COTE D'IVOIRE

アビジャンに住んでいました(1999.3-2002.10)
サイト《象牙海岸にて》の続編を綴ってみます。

コーヒー・カカオ連合会長(FIPCC)の死

2004年11月30日 | 農業関連
Cissé Lociné 氏が11月26日(金)の夜に急死したとのこと。
毒殺なのか、それとも自然死なのか、「謎の死」と"l'INTELLIGENCE D'ABIDJAN"紙が報じています。

FIPCC:Fédération ivoirienne des producteurs de café-cacao

Souce: http://www.abidjan.net/actualites/h/110744.html

政府にも歯に衣をきせない言い方で迫っていた彼が、こんなことになろうとは、灯りがまた一つ消えたようで、先がますます見えにくくなりました。

合掌

仏語圏サミット

2004年11月29日 | 国際会議・関係
「仏語圏、持続的開発のための団結」というテーマで、第10回、仏語圏サミットが11月26日、27日の2日間にわたり開催されました。
コモンウェールズの仏語版として1986年、当時のミッテラン大統領が開始した頃は、文化国家フランスのイメージと余裕の感じられるサミットと見ることができました。
そして回を重ねて今年は第10回目。当初は毎年開催の予定が第3回目から2年毎になり、第9回サミットは2001年9月11日の影響で翌年に持ち越し、今年、第10回の開催地はワガドゥグ(ブルキナ・ファソ)です。何というめぐり合わせでしょう。
隣国コートジボワールのバボ大統領は欠席、何故か近い国のトーゴ、ギニアそして先回の開催地レバノンの大統領も欠席です。その代わりか、ナイジェリアのオバサンジョ大統領を招き、決議には重みを持たせているようです。
事務総長ディオフ氏(前セネガル大統領)の言葉にもむなしさがうかがえます。「文化の団結が、政治色に塗られた」、「軍事手段は何の解決にもつながらない、、」
もちろん今回も多くの文化的決議が打ち出されているようです。ところが協議は綿花の価格暴落とコートジボワールの問題に集中したようです。
ラジオを聴いていてインパクトある演説を聞くことが出来ました。マリの元大統領、現AU委員会の長であるアルファ・ウマル・コナレ氏 です。彼は3分のバンバラ語の演説の後、、、
「・・確かにフランス語のコミュニティではあるけれど、フランス語が我らの母語に勝るというものではない、ベテ、セヌフォ、バンバラ、、、アフリカの国々の長よ、汝の言葉を愛せよ、そしてその活き活きとした言葉で今日犠牲となっている兄弟達に、しっかりと話してあげてくれ、豊かな言葉フランス語を通じた今日の我らの団結を話してあげてくれ、、。」

「・・100万人もの綿花農家が、去年800cfa/kgだった綿花を今年は500cfa/kg以下で売ることを余儀なくされている。国の負債は既に限界に達し、貧困化は拡大されるばかりだ、これが持続的開発の見本なのか、、、、」
シラク大統領も暗にアメリカの40億ドルに及ぶ自国の綿花生産者への補助金政策を非難しています。

そしてコートジボワールへの対応は制裁を適応せず、当事者の政治的対話と解決を求めることになりました。
次回、2006年はブカレストでの開催が予定されています。

Source:http://www.rfi.fr/francais/actu/pages/001/dossier_special_79.asp

Tissa で会った中国人

2004年11月26日 | 日々の暮らし
モロッコの地方へ泊りがけで行ってきた。
「地球の歩き方」にも載っていない町(村?)Tissa、
ここの役所へ寄ったとき、後ろの官舎に住んでいる女性が僕を見て何か言っていた、、。
彼女の家に中国人がいるから会いに来いとのこと、半信半疑でついて行った。
「こんにちわ」、、、確かに中国人がいた。しかも2歳くらいの子どもを抱っこしていた。
官舎に住んでいる女性の妹が中国人と結婚し、そのご主人と彼の兄弟が奥さんの姉を訪ねていたところだった。
ご主人のお仕事は商業。今日、夕方の便で上海へ向かうという。
そのわりには実にのんびりしている。アフリカに溶け込んだ雰囲気を持っている。
彼らは2000年までアビジャンにいたとのこと、その後ダカールへ渡り、今はカサブランカに居を構えたそうだ。
アビジャンで洋裁をやっていた台湾の女性の話をすると、、、
「今はもうミーナ逃げました。」
モロッコで中国製品が大量に出回っていることを、納得させるに十分な彼らの若さと頑張り。
そんな人たちはもうアビジャンには残っていないようだ。
中国人のいないアフリカも珍しいのではないだろうか、
コートジボワールは珍しい国の一つになってしまったか、、、。

