今回は、熊本県内唯一の宮内庁陵墓「懐良親王御陵(かねながしんのうごりょう)」に行ってみた。
目の前には、くまもとホタルの里100選に選ばれている清流が流れている。 とても静かで清涼な場所である。
懐良親王(1329~1383)は、後醍醐天皇の十六皇子で、南朝の征西将軍として、肥後国隈府(熊本県菊池市)に拠点を置き、
九州における南朝方の全盛期を築いた人物である。
のちに征西将軍職を後村上天皇の第七皇子 良成親王に譲り、1383年(弘和3年)に筑後矢部(福岡県八女市)で薨去した。
敷地はそんなに広くはないが厳かな雰囲気に包まれている。
懐良親王御陵は、良成親王の命により肥後守護代の菊地武朝が造営した。
御陵内には、懐良親王直筆銘の宝篋印塔が、そして南側には懐良親王の菩提寺である中宮山悟真寺がある。
御陵のすぐ脇には、護神寺廃寺跡(八代市指定史跡)の説明柱が建っている。
御陵に隣接して懐良親王の菩提寺である中宮山悟真寺(八代市指定有形文化財・建造物)がある。
懐良親王の墓所については諸説ある。
1873年(明治11年)の宮内省の調査以降、熊本県八代市の懐良親王御陵を親王の墓所として指定しているが、
その他に、福岡県八女市にある大円寺の懐良親王御墓所、福岡県久留米市にある千光寺の懐良親王御陵が伝わっている。
【文化財データ】
名称:懐良親王(かねながしんのう)御陵
所在地:熊本県八代市妙見町2464 悟真寺
時代区分:南北朝時代
形態:陵墓
開館時間:常時開放
駐車場:無(近くの水無川ほたるの里の無料駐車場を利用)
目の前には、くまもとホタルの里100選に選ばれている清流が流れている。 とても静かで清涼な場所である。
懐良親王(1329~1383)は、後醍醐天皇の十六皇子で、南朝の征西将軍として、肥後国隈府(熊本県菊池市)に拠点を置き、
九州における南朝方の全盛期を築いた人物である。
のちに征西将軍職を後村上天皇の第七皇子 良成親王に譲り、1383年(弘和3年)に筑後矢部(福岡県八女市)で薨去した。
敷地はそんなに広くはないが厳かな雰囲気に包まれている。
懐良親王御陵は、良成親王の命により肥後守護代の菊地武朝が造営した。
御陵内には、懐良親王直筆銘の宝篋印塔が、そして南側には懐良親王の菩提寺である中宮山悟真寺がある。
御陵のすぐ脇には、護神寺廃寺跡(八代市指定史跡)の説明柱が建っている。
御陵に隣接して懐良親王の菩提寺である中宮山悟真寺(八代市指定有形文化財・建造物)がある。
懐良親王の墓所については諸説ある。
1873年(明治11年)の宮内省の調査以降、熊本県八代市の懐良親王御陵を親王の墓所として指定しているが、
その他に、福岡県八女市にある大円寺の懐良親王御墓所、福岡県久留米市にある千光寺の懐良親王御陵が伝わっている。
【文化財データ】
名称:懐良親王(かねながしんのう)御陵
所在地:熊本県八代市妙見町2464 悟真寺
時代区分:南北朝時代
形態:陵墓
開館時間:常時開放
駐車場:無(近くの水無川ほたるの里の無料駐車場を利用)