白琥・白龍

捜猫記~八ヶ岳 海ノ口自然郷で猫を捜した1ヶ月~からはじまるブログ、
猫と絵と、そのほかと。

13.3度目?の目撃情報 状況は難しくなっていました

2011年10月02日 | 捜猫記
その後、なんの目撃情報もなく
さらに一週間が過ぎました。

娘の学校は9月9日始まりなので、9月に入ってからが、夏休み終盤。
夏の課題の仕上げ(追い込みともいう(~_~;))の調査や写真撮りに出かけたり、
お稽古の初試合があったり、

ゆっくりとゆっくりと日本列島を縦に通り過ぎた大きな大きな台風のために
東京はずうっと雨模様でした。
そんななかで
家出して3週間目の金曜日もすぎ

びゃこたん、さすがに濡れて、帰りたいんじゃないかなあ。
かなしくなっていないかなあ。
どうして、いるのかなあ。

2011年9月6日火曜日
家出から25日め。

八ヶ岳は台風で三日三晩、すごい暴風雨が続いたと、山のお隣さんからファックスがきました。
そして、TKさんのお家に伺ってくださったら、
最近びゃこたんらしい猫がお庭にきたけれど、
このぶんだと、餌でおびき寄せて檻のわなを使わないと
とてもつかまらないかもしれない…とのことでした。


その日は、夏の休暇を終えて東京に戻ったYKちゃんが、
体の調整とレッスンにうちに来てくださり、
遅いお昼を一緒に食べながら、白虎のことばかり話していました。

夏の滞在のあと人々が去り始めると、
補修や改修、木を切ったり、笹刈りなどのメンテナンスをたのまれた業者さんが入り
あっちでガンガン、こっちでガーガーと
零下になる冬のまえの山の短い秋のあいだにすませてしまうために
作業が始まります。
またことしは、新規に造成をして地面を掘ったりするおうちも結構あり
重機の音、作業の音、工事車両や工事の方たちなど
猫には、こわくていやであろう場所が増えていました。

頼みのIKさんのお家の斜向かいも
笹刈りをし、クレーンを入れて唐松を切り、
補修をして大工さんが入っている様子で
その後ずっと白琥は近づけないのじゃないかということでした。

そんな話をしているまさに最中にちょうどIKさんから久しぶりにケイタイに電話が入りました。
「しばらく、良い話がないので連絡もできなくて…」
とIKさん。「でも、まだがんばりますから、餌も置いておきますからね」
と言ってくださいました。


そして、その夜でした。
夜の11時半ごろ、ケイタイが鳴り、IKさんだったので、寝ていたのですが
飛び起きて出ました。
「いま、ここにびゃっこちゃんがいるんです!!!」
と興奮した様子でした。
「えっ!」
「でも、呼んでも寄ってこないんだ!
 いま、下の牧場の天皇陛下の碑のところです!」

ええっ!!!!

天皇陛下の碑のある下の牧場!!?


別荘地から下の村に抜けていく、広大な牧場の、天皇陛下の御幸(みゆき)の記念碑のあたりです。
(天皇皇后両陛下がご成婚前の清子親王と高原ロッジにいらしたとき、この牧場に立ち寄られたのです。
その記念碑なんだって、村長さん嬉しかったんでしょうね(~_~;))
そこはもう家も街灯もなく、
夜は、真っ暗、文字通り一面の降るような星が見えるところで
人なんか通らないし、ほんとうになにもありません。
別荘地の方たちが温泉や食事に遠出するときに抜け道に使う農道です。

IKさんがお願いしてくださった方のひとり、ホテルのスタッフの女性が
夜、そこを通って、
白い猫がいる!とIKさんにすぐお電話してくださり、
山の夜はもうこの時間は深夜、真っ暗なのに、
IKさんがすぐにお友だちと車でその場所に行ってくださったそうなのです。