国連安保理の迅速な制裁決議

2004年11月17日 | 騒動と戦争
フランスのイニシアティヴによる国連の安全保障理事会は15日(月)、コートジボワールへの制裁議決を採択した。
決議内容は以下の通り。
・武器および関連物資の輸入禁止、13ヶ月間
・憎悪や暴力をあおる報道の中止
・武器禁輸の妨害、人権侵害にかかる関係者の渡航禁止と在外資産の凍結
渡航禁止と、在外資金の凍結については、1ヶ月間の猶予期間があると解釈される。
この間にコートジボワールの和解合意が実現しない場合に実行されるようであるが、武器禁輸は即時の実施となっている。

これらの報道は 毎日新聞朝日新聞にも報道され、
毎日には《コートジボワール:紛争再燃「見せかけの民主化」破綻》という、
小特集も組まれている。これほどタイムリーに日本の新聞が取り上げるのはめずらしい。
毎日の国際コーナーに【アフリカ・オセアニア】コーナーができたのはすばらしいことだ

ローラン・バボ 対 ジャック・シラク

2004年11月16日 | 騒動と戦争
シラク大統領:「ウフエ・ボワニ大統領の時はアフリカのモデルだった、ところが彼の後継者はそれを引き継ぐどころか、とんでもない国を作ってしまった。白人と外国人を追い出して、、、。このように無秩序なファシストの体制を放置することはできない。」

バボ大統領:「フランスは反乱軍に加担している。過去のモデルの国で牢獄に入れられたのは我々だ、ファシストの単独政党を40年も擁護してきたのはフランスではないか、侮辱はもうたくさんだ。」

(リベラシオンの抄訳にならって、訳を超訳にしてみました。
原文はrfi:http://www.rfi.fr/actufr/articles/059/article_31762.asp 参照)
どうやらこんなやり取りがなされているようです。
こうなると、もう手がつけられない、、。

バボさんは確か癲癇持ちなんだよなあ、
親子喧嘩のようにも聞こえるけど、今度ばかりはどうなることやら、、、。

参謀長官の任命

2004年11月16日 | 騒動と戦争
土曜日にフィリップ・マングゥ(Philippe Mangou)大佐が任命されています。
ということは前マチアス・ドゥエ将軍が更迭され事にもなるわけですが、
愛国青年はマングゥ大佐をかんげいしてるとのこと、彼ならブアケを解放できるようなことも言っているようで、攻撃姿勢をとっているということのようです。

一方マチアス将軍、彼はクーデタ以前から軍を調整してきた人ですが、ここで軍の出方も方向転換することになりそうです。

まとめてメーリングリストに、

2004年11月16日 | 騒動と戦争
投稿した内容を紹介します。

日曜日で、コートジボワールから避難を希望するいわゆる外国人は、
ほぼ出国したもようです。約5千人と伝えられています。
アビジャン市内は平静を取り戻していると報じられていますが、
フランス人コミュニティーのメールではココディでの略奪が伝えられています。
白人にとっては危険な町になっているようです。
さらに昨日からバボ、シラク両大統領の齟齬は外交上では考えられないような状況ですし、フランスは国連軍と共にアビジャンから撤退の動きをとるのではないでしょうか(予測ですが)
ここまでの経緯をある視点から追って見ます。これは現国会議長で、昨日のAU西アフリカ首脳臨時会議にコートジボワールの代表として出席したママドゥ・クリバリ氏の考えを推測した、私の個人的な考えの域から出ないのですが、以下のような論理です。
1、Oさんがご指摘の通り、現在合意したといわれている和平協定はフランスの押し付けである。
(しかもその背後には常にアラサン・ワタラ氏が付きまとっていましたし、今回も彼はいち早く南アへ飛び、現行の和平協定を貫く以外に道はないとムベキ大統領との会談で申し入れています。)
2、フランス、マルクゥシィでの署名はたとえ大統領が署名したとはいえ、コートジボワール憲法に抵触する項目が含まれていることから、これは議会の判断が必要である。
もしくは無効である。
(この点、法的にはどのように扱われるのか、どなたかに伺いたいです。つまり大統領の署名事項で憲法に抵触する項目があった場合の法的優先度についてで、アラサン・ワタラ氏の次期大統領候補権に関することです。)
3、とはいいながら和平合意を現実的対応策として尊重するものの、今回のコートジボワール軍による爆撃対象は和平合意に関係しない新反乱軍であり、これを見過ごすことは新たな危機につながるとの判断から実行したもので、フランス軍基地への爆撃は誤爆である。
(バボ大統領はフランス兵の死に疑問を抱いているとも言っています)


