10月4日(金)公開予定のインド映画『花嫁はどこへ?』。とてもよく出来た作品で、脚本のうまさ、俳優の良さ、そして女性監督キラン・ラーオ(公開にあたっては音引きを取った「ラオ」表記で統一)の手腕が光る楽しい作品です。今日は本作のプロデューサーに対するオンラインインタビューの日程が組まれていて、私も映画サイトに記事を書かせていただくため、インタビューしてきました。それがどうして「ドキ♡ドキ♡ドキ」かって? だって、そのプロデューサーって、アーミル・カーンなんですよ! 知っている人も多いと思いますが、『花嫁はどこへ?』のキラン・ラーオ監督はアーミル・カーンの元奥様で、今回のインタビューでは、なぜキランに監督をと提案したのか、とても正直で感動的なお話もして下さいました。それらは後日、映画サイトにアップされる拙文で読んでいただくとして、この際、シャー・ルク・カーンとサルマーン・カーンの活躍ぶりに比べて、最近少々おとなしい状態が続いているアーミル・カーンのことを、おおまかにまとめて書いておこうと思います。
1965年3月14日ムンバイに生まれたアーミル・カーンの家は、父も伯父も映画監督兼プロデューサーで、特に伯父のナーシル・フセインはヒンディー語映画界の大物映画人でした。アーミルは伯父の作品に子役として出演するようになり、1973年のデビュー作『Yaadon Ki Baaraat(思い出の花婿行列)』は大ヒットとなります。両親を殺された幼い3人兄弟がバラバラに大きくなり、のちに再会する話で、アーミルは三男の子供時代を演じました。映画の冒頭で歌われる主題歌に合わせ、三兄弟と両親が登場するシーンがあるのですが、その動画を付けておきます。一番チビなのがアーミル・カーンです。小指をひょいと立てて「オシッコ」とお母さんに言い、家の中に入って、いかにもトイレから出たばかりといった様子で出てくるという、なかなかの演技力を見せてくれます。撮影時は6歳ぐらいだったんでしょうね。
Yaadon Ki Baaraat (Female) - Yaadon Ki Baaraat (1973) Song
大人の役でのデビューは、1984年のニューシネマ作品『Holi(ホーリー祭)』で、監督はケータン・メーヘターでした。大学寮に住む学生たちの自然発生的な学生運動を描くもので、アーミルは出番は結構あったものの、脇役であまり目立ちませんでした。
ですがその後、アーミル・カーンという若手スターをデビューさせるために作られたのが、1988年の『Qayamat Se Qayamat Tak』で、これ1作でアーミルはたちまち人気スターになります。ジュヒー・チャーウラーを相手役にした「ロミオとジュリエット」的ストーリーが特に女性ファンの紅涙をしぼり、劇中でカレッジを卒業するアーミルが歌う「Papa Kehte Hain(パパが言うんだ)」もヒットして、その年の興収第3位となります。この歌、最近も何かの映画で使われていたような...。そのソング&ダンスシーンをどうぞ。アーミル、光り輝いています。監督は従兄、つまりナーシル・フセインの息子のマンスール・カーンです。
Papa Kehte Hain Bada Naam Karega -Video Song | Qayamat Se Qayamat Tak | Udit Narayan | Aamir Khan
以後はスター街道まっしぐら。1990年代を支える人気スターとして、後発のサルマーン・カーンさらにもう一つ後発のシャー・ルク・カーンと共に、「3人のカーン」と言われるようになります。1990年代のヒット作の中で、主な作品を挙げるとこんな感じでしょうか。『Dil(心)』(1990)、『Dil Hai Ke Manta Nahin(言うことをきかない心)』(1991)、『勝者アレキサンダー(Jo Jeeta Wohi Sikandar)』(1992)、『Hum Hain Rahi Pyar Ke(僕らは愛の旅人)』(1993)、『Rangeela(ギンギラ)』(1995)、『Raja Hindustani(インドのラージャー)』(1996)、『Ishq(恋)』(1997),『Ghulam(奴隷)』(1998)、『Sarfarosh(命がけ)』(1999)、『Mann(心)』(1999)等々です。
Photo by R.T. Chawla
そして、21世紀に入ると、アーミル・カーンはその映画と共に変身を遂げます。きっかけは2001年の2本の映画『Dil Chahta Hai(心が望んでる)』と『ラガーン』でした。『Dil Chahta Hai』はファルハーン・アクタル監督のデビュー作で、従来のボリウッド映画とは全く違う、ごく自然な造りの映画でした。3人の若者の話なのですが、演技も出来事もごくごくフツーの感じで、同時録音の音声とあいまって、新しい映画がボリウッドにも誕生したことを感じさせられ、興奮しながら見たものです。
『ラガーン』はイギリス統治時代の1893年、年貢(ラガーン)を賭けてイギリス軍将校とクリケットの試合をした農民たちの話で、アーシュトーシュ・ゴーワリカル監督が長年温めていた企画であるものの、クリケットの試合シーンが丸々入ることから時間が長くなり、映画を製作しようという勇気あるプロデューサーが誰もいなかった作品です。この映画のストーリーが気に入ったアーミルは、自ら映画会社を作って製作を引き受け、233分(ほぼ4時間!)という長尺のこの映画を見事ヒットさせたのでした。製作には当時の妻リーナー・ダッターも加わり、グジャラート州の砂漠地帯で長期のロケを敢行して作られた本作は、アカデミー賞外国語映画賞(当時)の最終選考にも入る作品となりました。
