As
Slow
as
Possible
9月5日、ジョン・ケージによって開始された世界最長の音楽『ASLSP』の音が「次の音に」入れ替わったというニュースを読んだ。7年ぶりのことだそうだ。
この音楽は、パイプオルガンのための曲で、何年もずっと同じ音を弾き続ける。それが何年も経って、次の音になり、また何年も弾き続け/つまり響きを響かせ続けられて、いつか次の音にバトンタッチされてゆく。639年のあいだ続けられ、演奏終了の予定は2640年9月。僕はとっくに居ない。
639年かけて「一つの曲」を演奏する。
定期的な演奏会を何年もつづけるというのは誰もがやっているが、ケージのこれはその類いの行為とは根本的にちがう。ただ一曲を世代を超えて演奏する大変な仕事だ。演奏終了のそのとき、どんな沈黙が現場に訪れるのか。その瞬間を、僕はつい妄想する。バッハの最後の音楽は中断によって忽然と消えるが、あらかじめ遠い未来の終点を定めたこの曲はどんなかんじに響きを終えるのだろうか。
曲名の「ASLSP」というのは、As Slow as Possible(できるだけゆっくり)の略で、ぼくは、この言葉がなんともいえず好きだ。
この曲が演奏されている場所は、ドイツのハルバーシュタットにあるブキャルディ廃教会。私達の千年紀の2000年から、この教会の創立年である1361年を引いた639年が演奏時間なのだという。
この曲のことは、何年か前にちょっと書いたことがある(link)のだけど、僕はけっこうステキだと思っている。こんな音楽があることも素敵だし、何よりも、この音楽を粘り強く実際に演奏し続けている人たちがこの世界に居るという事実が、とてつもなく素敵なことに思えるのだ。
ケージは僕にとってとても大切な作曲家の一人で、ダンス活動を始めた頃に、彼の音楽をいくつか踊った経験はいまだに糧になっている。そのなかには音を鳴らさないことで有名な『4分33秒』もふくまれていて、奇妙に思われるかもしれないが、本番のときに体験したそれは本当にショッキングですごく胸に響く音楽だった。
『4分33秒』は、少しの時間だけ音を鳴らさずにおく音楽。沈黙を聴く音楽だ。楽器があり演奏者が居るが、あえて音をたてない。楽譜には、1=TACET(おとをたてない)、2=TACET(おとをたてない)、3=TACET(おとをたてない)。実際に上演すると、沈黙には無数の感情が張り詰めてくることがわかる。沈黙から無数の言葉が読み取れる。沈黙のなかで自分の心もまるごと聴こえる。
『ASLSP』は、これと対照的に音を鳴らし続ける曲だけど、そこには先の沈黙の曲にも非常に深く結びつく心があるように思えてならない。何年も同じ音を響かせ続けるというのは、長い長い沈黙を奏でることにも近しいのではないだろうかと思う。奏でることは傾聴することでもあるのだろうし、傾聴ということは「心して黙する」ということなのではとも思うのだ。
コロナ禍のために僕は舞台活動を休止したぶん、稽古の時間が大量に増えた。長期間、人前に出ないまま独りで密かに踊り続けるという、こんな経験は初めてだ。こんなときに、世界のどこかで密かに奏でられている音があるというのは、なんだか、いい。
この長い中断/休止/沈黙は、僕にとっていろんなものに耳を傾け直す仕事をくれている。じっと聴く。遠くを聴く。そのなかには、自分自身の根の音も含まれてあるかもしれないと思う。
きのう、遠くドイツで入れ替わった音はどんなだったのだろう。これから、どんな世界のどんな時間を鳴り響き続けるのだろう。そう思いながら、僕は心の底のほうになにか微細な震えが始まっているような気がする。
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