CULTURE CRITIC CLIP

舞台評
OMSの遺志を引継ぐ批評者たちによる、関西圏のアートシーンを対象とした舞台批評

マルグリット

2011-05-13 09:47:47 | 西尾雅
マルグリット
2011.4.8.13:30 梅田芸術劇場メインホール

アレクサンドル・デュマ・フィス(「三銃士」や「モンテ・クリスト伯」の作家・デュマはその父)作の自伝的小説そして自ら脚本化した舞台版が評判を呼び、その後ヴェルディによってオペラ化され、ルドルフ・ヴァレンチノが出演した映画でも有名な「椿姫」を、ドイツ占領下のパリに置き換えたミュージカル「マルグリット」がロンドンで初演されたのは2008年。

アラン・ブーブリルそしてクロード=ミッシェル・シェーンベルクという「レ・ミゼラブル」「ミス・サイゴン」を手掛けた2人が脚本とプロデュースを担当し、ミシェル・ルグランが流麗な曲を書き下ろした本作の日本初演は、翌09年。前々年に宝塚を卒業した元花組トップ・春野寿美礼が退団後初舞台で主役を演じて話題となるが、今回は藤原紀香がマルグリット役を引き継ぎ再演に臨む。

オリジナルスタッフのジョナサン・ケントの演出(共同脚本)とポール・ブラウンの美術が独特。コの字に囲まれた貴族の邸宅のひと部屋は、透明アクリルの壁が人工的そして退廃的。現代的な意匠なのにもはや存在しない懐かしさを醸す。繊細で壊れやすいマルグリットとアルマン、2人の恋と心情がそこに投影される。戦争で傷つく人とモノの象徴でもある。

傾斜した舞台に2重の盆が回り、左右の扉からピアノやベッド、椅子が出現するスライド機構がシンクロする複雑な構造が、素早い場面転換を生みだす。計算され尽くした動きで、部屋は一瞬にして空爆で破壊され、公園へ切り替わる。

春野は高い歌唱力を持ち、はかなげで薄幸なマルグリット像を演じたが、藤原からは華やかさがこぼれる。下り坂の元歌手でナチス将校に庇護される愛人の倦怠と爛熟には、上品過ぎるのが逆に難。意外と歌は健闘(1年近く特訓したそう)、透明な声質がマルグリットの純粋さにぴったり。ベッドシーンやリンチでなぶり殺しにされるシーンを体当たりで演じる女優魂に目を見張る。

ナチス占領下のパリ、抵抗派はロンドンに亡命し、傀儡政権がフランスを支配している。かつて一世を風靡した歌姫(藤原)は、今やナチス将軍(西城秀樹)の愛人に堕し、ナチスに媚びるフランス人に囲まれ今夜もパーティの花を務めるが、どこか浮かぬ顔だ。

パーティを盛り上げるべく招かれたバンドのメンバー・アルマン(田代万里生)は、かつてあこがれていたマルグリットとの再会を喜ぶ。下積み時代にアルマンはマルグリットを見かけているが、むろんマルグリットの方は覚えていない。彼女の持ち歌を暗譜し、即座に弾けるほど彼はマルグリットに心酔しており、その一途さがマルグリットを呼び覚ます。

バンド仲間のルシアン(松原剛志)は、アルマンの姉アネット(飯野めぐみ)と恋仲。ユダヤ人のルシアンはナチスに追われながら、対ナチスのレジスタンス活動をし、アネットも彼に協力している。

ナチス将軍の愛人との恋に夢中なアルマンに危険を知らせようとしたアネットが捕まり拷問を受ける。ひん死のアネットを救うのは、マルグリットが将軍と交わした取引だった。アネットの拷問を中止する引き換えにアルマンとの別れを誓う。

マルグリットから絶交の手紙を受け取り、裏切り(と思いこみ)に苦しむアルマン。彼はレジスタンス活動に身を投じ、仮面パーティに浸入して、将軍暗殺に成功する。レジスタンスを通じひそかにその段取りをしたのがマルグリットとも知らずに。

やがてナチスが敗れ、パリは解放。ナチス協力者は街角で市民から断罪され、リンチを受ける。辱められ暴力をふるわれるマルグリット。彼女の真情にようやく気づいたアルマンは自分を責めながら、亡きがらを抱いてパリを彷徨う...。

愛する人のために、あえて愛していないふりをする。無垢な単純な愛より、相手を思いやるからこそ自分を偽って見せる至高の愛への共鳴は、洋の東西を問わない。死に際にようやく真実を知る。もう取り返しがつかない。何て人は愚かで、こっけいで、だからいとしい。悲劇が愛をいっそう純粋な高みへ押し上げる。

シラノ・ド・ベルジュラックもそう、やせガマンの美学ってガイジンにもあるんだ。マルグリットは恋を捨て、生命を張って、アネットをかばい、フランス人としての誇りに殉じた。アルマンに出会って彼女が取り戻したのは、愛する喜びだけじゃあない。自分が生きる意味そのものだったのだ。

今回イチバン怖かったのは、ナチス協力者とマルグリットをリンチするパリ市民が、同一キャストなこと。ある時は媚びへつらう協力者、そして状況が変われば容赦なく暴力をふるう市民。

これはアンサンブルが違う2役をする演劇の決まりごとで、違う人物の設定だが、同じキャストなので、どうしても同一人物に見えてしまう。状況次第で手のひらを返す人間の性に正直震える(マニフェストにやられて、10年の総選挙で民主党に投票し、今は管政権に絶望している自分への戒めとして)。

マルグリットを象徴するテーマ曲「チャイナ・ドール」が哀しい。アルマンとの出会いで彼がピアノを弾き、マルグリットが封印を解き久しぶりに歌った曲。中国製のオルゴール人形は、人にネジを巻かれて初めて動き、やがて止まる。自分の意志を持たない人形は、愛人の立場にある彼女そのもの。

アルマンを愛することで、ようやく生きる希望を持った彼女。その最期は悲劇。しかしながら、そのピュアな思いは永遠に輝き続け、私たちに勇気をくれる。

終演後、震災被災者への募金を藤原、西城、田代が直接呼びかける一幕があり、募金箱に並ぶ観客が階段3階分を超える長蛇となり(募金するまでに半時間くらいかかる)、この国の未来とエンタメの力に希望が湧いた。


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