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一言二言三言

日常思うこと、演劇や音楽の感想を一言二言三言。
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相田みつを美術館

2006-05-27 | 絵画
in 東京国際フォーラム 地下1階

ずっと行ってみたかった美術館第2弾。(第1弾は前述の朝倉彫塑館)
場所柄もあるのか、やたらめったら高級感のある美術館だ。
ちょうど「熱狂の日」音楽祭2006(LA FOLLE JOURNEE au JAPON)が開催中で、フォーラム内ではモーツァルトの生演奏で溢れていた。美術館入口前の吹き抜けのホールでもオケが演奏中。
場違いな場所に来てしまった……こんな所と知っていたらもちっとマシな服装をしてきたのに。そう、この日私は暑さのあまり持っていった着替ではなく、前日に用心のために買っておいたエンドリのツアーTシャツを着ていた。だからと言って入場拒否はされないが、レストランの店員は腰が高く感じが悪かった。関西からきたからそう思うのか?
美術館のスタッフは「ここはホテルですか?」というほどの上品さだ。館内の雰囲気に合わせているのだけれども、庶民的な相田みつをの作品を思うと若干不思議な気もした。落ち着いて鑑賞できる清涼さや、映像に工夫を凝らした遊びなど、様々な配慮の結果なのだろう。
企画展(「道」への道)の最中だったが、書画集などで知っている作品も多く展示されていた。本で見るのと、こうやって眺めるのとでも受ける感慨が違う。訴えかける強さと言うべきものだろうか。
心に自然に浮かんだ言葉を表現するために、何百枚もの紙を必要とする。筆のハネが少し違っただけでも、私たちが受ける印象は変わってくる。細心の注意を払って書かれたどこまでも正直な人間らしい心。
そうだなぁと得心する言葉、苦笑せざる得ないニュアンス、たくさんの言葉の中に、今必要とする言葉は必ず見つかる。

今回のmy favoriteは『初』 の1文字の書。
初めて向き合うもの。
初心。
まっさらな心。

朝倉彫塑館

2006-05-22 | 絵画
日暮里という駅に初めて降りた。
あ、なんか住めそう、というのが第一印象。
天気良かったしね。
天気いいと気分いいね。
北口を出て人々の後ろをついてしばらく歩くと見えてくる。
門柱と玄関の間に【雲】という石像作品がある。キント雲に猿のようにも見える人間たちが乗って叫んでいる。非常に勢いのある作品で、しばし立ち止まって眺めた。
彫刻作品は保存に気を使う絵画と違い、野ざらしにできるところがいいな。材質にもよるだろうし、これなんか石だから風化するんじゃないかとか思うんだけど。室内ではこいつらの勢いは収まりつかないのだろう。
1番の目的は代表作の【墓守】だったが、受付を過ぎて壁際に置かれていた彫塑の作り方のリーフレットを読んで(あとで受付に言えばもらえる)振り返ったらいきなり立っていた。
恭しく奥に仕舞いこまない配置と、代表作でまずお出迎えを、と言っているような彫塑館のスタッフの姿勢に好感を覚えた。
【墓守】はずっと見たかった作品。等身大よりもやや大きい。表面荒々しいようなタッチが、彼の穏やかさと生き生きとした存在感を与え、ドキリとするタイトルから陰鬱さを取り払って、長く人生を歩んだ1人の人間が私たちと対面する。
将棋を指しているところを眺めている姿だそうだが、物言わぬ彼に話を聞いてもらいたい、そんな気持ちになった。
同じフロアの展示として【仔猫の群れ】は飼い猫がたくさん産んだのだなと想像できて微笑ましく、退屈そうに伏せる大型犬を模写した【臥したるスター】は、特に正面から見るとまるでそこに本物がいるような、犬らしいなんとも言えないユーモラスさがある。
それから【若さの影】でよかったかな? 肩や手足の線が私の好みどストライクで、なめるように(失礼)眺めてしまった。ああ、これが十代の少年独特の無垢で純粋な美しさなのだと、もう1体の男性像(スポーツ選手らしい)との違いも含めて思った。首から下だけ部屋に飾らせてほしい。パンツははかせます。
彫塑館は朝倉文夫がこだわりぬいて建てた住居兼アトリエだ。縁側に出ると広い中庭いっぱいに湧き水をたたえた池と、儒教の教えを造形化した大小の石が配置されている。見上げた向かいの建物の窓も一般の家屋とはどこか違い、吹き抜けのようになったその空間はさながら静謐な別世界のようだ。
書斎の壁一面天井まで様々な洋書和書がぎっしりと並ぶ。植物の栽培に関する本、エジプトの建築様式に関する芸術書なども原書で収められていた。昔の人はすごい…。ここからサンルームを覗くとオレンジ色の東洋蘭が満開だった。
建物の内装を感心しながら順路を進むと、2階の端で明るい小部屋(元は東洋蘭の温室)に出る。猫の国だ。
普通では描かないような愛猫たちの姿がそこにはある。年を取ったり、病を得たりしたものすらも作品になった。それも猫がじっとしているわけはないので、一瞬の動き、表情をよくここまで生き生きと表現したものだと、ただただ感服するのみだ。【よく獲たり】はタイトルまで面白い。愛しい眼差し以外、何物でもあるまい。
芸術とは、一瞬を捉える観察眼と形にしようとする意欲、そして愉しみなのだろうと思う。それを実感できる美術館。
できれば人の少ない平日に、ゆっくりと過ごしたい。

