今回、右足を骨折して、今まで「頭では理解していても」「実感として」余り意識できていなかった大切なものにたくさん気づかされた。
感謝してもし尽くせないことばかりだった。
健康で自由に歩くことが、どんなにか有難いことで大切なことかということに、実感として気がついた。
普段「当たり前のこと」が「当たり前でなくなる」ことの重さ。
僕は人よりいろんな経験をして、頭では分かっていると思い込んでいたんだけれど、実はそれは単なる独り善がりの思い込みに過ぎず、何も分かっていなかった。
このことは僕にとって大変なショックだったし、強烈に反省しなければならない。
スタジアムの通路で倒れて動けなくなった僕を、病院まで救急車で搬送してくれたYasuko。
本当にありがとう。
試合を最後まで観たかっただろうに、こんな怪我人の面倒を見てくれてありがとうね。
後から病院に駆けつけてくれた皆さん。
伊庭くん、枡田くん、仲井くん、赤松くん、中越さん、和尚、小林さん、中西くん、西さん、佐藤さん、、、、、カンパまでしてくれて本当にありがとうございました。
中でも仲井くんはタクシーで実家まで送ってくれましたね。
感謝の言葉もございません。
他にも心配して、電話かけてくれた皆さん。
本当にご心配をおかけしました。
そしてありがとうございます。
僕はこんなにも大切な仲間や友達に守ってもらっているんだと、今さらのように気がつきました。
大阪と東京、こんなに距離が離れていても、いざと言う時に力になってくれる人たちがいるということの有難さを身に染みて感じました。
この身の幸せに感謝せずにはいられない思いです。
ありがとうございました。
で、これからお世話になる実家の両親にも、すみません。
ご心配おかけします。
そして、こんなにも素晴らしい仲間や友達に会わせてくれて、いろんな楽しいことや悔しいことや嬉しいことや悲しいことや面白いことや苦しいことや、ホントたくさんの感動を与えてくれる「セレッソ大阪」というJクラブチームの存在の大切さ有難さが分かった12月3日でした。
これで目の前で優勝を逃したのは5度目です。
森島選手なんてその5回とも経験してる。
こんなにも目の離せないサッカーチームがホント何処にあるだろうか???
少なくとも日本には他にないぞ!こんなチーム。
メチャクチャに残念だったけどますます好きになったこの日でした。
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『C大阪悲劇…後半44分59秒首位転落』
2005年12月4日(日) 9時58分 日刊スポーツ
後半44分、東京今野に同点ゴールを決められ悔しがる西沢(左から2人目)らC大阪イレブン(撮影・加藤哉)
<J1:C大阪2-2東京>◇最終節◇3日◇長居
残り1秒で「長居の悲劇」は繰り返された。勝てば優勝が決まっていたC大阪だが、後半44分59秒で東京に同点ゴールを許し、ほぼ手中にしていたタイトルを逃した。
延長Vゴール負けでV逸した00年第1S最終節と同じ本拠地・長居スタジアムで、再びつらい結末。
FW西沢明訓(29)が2ゴールを挙げ、16戦不敗のJリーグ記録(1シーズン)を樹立したが、悔やみ切れない5位に沈んだ。
冬空が涙でかすんで見えた。
緑のピッチにあおむけに倒れ、西沢は両手で顔を覆った。
必死に涙をこらえながら森島寛が、西沢に歩み寄る。
さまざまな思いがよみがえってきた。
後半44分59秒。
手の届くところにあったはずの優勝は、一瞬にして離れていった。
本拠地・長居で、悲劇はまた繰り返された。
思いのすべてを込めて臨んだ試合だった。
00年第1SのV逸に3度の天皇杯準優勝と、チームは過去4度優勝を逃してきた。
西沢は試合前日に「勝たないと一生、負け犬になる」と悲壮感を漂わせた。
前半3分に先制ゴールを決めると、同点の後半3分にも勝ち越し弾。
言葉ではなく、プレーでチームを引っ張った。
試合後は目を真っ赤に腫らし「今日は勘弁してください」とバスに乗り込んだ。
5年前と同じ悪夢-。当時を知る西沢と森島寛にとって、セレッソへの思いは想像以上だった。
今年の正月、森島寛は書き初めに「勝負の年」と書いた。
ヤンマー時代から、長く険しい道のりを歩んできた森島寛も33歳になる。
幼少時代に所属した広島・大河FCの先輩で、尊敬する元日本代表MF木村和司は36歳で現役を引退した。
「木村さんを超えたい」と言いながらも、残された現役生活がそう長くないことも分かっている。初の優勝を狙ったシーズンだった。
「何が何でも…。どういう形でもいいから結果を出したかった。悔しい。また力をつけて、何としても長居で優勝を決められるようにしたい」。
そう言うと、森島寛はあふれ出そうになる涙をこらえ、目をぬぐった。
悲願はかなわなかった。
しかし、昨年はJ2降格の危機に立たされ、例年なら自動降格のブービー。
今年も一時は最下位に沈んだクラブが16戦無敗で追い上げた快進撃は、Jリーグに新たな歴史を刻んだ。
C大阪が突っ走った05年シーズン。
