東京国際映画祭(TIFF)が始まってはや6日、なかなかレポートが書けなくてすみません。風邪を引いたこともあって、例年のような<Day 〇〇>のご報告が出来ず申し訳なかったのですが、3回ほどに分けて、面白く見た作品のことや、遭遇したゲストのことなどを書いていこうと思います。第1弾はインド映画です。
まずは、これから上映される『ファイナル・ラウンド』から。
『ファイナル・ラウンド』
2016年/インド/タミル語/111分/原題:Irdhi Suttru/英題:Final Round/ヒンディー語題:Saala Khadoos
監督:スダー・コーングラー
主演:マーダヴァン(R.マーダヴァン)、リティカー・シン、ムムターズ・サルカール、ナーサル
ポスターをご覧になってのとおり、女子ボクシングのお話です。女子ボクシングのコーチであるプラブ(マーダヴァン)は、実力はあるのに協会やレフェリーといつも衝突している問題児。ついに彼はセクハラの汚名を着せられ、異動させられてチェンナイのクラブにやってきました。かったるい試合が続くのを醒めた目で見ていたプラブは、ある女子選手の妹に目が吸い寄せられます。姉ラックスことラクシュミー(ムムターズ・サルカール)の試合の判定に納得できない妹マディ(リティカー・シン)は、審判員たちに殴りかかるのですが、そのパンチの鮮やかなこと。プラブは興味を抱き、マディを訪ねてみると、マディは市場で鮮魚を売っていました。全然ボクシングには興味がなく、野放図に育った気ままなマディを選手に育て上げられるのか...。地元のコーチのパンディアン(ナーサル)の協力も得て、プラブの訓練が始まりますが...。
『ファイナル・ラウンド』はタミル語版とヒンディー語版が作られ、本年1月末に公開されてロングラン。特にタミル語版はスマッシュヒットとなり、私がチェンナイに行った3月半ばもまだ上映が続いていました。女子スポ根映画の王道を行く作品と言え、ダメ・コーチに貧しいヒロイン、ヒロインに嫉妬するライバル、コーチを目の敵にする協会の実力者、そしてコーチとヒロインを温かく見守る理解者と、登場キャラクターもバッチリ揃っています。それぞれにいい俳優を揃えていて、特にヒロインのマディを演じたリティカー・シンは大ブレイク、本作で一躍人気者になりました。私がツボったのはプラブの義父で、南インドの映画は、ともかくもおじさん俳優が素晴らしいですね。
その素晴らしい俳優の中から、一番の大スターであるマーダヴァン(R.マーダヴァン)が今回のTIFFのゲストとしてやって来ます。インド映画好きの方には、『きっと、うまくいく』(2009)の動物写真家になるファルハーン役はもちろん、アジアフォーカス・福岡国際映画祭でかつて上映された『頬にキス(Kannathil Muthamittal)』(2002)や『愛は至高のもの(Anbe Shivam)』(2003)、東京フィルメックスでサプライズ上映された『ウェイブ(Alaipayuthey)』(2000)などでもお馴染みですね。『ミルカ』のラーケーシュ・オームプラカーシュ・メーヘラー監督の名作『愛国の色に染めて(Rang De Basanti)』(2006)にも出演したほか、近年はカングナー・ラーナーウトと組んで、タヌ&マヌ・シリーズ『タヌはマヌと結婚する(Tanu Weds Manu)』(2011)や『帰ってきたタヌとマヌ(Tanu Weds Manu Returns)』(2015)もヒットさせています。上映は明日から3日連続でありますが、どの回もマーダヴァンとプロデューサーのシャシカーント・シヴァージーが登壇してQ&Aをやる予定です。ぜひ、マーダヴァンに会いに行って下さいね! 上映の予定は次の通りです。
10/31(月) 20:05 @TOHOシネマズ六本木ヒルズ Screen 2
11/ 1 (火) 11:10 @TOHOシネマズ六本木ヒルズ Screen 7
11/2 (水) 17:10 @TOHOシネマズ六本木ヒルズ Screen 7
(ポスターとマーダヴァンの写真はWikiより)
『ブルカの中の口紅』
2016年/インド/ヒンディー語/116分/原題・英題:Lipstick Under My Burkha
監督:アランクリター・シュリーワースタウ
主演:コーンクナー・セーン・シャルマー、ラトナ・パータク・シャー、アハナー・クムラー、プラビター・ボールタークル
©m-appeal
4人のヒロインが主人公。女子大生レーハーナー(プラビター・ボールタークル)はイスラーム教徒。ブルカショップを経営する両親を手伝って、夜はミシンかけをしたりする感心な女の子なのですが、大学に行けばブルカを脱ぎすて、ジーンズ姿になるというまったく別の顔を持っています。しかも、ポップシンガーになりたい彼女は、やがて大学のバンド・コンテストを牛耳る金持ち女子学生に接近し、別の世界に入り込むため万引きを重ねることに。
3人の男の子がいるシーリーン(コーンクナー・セーン・シャルマー)は、家計を助けるために夫には内緒でセールスウーマンをしていました。イスラーム教徒である彼女は、ブルカ姿で訪問先の主婦たちを安心させ、害虫駆除剤やら美容グッズを巧みに売っていく凄腕セールスウーマン。訪問販売指導員にならないか、と会社からは声を掛けられているのですが、男尊女卑の夫にはなかなか言い出せません。夫の一方的なセックスにも不満があるのですが、つい受け入れてしまうシーリーン。そんなある日、彼女は建築会社で働いているとばかり思っていた夫の秘密を知ってしまいます。