その牧場は標高下ることたぶん300メートルくらいでしょうか。もっとでしょうか。
距離でいうと7キロくらいだそうです。
距離と高低差からいっても、
とてもうちから歩いて行って捜し回れる場所ではありません。
「もう、わなを仕掛けるしかないかもしれないから
 明日役場に行って、僕きいてみます。
 とにかく無事で元気ですよ。」


台風の暴風雨でいやになってしまった白虎は
里に向かって降り始めてしまったのかもしれません。
そうすると捜す範囲はもう特定できなくなってしまい
愛護協会のようなところに登録して、
どこかで保護されるのを気長に待つしかないかもしれません。


もういちど行こうか…

しかしこんどは、車で、牧場を村のほうから上がっていって
停めては呼び、また停めては呼ぶしかないでしょう。
道の分岐もあります。里の別の場所に降りてしまうのです。
車も滅多に通らない場所なので、暗くなってからの探索はやっぱりいろいろな意味で
「さすがのわたし」もこわい。

「え、今週末、ぼくゴルフだから車はつかえないよ」
とオット。
(みつからないよ)と思っているのでしょう。ふつうそうだと思います。
お友だちと乗り合いで拾っていく約束なのでしょうから、無理もいえません。


翌日午前中、またIKさんからお電話いただきました。

管理事務所の役場に詳しい方にきいてくださったところ、
いま動物愛護のことなどで、最近はわなを仕掛けるのは難しく、
別荘地から出てしまうともっと面倒だとのこと。

どこにわなをかけるかも難しい。
出現場所が特定していれば、餌場になる餌付けしている場所か、ごみステーションに置くのだけれど、
この状態では置きようがないのでは、といのことでした。

そうでしょうね……(~_~;)

わたしも一応、地域猫ボランティアさんにわなを借りられるめあては
つきそうでしたが…

「僕 クライアントさんに三日締切のばしてもらって、
 車で捜しますから、
 牧場のほうも明日からまわってみますよ、
 そしてまた見たら、また連絡しますから」とIKさん。
ええっ、
いろいろしてくださって…、

有難いのと申し訳ないのと言葉もありませんでした。


状況は、もう、良いとはいえません。

でも、いままでは見も知らない方だった方たち、
TGさんにせよ、IKさんは仕事ものばしてくださったり、
こんなにまでしてくださっているのに
「つぎにまた9月の連休ごろ両親が行きますので」と、ひとごとのように東京にいては
申し訳ないし…
ともかく、行くだけ、行こうか
レンタカーにしようか、
東京から?
日帰り?泊まり?
いったい、いくらかかるかしら…

9月7日のその夜のあいだ、そして翌日
わたしは、ああでもない、こうでもないと
ずっとずっと考え続けていました。

結論は出ないままでした。



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12.このころ、ひとり残った白龍は

2011年10月02日 | 捜猫記
さてこの頃、残されてひとり東京に帰ってきた
相方の白龍はどうしていたかというと、

あいかわらずビクビクくんで
昼間はずっとベッドの下で過ごし、朝方とご飯のまえだけ、にゃあーん♪
ぜんぜんふつうでした。
とくに、元気がなかったり、探しているようすもなく

ふつう。


以前に白虎が3日ばかり原因不明の嘔吐と下痢で入院したときは
はくちゃんも、ご飯をあまり食べなくなって、心配したのに。


そうこうするうち、白虎がいなくなって2週間ちょっとたった頃、
(わたしが八ヶ岳にひとり探索に行った頃)
やっと、ちょっとだけ(3日間くらい)食欲がなくなりました。
「ごはん、ちょうだいなー」って来るのですが
ちょっとだけ口をつけて、「もう、いらにゃい」と残すのです。

「はくちゃん、いま、やっとびゃこたんがいないのに気がついたのかな」
とおとなりの、猫のプロ?のバレリーナちゃんYKさんは笑ってました。

その後 やっぱりひとりで間がもたくなったのか、
すこーし態度がフレンドリーになりました。

が、やがてまた食欲も戻り

いままでは、おっとり「あとにまた食べようかにゃ」と残すぶんを 
白虎に食べられちゃったりしていたのが
ひとりゆっくり思う存分食べられるようになり

しかも毎日、二匹で一緒に日に2度3度、プロレスと追いかけっこしていたのが
ベッドの下で寝てばっかになり


おおきなはつかねずみのお尻みたいに
下半身がたっぷりしてきちゃいました。

はくちゃん。
少しは心配して
山のびゃこたんに、
かえってくるようにって言ってちょうだいよ。
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11.パドアの聖アントニオ(神だのみ2) 