http://positiveafrica.net/ ポジティヴなメーリングリストです。

小休止してカテゴリー

2004年11月16日 | Weblog
・・を、よく見てみると、自分の作ったカテゴリー、意味ないかも、、。
残念ながらこれまでも、ぜーんぶ「騒動と戦争の間」で他のカテゴリーに入るような話題があるかな?将来的にも、、。

後でカテゴリー分けをしてみようかと思いつつも、意外と大変そうだ。
しばらくこのままかな、何しろ整理整頓が苦手なモンで、、。

あぁ、トラバがついてる。
トラバの練習してみようかな。

アブジャでのAU(UA)臨時首脳会議

2004年11月15日 | 騒動と戦争
西アフリカ5カ国の首脳による、アフリカ連合(AU/UA)の臨時首脳会議が14日 (日)、ナイジェリアの首都アブジャで開催されました。
ここでは各首脳が一致して、コートジボワールの停戦協定下の武器使用に対して制裁を求める方向で、国連安保理への反コートジボワール案を決議したもようですが、これに対してコートジボワール代表であるママドゥ・クリバリ(現国会議長)氏は異議を唱え、当日の最終コミュニケの席から退席しようとさえしたと報じられています。(14nov./AFP)
彼は聡明な論理家だと私は見ており、少ないコートジボワール次世代指導者の重要な一人と思っているのですが、したたかさも必要と、、、考えさせられます。
ここでも彼の論理を説明し、フランス軍が今回160名を死亡させ、大統領邸に発砲したとも訴え、同時に、フランス軍が国連軍の指揮下に入るか撤退すべきだと求めたとのことですが、聞き入れられなかったようです。
これでコートジボワール政府は国際的にも厳しい立場に追い込まれますが、近隣諸国にも与える影響は少なからず、平常化に戻るのは一層遠くなったような感がもたれます。
これが、実質的植民地化から完全に自立するための試練なのか、アフリカの弱点の繰り返しなのかまだ分らないと贔屓目には見ているのですが、一般市民には耐えられないことでしょうね、、。

出国者は

2004年11月15日 | 騒動と戦争
コートジボワールから出国を希望する人は、昨日の日曜までに完了したようで、もし昨日(日曜日)の便が満席にならない場合、月曜日の便をフランスは運行しないと発表しているようです。
日曜日には3便で1050名が出国したとのこと、これまでのフランスによる出国者4248名と合わせて約5300名とのことです。このほかにも隣国のガーナや近隣国へ避難した人、近隣国経由で出国した人も多く、日本人の場合はガーナへ避難した人が多いようです。
もちろんいわゆる白人だけでなく、黒人も多く出国しているのでしょうが、これに関する数字は明らかではありません。
意外と思われる国としては、フィリピンが挙げられ、フィリピン人約100名の出国支援を外交ルートで申し入れたと聞きました。
外交官の家族はもちろん、多くの民間会社の派遣員も引き揚げたらしく、しかも出国者の中では「行くよ!もう戻らない」などという言葉も交わされたようです。
一方、コートジボワールに残っている人たちもいます。日本人でコートジボワールの人と結婚した人たちの多くはアビジャンで生活しているようですし、留学中の日本人青年からは大使館の問い合わせに対して「出国しない」と答えたとのメールが届きました。

