山田線の駅巡り、今日は宮古市内の駅を攻めることにした。巡った順序は以下の通り、数字は区界からの駅数
2川内ー4腹帯ー3箱石ー7花原市(バス)9宮古(バス)5茂市ー8千徳(バス)6蟇目ー1松草
普通列車は朝の2往復が出たら、16時代までないので、バスでのアクセスが悪い駅を優先、12時代は快速停車駅である茂市と千徳を、それでも午前中は時間が空いたので、浄土ヶ浜を観光した。
松草は宮古の方に向かって右側片面、ほぼ宮古寄りに1999年に建てられた木造の待合室がある。駅前広場からは古い上屋つき階段で旧宮古街道に降りれるが、駅前広場から盛岡寄りに歩いても降りれる。宮古街道を20分近く歩いて、バイパスに合流した所には、106特急の黒沢バス停がある。松草から川内までは27分かかり、ノンストップでは中央線の通勤特快の国分寺~新宿間28分と変わらない。途中にある平津戸駅は実質休止中で、駅名票は消えてないものの、路線図運賃表の運賃は消えている。
川内は左側に駅舎のある相対式、両ホームは中程の構内踏切で結ばれている。配線的には2面3線だが、島式ホームの外側には柵がある。駅舎は組子の調和をコンセプトに2020年12月に改修された。宮古からの川内行最終列車は、折り返し宮古行最終になったから、職員室が泊まる必要がなくなったからだろう。盛岡寄りに少し離れて給水塔がある。駅から歩いて20分の所には、道の駅やまびこ館があり、106特急バスも停車する。
箱石は狭い右側片面、ほぼ盛岡寄りに2003年に建てられた小さい木造の待合室がある。ホームは駅前広場より高い位置にあるので、10段の階段を昇ることになる。待合室の下はコンクリート造りの倉庫があり、駅前広場側から出入りする。
腹帯は左側片面、ホーム中程に上屋、待合室と出口、少し離れてトイレがある。待合室は木造で1999年に建て替えられた。
茂市は島式、左側の駅舎とは盛岡寄りの構内踏切で結ばれている。鰺ケ沢同様、バリアフリー化で構内踏切が新設となった例だが、鰺ケ沢と違って跨線橋は撤去された。島式ホームの両側に横取線があり、岩泉線の廃線跡にある車庫につながっている。ホーム上には、ガラス張りの待合室が整備され、上屋にLEDの駅名票が取り付けられた。
駅舎側には岩泉線が発着する1番線があったが、線路が撤去されて構内踏切へのスロープが設置された。ホームだけでなく、駅名票も残っている。駅舎はゆったりと過ごせる地域の拠り所をコンセプトに、去年2月に改修された。駅舎の庇の前には上屋があり、岩泉線代行バスに乗り換えられる。
蟇目は狭い左側片面、以前は相対式で、朝時間帯に交換もしていたが、ホームもわからないくらいになった。ほぼ宮古寄りにある待合室駅舎は、松草、腹帯同様1999年に建てられた木造のものだ。その隣にはトイレが整備されている。バイパスは駅出口と逆だが、盛岡寄りの階段で簡単に抜けれる。
花原市は右側片面、ホーム中程に白い鉄筋コンクリートの待合室がある。出口はその横で並行する106号線と同レベルになっている。待合室に隣接して駐輪場がある。
千徳は右側片面、以前は2面3線だったが、撤去されてホーム跡もわからない。待合室駅舎は、2016年3月に建てられたもの、丸窓が特徴的で造花が飾られている。周辺は宮古の市街地で薬王堂やツルハドラッグ、歩いて10分のところにはスーパーもある。震災後、近内住宅などの災害住宅が整備され、利用客が増加したためか、2020年改正からは快速が停車するようになった。
17時24分、松草で駅巡り終了、山田線で残すは上盛岡、山岸、上米内だけになった。この辺は夜行バスで盛岡に朝着くようにすれば、一気に終わるのではないかと。というわけで、JR東日本の全駅制覇は五能線の復旧次第ということになった。
松草駅から20分近く歩いて黒沢バス停へ、17時52分の106特急バスで盛岡駅へワープした。バスはバイパスを経由、黒沢(松草)では列車より28分遅かったが、盛岡着は山田線が18時21分に対し、バスは18時35分と14分差まで縮まる。数日前に予約したら、18時50分のはやぶさは満席だったので、19時14分のはやぶさで帰ることに。このはやぶさは、上野通過なので、東京まで乗り通すことにした。というもは、今年上半期で新幹線全区間に乗るつもりでいるからだ。東京駅では11分接続の上野東京ライン(常磐線)で帰宅した。