以後アーミルは、主演作を選ぶようになり、またあらゆることに高いクオリティを求めて、「Mr.パーフェクト」とも呼ばれるようになります。そして、脚本を書いたアモール・グプテー監督との共同監督のような形で作った初監督作で、障害児の絵の才能を伸ばしていく話『地上の星(Tare Zameen Par)』(2007)のように、意義ある作品を追求していくようになります。その後、タミル語映画のリメイク作品『Gajini(ガジニ)』(2008)の大ヒットのあと出演したのが、2009年の『きっと、うまくいく』でした。ラージクマール・ヒラーニー監督の第3作であるこの映画は、40億ルピー超えのスーパーヒットとなります。当時初めて40億ルピーという興収を打ち立てた作品であり、また、インドのみならず世界中の人に愛される作品となった『きっと、うまくいく』に続き、『チェイス!』(2013)は55億ルピー強、そして『ダンガル きっと、つよくなる』(2016)はチャイナ・マネーの流入で202億ルピーという驚異的な興収記録をたたき出しました。『ダンガル きっと、つよくなる』は現在までインド映画歴代興収第1位に君臨しており、どの映画も破ることができないでいます。
『ダンガル きっと、つよくなる』は、今年のパリ・オリンピックでも女子レスリングで話題に上ったフォーガト一族のお話で、女子でもレスリングで世界一になれる、という女性のエンパワーメントを描いたニテーシュ・ティワーリー監督作品です。ちょうどこの頃、アーミルはテレビ番組『Satyamev Jayate(真実のみが勝利する)』(2012-2014)でホストを担当し、社会の諸矛盾をいろいろ取り上げていたため、彼こそはオピニオン・リーダーである、というイメージが形成されます。女性差別をなくし、女性の活躍の場を広げていく、という精神は、『ダンガル きっと、つよくなる』に続いてアーミルがプロデューサーとなった『シークレット・スーパースター』(2017)でも強いタッチで描かれていました。『シークレット・スーパースター』でアーミルは、ちょっとトンデモな音楽プロデューサーを演じましたが、彼が大スターに育てようとするイスラーム教徒の女子高校生(ザーイラー・ワシーム/『ダンガル』にも出演、上写真左)を応援し、DVを受けている彼女の母親も救い出す、といういい役で、これもヒットしました。
ところが、その後ザーイラー・ワシームが宗教的な信仰の問題から、スターへの道をあきらめる、と宣言し、ボリウッドから去って行きます。そして、続く作品『Thugs of Hindostan(インドのタグたち)』(2018)が大ヒットとはならず、かろうじで製作費回収ぐらいの成績となって、ファンをがっかりさせます。この作品はアーミルのプロデュース作品ではなかったのですが、彼は次にプロデュースする作品はハリウッド映画『フォレスト・ガンプ 一期一会』(1994)の正式リメイクである、と宣言し、アメリカ現代史が描かれた『フォレスト・ガンプ』のように、インド現代史が活き活きと描かれるもの、とインドのファンはその作品『Lal Singh Chaddha(ラール・シン・チャッダー)』(2022)を楽しみにしていたのでした。コロナ禍にもめげず撮影は続けられ、2022年8月に公開されようとしたその少し前、大きな問題が起きます。BJP(インド人民党)が政権を取った2014年以降、ヒンドゥー至上主義の風潮が強まり、イスラーム教徒への風当たりが強くなっていたのですが、この映画の公開前に、アーミルが2015年に語った国を憂える言葉がけしからん、として、イスラーム教徒バッシングの嵐にさらされたのです。『Lal Sing Chaddha』は大規模なボイコットに遭い、製作費も回収できない興行収入に終わりました。
当時吹き荒れたイスラーム教徒バッシングは、他の2人のカーンにも及び、サルマーン・カーンやシャー・ルク・カーンの映画もボイコットせよ、ということも叫ばれたのですが、2023年1月にシャー・ルク・カーン主演作『PATHAAN/パターン』が公開されると、人々はそんなことがあったことなど忘れたように久しぶりのシャー・ルク・カーン主演作に熱狂し、サルマーン・カーンのカメオ出演シーンに大騒ぎを繰り広げたのでした。アーミルがイスラーム教徒ヘイトのターゲットとなったのは、ボリウッドのオピニオン・リーダーである、と目されていたからかも知れません。
そのような事件があったため、『花嫁はどこへ?』はそんなに派手な宣伝はなされなかったのですが、それでもインド全土で堅実な興行成績を上げ、製作費の5倍以上の興収を稼ぐヒットとなったのでした。今年の総選挙でBJPが票を伸ばせなかったことも関係しているのかと思いますが、ボリウッドのヒンドゥー至上主義は現在なりを潜めています。これらが関係しているのかどうかは不明ですが、『花嫁はどこへ?』は先日、8月9日にニューデリーの最高裁判所で上映会が開かれ、最高裁長官を始め裁判官(夫人同伴で出席を、と言われたとか)や職員ら大勢のスタッフが鑑賞したそうです。キラン・ラーオ監督とプロデューサーのアーミル・カーンも出席し、鑑賞後にQ&Aの時間も設けられたとか。最高裁設立75周年の記念行事の一環だそうですが、頭が柔らかくていいですね。日本でも、幅広い層の皆さんが見て下さることを祈っています。最後に映画のデータと予告編を付けておきます。
『花嫁はどこへ?』 公式サイト
2024年/インド/ヒンディー語/124分/原題:Laapataa Ladies/字幕:福永詩乃
監督・プロデューサー:キラン・ラオ
出演:ニターンシー・ゴーエル、プラディバー・ランター、スパルシュ・シュリーワースタウ、ラヴィ・キシャン、チャヤ・カダム
配給:松竹
※10月4日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネリーブル池袋ほか全国公開
10/4公開「花嫁はどこへ?」60秒予告【公式】