2011年10月02日 | 捜猫記
喜界島(奄美)の教会で神父さまの代理をなさっておいで(終身叙祭といいます、在家得度のようなもの??)のSJさんから
メールをいただいたので
猫のことをお話しました。
すると「捜し物はパドアの聖アントニオに祈ると見つかりますよ。」
とのこと。

そうか、パドアの聖アントニオさまがいらしたか。
失くし物の聖人といわれている方です。


世界中どこでも、
こういう、ちょっとした、けれども人々の日々の生活のなかでの切実な願いに対応する
場所や、神さまや、神さまに取り次ぎしてくれる方(生きているひととは限りません)はあるものです。
日本でいうと、まさに「猫返し神社」とか、
最近ブレイクの恋愛と縁結びの今戸神社のようなところ、
赤ちゃんを授かったときの「水天宮」とか、
「目病み地蔵」「刺抜き地蔵」とかね。

カトリックは日本の土着?の宗教ではありませんから、
こういう、「なにかのときにはここにお祈りすればよい」というのは
あまり知られていません。
マリアさまの奇跡によって病人をいやすというフランスのルールドの泉くらいでしょうか。

それと、小説のほうの「ティファニーで朝食を」にちょっとだけ出てくる(「グリーン・ノウのこどもたち」にも出てくるそうです)旅行のお守りの聖人、聖クリストファーくらいかなあ。
聖クリストファーのメダルは、ヨーロッパではよく、車につけているそうです。日本の車が神社の「交通安全守」のお札を貼っているのとおなじですね。


「パドアの聖アントニオさまとイエズスさまは、
失くし物だけでなくて猫も捜してくださるでしょうか」ときくと

「勿論、猫も見付けてくれますよ」とSJさんはお返事くださいました。


パドアの聖アントニオは、1195年リスボン生まれの方です。
アウグスチヌス修道院に入りますが
アッシジの聖フランシスコを知り、イタリアのフランシスコのもとに行きます。
その後フランシスコ会修道士として北イタリアやフランス、北アフリカにも派遣されて
最後はイタリア、パドアで没します。
この間、イタリアで高利貸しや不法な取立てをする金持ちをきびしくとがめ、
「人々の失われた金銭を見つけて取り戻した」と持っている本には書いてありましたが
ネットでは
「ずっと『自分』を捜し続けた聖人だから」
とも書いてありました。
これはなかなか素敵な理由ですねえ。



あとで思ったのですが先日書いた「立ちわかれ」の和歌も
失くし物捜しにも使うこともあるんだそうです。
どうも、「失くし物」と「猫」は、同じように扱われているようですね。
猫は犬のように帰ってこないので
偶発的にしか見つからないからかもしれません。


ともかく、すぐに四谷のドン・ボスコというカトリック関係のグッズのお店に行きました。
ここは、200円くらいでいろいろなお守り(メダイとわたしたちは言うのですがメダルや、ちいさい十字架など)、
そのほかカードや置物、本やロザリオをなどさまざまなものを扱っています。
とっても楽しくてこどものときから好きなお店でした。
そうそう、ルールドのお水や、ルールドのお水で作った薄荷のお菓子も売っています♪
そこでパドアの聖アントニオのメダルを買いました。

カトリックの聖人や神さまは、わたしには、なじみ深いので、
お祈りがしやすい気がします。

イエズスさま、
アントニオさま
びゃこたんが帰ってきますように。

もちろん友人のYKちゃんが言ってくれたように
びゃこたんがにゃーんって帰ってくるイメージも繰り返し思い浮かべました。



結局、
いまのわたしには、もうそのくらいしか
できることがないのでした。










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