かりそめの静けさ、

2004年11月14日 | 騒動と戦争
といったところだろうか、
ラマダンが終わり、お祭りがあるのでおやすみというところか、
仕事のない若者があふれ、このようなストレス解消的暴動が慢性化しているようにも思われる。
それをバボ大統領がやらせているのか、制止する力がないのか、それとも制止して支持を失うのうを恐れているのか、いずれにしてもアビジャンは白人にとって危険な町になってしまった。

*既に約2000人の外人は国外に避難したもようで、日本大使館のコアメンバーを除いてはガーナに退避したそうである。

その間にもいろんなことが起きている。
*どうやらMACAと思われる刑務所からは数千人の囚人が脱走したとか、これはAP通信が11日に報道したようだが、アビジャンの新聞には出ていないようであった。
日本では日刊スポーツがが報道しているようである。
http://www.nikkansports.com/ns/general/f-so-tp0-041111-0011.html
ここで報じている森とは国立公園のバンコの森と思われ、あの森の中は怖い人が大勢になったようだ。

*rfi(ラジオフランスインターナショナル)はブアケでの攻撃によるフランス兵の死者9名。
土曜日のアビジャンでの暴動によるイボワール人が62名死亡と報じ、それに対しバボ大統領はフランス兵士の死は疑問である、お目にかかってないからとワシントンポストのインタビューに答えたそうであるが、ワシントンポストの記事は見つけることができなかった。
http://www.rfi.fr/actufr/articles/059/article_31750.asp

*新たに軍参謀が任命されたとあったのは、、アビジャンネットかな。
Philipe Mangou という大佐、どのような采配をしてくれるのか期待したい。

*Fologさん(社会経済委員長)ガボンへ行き、ワタラさんはフランスから南アに飛び、
マルクゥシィの和平協定を貫こうという動きと、フランスの押し付け協定を超えた新たな協定を目指そうという動きと、いずれにも利権が伴うがゆえに、しかも選挙の年の2005年も近づくにつれ各自の行動も見えやすくなってきた。

そういうことか、スパイナー、、ね

2004年11月13日 | 騒動と戦争
このフラテルニテ・マタン紙の表紙の意味を、《フランスがバボを倒すに違いない》と読んでいたら違った。

ホテル・イボワールの近くで銃弾を受けた青年はプロの狙撃主にやられたということで、そのプロは大統領をを射殺するためのスナイパーで、ホテル・イボワール7階460号室から逃げたエリート狙撃手(ニューカレドニア出身で名前も出ている)であり、目的は大統領狙撃だったと、、、、。


そんなメールがアビジャンにいる日本人から届いた。
なるほど、そういうことだったか、、。それにしても相変わらず、もっともらしく読者をひきつける話題作りに専念しているような気がする。良識あるジャーナリストはいないのかね、、。
プロだったなら目的以外の人を標的にするはずがないではないか、、。

いま気付いたけど、

2004年11月13日 | Weblog
このblogはフランス語のアクサンとかあっても大丈夫。
はてなの日記では一字でもそういう特殊文字が入っていると受け付けなかったし、
他の多くのblogもアクサンとかが入ると置き換わってこんな風になったんだよな、、↓

Du vendredi 4 juin au vendredi 11 juin 2004

Sur la base des compte-rendus parvenus à ce jour au consulat, près de 45 compatriotes ont été agressés le lundi 7 juin en début de soirée, alors qu’ils circulaient en voiture à proximité du plateau, par des groupes d’individus qui venaient de se livrer à une manifestation violente devant l’ambassade de France. Trois de nos compatriotes concernés ont subi des violences physiques sans conséquence grave. Dans la plupart des cas, les véhicules ont été sérieusement endommagés.

以前、日本語サイトでは仏語は無理とあきらめさせてくれたblogから引っ張ってきたけど、、、。

つまり & agrave; は à で、
    & eacute; が é というのが判りますよね、パズルみたいだけど、、。
ということはこのblogは 優れものということだ。

ça serat très bien. Bien sûr.

あぁ、すごい、プレビューを見たら、チャンとなってる。
文中のアクサンとかは「& agrave;」こういう表記になっていたんだけど、、à に直ってる。
判るように&とaの間にスペース入れてみる、、。 2度びっくり。