アジア映画巡礼

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『タレンタイム~優しい歌』覚え書き<1>ハフィズ

2017-04-12 | 東南アジア映画

ここに来て下さる皆様で首都圏にお住まいの方は、もう『タレンタイム~優しい歌』をご覧いただけたことと思います。『タレンタイム』は現在シアター・イメージフォーラムで好評上映中で、公式サイトはこちらです。『タレンタイム』関連ではアディバ・ヌールさんのトークショーの詳細をアップしなくてはいけないのですが、インド映画講座やら新学期開始やらで後回しになっています、すみません。でも、この映画については書きたいことがいろいろあるので、上映期間中に何度かにわけて、「覚え書き」として書いていくことにしました。1回目は、主人公たちのうちのマレー系のムスリム(イスラーム教徒)少年、ハフィズについてです。劇中の「タレンタイム(芸能コンテスト)」では、自作曲という設定で素敵な歌を2曲も歌ってくれていますね。

© Primeworks Studios Sdn Bhd 

彼の名前「ハフィズ」は、ペルシア語やイラン文学をかじった人間には特別の響きを持っています。正確に音引きを付けると「ハーフィズ」となるこの名前には意味があって、「コーラン(クルアーン)を暗誦する人」となります。今調べてみたら、コーランを勉強して暗誦できるようになると試験があり、それに合格したらもらえる称号なのだそうです。ほかにも「守護者」というような意味もあり、とてもいい名前です。

さらに、イランというかペルシアの有名な詩人の名前でもあります。詩人ハーフィズは14世紀の人で、恋の詩をいっぱい作っているのですが、「恋心」=「アッラー(神)への信仰告白」という構造になった神秘主義の詩なので、裏の意味を読み取らないといけません。とはいえ表面的には恋の詩なので、イランでは恋占いに彼の詩集が使われたりもするのだとか。えいやっ!と開けたページの詩で、自分の恋を占うんだそうです。ハーフィズはシーラーズというイラン中部の町の人で、シーラーズにはハーフィズのお墓があります。下は約40年前、1978年1月に行ったハーフィズのお墓(さすがに写真も色あせていますねー)と、その時テヘランで買ったハーフィズの詩集です。題字の真ん中あたりに「ハーフィズ」の文字が読めます。


そして、ペルシア語では「さようなら」を「クダー・ハーフィズ」と言います。「クダー」、音としては「フダー」に近いのですが、意味は「神」のことです。この場合の「ハーフィズ」は先にあげた「守護者」のことで、「神が守護者となりますように=守って下さるように」という意味なのだとか。ですので「ハーフィズ/ハフィズ」という名前を聞くと、こういったことが瞬時に脳裏に浮かんでくるんですね。マレーシアでも「ハフィズ=コーランを暗誦する人」という知識は行き渡っているので、この名前を持つ人は敬虔なイスラーム教徒というイメージを持たれるはずです。劇中のハフィズは、まさに名前のとおりの人物です。

© Primeworks Studios Sdn Bhd 

脳腫瘍で入院中のお母さんを見舞い、「好きな子? いるよ、エンブンって言うんだ」とお母さんの名前を言うハフィズ。お母さんとのやり取りは、時にはユーモアもまじえたゆったりしたものなのですが、常に二人の上にはお母さんの「死の予感」が影を落としています。本当は叫び出したいぐらいつらいであろうハフィズなのに、いつもお母さんのことを第一に考えて、体調がいい時に顔を見せようと見舞いに行く時間を選び、それまでの時間を校庭でつぶしたりしています。お父さんは死別なのか離婚かはわかりませんが一切登場せず、この世にいるのは2人きり。ハフィズがいい子であるからよけいに、お母さんの心残りは大きくなってしまいますよね。

© Primeworks Studios Sdn Bhd 

ハフィズのスグレモノぶりは、他のシーンでも見られます。マヘシュ(上写真右)とも親しくて、耳が聞こえないマヘシュのためにちゃんと手話もできるのです。そして、「タレンタイム」の参加者である女子高生ムルーが、マヘシュに対して抱いていた誤解を解いてやったりもします。クラスメートのカーホウとは、カーホウが一方的にハフィズに対して、「こいつ、ヤな奴」感情をふくらませるのですが、それも最後には溶けていきます。カーホウがハフィズを「ヤな奴」と思ったのは、優等生である自分よりもいい成績を取ったからですが、その試験の時もハフィズは消しゴムをサイコロにして、答えの番号をサイコロの目で判断しています。実はこれがトップシーンになるため、観客も「この子、ズルしてるんじゃ?」と最初はハフィズに厳しい目を向けますが、ストーリーが進むにつれてどんどんハフィズを好きになっていく、という、とてもうまい脚本なんですね。そして、ラストシーンでは、ハフィズとカーホウのパフォーマンスに泣かされます....。

© Primeworks Studios Sdn Bhd 

ハフィズを演じているのは、マレー系のマレーシア人であるモハマド・シャフィー・ナスウィップ。同じヤスミン・アフマド監督の『ムクシン』(2006)でデビューし、『タレンタイム』が2作目の出演となります。その後も俳優を続けていて映画やテレビに出演しており、最新作は『Kampung Drift(カンポン・ドリフト)』(2016)という『頭文字D』みたいな作品です。『ムクシン』が2006年の東京国際映画祭で上映された時、ヤスミン・アフマド監督や相手役のシャリファ・アルヤナと共に来日したこともあります。下はその時の写真です。


この時から比べると、『タレンタイム』のハフィズを演じるモハマド・シャフィー・ナスウィップは大人っぽく見えますが、シャフィー・ナスウィップの名前で出演している『カンポン・ドリフト』の予告編を見ると、もう青年と言ってもいいぐらいです。こちらに彼のブログがあって、残念ながらマレーシア語ですが、最新の写真がいっぱいアップされています。ファンになった方は、この先も応援してあげて下さいね。まずは、回りの方に『タレンタイム』を勧めて、ハフィズに会いに行ってもらって下さい。歌は吹き替えですが、モハマド・シャフィー・ナスウィップの魅力は十分伝わるはずです。上映は、4月28日(金)までの予定で、公式サイトはこちらです。

映画『タレンタイム~優しい歌』予告編(「I Go」&「Angel」2バージョン連続版)



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