祁県映海戴氏心意拳倶楽部 公式ブログ

戴隆邦から脈々と受け継がれる戴氏心意拳。王映海伝戴氏心意拳の日本での伝承を行う祁県映海戴氏心意拳倶楽部の公式ブログです。

陰陽交感

2013-03-31 17:22:47 | 理論―陰陽五行、名言集

夢を見る動物

  投稿日:2011年 7月 3日(日)21時46分35

 

 

 

 「暗示にかける」ですか!相変わらずおもしろいことを言う人ですよね!
私の前に道があるとイメージができるから人は前に進めるし、前が見えず、谷底だったらとか、まっすぐだと思って歩いていたら段があったってことになると、つまずいて転んだりもしますね。
明日が楽しみなら、良い夢見れるでしょうし、嫌だなと思っていることがあったら、気持ちが前に進まない。
 自分が見ている世界が、その人にとっての世界であったら、自分の脳の中に映っている世界を変えていけば、世界は変わるって言うことですよね。
 陰陽交感というのは、「つながる」という言葉と近いかなと思うことがよくあります。
人とつながり、自然とつながる、社会と自分自身と時間と空間と世界とつながる。
そのつながりは豊かであると良いし、気持ちのいいものであるといい。
その豊かさや気持ちよさって、自分自身が決められることなんですね。
「暗示にかける」って魔法をかけることなのかもしれません。
リラックスをすること、イメージをすることは、武術する上でとても重要なことですね。
リラックスし力を抜くからこそ、自ら養った気は、自らの身体を流れ、人や自然ともつながることができる。
 力は、イメージによって生み出される。よいイメージは、よい体をつくり、よい行動をつくっていく。幸せな暗示をかければ、その人は幸せになっていくし、不幸な暗示をかければ、その人は不幸になっていく。武術の内功もその人の外側をも形成していく。

 

 


陰陽交感ですね、なるほど。

  投稿者:a-fen  投稿日:2011年 7月 3日(日)20時15分24秒

返信・引用

 

 

本格な夏に入り、仕事上では外にいる時間が長い、暑くてつらい時もありました。この2、3日夜の気温が下がり、散歩に行ったら、何でこんな気持ちのいい風、幸せな気分を感じてた。その時はそれは陰陽交感でしょうね。
今日もあつ~い一日でしたが、暑い中に熱さを思い切りを感じてみたら、なぜか嫌な熱さを感じなく楽しくなってテンションをあがって楽しく仕事はできました。自分に暑い時、熱さを味わって暗示してみたら、意外と自分を騙せる?!
今日は楽しい仕事をできました。
毎日はきっと良いことがあるように暗示したら、もしかしたら、、、人生観は変わる。
ただし、私は暑がり、この熱さでいつまで楽しく仕事ができるでしょうね?

 

 


感覚を磨く1

   投稿日:2011年 7月 3日(日)09時36分23秒

返信・引用

 

 

 場所だとか、寒暑、湿乾、風・・・といった気候、人との関係とか感覚を磨いていくって大事ですよね。
 どれも関係の上に成り立っていることなので、必ずこれがいいということもないですよね。ある程度の基準というのはあるでしょうけど。
 例えば、練拳は室内より、外のほうがいい。だけど、雨が降っていれば、室内がいいし、
陽が強ければ、日陰があるところがいい。
 一昨日は、昼間暑く、夕方は気温が下がり練拳には最高でした。樹木がある所でしたので、地球全体が呼吸しているって感じなんですよ。そのなかで自分も呼吸している、陰陽交感といいますけどそんな感じ、気持ちがいいでした。


 

 

 

感覚を覚える

    投稿日:2011年 6月30日(木)20時28分25秒

返信・引用

 

 

 質問できる人って、自分の中に何らかの答えがすでにあるんですね。全く無知な人って質問しようと思っていても、何を聞いてよいのか分からない。自分の中にある程度の答えはあっても、それを明確化しようとしたりするからこそ質問することができる。
 戴隆邦が、拳譜のなかで、「習芸二勤の口勤」で示したのは、「口を開き、心を開き、師に問い、自らに問う」ということだと思います。口を閉じ、吸収しようとするだけで受け身になってしまえば、その人の武は死んでしまう。口を開き、心を開く、師に問い、自らを問う。質問すれば、恥をかいたと思うこともあるだろう。しかし、自分をさらけ出さなければ
人も心を開かない。私達は、インターネットで世界に散らばっている膨大な量の情報をすぐに、手に入れることができるようになった。いろんなすばらしい情報を、タダ見ているだけもできるし、匿名という自らをさらさず、くだらないときって捨てたり批判したりすることもできる。たくさんの情報は、そこに浮遊しているだけで、それを消費する人の物になってはいない。習芸二勤で示された「腿勤と口勤」の重要性を私達は問い直さなければならないと思うのです。戴隆邦がといた「腿勤と口勤」は直接、足を使い、口を開き芸を学ぶ、それが勤めなのだと言ったわけです。私達は自らの足と口を使うことで芸を学ぶことができる。
 今の時代は、インターネットとか利用すれば、戴隆邦がといた「腿勤と口勤」そのものではなくても、近い物は可能になってくると思います。。そこでは、自らをさらけ出し、師に問い、自らを問うていく姿なのだと思います。成長するためには、陰陽が交感しなければならない。陰陽五行の物の考え方です。
 あふぇんさん
戴氏をしていると、「感覚を覚える」とか「感覚を身につける」とか知覚することって目や耳、皮膚とか感覚器官と脳があればできるのだと思います。あの人はセンスがあるなあとか
いったときのセンスは、感覚的な物だけれど、その人が身につけた物だし、感覚の記憶というか蓄積だと思うんですね。
 よく、あふぇんさんが人を見て、どんな感じの人だとはなしをされているのを聞くとすごいなあ、私にはないセンスだなあと思ったりします。そのセンスって台湾から日本に来て異文化に触れたからこそ身についた物なんでしょうか?

 

 


センス?感覚?

  投稿者:a-fen  投稿日:2011年 6月30日(木)10時56分17秒

返信・引用

 

 

すみません、ちょっと割り込みます。

昔も今も中国武術の教えは分析してもらうことは多分あり得ない、自分で感覚を探って覚えていくのは当たり前だった。王先生も自分の感覚で覚えていくとよく答えていたの気がします。 ですからxinyiさんは分析力の凄さは尊敬します。今、本を書いているところ、長年間の練拳の積み重ねを習得したものを言葉にして皆さんに分け合うことは素晴らしい~です、頑張ってくださいb。
私もよく同じ職の方をみて観察をしています、一つの良さを見つけたら、自分のものに取り入れて試してみたり、人の欠点を見て注意したり、やっているうちに楽しい発見ができるととても得した気がします。^^
武術の楽しさの発見は同じでしょうか?
もちろん、他人も私を観察していると思います。常に意識をしてやっているつもり、日々是勉強ですね。他人が真似できないセンスを得たらいいですね。

 

 

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