プーシキン美術館展

2006-03-20 | 絵画
in 国立国際美術館

イギリスのコートールド、アメリカのバーンズと並ぶロシア人収集家セルゲイ・イワノビッチ・シチューキンとイワン・アブラーモビッチ・モロゾフのコレクション。
モネ、ルノワール、ドガなどの印象派の時代からマティス、ピカソらキュビズムまで、1度は聞いたことのある名前が並びます。
favoriteはモネの『白い睡蓮』
光溢れるモネの緑は美しい。
いつかは行きたい。モネの庭。
フォランの『パリ、オペラ座の舞踏会』も赤と黒の表現が上品で目を惹き、覚えておきたい1作。

絵画の展覧会は年代順に見せることが多いようですが、近代に近づくほど難解になるので、気分良く出口を出るためにもどうか印象派をラストに持ってくることをご検討願いたい。

ミュシャ展

2006-01-15 | 絵画
in サントリーミュージアム[天保山]

誘う友人たち皆に振られ、なんだ最近はあまり注目されてないのかと日曜日の午後に呑気に出かけた。
めちゃ混んでるじゃないですかっ!
私自身ポスターや版画には興味が薄く『スラブ叙事詩』への憧れから、油絵が主な目的だった。が、生で見るリトグラフの美しさ、表現の繊細さには驚きを隠せない。あの細やかな表現の作品を、パリ時代の短い期間だけで相当数をこなしている点も驚きだ。
そして何よりもデッサンの素晴らしさには息を呑む。『装飾資料集』の静物デッサンには空恐ろしさすら感じた。あんなに凄い素描、私の短い☆人生の中では見たことない。デッサンのミュシャと呼ばれるのも納得。完璧なデッサンは形以上のものをも表現するのだね。
リトグラフ以外では油絵、パステル画の展示があり、比較するとまた面白い。後者はアールヌーボーでイメージするミュシャとは違って色調も暗めだが、職人としての表現と個人としての表現の違いもあるのかもしれない。
また、私の思い込みかもしれないが、妻子をモデルにした数点の絵画から、ミュシャが本当に家族を愛していたのだろうという想いを感じたのが嬉しかった。
美術館で初めてエコパック入りで図録も購入。これは買いで正解! 

ミラノ展

2005-09-25 | 絵画
Sun.18.Sep   in 大阪市立美術館

大阪市とミラノが姉妹都市だったとは知りませんでした。へえー…
レオナルド・ダ・ヴィンチの≪レダの頭部≫はB5サイズほどのとても小さな素描画。しかし今回のどの展示よりも印象に残った。柔らかな表情、タッチ、目元のぼかし具合、口元、すべてが美しい。何時間でも見ていられる。説明書きに失われた≪レダと白鳥≫を想起させるとあり、見ることのかなわぬその美しさに思いを馳せた。購入した絵葉書はピンク色がきついが、実際はレンガ色に近く、色合いは優しい。絵はやはり生で見なくては。
ジョヴァンニ・セガンティーニの≪水飲み場のアルプスの雄牛≫を見れたのも嬉しかった。風景そのままの澄んだ空気や明るい光に、見る側の心も澄んでくる。
年代順の展示なので、出口近くの近・現代の不思議世界に、友人が「最後にこれは嫌だ!」と叫んで、もう一度レダに会いに行ったのは面白かった。