瀬淵きゃぶ、JAZZと珈琲、そしていくつかの考える事柄

       日々、時々の事柄に、JAZZを聴き、珈琲を飲みながら考える。

やっぱり、僕は、きゃぶでいい。

2013年03月30日 17時09分51秒 | Weblog
名前をきゃぶに戻すことにしました。
ぶは、ブーイングのブーなので、縁起が悪いと思い、きゃるとかっこをつけてみましたが、やはり、僕はきゃぶです。
人からきゃるさんなんていわれると、かなり照れます。
きゃぶでいいです。

元々そういう奴なんです。


                    瀬淵きゃぶ



弘田三枝子にはまっている。

2013年03月27日 21時57分28秒 | 映画、音楽
最近ずっと弘田三枝子にはまっている。
弘田三枝子は、僕が子供の頃にポップスクイーンと言われた歌手だ。
一九六九年に、歌謡曲「人形の家」が大ヒットした。

それまでぽちゃぽちゃだった女の子がダイエットをして、まったくの別人、細身の凄い美人になって現れた。ちょっと整形もしたようだ。
人形の家という歌は、当時の僕にはよく理解できなかった。
それは、僕が子供だったからだ。

今聞くと、なるほど凄いなと思わせる。
しかし、弘田三枝子の凄さは、歌謡曲ではなく、原語の歌詞で歌われる洋楽のアルバムを聴くと、よくわかる。
うまい。この一言である。
こんなにうまかったのかと、自分の不明が情けない。

弘田三枝子は、恐ろしくうまい。こんなにうまい歌手は、日本で彼女を含めて数名と思える。
僕が名前を思い出すのは朱里エイコぐらいだ。
いつだったか芸人が、テレビ局のプロデューサーがほんとに歌がうまいのは、和田アキ子とドリカムの吉田美和と、あと一人(名前、忘れちゃった)と言っていた。
冗談じゃない。ドリカムなんて目じゃない。

アメリカンポップス、ロックンロール、リズムエンドブルース、ジャズ、これらを歌わせたら国内では弘田三枝子の右に出る者はいないだろう。
特に彼女の全盛期と思われる七十年代から八十年代半ばまでのレコードに、僕は夢中だ。

たぶん天才なのだろうけれども、同時に、人間という者はトレーニングをすると、ここまでできるようになるんだと思わせる。
彼女の歌を聴くたびに自分がまったく努力してこなかったことを思い知らされる。

とにかくこんな素晴らしい歌手が日本に存在するということは、僕たちにとってなんて素晴らしいことなんだ。


                      瀬淵きゃる