「天狗の中国四方山話」

~中国に関する耳寄りな話~

No.590 ★ 中国・解放軍の幹部人事に不穏な動き…習近平の大粛清か、クーデター勃発か、台湾との戦争準備か、憶測飛び交う

2024年08月24日 | 日記

JBpress (福島 香織:ジャーナリスト)

2024年8月17日

中国・人民解放軍の訓練の様子=2024年6月(写真:VCG/アフロ)

  • 中国・人民解放軍の五大戦区のうち三戦区でトップ(司令)が交代していたことが明らかになった。
  • 明らかに異常事態で、習近平国家主席による粛清か、クーデター勃発か、もしくは台湾との戦争準備かといった憶測が飛び交っている。
  • そもそも、こうしたデマや憶測が飛び交う背景には、習近平政権に対する高まる不満がある。やがてそれは言霊として現実のものになるのだろうか。

 三中全会で解放軍人事が注目されていたが、7月31日になって五大戦区のうち三戦区の司令が交代していたことが分かった。しかもその司令交代の理由があまりよくわかっていない。このことから、いろいろな憶測が広がっている。

 昨年8月以降、解放軍の高級将校が相次いで失脚したり、失踪したり、自殺したりしていることはすでにこのコラム欄でも紹介している。その中には核ミサイルを主管するロケット軍司令の周亜寧、李玉超や元国防相の魏鳳和、李尚福も含まれていた。三中全会直前になって魏鳳和や李尚福は軍籍だけでなく党籍も剥奪されたことが発表された。

 こうした状況から解放軍内がかなり不安定化していると想像されていた。ちなみに魏鳳和も李尚福も、解放軍制服組トップで中央軍事委員会副主席の張又侠上将の推薦で出世してきた人物だ。

 そして張又侠は習近平の幼馴染、父親同士も仲が良かった親子二代にわたる深い絆で結ばれている、と言われてきた。それで三中全会では、魏鳳和や李尚福の失脚が張又侠の進退に影響するのか、解放軍人事に注目されていた。

 そして三中全会後に分かったことは、突然南部戦区司令、北部戦区、中部戦区の司令が異動になっていたことだった。7月31日午後、中国広東省党委員会書記の黄坤明は解放軍南部戦区基地での建軍記念日(八一建軍節)座談会に参加したのだが、この時すでに南部戦区司令は王秀斌上将ではなくなっており、元中部戦区司令の呉亜男上将が司令に着任していた。

 この時まで、この人事異動は報道されておらず、またこの司令交代の理由も不明なままだ。

五大戦区のうち三戦区でトップ交代の異常事態

 呉亜男はもともと北部戦区副司令兼陸軍司令だったのが2020年に中央軍事委員会聯合参謀部副参謀長に出世し、2022年1月に上将に昇進。解放軍中部戦区司令となっていた。この時第20期中央委員にも昇進している。

 ただ中部戦区司令の職務はわずか1年だけで、すぐに中央軍事委員会の機構に出戻っていたところ、突然南部戦区司令の人事が判明した格好になった。そしてもともとの南部戦区司令だった王秀斌がどこに異動になったのかはまったく情報がない。王秀斌も呉亜男と同じく、第20期中央委員。年齢は60歳、呉亜男より2歳若く、この人事異動は王秀斌の退職年齢などではない。王秀斌は習近平の腹心の1人として知られている。

 もう1つの注目人事は元中部戦区司令で第20期中央委員の黄銘が北部戦区司令に着任したことだ。そして一部報道では元北部戦区司令で、第20期中央委員の王強が中部戦区司令に着任する、と思われていたのだが、そうとは発表されていない。

習近平国家主席の思惑は…(写真:新華社/アフロ)

 つまり王強の消息も不明なのだ。五大戦区の司令の2人の消息が不明で、なおかつ同時に三大戦区の司令が異動することは、かなり異常事態だ。人事異動のあった北部、中部、南部はそれぞれ、ロシア・北朝鮮・日本方面防衛、首都防衛、南シナ海シーレーン防衛の任務を負う。

 それでカナダ在住の華人ユーチューバーの文昭などは、まるで1973年の毛沢東時代の八大軍区司令の大異動人事を思いさせる、と指摘していた。文革後期の1971年、林彪によるクーデター未遂・林彪事件の後の1973年、毛沢東は、再び地方軍閥の割拠が起きないように、十一の大軍区制度を八大軍区に整理し、司令の総入れ替えを行ったのだ。

 毛沢東は軍に対して警戒していたため、人事異動をやりまくり、軍をあえて弱体化させたのだった。

習近平は解放軍の造反を恐れていた?

 実は、三中全会後、一部海外チャイナウォッチャー界隈で張又侠による軍事クーデターが起き、習近平が実権を失った、という「噂」が一時広がったことがあった。三中全会で習近平が脳卒中で倒れたという「噂」はまもなくデマとして打ち消されたが、その後、習近平に関する人民日報の宣伝報道が極端に減り、そのことから習近平の権威が危機に直面している、あるいは政変が起きて習近平の権力はすでに失われている、といった言説があちこちで飛び交った。

 いわく、張又侠と王小洪が協力して習近平に権力移譲を迫った、とか。張又侠によるクーデターで習近平は権力を失い、張又侠が軍事委員会主席を継ぎ、丁薛祥が総書記と国家主席を継ぐことになった、とか。

7月に開催された三中全会(写真:新華社/アフロ)

