櫻井郁也ダンスブログ Dance and Art by Sakurai Ikuya/CROSS SECTION

◉新作ダンス公演2024年7/13〜14 ◉コンテンポラリーダンス、舞踏、オイリュトミー

長崎公演に寄せて(直前報告、2)

2015-08-04 | 公演写真&記録(国内) dance works in JP(photo etc)
現地入り前の稽古も残りは明日1回、もう一度一人きりで踊ってから出発します。

【『弔いの火』ノートより、2】

今回の公演を作業しながら、
被爆聖母への思いを隠し得ません。

このマリア像の上に、原爆は投下された。

この聖母について、このブログに書いたことがありました。2013年の8月10日。二年前です。

当時の記事


日が巡り、偶然の力か、原爆にまつわるダンスを、という話が長崎から来ました。そして、初めて僕は被爆聖母の前に立つことができました。

(偶然とは、まことに不思議。呼ばれたような気さえしてきます。)

彼女の声を聴きながら踊りたいと思い、今回の作品のなかで浦上天主堂の鐘が響く音とダンスをすることにして、現地レコーディングをしました。

東京に帰って、その音の変化をモチーフにピアノ、ウォーターボウル、チューブラーベルなどで何曲かを演奏録音。いま、本番用のミキシング作業が終わろうとしています。
今回のダンス音楽は、この被爆聖母への思いがサウンドになったとも言えます。

浦上の鐘の音、それが喚起させてくれたオリジナルメロディー、そこに、長崎に伝わる隠れキリシタンの祈りの歌や遠く離れた国々の祈りの歌が呼び交わす構成、、、。

さまざまな祈りの響きと身体の絡まり合い。

今回の「弔いの火」の音楽と振付が追いかけ合うように形になってきています。

舞い場となるのは松原小学校の運動場。そこには、コラボレーターの瀧澤が子どもたちとつくる80体の「ひとがたランプシェード」が並び、日没とともに炎が灯されます。そして、これらを作った子どもたちのナマの歌声が、先述のダンス音楽の最後を形成します。

80体とは70年前の8月9日、原爆投下直後に、この場所に市民の手で搬送された被爆者の数です。

喪われた命、喪われた祈り、から、引き継がれた命、引き継がれた祈りへ。

僕は信仰者ではありえていません。しかし、生まれつつある作品=祈りのかたち、に向き合いながら、いまなぜか、エピファニーという言葉について、すこし考え始めています。エピファニーとは、顕現。あり得ない事が起こることです。奇跡を起こすのは神か人か。それは知りえないけれど、奇跡を起こす力、奇跡が起こる可能性、それを信じることは努力の火種で、生の杖となります。未来に繋がります。

禁断の原子の火を浴び地獄を見つめてなお私たちに微笑を送る一つの聖母像。

その前に立って感じた真空のような静かさと、そこから街に染み込んでゆくような鐘の音が、そのような事を心巡らせてくれます。そして身を揺らせ始めます。

身体の骨の奥に、何か今迄に経験したことがない力の波を起こし始めているのかもしれません。
(つづく)

公演詳細
__________________________
★2015年、櫻井郁也のステージ予定★

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