この衝撃と感動は決して忘れない。
【益子浩一】
感謝してもし尽くせないことばかりだった。
健康で自由に歩くことが、どんなにか有難いことで大切なことかということに、実感として気がついた。
普段「当たり前のこと」が「当たり前でなくなる」ことの重さ。
僕は人よりいろんな経験をして、頭では分かっていると思い込んでいたんだけれど、実はそれは単なる独り善がりの思い込みに過ぎず、何も分かっていなかった。
このことは僕にとって大変なショックだったし、強烈に反省しなければならない。
スタジアムの通路で倒れて動けなくなった僕を、病院まで救急車で搬送してくれたYasuko。
本当にありがとう。
試合を最後まで観たかっただろうに、こんな怪我人の面倒を見てくれてありがとうね。
後から病院に駆けつけてくれた皆さん。
伊庭くん、枡田くん、仲井くん、赤松くん、中越さん、和尚、小林さん、中西くん、西さん、佐藤さん、、、、、カンパまでしてくれて本当にありがとうございました。
中でも仲井くんはタクシーで実家まで送ってくれましたね。
感謝の言葉もございません。
他にも心配して、電話かけてくれた皆さん。
本当にご心配をおかけしました。
そしてありがとうございます。
僕はこんなにも大切な仲間や友達に守ってもらっているんだと、今さらのように気がつきました。
大阪と東京、こんなに距離が離れていても、いざと言う時に力になってくれる人たちがいるということの有難さを身に染みて感じました。
この身の幸せに感謝せずにはいられない思いです。
ありがとうございました。
で、これからお世話になる実家の両親にも、すみません。
ご心配おかけします。
そして、こんなにも素晴らしい仲間や友達に会わせてくれて、いろんな楽しいことや悔しいことや嬉しいことや悲しいことや面白いことや苦しいことや、ホントたくさんの感動を与えてくれる「セレッソ大阪」というJクラブチームの存在の大切さ有難さが分かった12月3日でした。
これで目の前で優勝を逃したのは5度目です。
森島選手なんてその5回とも経験してる。
こんなにも目の離せないサッカーチームがホント何処にあるだろうか???
少なくとも日本には他にないぞ!こんなチーム。
メチャクチャに残念だったけどますます好きになったこの日でした。
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『C大阪悲劇…後半44分59秒首位転落』
2005年12月4日(日) 9時58分 日刊スポーツ
後半44分、東京今野に同点ゴールを決められ悔しがる西沢(左から2人目)らC大阪イレブン(撮影・加藤哉)
<J1:C大阪2-2東京>◇最終節◇3日◇長居
残り1秒で「長居の悲劇」は繰り返された。勝てば優勝が決まっていたC大阪だが、後半44分59秒で東京に同点ゴールを許し、ほぼ手中にしていたタイトルを逃した。
延長Vゴール負けでV逸した00年第1S最終節と同じ本拠地・長居スタジアムで、再びつらい結末。
FW西沢明訓(29)が2ゴールを挙げ、16戦不敗のJリーグ記録(1シーズン)を樹立したが、悔やみ切れない5位に沈んだ。
冬空が涙でかすんで見えた。
緑のピッチにあおむけに倒れ、西沢は両手で顔を覆った。
必死に涙をこらえながら森島寛が、西沢に歩み寄る。
さまざまな思いがよみがえってきた。
後半44分59秒。
手の届くところにあったはずの優勝は、一瞬にして離れていった。
本拠地・長居で、悲劇はまた繰り返された。
思いのすべてを込めて臨んだ試合だった。
00年第1SのV逸に3度の天皇杯準優勝と、チームは過去4度優勝を逃してきた。
西沢は試合前日に「勝たないと一生、負け犬になる」と悲壮感を漂わせた。
前半3分に先制ゴールを決めると、同点の後半3分にも勝ち越し弾。
言葉ではなく、プレーでチームを引っ張った。
試合後は目を真っ赤に腫らし「今日は勘弁してください」とバスに乗り込んだ。
5年前と同じ悪夢-。当時を知る西沢と森島寛にとって、セレッソへの思いは想像以上だった。
今年の正月、森島寛は書き初めに「勝負の年」と書いた。
ヤンマー時代から、長く険しい道のりを歩んできた森島寛も33歳になる。
幼少時代に所属した広島・大河FCの先輩で、尊敬する元日本代表MF木村和司は36歳で現役を引退した。
「木村さんを超えたい」と言いながらも、残された現役生活がそう長くないことも分かっている。初の優勝を狙ったシーズンだった。
「何が何でも…。どういう形でもいいから結果を出したかった。悔しい。また力をつけて、何としても長居で優勝を決められるようにしたい」。
そう言うと、森島寛はあふれ出そうになる涙をこらえ、目をぬぐった。
悲願はかなわなかった。
しかし、昨年はJ2降格の危機に立たされ、例年なら自動降格のブービー。
今年も一時は最下位に沈んだクラブが16戦無敗で追い上げた快進撃は、Jリーグに新たな歴史を刻んだ。
C大阪が突っ走った05年シーズン。
この衝撃と感動は決して忘れない。
【益子浩一】