39名、女性62名、計101名、それ以外がシニア海外ボランティアである。候補生全員の平均年齢は男性40.6歳、女性30.4歳、総平均年齢35.2歳、このうち青年海外協力隊隊員候補生は男性28.3歳、女性27.7歳、総平均27.9歳であった。派遣予定国は3地域28ヵ国であった。

民間企業の実施する異業種交流会や各種セミナーでも、これほどバラエティに富んだ職種や年齢層が集まる交流会は見あたらないだろう。そこに参集している隊員候補生は、途上国での技術移転を志向して試験を受け合格した専門家たちである。訓練所を出たあとは、単独で見知らぬ途上国での活動がはじまるという緊張感のもと、同期の隊員候補生たちと65日間、寝食を共にし、語学と技術、知識に最後の磨きをかけ、派遣に備える。民間企業の社員もこの訓練所で同期の人材には大きな刺激を受ける。企業の中で大切に育てられ、企業名に守られてきた社員は、自分と同世代にこれほど多様な職種の専門家がおり、すべてが途上国での技術協力を志向したボランティアであることを目の当たりにし、それまで経験したことのない広い世界を垣間見ることになるのである。

語学修得もまた、隊員候補生となった社員に提供されるメニューのひとつである。派遣前訓練のメインは語学修得である。全387時間の講座の中で、語学が258時間、総時間の約2/3を占める。平成19年度3次隊二本松訓練所では英語を含めて13ヶ国語の訓練が実施された 。訓練所を出ると通常約2週間後にはその言葉しか通じない可能性のある国へ1人、もしくは多くても数名で赴くことになる。訓練が始まって1ヶ月になる頃から同じ語学クラスの隊員候補生とは現地語で話すように指示され、65日間の訓練を終えるころには、ある程度日常会話はできるようになる。現地へ行って相手の言うことがわからない可能性はあるが、こちらの伝えたいことは、少ない語彙でも初歩の文法を駆使すれば言える程度になる。

派遣前訓練では、語学のほかに、国際協力、ボランティア事業、安全管理・健康管理等の各種講座が提供され、隊員候補生が受講する。平成19年3次隊の訓練は目的別に6つの分野で構成されていた。語学講座、ボランティア講座、任国事情・異文化適応講座、安全管理講座、自主企画、その他行事やオリエンテーション等である。日本から国の事業として派遣されるボランティアとして必要最低限の知識は網羅されている。ボランティア講座の内容は、民間企業では企業側から提供されることはまずない内容であり、企業のグローバル化もすすむ中、最低限の国際関係、国際協力の知識は、企業人としても知っておいたほうがよい内容である。「国際関係と日本の国際協力」「人間の安全保障」のほか、JICAの事業内容や処遇、制度に関する講座、「青年海外協力隊事業の理念」といった講座が必修であった。異文化適応についての講座についても、「コミュニケーション手法」「異文化の理解と適応」「異文化体験シミュレーション」といった異文化に関する必修講座に加え、「生活技法講座」「イスラム教とは何か」「日本の近・現代史」といった講座も提供された。安全管理講座は派遣先が途上国であるという特徴を表し、感染症や狂犬病、交通安全に関する知識や初歩の救急法を習得する内容となっている 。

このほか、訓練所では隊員による自主活動として時間外に各分野の専門家たちが、途上国に行ったときにすぐに役立つ知識などを提供しあう。例えば日本語教師による超初級用日本語ワンポイントレッスンの仕方講座などがあった。また、特別行事として皇室接見もあった。予防接種は毎週火曜、講堂で該当感染症やそのワクチンについての副作用等を含めた説明を受けた後、A型肝炎2回、B型肝炎2回、狂犬病3回、破傷風1回のワクチン接種が行われた 。

(中略)

訓練所の最終日には修了式と壮行会が行われる。家族が迎えに来る隊員もいて会は盛り上がる。どこかにこれから任地で一人で活動することへの緊張感を持ちながら、65日間をいっしょにすごした候補生たちと交わす旅発ちの言葉は「ありがとう」と「生きて帰ってこようね」である。平成19年度3次隊二本松訓練所で訓練を受けた隊員たちは訓練修了数週間後、自治体の表敬訪問を経てそれぞれの任地、28カ国へ向かった。

◆ (中略)

平均年齢27~28歳、入社3年~10年目、民間企業の貴重な戦力であり、企業人としても育ち盛りである社員を2年余りもの間、青年海外協力隊活動に参加させるのであるから、企業としては、社員自身が自己実現のために企業を休職してボランティア活動に参加するとはいえ、自社でその社員にその2年余りで提供できるものと、少なくとも同等か、できればそれ以上の価値のある経験を得てきてほしいと考える。企業の勤務の中では出会えない人と出会い、社員の人生を豊かにするような活動ができることを望みながら派遣する。他人の釜の飯を食べ、たくましくなって戻ってこい、という、いわば武者修行に出すような心持であろう。海外協力隊事業は、企業のこの思いに応えることが可能な事業である。
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