 ほとんどの大手メディア、プロジャーナリストたちは、もちろんこうした「政変の噂」はデマとして取り合っていない。だが、解放軍の異様な人事異動などをみるに、習近平が軍人による造反を非常に恐れている、という想像は比較的一致した見方だった。

 司令の人事を頻繁にすることで、軍内の人間関係を希薄にでき、団結して習近平に歯向かおうとする可能性をそれだけ減らせる、というわけだ。なので、現在、「失踪状態」の王秀斌と王強は、粛清されたか、あるいはなにがしかの「不忠誠」を疑われて取り調べを受けている可能性はある。

 ただ、こうした可能性のほか、もう1つ、少し怖い可能性に言及しておく必要がある。

 王秀斌は上記で名前が出た司令の中で一番の若手で、習近平のお気に入り。王強は元戦闘機乗りで、空軍出身の司令としては習近平政権になってから2人目の出世株だ。

 彼らが習近平から嫌われて失脚するとしたら、本当にもう軍と習近平の関係が修復不能まで悪化したということではないか。だが、そうではなく、お気に入りの上将に何か隠密の特別任務が与えられたのではないか、という考え方もあるのだ。つまり台湾海峡や南シナ海有事に向けた作戦担当者としての特別任務に従事しているのではないか、ということだ。

対外軍事行動をにおわせ不満の矛先を国外に?

 三中全会の決定をみると、そこには多くの官僚たちが期待していた具体的経済政策はまったくなく、政治的スローガンとしての「中国式現代化」が繰り返されているだけという内容の浅いものだった。そこで党内の経済重視派たちは習近平に対して不満をくすぶらせている。

 多くの官僚たちは習近平に面と向かって歯向かうほどの勇気も実力も持ち合わせていないが、習近平が彼らから受ける無言の圧力は相当大きいはずだ。

 こうした圧力をうけた習近平がとった行動として、2つの方向性が想像されている。

 1つは、急に習近平個人独裁色を薄めて集団指導体制への回帰を推し進めようとしているという見方だ。三中全会の決定で習近平の固有名詞が妙に少ないということが注目されていたが、それは経済低迷など今の中国が直面する諸問題の責任は習近平個人が負うものではなく、党中央としての責任である、ということを言いたいがためだ、という。

 その考えの延長で、三中全会以降の官製メディア報道に習近平のプロパガンダ報道が極端に減った、というわけだ。

 もう1つが、対外軍事行動をにおわせることで、党員、官僚、人民の意識を国内の不満から対外問題に誘導するということだ。

 今年は実務的台湾独立派と自称する頼清徳政権が始まり、台湾の国家性を主張したその就任演説に対して習近平としては「懲罰」を掲げて台湾に対する軍事圧力をかけていく方針を隠していない。さらに言えば今年秋の米国大統領選ではトランプが勝利する可能性もあり、それは中国外交にとって最大の不確定要素の1つとなる。

 ロシア・ウクライナ戦争の行方、ハマスの政治リーダー・ハニヤの暗殺によってイスラエルとイランの戦争の可能性はこれまでになく高まっている。習近平が声高に宣伝した「平和の使者」外交は事実上挫折しているので、平和主義路線は説得力を失っているのだ。

 バングラデシュで起きた学生運動によって長期独裁政権のハシナ政権があっけなく転覆したのは、軍部がハシナ政権ではなく国民サイドに着いたためだ。これは解放軍の掌握に不安を感じている習近平からすればかなりショッキングな事件であったろう。

 解放軍と習近平が対立することを避けるためには、中国国内の安定は不可欠だ。経済成長への期待値で人民をなだめる方法がすでにとれない中国で、国内の安定を維持する方法の1つは、国内にくすぶる不満を国外に向け、解放軍に対しては、国家安全を守るために外敵と戦うという本来の任務を負わせることだろう。

習近平にまつわるデマが多発する背景

 三中全会で経済低迷から脱却する処方箋が示せず、この数年続く大洪水被害など天災に対し適切な予防や救済策が行われずに被害を拡大させたことについて、誰が責任を負うのか。この問題は、この三中全会の開催が半年以上も遅れた1つの背景だったと言われている。

 今の地方官僚たちは、責任を取らされるのを恐れて、習近平の指示がないことには一切動かない「躺平主義」を取りがちだ。これに習近平がガチギレして、昨年の北戴河会議では「それなら俺も何もしない」とふてくされたこともあった、とか。

 今年の北戴河会議は8月3日からスタートしているが、自分に責任を押し付けようとする官僚たちに腹をたてて、習近平が完全休養を決め込んでいるから、公式報道に習近平の露出が減っている、という説もある。習近平は自分個人の責任を回避するために、習近平個人独裁から集団指導体制へ回帰しようという動きがある、という説もある。

 いずれにしろ、習近平が脳卒中で倒れた、失脚した、クーデターが起きたというデマがこれほど断続に続くのは、この10年余りの共産党政治が何もかもうまくいっていない、ということがある。そして多くの党員、官僚、専門家、人民たち、そして国際社会もが、いっそ習近平に何ごとか起きて、中国のこの10年の変化を一気にリセットできたらいいのに、と思っているからこそ、デマだとわかっていても、クーデター説や卒中説の話題をみな口にするのではないだろうか。

 日本的な考えでは、言葉には言霊というものがあり、噂を語っているうちに現実になると思う人たちがいる。今回の解放軍人事については、戦争準備などではなくて、習近平の自滅的な大粛清であってほしいものである。

福島 香織(ふくしま・かおり)

ジャーナリスト。大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。

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