ヒンドゥー教徒のリーラー(アハナー・クムラー)は、カメラマンのアルシャドとベタベタの関係なのに、母から見合いを強要され、マノージュという真面目な勤め人との結婚が決まってしまいます。リーラーは小さな美容サロンを経営し、アルシャドと一緒に結婚式ビジネスを展開しようとするやり手なのですが、マノージュが期待しているのは貞淑な妻。リーラーがどっちつかずの気分でいるうちに話は進み、婚約式の日になってしまいます。
ウシャー(ラトナ・パータク・シャー)は、ハワーイー(風の)・マンションという古い集合住宅の要のような存在の女性で、みんなから「ブアー(おばさん)」と慕われている55歳。でも、本当の姿は、ちょっと危ない描写のあるロマンス小説を読みふけり、自分をヒロインと同一化させるという、全然枯れていない女性でした。そんな時、泳ぎを学ぶ必要に迫られたウシャーは、ホテルのプールでやっている水泳教室に通い始め、コーチのジャスパールにふらふらっとしてしまいます。やがて夜になると彼に電話して、セクシーな小説を読み上げるというウシャーの行為が続くようになるのですが...。
大胆なセックス描写もある、なかなかにチャレンジングな作品です。残念ながら本日の回で『ブルカの中の口紅』の上映は終わりなのですが、今回もアランクリター・シュリーワースタウ監督と、女優プラビター・ボールタークルによるQ&Aがありました。実はこの上映の間に私は監督にインタビューしたので、この日のQ&Aも入れ込みながら後日まとめてみたいと思っていますが、興味深かったお話をちょっとだけ書いておきます。そうそう、この日の上映では、終了時に拍手が起きていました。
本作に登場する男性陣がみんなダメンズであるのは、「脚本が4人の女性の視点から描かれているからです。見ている人は彼女たちの頭の中に入って見ているわけですね。客観的な描き方をしていたら、もっと違っていたと思います」とのことで、なるほど、ヒロインたちがいいことも悪いことも全部さらけ出す形で描かれているのは、そういった理由からだったのか、と思い到りました。なお、どのヒロインも架空の人物なのですが、シーリーンの役だけは、昔住んでいた部屋の大家さんの妻からインスピレーションを得たのだそうです。自分の家、特に夫の前ではひと言もしゃべらない従順な妻なのに、ある日彼女に「ちょっとお部屋に行っていい?」と電話してやってきてみれば、しゃべるはしゃべるは、1時間ぐらいしゃべり倒して帰って行ったそうです。
ヒロインたちを演じた女優のうち、コーンクナー・セーン・シャルマーとラトナ・パータク・シャーはもうベテラン中のベテランですが、あとの2人、アハナー・クムラー、プラビター・ボールタークルにはワークショップによる演技指導が準備され、監督と共に徹底的に脚本を読み込んだほか、ムンバイの著名な演技指導者アトゥル・モーンギヤーを招いて訓練を施してもらったのだとか。今回、アハナー・クムラーは先に帰国してしまったのですが、プラビター・ボールタークルはこのワークショップについて、「目が覚めるような体験でした」と言っていました。ヒロインの皆さん、難役に挑んでいて、輝いていました。
TIFFも会期が半分以上終わってしまいましたが、あとの上映も楽しんで下さいね! では、また六本木でお会いしましょう。
今年のFTでは、アジア特集 vol.3 マレーシア特集ということで、マレーシアから招へいした4プログラムをお送りします。是非、ご来場ください。
http://www.festival-tokyo.jp/16/program/nadirah/
舞台劇なのですが、マレーシア映画の花とも言うべき女優シャリファ・アマニも出演し、行定監督とのトークイベントもあるようです。
マレーシア映画好きの皆さん、ぜひくろかわさんのコメントのアドレスをチェックしてみて下さいね。
そもそも、ボクシング映画にはずれなしと思っている僕なのですが、本作はその中でも特に上出来の1本でありました。
そして、大興奮したひとつの理由が主演女優さん。東京国際映画祭のホームページによると、実際のキックボクサーとありますが、演技経験のない方なんでしょうか。表情が生き生きとしていて、本職の俳優さんでないとは信じられません。あの『ロッキー』を彷彿させる片手腕立て伏せは、本当にやってるんでしょうか。
そして、とてつもなくびっくりしたのが、『あしたのジョー』との共通点の多さ。インドの人が『あしたのジョー』を知っているとは思えないのですが、あまりにも共通点が多くてひっくり返ってしまいました。どこが『あしたのジョー』かを詳細に列記するとネタばれになるのでできないのですが、『あしたのジョー』って普遍性のある物語だったのだなと再認識してしまいました。
やっぱり、「あしたのジョー」を思い出されましたか。
私の尊敬する後輩がメールに「特に後半が面白く、あしたのジョーを思い出す部分も多くて、涙橋を逆に渡ろうってかんじで楽しみました」と書いてきてくれてひどく感心したのですが、監督(女性です)が「あしたのジョー」を読んでいるとは思えないし、偶然の一致なんでしょうけど、「ボクシングものの王道」を押さえているということでしょうね。
インドの女子ボクシング映画では、先鞭を付けたのがプリヤンカー・チョープラー主演『メリー・コム(Mary Kom)』(2014)で、こちらも実在の女性ボクシングチャンピオンを主人公にしていて面白かったです。
ただ、リティカー・シンの方が身体能力は高そうですね。
彼女主演のアクション映画...なんてできそうにはないかなあ。